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レス数が950を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
【電波系大道芸】

1 名前:本@外郎売りver.は断念:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU

古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!

前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50

旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50

あ、さて、さてさてさてさて……

2 名前:machina ◆CHINAyH.:2003/02/01(土) 15:27 ID:rjiqaqFo

>>1
ちょっとあなた、勝手にスレ立ててカムサハムニダ

3 名前:なー ◆i2juaL6k:2003/02/01(土) 16:42 ID:R4CpYOFw

なぬー、新スレたってる・・・しかも真紀菜タン、2ゲットしてるし。

あ、地鎮祭の途中でしたか?失礼しまちた・・・

4 名前:なー ◆i2juaL6k:2003/02/01(土) 16:53 ID:R4CpYOFw

>>2
む?漏れ的には問題ないと思うのだが・・・

(これでいいのか?ドキドキものでつな)


5 名前:日語商売:2003/02/01(土) 17:47 ID:qbIUTK9k

ゴルァ、出し物はまだかゴルァ!!!

6 名前::2003/02/01(土) 19:35 ID:JLUZFkrU

以下のサイトってがいしゅつでしたっけ?
良ければ、話しの接ぎ穂にでも
1) ttp://www.puppenhaus.co.jp/samples/HPL/gakusetsu.htm
確信犯でぼけてるっぽいから、このスレの趣旨と離れるんだけど
2) ttp://homepage1.nifty.com/snap/room04/c01/nihon/nihon01.html
微妙に正しいような、それでいて根本的にどこか違うような
3)ttp://www.shochian.com/harubaru2.htm
結構まじめに考察してるみたいだし、電波な結論も見あたらない
4) ttp://www.ne.jp/asahi/nerima/seiten/translate24.htm
所謂真打ち?

7 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/01(土) 20:10 ID:qRwmQBwE

>>1 製本業者さん

 スレ立てどうもです。ただ、旧スレのurlは旧総督府時代のものにつき、
現在は見られませんので、ROMの方はこちらの方をご参照下さい。

旧スレその1
日本語と韓国語
http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html

旧スレその2
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476

8 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/07(金) 17:01 ID:FxxAqZL6

     }                     }
     }                    /  o ゚.私の名はメーテル…前スレ999が取れなかった女…
.     〉'' ,、,,,__               ノ} 。 :∴   
     i ムツッ=,ニ_゙゙"''‐- 、、,,,__,,..,,,.. -‐'''"/ 。 X,,
     l {{ ハ` `゚'~`  ,‐-,ニ二ヾ,,_ヽ   /   i'(_,.l\
      〉、`ハ    }  ` `゚'゙゙” }}'゙   ,'    ti=ti、iiヽ
.     / ハヽハ  ノ       //    {      ゙ヾヽ}  
    / /ハヽヘ  `、_   (Cノ/  /  ハ      ノラ  
   / // } Y゙\ `   Cノイ  /    \    〆' 
. / / / /  ,ゞ,, `-‐ ''´〆⌒ヽ{  ,' ハ   \      
 ;''"''ヾノ /_,/  `'' ァ''7/     \l l ヽヾ   \
 ゞ..,,.'' ̄//    ''´ //       \  \ヾ   \

9 名前: :2003/02/11(火) 19:55 ID:bo1m.b4Y

>>5
はい、どうぞ
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/2003020600055.htm" target=new>http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/2003020600055.htm

10 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/14(金) 05:13 ID:cDsWVVRg

娜々志娑无先生はどっちに投票するんですか?

「国語学会」か「日本語学会」か 議論白熱
名称の普遍性めぐり百家争鳴
http://www.asahi.com/culture/topics/K2002062102368.html" target=new>http://www.asahi.com/culture/topics/K2002062102368.html

国語学か、日本語学か 学会名めぐり全員投票
http://www.sankei.co.jp/news/030210/0210sha023.htm" target=new>http://www.sankei.co.jp/news/030210/0210sha023.htm

11 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/14(金) 08:53 ID:ImmBA/4g

>>10

 ウリは「国語学会」に1票を投じたニダ! 長い伝統と研究の蓄積を持つ、
文献を中心とした日本語の史的研究は「国語学会」、理論を中心とした
言語学的研究は「日本語学会」としてそれぞれ棲み分ければいいだけの
話ニダ! 韓国じゃあるまいし、「日語学会」なんてとんでもない話ニダ!

12 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/14(金) 11:27 ID:inSFw3LI

娜々志娑无先生にお伺いしたいことがあります。
韓国の東亜トラベルのページに「湯引き」の由来が書いてあるのですが、事実でしょうか?


はもしゃぶしゃぶ
暑さが下がる 8月末ほどは味がなくなったりする. それで日本観光客たちは夏が来ると南側港,
特に麗水港で寄り集まったりする. いわゆる ‘ハモユビキ’ 狩りだ. ユビキと言う言葉はしゃぶしゃぶ
(きじ)のような概念で使われる日本語なのに, その来由を見ればモンゴル→済州→日本に入って
行って定着した異音(異音)形態の言葉だ.

http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=www.donga.com%2Ffbin%2Fmoeum%3Fn%3Ddongatravel%24j_303%26a%3Dv%26l%3D45%26id%3D200107120187&x=18&y=6" target=new>http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=www.donga.com%2Ffbin%2Fmoeum%3Fn%3Ddongatravel%24j_303%26a%3Dv%26l%3D45%26id%3D200107120187&x=18&y=6

13 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/14(金) 12:16 ID:djW/R/8U

娜々志娑无先生初歩的な質問だと思うのですがお願いします。

日本語、朝鮮語と漢字の関係なのですが、

日本語の場合最初は大和言葉に同じ音の漢字をあてて使用、その後漢字の意味を
を理解した上で漢字仮名交じり文を完成させるという流れで理解しております。まずこ
の理解は正しいのでしょうか?

朝鮮語の場合は貴族が使っていたという漢文は当時の中国語なのでしょうか、それとも
大和言葉に漢字を当てて使用するような用法、あるいは漢文を書いて書き下しの様にし
て読む、のどのような用法が使われたのでしょうか。ハングルが一般化した後は日本の漢
字仮名交じり文のような新聞を見たことがあるのですが、ハングルを一切使用しないで漢
字だけで朝鮮語を表現するイメージがわきません。

よろしくお願いします。



14 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/14(金) 14:10 ID:ImmBA/4g

>>12

 小学館『日本国語大辞典・第二版』には以下のようにありました。

   しゃぶ-しゃぶ 〔名〕 鍋料理の一つ。薄切りにした肉を、熱湯の中で
     色が変わるぐらいにさっと煮て、たれ汁につけて食べる料理。中国
     料理の[シ刷]羊肉(シュワンヤンロウ)などから出た料理といわれ、
     肉を煮る際にしゃぶしゃぶと泳がすところからこの名がある。

   ゆびき 【湯引】〔名〕 湯引くこと。特に、下処理した魚を、熱湯をかけ
     たり、熱湯の中にさっと通したりして、霜降りにすること。

   ゆ-び・く 【湯引】〔他カ五(四)〕 湯でざっと煮る。ゆでる。ゆがく。
     *観智院本名義抄(1241)(用例略) *名語記(1275)(用例略)

 上記の辞書の記述を見る限り、鍋料理としての「しゃぶしゃぶ」の起源が
中国料理であることはまず間違いないようですね。中国では羊肉を使うよう
ですから、それがモンゴル起源である可能性は高いと思われます。ただ、
鍋料理としての「しゃぶしゃぶ」の起源と料理法としての「湯引き」の起源は
やはり別にして考える必要があるでしょう。なぜなら、「湯引く」の用例からも
わかるように、「湯引く」という日本語自体はモンゴル帝国の成立以前に既に
存在していたからです。

 もちろん、「湯引く」の原義は「ざっと湯がく」であり、これをして料理の技法
と言うのはいささか語弊があることもまた確かですが、上の辞書の文章にも
出てきた「霜降り」の方は、薄切りの刺身や鶏肉に熱湯をかけたりさっと熱湯
にくぐらせたりした後冷水で冷やして白っぽくする技法であり、こちらはもう
れっきとした料理法です。「霜降り」の用例自体は17世紀が最初ですから、
時期的に見てモンゴル→中国→日本の可能性まではむげに否定は出来ま
せん(済州島→日本はまったくお話になりません。唐入りの時にも済州島に
は行っていませんからね)が、日本の「湯引き」があくまでも刺身の料理法の
一つであったことを考慮すれば、少なくとも「湯引き」に関しては日本で独自に
発達した技法であったと見なしてよいのではないでしょうか。

15 名前:12:2003/02/14(金) 15:25 ID:QI/FEr7Y

>>14
娜々志娑无先生、ありがとうごじぇえますた。
中国の[シ刷]羊肉(シュワンヤンロウ)は北京の名物料理ですので
モンゴルの影響であるのは間違いないと思います。


16 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/14(金) 16:23 ID:ImmBA/4g

>>13

 朝鮮語と漢字漢文の関係については、

スレ立てるまでもないニュース・質問スレッド2(みにふろ)
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1003251695&st=887&to=887&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1003251695&st=887&to=887&nofirst=true

に書いておりますのでそちらの方をご参照下さい。とりあえずここでは日本語と
漢字漢文の関係について述べておきます。

 日本に漢字が始めて到来した紀元前後の頃には、文字を読み書き出来るの
は漢字をもたらした渡来人だけであったことは言うまでもありません。この渡来
人が中国系だったかそれとも半島系だったかは何とも言えませんが、いずれに
せよ初期段階では純粋漢文しか存在しなかったと思われます。

 その後外国文献の翻訳を通して中国で大いに発達した「仮借(かしゃ。漢字の
意味の部分を捨象して音だけを借りて表記する方法)」を適用して人名などの
固有名詞が借音表記されるようになり、同時に倭人の間にも次第に識字階級が
出現するに及んで、和臭(和習とも。日本語的表現)のする漢文が登場するに
至ります。その最初の例が5世紀後半のものと推定される「江田船山古墳出土
太刀」に彫られた銘文に見える「八十練」という表現です。おそらく「やそねり」と
読むであろうこの語は、古代の日本人にとっての聖数「8」を使用した極めて
日本的な表現であり、中国人(聖数は奇数)や半島人(高句麗・百済は聖数5、
新羅人は聖数6)の発想からは決して生まれることのないものです。まずはこれ
が漢字漢文の日本語化の第1段階ということになります。

 続く第2段階は「訓」の成立です。倭人による漢字の習得が進むにつれ、漢字と
その漢字の意味に相当する特定の和語とが次第に強く結び付くようになり、ほぼ
固定化するに至ります。これが「訓」です。「訓」に相当するものは古代の半島にも
存在していましたが、次第に衰退し、今では完全に消滅してしまいました。それに
対して、日本には訓仮名と呼ばれる「訓」を利用した表記法までも存在します。訓
仮名自体は7世紀以降の登場になりますが、訓仮名が生まれたことだけを見ても
日本においていかに「訓」が発達していたかは十分窺えるでしょう。

 第3段階は変体漢文の登場です。漢文は日本語とは語順が異なるので、日本人
にとってはそのままでは読みづらいのですが、訓によって漢字を読むことが恒常的
に行なわれるようになった結果、遂には語順までも日本語のそれに合わせた漢文
(変体漢文。和化漢文)が作られるようになります。その時期には諸説ありますが、
おおよそ6世紀の末から7世紀にかけてのことであると推定されます。少なくとも
7世紀の後半にはこのような変体漢文が存在したことは確実です。

 第4段階はその変体漢文に日本語の助詞・助動詞を補ったもの、即ち漢字万葉
仮名交じり文の発達です。漢文には日本語の助詞・助動詞に相当するものがあり
ませんから、それを補った方が日本人としては読みやすいわけです。『古事記』
(712年)は、厳密に言えば漢文と万葉仮名による日本語文の混文であり、助詞・
助動詞を万葉仮名表記したものではありませんが、漢文と万葉仮名が入り混じっ
ているという点では漢字万葉仮名交じり文と言い得ます。とは言え、明確に漢字
万葉仮名交じり文と言えるものとなると、その右代表は『万葉集』ということになる
でしょうね。『万葉集』はまさに日本語表記の一大実験場とでも言うべきものです。
その後は主に漢文訓読の世界で万葉仮名が次第に略体化・草体化して片仮名・
平仮名へと発達し、それぞれ漢文訓読体と和文体を生み、両者の文体が交流した
結果、和漢混淆文が生まれ、やがて現代のような漢字かな混じり文へと発達する
に至って、ここに漢字漢文の日本語化は完成を迎えます。

 長くなりましたが、以上が大まかな流れです。


17 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/16(日) 12:34 ID:REdeq7y2

>>10
ハン板でスレたってますね。

朝鮮人が「国語学会」を「日本語学会」にしろや!
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1045127073/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1045127073/

18 名前:13:2003/02/17(月) 01:37 ID:DfnLi7h2

さすがご専門!よ〜く理解できました。ありがとうございます。
ニュース・質問スレとあわせて考えると

日本 我国(これは漢語ですよね?)
韓国 ウリナラ

という表現になるのは、実は漢語の影響をより強く受けているのは日本
のほうであると考えてよいのでしょうか?

例としてはこれしか自分の中から出てきませんが、自国を表す表現ですし
この一例をもって影響度を測っても良いような気がします。いかがなもの
でしょう。



19 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/17(月) 01:52 ID:QaqkHG9.

「ウリナラ」も漢字で書くと「我国」じゃないの?


20 名前:bbs ◆gMt/RRXI:2003/02/17(月) 02:32 ID:J4tMeims

우리나라これは漢字で表記できないタイプの言葉です。
韓国は漢字表記をしないだけであって韓国語の70lが漢語で構成されているわけですから
どっちもどっちじゃないでしょうか。
では失礼しやした。

21 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/17(月) 03:02 ID:Qa.uV.YA

>>18
>日本 我国(これは漢語ですよね?)

 まずは漢字で書けるものすべてが漢語というわけではないことをご理解
下さい。>>16にも書きましたが、日本には「訓」というものがあります。「訓」
は漢字の意味に相当する日本の固有語です。「我国」を漢字音で「ガコク」
と読んでいるならそれは漢語ということになりますが、世間一般ではそれを
「わがくに」と訓で読んでいますよね。「わ」も「が」も「くに」もれっきとした和語
ですから、たとえ漢字で書いてもそれはあくまでも表記上の問題に過ぎない
のであって、「我国(わがくに)」は和語なのです。wagakuniとローマ字表記
したからと言って、それが外来語になるわけではないのと同じことです。

 日本語と朝鮮語で漢語の影響をより強く受けているのはどちらかと問われ
れば、私に限らずまともな言語学者は躊躇なく「朝鮮語」と答えるでしょう。
例えば、英語のmountainに相当する語は、日本語では「やま」ですよね。
これは奈良時代から現代まで変わっていません。一方、朝鮮語では「山」に
相当する語はsanですが、これが漢語由来の語であることはすぐおわかり
のことと思います。このmountainは言語学で基礎語彙と呼ばれる語彙に
属する語です。基礎語彙は日常生活を送る上で欠かせない語彙であり、
時間の経過による変化を受けにくいと言われているものです。その基礎語彙
を統計的に調べた結果、朝鮮語においては、日本語と比べてより高い割合
で基礎語彙が漢語に置き換えられており、日本語よりも遥かに漢語の侵食
を強く受けているという結果が出ているのです。

 実際、朝鮮人独特の心情を表現する語として「ハン」とか「ジョン」というもの
がありますが、このいずれも漢語起源(「恨」「情」)であるという事実が、朝鮮
語における漢語の影響力の強さをはしなくも物語っているではあ〜りませんか。

22 名前:企業家 ◆OObpWCE2:2003/02/17(月) 11:17 ID:mK3gP0oI

>>21
そう言えば直接関係ないかも知れないけど、「海」「空」は朝鮮固有語が
あり、これを使うのが普通なのに、「山」「川」は漢字語を使う。
この辺の理由や背景ってのは良く分からないなあ。

23 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/17(月) 19:59 ID:0LUwg6Fo

>>22 企業家ニリム

 う〜ん、どうでしょう。はっきりしているのは、15〜6世紀の後期中世語の段階
では「山」も「川」もまだそれぞれmoi(h)、nai(h)という固有語が生き残っていたが、
17世紀に入る頃には両語とも漢語に置き換わってしまったということです。この
時期に漢語の影響が強まった要因として私が思いつくのは、せいぜい李朝に
おける儒教(朱子学)の隆盛くらいです。この推定はおそらくそう間違っていないと
思いますが、ではなぜその置き換えの対象が「山」「川」でなければならなかった
のかと言われると、私にもさっぱりその理由はわかりません。もしかすると新羅
時代に地名が原則として漢語化したため、漢語san、kaηの使用頻度が固有語
moi、naiよりも増えたことが原因のような気もしますが、それだと「海」の固有語
pataが今なお生き残っている理由が説明出来ませんしねぇ。う〜む。

 ちなみに、高麗語(前期中世語)の資料である『鶏林類事』には、当時の朝鮮語
語彙が漢字表記されているのですが、それには「天曰漢[木奈]」「山曰毎」「海曰海」
「江曰江」のように記されています。このうち、天(空)と山については間違いなく
固有語を表記したものと認められますが、海と川(江)は漢語がそのまま出てきて
いるんですよね。まぁ『鶏林類事』の著者である中国人の通訳は朝鮮語を中国語の
一方言と考えていたようで、同義語が複数存する場合は中国語(漢語)の方を優先
的に採った可能性もありますから、このことだけをもって漢語の侵食云々と言うのは
少々短絡的と言えなくもないですが、その後の「川(nai→kaη)」「山(moi→san)」
の経過を見る限り、朝鮮語における漢語の基礎語彙への侵食は既に高麗時代から
始まっていたと見てよいだろうと思います。

24 名前:菊也 寛:2003/02/17(月) 20:12 ID:Hdu/eIJI

>>23
ノルマンコンクェストによって、英語がフランス語の侵食を受けたようなものなのでしょうか?

25 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/17(月) 20:51 ID:0LUwg6Fo

>>24 菊也 寛 さん

 確かに朝鮮は新羅以降何度となく異民族の侵略を受けてきましたが、
日韓併合までは完全に亡国の憂き目を見ることはなく、侵略者に対しては
朝貢し事大してその属国となることで何とか国体を維持してきております。
日本ほど恵まれてはいないにしろ、彼等も漢語を適宜取捨選択して自国語
に取り入れることの出来る環境にはあったはずですから、異民族である
ノルマン人に完全に征服され、否応なく支配者の言語であるフランス語語彙
を受け入れざるを得なかった当時のイギリスとはさすがに事情が異なるの
ではないでしょうか。朝鮮半島においてノルマン・コンクェストと対比される
べきは百済でしょうね。百済は、支配層は北方の夫餘系言語(高句麗語と
同系)、被支配層は南方の韓系言語(新羅語と同系)をそれぞれ話す二重
言語国家だったようですから。

26 名前:菊也 寛:2003/02/17(月) 21:04 ID:Hdu/eIJI

>>25
御教示ありがとうございます。

質問ばかりで恐縮なのですが、現在の韓国語(朝鮮語)は、夫餘系言語(高句麗語
と同系)ではなく、南方の韓系言語(百済被支配層使用言語、新羅語系)の系統で
あるということでしょうか。
また、夫餘系言語(高句麗語と同系)は満州語とは同系統ではないのですか・・同じ
ような場所に居住していたからと云うお粗末な連想なのですが。

27 名前:菊也 寛:2003/02/17(月) 21:14 ID:Hdu/eIJI

すると、高句麗の半島内の領土だったところの言語は、後に逆に新羅語化されたのでしょうか。

肝心要の半島に資料も残ってなさそうなのが、なんともはや・・・

28 名前:企業家 ◆OObpWCE2:2003/02/17(月) 22:50 ID:o0xPTm1.

>>23
>ソンセンニム

曖昧な質問にレス下さりありがとうございます。一応川のnai(내)は今も辞書には
載ってますが、使ってるのは見た事ないです。
やはり「하천(河川)、 강(江)」が普通ですね。
山の「moi」は「메」ですね。だからイノシシは「山の豚」で「멧돼지」って言うんだ。
いや突然この場で「moi」が理解できました。感謝です。

29 名前:13:2003/02/17(月) 23:51 ID:p0DAmft.

>>21
先生!よ〜くどころか理解できいませんでした(スマソ

朝鮮 訓が廃れる。
日本 訓が発達。
この差異を完全に誤解していました。

訓が廃れることにより漢語が自国語に置き換わっていったわけですね。
漢語の同じ意味の単語を探してきて和語の表記として使う。これが明治の
外来語の漢字への置き換えでも生きてきたんですね。


30 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/18(火) 00:15 ID:c1jQg5Y.

>>26 菊也 寛 さん
>現在の韓国語(朝鮮語)は、夫餘系言語(高句麗語
>と同系)ではなく、南方の韓系言語(百済被支配層使用言語、新羅語系)の系統で
>あるということでしょうか。

 おおむねその通りです。参考までに、朝鮮半島に関わる諸言語の
関係並びにその変遷を示せば、以下のようになります。

         ┏━辰韓語━┯━新羅語━━┯━統一新羅語━┯━高麗語━━朝鮮語
         ┃        ↑         ↑          .↑
韓系諸語.━━╋━弁韓語━┛         ┃          ┃
         ┗━馬韓語━━━百済語B ━┫          .┃
         ┏━━━━━━━百済語A ━┛          .┃
夫餘系諸語.━┫                             ┃
         ┗━高句麗語 ━━━━━━━┓          .┃
                             ┣━ 渤海語 ━━┛
ツングース系諸語━━靺鞨語━━━━━━━┛

 上記のうち、百済語Aは支配層の言語、百済語Bは被支配層の
言語を示します。夫餘系諸語には他に[シ歳](ワイ)語や東沃沮語
と言われる言語もあったようですが、上記の表では省いております。
実は日本語も夫餘系の言語である可能性が指摘されています。
夫餘系諸語とツングース系諸語との関係については未確定ですが、
どちらかというと関係ありとする説の方が有力なようです。渤海語に
ついては言語資料が残っていないため、本当に渤海語と言えるような
言語が存在したかどうかは不明ですが、靺鞨族と高句麗の遺民が
渤海という国家を作り、230年以上共存していたことを考慮すれば、
靺鞨語と高句麗語が互いに相手の言語に影響を与え合ったであろう
ことは容易に想像がつきます。

 ちなみに、高麗は高句麗の後継を以て自ら任じ、都もかつての
高句麗の故地に置いたほどですが、言語的には新羅語系のそれが
共通語として使用されていたことがわかっています。高句麗語系の
要素は一部の語彙に見出だせるのみで、それもほどなくして新羅語
系の語彙に置き換わってしまいました。現在の朝鮮語には高句麗語
系の面影はほとんど残っていないと見てよいと思われます。

31 名前: :2003/02/19(水) 11:04 ID:ryAFzI2s

娜々志娑无先生は、この人と知り合いですか?
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/osetu0.htm" target=new>http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/osetu0.htm

ここの「ことばをめぐるひとりごと」って面白かった。

32 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/19(水) 14:35 ID:Es64XY5I

>>31

 そのホームページは何かの機会にたまたま覗いたことがありますが、
持ち主の方は個人的にまったく存じ上げておりません。何せ国語学会に
所属している研究者だけでも2500人以上おりますし、この方とは
出身地も出身大学も専門的にもまったく接点がありませんのでねぇ。

33 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/19(水) 19:46 ID:Fx6ewN5I

あ、さて、さてさてさてさて…… これにご覧は辛く煮と♪本邦香具師間の五世紀よ
ttp://ancient_history.tripod.co.jp/jp/ex/tab_summary.html

34 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/20(木) 13:37 ID:IfO6zHc6

 私儀、本日より5日ほど出張のため留守に致しますので、後は宜しく。

35 名前:菊也 寛 ◆a.3.SVLo:2003/02/22(土) 17:40 ID:nZOQ8Ylo

あ、さて、さてさてさてさて…… 浮世の隅からハン板見れば、ぎっチョンチョン、ぎっチョンチョン、瓜や奈良の花盛り♪

イヤオヤマカドッコイドッコイ、ドッコイヨウイヤサア、ぎっチョンチョン、ぎっチョンチョン♪


36 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/24(月) 16:06 ID:Q2RRbVio

>>30
渤海語というのが存在したとすれば長い年月をかけて高句麗語と靺鞨語が融合したと考えるしかないでしょう。
事実上、高句麗語か靺鞨語のどちらかが優位であって、どちらでもない渤海語というのは
生まれなかった可能性もあるし、高句麗人と靺鞨人の権力関係が拮抗していれば、公平を期すため
中国語でコミュニケーションしていた可能性もあるのではないでしょうか。
世界史板の渤海スレ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50" target=new>http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50
の162と107を参考までに。

37 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/25(火) 01:04 ID:KWwZHUeE

日本語の数の読み方
http://www.econ.ryukoku.ac.jp/~nakagawa/math/museum/muse11.html" target=new>http://www.econ.ryukoku.ac.jp/~nakagawa/math/museum/muse11.html

六行目
>古代渤海語で七は「ナダ」,九は「コル」と読んだそうですから

とあるのですが、古代渤海語の数詞は判明しているのでしょうか?

ツングース諸語の数詞の一覧表
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/119" target=new>http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/119
日本高句麗朝鮮の数詞
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/357" target=new>http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/357

38 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/25(火) 01:29 ID:vjAuGw7w

>>37
横レスです。中国語には漢字の読みの変化がある事を教えてあげてください(w
日本はジッポンという読みもあります。これがジパングに変化したと言われており
ます。

39 名前:<`∀´>ニダ :2003/02/25(火) 05:11 ID:GYMK7U5M

娜々志娑无ソンセンニム

人の数え方なのですが、ひとり、ふたり、から さんにん、よにん、
というように途中で、たり から にん に変わるのですが
これについてご教授お願いいたします。

40 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/25(火) 13:16 ID:UZi331k2

>>39
<ヽ`∀´><その質問に対する回答は旧スレでガイシュツニダ。反省汁!

「日本語と韓国語」
http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html
------------------------------------------------------------------------
284 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA 投稿日:2001/09/28(金) 22:07 ID:GoKcdkYI
>人数を数えるのに【ひとり】【ふたり】なのに、なぜそれ以降は【〜にん】
>となるのでしょうか

 現在でこそ人を数える数詞は3人以上は漢語を用いますが、古くは「ひとり(1人)」
「ふたり(2人)」以外に「みたり(3人)」「よたり(4人)」「いとり(5人)」
(中世以降は「いつたり」)「むたり(6人)」「ななたり(7人)」「やたり(8
人)」「ここのたり(9人)」という言い方をした例があります。尤も、「むたり」
以降は江戸期の文学作品にしか見えず、すこぶる人工的な匂いがします。おそらく
は「いとり(いつたり)」までが本来の形で、それ以降のものは本来の日本語には
存在しなかったものでしょう。

 では、なぜ5人までしか固有語が存在しなかったのかですが、古代の生活では
厳密に数を数える必要性があまりなかったので、日本語においては数詞の発達が
不十分なままだったが、その段階で漢語を受容したため、数詞に関しては便利な
漢語を使用するようになり、固有語の数詞は完全にそれ以上の発達を遂げること
ができなくなってしまったというような事情が考えられます。

 そんなわけで、数詞に関する海底少年さん流の解釈については見なかったこと
に致します。ご了承下さい。ちゃんちゃかちゃん。
------------------------------------------------------------------------

41 名前:Das boot ◆9xnNRpvY:2003/02/25(火) 13:46 ID:IrjlCo7w

田舎によっては
「ひとり」「ふたり」「みったり」「よったり」「いつたり」
ぐらいまでは普通に使っていましたね。ほんの20位前の話し。

42 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/25(火) 17:20 ID:UriPM2l2

>>36

 渤海では書記言語としては当然のように漢文が使われたでしょうが、
口頭言語となると中々判断が難しいですね。ただ、クレオールとしての
渤海語のようなものが果たして存在したかどうかは留保するにしても、
少なくとも朝鮮半島北部の渤海領の住民の言語に関しては高句麗語
の要素が強かったと見るのが自然でしょうね。


>>37

 手持ちの資料で調べてみたのですが、渤海語の数詞について記述
しているものはありませんでした。もしそのような記録があるとすれば、
『旧唐書』『新唐書』の渤海伝のような漢字資料に基づき、『三国遺事』
の高句麗地名から高句麗語の語彙を導き出したような方法を用いる
しか手段はないと思うのですが、ざっと見た感じではそのようなものは
気付きませんでしたね。ただ、数詞ではありませんが、以下のような
ものは見付けました。

   俗謂王曰「可毒」。夫曰「聖」。主曰「基下」。其命爲「教」。王之父
   曰「老王」。母「太妃」。妻「貴妃」。長子曰「副王」。諸子曰「王子」。
                            (『新唐書』渤海伝より)

 見たところ大部分は漢語であり、せいぜい渤海で使用されていた一風
変わった漢語の使い方を示しているだけのようですが、王の「可毒」のみ
はいかにも固有語っぽい感じがしますね。「可毒」は中古音なら[ka-dok]、
中世音なら[ko-tu]のような発音になりますが、いずれにせよ高句麗語の
「王」に当たる単語である「皆(kai)」や夫餘の官名「加(ka)」、モンゴル語
の「王」に相当する「可汗(hagan)」「汗(qan)」等と結び付けることが出来
そうです。

43 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/02/25(火) 17:54 ID:UriPM2l2

>>38

 この方は数学がご専門のようですが、どうやら言語学の方はさっぱりの
ようで(^^;。まぁ畑違いですから仕方がないと言えば仕方がないのですが、
かくも堂々とあほなことを書かれてもねぇ…。


>>40

 フォロー、かたじけなし。ただ、過去ログも既に3スレに及び、しかもその
スレが揃いも揃って重量級ですから、チェックが大変なこともまた確かです。
実際、私自身もこの文章、書いたことを忘れていたくらいですから(^^;。


>>41 Das boot さん

 これはこれは、Das boot さん久々のご光臨。第1スレ以来ですかな。

44 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/02/28(金) 04:54 ID:8YY/cdSU

日本語の起源について
http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm" target=new>http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm

>(現在のビルマ語族の六以下の小さい数字は,時代の洗礼(中国語の影響など)を受けたため,
>古代の片鱗を留めていないのではないかという推測も成り立つ)
>(では,高句麗語もビルマ系江南語の影響を受けたと考えられるとしたら,
>いつ・どこで・どのようにしてかが気になるが,色んな推測はできても確定的なことは歴史の闇の中に消えている)

ビルマ語群 ヒマラヤ語群に影響されたのではなく、
6以上の数詞を表す言葉のなかったビルマ語群 ヒマラヤ語群に
高句麗語、日本語が影響を与えた可能性が高いと思うのですがどうなんでしょうか?

45 名前::2003/03/02(日) 08:48 ID:FCOyyjrI

>>44
言語学的にあり得るかどうかは、本職の方々に任せるとして、ちょっと思ったこと。
影響を与えるには、双方向の交流か、少なくとも片方向の交流が無ければ不可能。
また、(固有の物産とかは別として)文化度の低い方から高い方へは、水が高い方から
低い方に流すのは別の動力が必要なのと同様、一般的では無かったと思いすが。
で、この場合、東南アジア→日本の物流による影響は確認されていたと思いますが、
逆方向はどうの位の影響だったでしょうか?
そして、ビルマ・ヒマラヤ語群に対して、高句麗語の方が文化度が高かったんでしょ
うか?


と、マジレスっぽいまくらはこれくらいにして。
以前海底少年氏が手がけられてるって言われてたこともある、過去スレ整理してサイ
トにしたいのだが、時間がまったくとれない……
最初のスレで作りかけていたかぐしは、海底少年氏がやられるって言うことでほっ
ぽいたせいで、すでに、HDDの中身ごとお星様になられてるし……
誰か、神になって見ませんか?(w
今ならもれなく看板作成を……(誰もいらないって)

46 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/03(月) 18:40 ID:XAcY9JRo

>>44

 なるほど、数詞は数ある語彙の中でも特に基礎的な存在とされますが、
実は6以降の数字はやや問題があり、言語によってはもともと存在せず、
他言語から借用しているということが少なくないようです。実際、スワデシュ
(基礎語彙の一致率から言語の分裂年代を測定する言語年代学を提唱
した言語学者)も基礎語彙200の中に数詞の6以降を入れていなかったり
します。そんなわけで、6以降の数詞で高句麗語・日本語とビルマ語族・
ヒマラヤ語群の数詞が似ているからと言って、単純にこれらの言語が言語
学的に同系であるとは言えません。また、借用であったとしてもどちらから
どちらへの借用なのかは軽々には断定しがたいというのが実情でしょう。
個人的には、この一致が借用関係であるなら、高句麗に高床式など南方
系の文化の痕跡が認められること、日本に広がる稲作や照葉樹林文化の
起源が華南や東南アジアなどの南方であることなどから、借用の方向は
ビルマ語・ヒマラヤ語から高句麗語・日本語の方が可能性が高いのでは
ないかと思っておりますが、さてさて真相はいかに。


>>45 製本業者さん

 実は海底少年氏はそのサイト作りに没頭していてスレに顔出す暇さえない
ということだったりして(w。もしそうなら氏の神認定は確実ですが、おそらく
その可能性はジェr(略)。

47 名前:<`∀´>ニダ:2003/03/04(火) 05:18 ID:DFk2Mj6Q

>>40
お手数を掛けカムサハムニダ。

PCが死にかかっていたので、しばらくご無沙汰していましたが、
「みたり」以降はたどういう理由でいつごろ「にん」になったのでしょうか?

Das boot氏の言われるように「いつたり」までは割と使われていたようですし、
今でも数を数えるときに、ひー、ふー、みー、よー という風に数えます。

また、「ひとり」「ふたり」は今後も安泰でしょうか?
「いちにん」「ににん」と数える人がまれにいます。

48 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/04(火) 05:41 ID:l4tspOC2

>>46
娜々志娑无先生ありがとうございます

44の(6以上の数詞を表す言葉の)は、7以上の間違いでした

高句麗語・日本語→ビルマ語・ヒマラヤ語じゃないかと思ったのは、
日本の数詞にはhi−hu、mi−mu、yo−ya、(itu−towo?)(nana-koko???)の対応があるので
借用した数詞78910に1〜6までのような対応があるのは、偶然ではないんじゃないかと、、、

(ひふみ〜こことお)の数詞のオリジナルは、中国南部にあり
ビルマ・ヒマラヤ語群(7〜10)←中国南部→高句麗語・日本語(1〜10)、ツングース諸語(7〜10)ではないかと。
ド素人の思いつきですが、中国南部に(ひふみ〜こことお)の数詞を使っていた民族(呉?越?蜀?)がいた可能性はあるのでしょうか?

49 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/04(火) 17:44 ID:E31e2iOo

>>47 <`∀´>ニダ さん

 手持ちの辞書によれば、人を数える数詞の初出(確例のみ)は以下の通りです。

一人:ひだり 『日本書紀』(720)
    ひとり 『古事記』(712)
    いちにん 『発心集』(1216頃)
二人:ふたり 『古事記』(712)
    ににん 『天草本平家物語』(1592)
三人:みたり 『宇津保物語』(970〜999頃)
    さんにん 『天草本平家物語』(1592)
四人:よたり 『地蔵十輪経・元慶七年点』(883)
    しにん 『平家物語』(13世紀前半)
    よにん 御伽草子『鉢かづき』(室町末)
五人:いとり 『南海寄帰内法伝・平安後期点』(1050頃)
    いつたり 『史記抄』(1477)
    ごにん 『天喜四年皇后宮寛子春秋歌合』(1056)
六人:むたり 『浮世風呂』(1809〜13)
    ろくにん 『天草本平家物語』(1592)
七人:ななたり 『南総里見八犬伝』(1814〜42)
    しちにん 『天草本平家物語』(1592)
八人:やたり 『今鏡』(1170)
    はちにん 『天草本平家物語』(1592)
九人:ここのたり 『南総里見八犬伝』(1814〜42)
    くにん 『サントスの御作業』(1591)
十人:とたり 『岩崎本日本書紀・室町中期点』(1451〜1474)
    じゅうにん 『小宮山本謡曲・正尊』(1558〜92頃)
幾人:いくたり 『源氏物語』(1001〜14頃)
    いくにん 『和英語林集成』(1867)

 過去レスでは「むたり」以降は江戸期以降文学の世界で人工的に作られたもの
ではないかと述べていますが、恥ずかしながらこれは院政期に「やたり」が、室町
中期に「とたり」が、それぞれ存在することを見落としていたものであり、ここは

  「むたり」以降の「〜たり」には江戸期に擬古文の世界で人工的に作られたの
  ではないかと思しきものが多い。

くらいの表現に留めておくべきでした。スマソ m(_"_)m。

50 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/04(火) 17:52 ID:E31e2iOo

(続き)
 さてご質問の、三人目以降にもっぱら漢語系数詞を使うようになった時期と理由
ですが、上記の一覧表を見る限りは、その時期は大体鎌倉から室町にかけてで
あったようです。この時期は和文体と漢文訓読体が融合した和漢混淆文が発達
した時期で、和文で使用されていた多くの和語が漢語に置き換えられていきます。
このような傾向の中で、和語系数詞も次第に漢語系数詞に置き換えられていった
ものでしょう。ただし、「むたり」「ななたり」「ここのたり」が江戸中期以降の用例しか
ないことからもわかるように、和語系数詞はもともと完備していなかった疑いが強い
ので、実用的な場ではもっと早い段階(平安期)から漢語系数詞を使っていたと
見るのが自然です。

 ではなぜ「ひとり」「ふたり」だけが生き残ることが出来たかですが、これはおそらく
この両語が他の和文系数詞と異なり、人数としての「一人」「二人」以外の意味を
持っていたからだと考えられます。「ひとり」は「独身」「単独」「孤独」という意味が
ありますし、「ふたり」は一対の男女(夫婦とか恋人)をさして言う用法があります。
これは二つ揃ったものを「ま(真)」と呼んで尊び、一方が欠けているものは「かた(片)」
と呼んで卑しめる古代日本人の感覚ともリンクするものです。そんなわけで「ひとり」
と「ふたり」はペアで生き残ることが出来たのではないかというのが私の考えです。

51 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/04(火) 18:38 ID:E31e2iOo

>>48

 中国南部には今でも中国語と異なる言語を話す少数民族がいくつも存在する
わけですから、古代においては更に多くの異民族が分布していたことは容易に
想像がつきますが、彼等がどのような言語を話していたかということになると、
資料がないため何とも言えません。現在の分布から判断する限りは、おそらく
シナ=チベット語族に属する言語だったろうと推測し得るのみです。実は中国語
自身もシナ=チベット語族に属する言語なのですが、シナ=チベット語族には
チベット語派、タイ語派、ビルマ語派、カレン語派など多くの言語群が属しており、
各言語の系統的関係はいまだ定説を見ないままです。そのような中で、数詞
だけを取り上げて他言語との関係を云々するのは危険であり、ここはシナ=
チベット語族内部で系統関係がある程度確定するのを待った方がよいのでは
ないかと考えます。

 参考までに、『言語学大辞典』に見えるシナ=チベット語族の「8」「100」の
変遷についての記述を適宜図示化して転載しておきますのでご覧下さい。

 8 *b-rgyad(共通祖形)┬→*brgyad─→brgyad(チベット語)、hryac(ビルマ語)
                 └→*bγat─→pwat(上古漢語)、pε:t(タイ語)
100 *b-rgya(共通祖形)┬→*brgya─→brgya(チベット語)、rya(ビルマ語)
                 └→*bya-k─→pak(上古漢語)、paak(タイ語)

あ。あらためてお断りするまでもないと思いますが、これも現状では一説に
過ぎませんので。正直、私は手を出したくありませんわ(汗)。

52 名前: :2003/03/04(火) 21:30 ID:D8Q6ha/Y

ぼくが考えるには、やはり「帝国主義」の名残で、「われわれ日本民族の優れ
た言葉が朝鮮由来のものだということを認めることは自尊心が許さない」と
いった考えがある種の人びとの中にはあるのではないかと思います。朴炳植
(パク・ビョンシク)氏や李寧熙(イ・ヨンヒ)氏などの本が出た時の日本の
学者のヒステリックな反応の中にぼくはそういったものを見たような気がしま
す。また、欧米崇拝主義の人たちなどは、欧米の比較言語学の方法の「科学
性」を微塵も疑わず、対象の違いなどお構いなしにそれをそのまま日朝両語に
適用して「音韻法則が成り立たない」だとか「基礎語彙の類似が少ない」など
と喚くことにもなるでしょう。それからまた、かつて金沢庄三郎氏が著した皇
国史観色の濃い『日韓両国語同系論』の存在など歴史的な事情を考慮して、と
りあえずこういった問題に関する発言を控えているような人もいるかもしれま
せん。
http://www.interq.or.jp/pluto/yassy/kigen.htm" target=new>http://www.interq.or.jp/pluto/yassy/kigen.htm
娜々志娑无先生これは電波認定していいですか?

53 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/04(火) 22:42 ID:tIJ4LoYU

>>52

 この人のHP、ちらっと斜め読みしましたが、いやもう、どうぞ心行くまで
がんがって行き着くところまで逝って下さいとしか言いようがないですね。
そう言えば、『万葉集の悲劇』で電波ゆんゆん飛ばしてる朴炳植も、自説
の拠り所として確か漢字音の問題を取り上げていたと記憶していますが、
この引用文の筆者も、そして彼が激賞している岡崎久彦も、まったく同じ
ような思考パターンに陥っているというのが何とも笑えます(w。

 そもそも、日本語と朝鮮語が漢語という同一の言語を外来語として自国
語に取り入れた以上、それぞれの漢字音が似てくるのはあたりまえ。勿論
外来語を受け入れる側の言語の性質によってはオリジナルとは多少かけ
離れた発音になることもありますが、それでも出来るだけオリジナルの発音
に似せようとしますので、おおもとが同じなら発音もまた大体似通ったもの
になります。コピとコーヒー、ヘンボゴとハンバーガーみたいなものですね。
漢字音に限っても、日本漢字音と朝鮮漢字音に見られるような対応関係は
ヴェトナム漢字音についても成立しますから、彼等の理論で言えば、あの
ヴェトナム語も我が日本語の仲間ということにしなくてはならなくなっちゃい
ます。いやそれどころじゃありません。かつて漢語を外来語として受け入れ
たことのある言語もみんなそうなりますね。「秦」を「シナ」「チャイナ」「チーノ」
などとして受け入れた印欧語族のみなさんも晴れて日本語の親戚の仲間入り
ですな(w。いやこいつはめでたい。

54 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/05(水) 00:21 ID:3KOUPTJ2

>>52
燃料はいらん。

55 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/05(水) 04:30 ID:2UBxhpLc

>>51
数詞の解説 どうも、ありがとうございました。m(__)m
解り易くて、たいへん勉強になりました。

56 名前: :2003/03/05(水) 11:26 ID:GkGu06kA

横レスで大変申し訳ないのですが、こんなものを見つけました。
森鴎外と夏目漱石は日帝の差別主義者みたいに論じているのですが、
近い将来韓国からのクレームで彼らの文章が国語教科書から消える可能性はあるのでしょうか。

日本の文学教育
http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://hankuk.50megs.com/seo.htm" target=new>http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://hankuk.50megs.com/seo.htm
日本の国語教科書は歴史教科書のように歪曲された事実をたくさん記録して
いるとは見えないが部分的には文学作品の意図的選定を指摘しなければならない.
それは特に太平洋戦争と係わる戦争責任に対する技術であり, 広島原爆被害だけの浮上だった.
なぜ, 日本がアジアを侵略して結局原爆を当たって降伏しない数オブオッヌンがに
対する国語教育は捜してみることができなかった.
日本を一番代表するという森鴎外と夏目漱石の作品は韓国とは直接的な関係はない.
しかし森鴎外は 1894年日清戦争勝利のために軍医部長で朝鮮に派遣されたし,
「見なさい! その昔の開闢の時代から勝ってばかりした日本軍」という新体詩を残して
1907年には日本軍軍医最高職位の日本陸軍軍医総監に上がって 1910年におこるのに
「朝鮮を竝合したことを祝いに入燕する」という記録を残した作家だ.
一方夏目漱石は1909年満洲と朝鮮を旅行したが 「満洲と朝鮮を遊覧して見たらやっぱり
日本人は頼もしい国民と思いました」という記録を残している.
凍る方でも植民地支配を受ける民族の鬱憤と悲しみに対する感想は感じる事がない.
自分たちが侵略してつらさと悲劇を経験したピアブバック民族とその人間に対する憐愍を
記録するのが文学で教育ではないか!
間違った歴史と文学と日本国語を学びながら, 加害者の境遇で2次世界大戦を
歴史と国語教科書に敍述しない日本.

金ヨン管
1960年大邱で生まれて韓国外国語大学校日本語科卒業, 日本東大大学院
研究生を経って韓国外国語大学校大学院で文学博士学位を受け.
1993年短編小説 <戦意喪失> 当選, 1998年アメリカアジア作品特集に
断片<黄色都市> 当選, 1999年スロバキアで断片<せむし>が CDで出る.
小説集<つむじ風>過重, 短編小説, 論文に <太宰治後期小説研究> などがある.

また指導綱領に関しても、

特に古典を学習の場合, 「古典を読んで日本文化の特質や日本文化と
中国文化に関して考えて見ること」という内容で日本に文化を伝えた韓国
との関係は使わないということが彼らの自尊心だ.
それとともにどんなに人間, 時代, 自然に対する多様な時代の多様な人々の
文化と伝統を的確に理解させるように古典を教育をするというのか.
矛盾の歴史は古典を通じて国語につながる.

と述べているのですが、古典の学習で韓国との関係を学ぶ必要性があるのでしょうか。

57 名前:名無しさんは反省しるニダ :2003/03/05(水) 12:50 ID:Wanuo6Zk

>>52
うわー、岡崎タソにもこういうのがあったんかw
専門外のことは、どんな人でもままならないもんですね。

58 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/05(水) 13:32 ID:8W/nuTmI

>>56

 この程度の理由で鴎外と漱石を国語教科書から追放しなくてはならないよう
なら、国語教科書に載せられる近代作家なんてほとんどいなくなるでしょう。
まぁさすがに紙幣の肖像となると、軍人の鴎外あたりは今の政治状況では
厳しいでしょうがね。個人的には五千円札には貧乏臭い一葉たんではなくて
東郷平八郎元帥閣下きぼんぬなのですが。

>指導綱領

 思想としてなら、朝鮮朱子学は江戸期の日本の思想に影響を与えている
ことは認めてよいと思われますが、こと文学に限っては、朝鮮文学が日本
文学に影響を与えたという事実は確認されていません。逆はありますがね
(近代文学)。連中が好んで取り上げる朝鮮通信使の話にしても、漢詩の
やり取りや添削をしてもらったことが「朝鮮文学」の日本文学への影響に
なるなら世話はありませんや。その対象が漢詩という中国の詩である以上、
朝鮮通信使とその取り巻きの日本人は所詮中国文学の庭の中で遊んで
いたということに過ぎないのですから。それに、古代に朝鮮が日本に伝えた
という文化にしても、基本的に中国やインドのそれのコピーに過ぎませんしね。
古三韓から三韓時代にかけて、どれほどのウリジナル文化が栄えたという
のか、小一時間(略)。

59 名前:56:2003/03/05(水) 14:04 ID:hY/QnzO6

>>58
娜々志娑无先生、どうもありがとうございました。
そうですよねえ。蔑視云々を言うなら朝鮮の「看羊録」なんて思い切り
日本を蔑視してますし。
日本の大学で勉強しても反日の色眼鏡は簡単には変わらないのですね。

60 名前:(・∀・)スッドレ!:2003/03/05(水) 20:04 ID:HKzX2vJA

>>56
というか、普通の国の人ならまず、
「そんなことを言われた理由」を
知ろうとすると思うのですが。

61 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/06(木) 01:30 ID:gsay.a5E

>>58

>個人的には五千円札には貧乏臭い一葉たんではなくて

笑った。たしかになぁ。

62 名前:薔花:2003/03/10(月) 18:05 ID:AIxZKaDk

日本語と任那の言語に関して、お教えください。
まず日本語なんですが、>>30でもおっしゃっておられるように、
「実は日本語も夫餘系の言語である可能性が指摘されています」
と、なりますと、これは、どう考えればいいのでしょうか?
騎馬民族説ですと、古墳時代に扶余の渡来があったことになってしまうのですが、
邪馬台国当時の日本語と、百済語、高句麗語には、差異が認められていたと記憶しています。
弥生時代あたりの渡来と、考えればいいのでしょうか。

また別スレで、任那語には、和語の影響、扶余系言語の影響が考えられるとのお話ですが、和語の影響はわかります。
この和語の影響と、扶余系言語の影響は、同じことと考えていいのでしょうか。
神話や婚姻制度に関していえば、新羅、加羅(任那)、倭国は、南方的な文化要素の方を強く感じてしまうのですが。

63 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/10(月) 18:27 ID:d1WTvisU

 ここんとこ日本語と朝鮮語の数詞の話で盛り上がっていますが、その件で昨年
さる学会(地方学会ですが、まともな所です)で面白い研究発表がありました。私
自身は聴いていないのですが、最近その要旨を手に入れることが出来ましたので、
ここでご紹介しておきます。発表者の藤井茂利氏は日本語学者で、日韓の古代
文字資料の比較を通して古代日本語の表記法について精力的に研究している方
です。日本の大学を定年退職後、今は韓国で新羅大学に勤務されています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  「数」の類型 ──東アジア語比較から──
                                新羅大学 藤井 茂利

 内乃大野爾 馬數而(万葉・巻一・4)とある。「數」をなぜ「なめ」(「並べる」の意)
と訓むのであるのか考察する。

 漢字の「數」(以下略字の「数」を使う)という文字には「並べる」という意はない。
なぜかと言えば、「漢数字の字形」と「数える時の指の恰好」と「篆文の字形」とを
付け合わせてみると、中国では古来から数える時片手の指のみを使うので凡そ
「並べる」という意味合いは生じないからである。

 韓国でも数える時は一般に片手の指のみを使ったと考えられる。韓国語の固有
の数詞、ハナ(1)、ツル(2)、セー(3)、ネー(4)、タソ(5)、ヨソ(6)、イルゴップ
(7)、ヨドル(8)、アホップ(9)、ヨル(10)の「タソ」(五)の「タ」は「閉じる」という意。
「ヨソ」(六)の「ヨ」は「開く」の意である。「イルゴップ」は「薬指」という意であること
から片手の指のみで数えていたことが判る。

 日本の場合、fi⇔fu、mi⇔mu、yo⇔ya、itu⇔toと母音を変えることで倍の数が
得られるが、これは「対」によって生じる数である。「ナナ」は「並べられない」、「コゴ
ノ」は「屈める」の意で両手の指を対に並べることであった。であれば「数」に「並べ
る」の意が生じてくるのは当然である。因みに、「副・雙」にも「並め」の付訓がある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 日本語のことはひとまずおき、朝鮮語の数詞の話ですが、『李朝語辞典』で中期
朝鮮語の語形を調べてみました。「5」は[tasΛs]で「閉じる」は[tat-ta]、「6」は
['jっsΛs]で「開く」は['jっr-ta]と、少なくとも第一音節の子音-母音レベルでは音
が一致していますね。この語源説、個人的に中々よく出来ていると思うのですが、
これだけ音が似ていれば韓国人なら誰でも思いつきそうですよね。もしかしてこの
語源説、実は韓国では相当ポピュラーなものなのでは? ウリナラの方、乃至は
ウリナラ在住の日本人諸氏、その辺の事情をぜひぜひお教え下さい。

 次に日本語の数詞の起源について。日本は中国や朝鮮とは異なり、古くは両手
で数を数えていたという指摘は比較文化史的な意味でも大変興味深いものです。
しかも、このアイデアの凄いところは、そのように考えると、日本語の数詞の特徴
として知られる倍数法とも言うべき独特の形態の起源を難なく説明することが出来
るという点にあります。正直、「七」「九」の語源についてはまだまだ疑問の余地が
あるように思いますが、今後日本語の数詞の起源を考える上で本説が欠かせない
ものとなることは間違いないでしょう。

64 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/10(月) 19:57 ID:d1WTvisU

>>62 薔花さん

 ご存知のように高句麗は遠い過去に滅んでしまった国家であり、その言語で
ある高句麗語も歴史の彼方に消え去ってしまったので、今我々が高句麗語の
実態を掴むことは容易なことではありません。辛うじて『三国史記』の高句麗
地名表記から再構された語彙が80個程度あり、さしあたってそれが高句麗語
に関して我々が手にすることの出来るすべてと言ってもいいでしょう。さてその
ようにして再構された高句麗語を古代日本語と比較してみたところ、実に30個
までが日本語と対応する(ように見える)ことがわかり、そこから日本語は高句麗
語と同じ夫餘系の言語ではないかと言われるようになりました。特に数詞はよく
似ており、とても偶然とは思えません。以下、前スレで私が作成した数詞の一覧
表を掲げておきます。

  上代日本語 高句麗語 新羅語 高麗語 中期朝鮮語 現代朝鮮語

1   pito"    −−   hっtっn  hっtっn   hΛnah    hana
                 (一等)  (河屯)
2   puta    −−   tu"pっ"r tuβっr   turh     tu:r
                 (二尸)  (途孛)
3    mi     mil    −−    sei    s∂ih    se:s
            (密)          (洒)
4    'jo"     −−   −−    nei    n∂ih    ne:s
                        (廼)
5    'itu     'utu   −−   ta∫us  tasΛs    tasっs
           (于次)        (打戍)
6    mu    −−  −−    'jur∫us  'jっsΛs    'jっsっs
                       (逸戍)
7   nana   nanun  −−     'irkup   nirgub    'irgob
           (難隠)          (一急)
8    'ja     −−  −−    'jurtap   'jっdщrp   'jっdっr
                       (逸答)
9   ko"ko"no" −−   −−   'ahop   'ahob    'ahob
                       (鴉好)
10   to"'wo"   tek   −−    'jっr    'jっrh     'jっ:r
            (徳)          (噎)

 何せ高句麗語の数詞が四つしかわからないためどうしても部分的な比較に
ならざるを得ないのですが、それでもこれだけ日本語と数詞が似ている言語
は古今を通じて他に例がありません。また、この他にもpapa(母)、kuuts(口)、
mie(水)、tan(谷)、nuami(海)、sirap(白)、tsunyak(角)、nam∂r(鉛)、
usaxan(兎)など、日本語と実によく似たものがあります。もちろんc‘am(根)
やsapuk(赤)、cec(穴)、kai(王)など、日本語との対応関係が認められない
ものも多数あり、数量的にはそちらの方が多いのですが、それでも4割近くが
日本語と関連付けが可能というのは驚異的な似方であると言えます。

65 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/10(月) 19:57 ID:d1WTvisU

(続き)

 そんなわけで、私も高句麗語(夫餘系諸語)と日本語の間には一定の言語
上のつながりがあったのではないかと推測しています。それが言語的に同系
ということを意味するのか、それとも単なる借用関係なのかまでは断定しかね
ますが、いずれにせよ、歴史上のある一点で高句麗語と日本語との間に強い
接点があったことだけは間違いのないところでしょう。個人的にはその時期は
日本でいう弥生時代ではなかったかと私も思っていますが、これについては
別に何の確証があるわけでもありません。

 参考までに、現段階で私が想定しているところの日本語と半島諸言語の関係
を大雑把に示せば、以下のようになります。

            …━韓系祖語━┳→新羅語━━━━━━┯━┯→高麗語━→朝鮮語
                      .┗→百済語B.─────┤  |
夫餘/倭共通祖語┳→夫餘系祖語┳→加羅語/百済語A.─┘  |
            .┃         .┗→高句麗語───────┘
            .┗→倭系祖語━┓
                      ┣→倭語━━━━━━━━━━━━━━━→日本語
              . 縄文語━━┛

※百済語Aは百済の支配層の言語。百済語Bは百済の被支配層の言語。

 要するに私は、日本語という言語は夫餘系言語と縄文語のクレオールによって
生まれた混合言語ではないかと考えているわけですね。ま、当たるも八卦、当た
らぬも八卦と申しますから、言うだけタダということで一つ宜しく(藁)。

66 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/10(月) 21:01 ID:ubkWB432

Yahoo掲示板の非常に香ばしい方のスレッド
何が香ばしいって ホーム>科学>社会科学>言語学 カテにあります。

日朝両言語姉妹言語論
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000213&tid=ffcdabnbe8c08lbbpke8c08loc0&sid=2000213&mid=1&thr=1&cur=1" target=new>http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000213&tid=ffcdabnbe8c08lbbpke8c08loc0&sid=2000213&mid=1&thr=1&cur=1

なんか、この方、韓国の方のような・・・。
文禄慶長の役を壬申の乱って言ってるし。


67 名前:日語商売:2003/03/10(月) 22:36 ID:kOy/b8Po

>>63 娜々志娑无先生
お久しぶりです。
前回の書き込みは地鎮祭会場で酔っぱらいよろしくクダ巻いてるようなのだったw

韓国語の数詞の語源は、確か同じようなことを大野晋氏の著書で見かけたことがあります
(書名失念、確か講談社学術文庫だったような違ったような)。
「閉じる」「開く」に関連づける説はよそでも聞いたことがあるので、
相当ポピュラーなものだと私も推察します。
ただそこでは「開く (yeor-da)」に関連付けられていたのは「10 (yeor)」でしたが。
上記の大野著書では、その他の数詞も指で数えたことに関する語源がありました。

「なな」「ここの」の語源はいろいろ言われてますよね。
一番有名な説は「並め」「ここだ(幾許)」と関連づける説ですね。
ただいったいどこをどうやると「並め」と「7」が結びつくか分かりにくいですし、
「ここだ」も原義は「こんなにたくさん」という話もあるので、
本当にそれでいいのか分かりにくい。
私見では「7」は「斜め」と関係があるのかなと思うのですが
(どちらも「なの」「なのめ」という異形がありますし)、
「斜め」を「な(勿)+並め」と考えると、藤井説と同じですね。

しかし、面白い説のご紹介、ありがとうございます!
藤井先生は70を越えておられるのに、精力的な研究活動をなさっているようですね。
新羅大は遠いのでお話を伺いには逝けませんが。。。

68 名前:薔花:2003/03/10(月) 23:52 ID:XrPIBgcY

>>64-65 娜々志娑无先生
ありがとうございます。
思わず、中央公論社「日本の古代・前方後円墳の世紀」の中の「骨から古墳人を推理する」を読み返してしまいました。
土井ヶ浜・三津永田人のルーツが載っているんですが、金関氏が朝鮮半島北部としていたのに対し、この著者(埴原和郎氏)は、中国東北地方、あるいは東シベリア説をとっています。韓国釜山近くで発掘された人骨がきわめて似ているそうですし、この渡来集団を扶余と考えれば、ぴったりきそうに感じます。
縄文語と扶余語の関係は、古英語とフランス語の関係のようだったと、考えていいのでしょうか。


69 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/11(火) 07:26 ID:oJTaUEbc

日本語の起源について
http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm" target=new>http://www.sun-inet.or.jp/~ryr58037/kr_orig.htm

ヒマラヤ語群
7 nhiï
8 yai-lo
9 k-hå
10 tai
ビルマ語群
7 nai/ñet
8 šä/šet
9 kok/kok
10 tàtsä/tàs‘e

安本美典説も(・∀・)イイ!!

70 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/11(火) 14:14 ID:xVi2q..U

>>67 日語商売さん

 情報ありがとう御座います。朝鮮語の方はやっぱり相当ポピュラーな語源説
だったのですね。しかし、大野晋かぁ…。ちょっと引いてしまいますが、大野氏
だっていつも頓珍漢なことばかり言っているわけじゃないですしね(^^;。

>私見では「7」は「斜め」と関係があるのかなと思うのですが

 古代アクセントで見る限り、「なな(七)」も「ななめ(斜)」もともに低起式です
から、金田一法則(古代アクセントの高起・低起に関する式保存の法則)に
照らせば、両者が同語源である可能性は十分にあります。少なくとも高起式
の「なむ(並)」や「な(勿)ー」よりは可能性があるでしょう。ただ、「なな(七)」
は高句麗語のそれとも一致しますし、更に言えばツングース系諸語でも「七」
の共通祖形は[*nadan]と推定されていますから、そもそもこの問題を日本語
の内部だけで処理しようということ自体が間違っているのかも知れません。
例えば借用などの可能性も十分あるように思いますね。

71 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/11(火) 15:15 ID:xVi2q..U

>>68 薔花さん

 >>65の表はやっつけ仕事で作ったのでいろいろ問題があります。例えば、
加羅語を夫餘系諸語としていますが、これは地名表記に見える夫餘系要素
に基づいたものでして、中国の史書の記述や『日本書紀』に見える加羅語
「アリヒシ(南。中期朝鮮語arpに対応)」などを考慮すれば、むしろ韓系諸語
の方に入れるべきだったと後悔しております。あと、作図の際に、

            …━韓系祖語━┳→新羅語
                      .┗→百済語B

のようにしたのはまずかったですね。このようにするとあたかも新羅語が
韓系諸語の本流のように見えてしまいます。祖語から見ればどの言語も
子孫として平等なのですから、そう見えるように作図すべきでした。そんだ
こんだで作り直したのが以下の図です。

                      .┏→新羅語━┯┯→統一新羅語━┯→高麗語━→朝鮮語
            …━韓系祖語━╋→加羅語─┘.|           |
                      .┗→百済語B ─┤          |
                      ┏→百済語A.─┘          │
            .┏→夫餘系祖語┫                    .|
夫餘/倭共通祖語┫         .┗→高句麗語───(渤海語)──┘
            .┗→倭系祖語━┓
                      ┣→倭語━━━━━━━━━━━━━━━━━→日本語
              . 縄文語━━┛

※百済語Aは百済の支配層の言語。百済語Bは百済の被支配層の言語。

72 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/11(火) 15:36 ID:xVi2q..U

>>68 薔花さん
>縄文語と扶余語の関係は、古英語とフランス語の関係のようだったと、考えていいのでしょうか。

 それをより強大なものにした感じでしょうか。音韻で言えば、縄文語は少母音
(おそらくa,i,uの3母音)の言語であったろうと私は推定していますが、夫餘
系言語はそれに多くの母音を付け加えたと考えられます。奈良時代に母音が
8つも存在したのはその名残りというわけですね。しかしながら、それも平安
時代の初期には5母音に収斂し、現在のような形に落ち着きます。文法面での
影響は夫餘系言語のそれが皆目不明なので留保しておきますが、語彙面では
夫餘系言語は多くの文化語彙をもたらしたことでしょう。さしずめ数詞はその代表
格かも知れません。

73 名前::2003/03/11(火) 22:52 ID:gIrOATMM


>72
古事記のころには8母音あったのが急速に5母音にまで減って、その後はそこで安定したまま千年以上も変わる気配がないのはなぜかとずっと疑問に思っていましたが、そういうわけだったのですか。(こう簡単に信じ込んでいいものか、ちょっとためらう気持ちもありますが、ソンセンニムを信じていいですか?)

朝鮮語についてもちょっと疑問に思っていることがあります。私が朝鮮語の学習書で文字と発音の解説のあたりを読んで最初に感じたのは、なあ〜んだ、発音に関しては朝鮮半島からインドシナ半島までそっくりじゃないか、というものでした。朝鮮語は文単位の発話を聴くと全体の調子は日本語に似た印象を受けますが、音節を構成する音の単位としては大陸部に共通する特徴を持っているように思われます。

まあ、破裂音が音節頭では有気/無気の対立(k/kh,t/th,p/ph,c/ch)があり、音節末では破裂せず閉鎖のみ、音節末に二重子音はないという程度の共通点なんですが。でも朝鮮語もタイ語も音節頭では s,c,ch の音が音節末ではすべて t、数字の「二十」「三十」がともに「イーシップ」「サムシップ」、あまり似ているので思わず笑ってしまいました。二十、三十は漢語からの借用だから似ていて当然ともいえますが、それにしても「にじゅう」「さんじゅう」と比べるとやっぱり似すぎている。

で、疑問点とは、私には朝鮮語を含む大陸部の発音に共通点があるように思われるのですが、そういう見解を目にしたことがないということです。この程度の一致は偶然と考えられるのか、あるいは各言語が漢語の影響を受けて似た発音になったのか。なにかご存じでしたら御教授ください。


74 名前:七四三:2003/03/11(火) 22:59 ID:gIrOATMM

>73
名乗るほどの者ではないのでどうでもいいことなんですが、
名前入力の途中でリターンキーを押してしまいました。
以前も質問させてもらった七四三輩で御座います。

75 名前:日語商売:2003/03/11(火) 23:35 ID:S3hBRE4s

>>70-71 娜々志娑无先生
大野氏はあっち逝っちゃう前は、朝鮮語との比較をかなりまじめになさっていた
時期がありましたからね。

ツングース系諸語の祖形も似てるのですか!
ならば、私もこの説に乗りたいですね。
もともと5ぐらいまでの数詞がなかったところに、必要が生じて、
倍にしたり借用したり他の語をもってきたりしたで10までそろえた、
ってのが本当かもしれませんね。

系統図、とても参考になります。
私としては、縄文人が文化的には北方系要素を多くもっていることから、
あるいはその段階でツングース系言語を多く取り込んでいたのでは、とも思うのですが…。


76 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/11(火) 23:44 ID:NuRPGd6o

音節の構造が CV か CVC と比較的単純なのはアルタイ系と言われる言語も同じです。
とはいえ現代モンゴル語は、第二音節以降の母音が弱化するとかなんとかで、
少なくとも表記の上では妙なことが起きていますが。

声調があって音節ごとに区切って発音する言語と、
音節ごとに区切らない言語はかーなり違うと思います。

しかし何で朝鮮語は有気無気の対立で、有声無声の対立でないのか不思議に思っています。
他にアルタイ語と言われる言語のうち、少なくとも私の知っている範囲では
モンゴル語、トルコ語、それに満洲語はすべて有声無声の対立です。
もっとも満洲語は中国語の影響で有気無気の対立に置き換えられてしまったようですが。

ちなみに中国語は、例えば t の系列だと、t, th, d の三対立だったけど、
有声音が消滅して有気無気の対立になったそうです。

昔李基文の例の本を読みましたが、朝鮮の言語は記録に残っている限り、
昔からずっと有気無気の対立だったそうですね。
アルタイ祖語に結び付けようとする氏はかなり苦しい説明をしていたような記憶があります。

素人がテキトーなこと言ってスマソ。

77 名前:薔花:2003/03/11(火) 23:45 ID:gty7uKA6

>>71 >>72  娜々志娑无先生
重ね重ね、ありがとうございます。
あつかましくも、もう一つお尋ねしたいのですが、
例えば奈良時代に、古典の素養のある現代日本人がタイムトリップしたとしまして、どのくらい、言葉が聞き取れるものなんでしょうか。
つまり、現代日本語と上代日本語に、どのくらい発音の差があるか、
ということなのですが、例えば関西の人間が、生粋の東北方言だとか、鹿児島方言だとかを、聞く程度のものでしょうか?

78 名前:日語商売:2003/03/11(火) 23:47 ID:S3hBRE4s

>>73 七四三様
じつは5母音体系って、世界の言語の中では一番数が多くて、
しかも非常に安定しているんですよね。
だから日本語の場合、一度5母音に行き着いたら、あとは中世に一時期
[っ](広いオの記号の代わり)ができたりした時期もあるけれど、
ほとんど揺れ動いてないんですよ。

で、発音のことについては、軽々しいことは言えないのですが、
実はちょっとばかり似たようなことを考えていたのですよ。
東南アジアの方の言葉って、喉の緊張がある響きがあって、
まるで朝鮮語の濃音ばっかりのように聞こえるんですよ。
カンボジア、ベトナム、ラオス、タイのあたり。
喉頭の緊張を弁別要素にもつ言語はあまりないようで、
私も朝鮮語以外はしらないのですが、東南アジアの言葉を聞くと、
濃音のふるさとってこっちの方じゃないか、そんな印象を受けるのです。

もしかすると、韓系諸語って、意外と南方から来たんじゃないか、とか…。
駄レススマソ。

79 名前:日語商売:2003/03/12(水) 00:00 ID:nf6M3odc

ついでながら、ちょっと前に気になったところにも亀レスいたします。
ちょっと昔かじって、面白かったので…。

>>51
シナ・チベット語族ですが、アメリカや中国では盛んに研究しておられる学者さんも
いらっしゃるのですが、はたして「語族」と言えるまで親族関係が証明されたかというと、
ちょっと怪しいです…。

中国語とチベット語の語彙を比較して、祖語形を再建しようとしている
学者さんの論文を見ていると、結構比較できそうな語彙ってあるんですよ。
チベット語の音節構造は複雑怪奇で、安易に近隣諸語と比較できるのか
かなり怖いところがあるけれど、なんとか対応関係が建てられそうな気がします。
ところが、中国語はSVO言語、チベット語はSOV言語で、文法の面からいえば、
相当違うところが出てくる。西田龍雄氏が『言語学大辞典』の中で、チベット語型の
語順から中国語型への変化について仮説を書いていましたが、
ものすごいアクロバティックな説明でしたw。

80 名前:七四三:2003/03/12(水) 01:17 ID:zCJaXaZ.

>76 名無しさん

東南アジアの言語と朝鮮語では有気/無気の対立を別にすればたしかにかなーり違いますね。
片や単音節、声調(クメール語に声調はないけど代わりに母音が14あって二重子音も山ほど)、SVO、NA。
片や多音節、声調なし、SOV、AN。

朝鮮語の有気/無気の対立は記録に残る以前に漢語の影響を受けた可能性が高いんでしょうかねえ。



>78 日語商売様

5母音体系が安定しているという点について日本語話者の私としては全面的に同意します(笑)
でもそれなら世界中の言語がいろいろ発音のゆれを経たのち最後は5母音に収束してもよさそうなのに
そうはなりそうもない多くの母音を持った言語も多いことを考えると、やはりなんだか不思議な気持ちは
残りますね。日本語が中世の一時期に母音が増えかかったとは知りませんでした。

朝鮮語と東南アジア大陸部の言語の音に何らかの類似を感じておられたとは、私の気の迷いのせい
ばかりではなかったかとちょっと心強く感じます。私もタイ、カンボジア、ベトナムの言葉を聞いた
ことはありますが(ほとんど意味はわからないまま)、部品にまで分解すれば共通点が見つかると
思うだけで、聞いて朝鮮語と似ていると感じたことはありませんでした。


81 名前:通りすがり:2003/03/12(水) 01:37 ID:QT3R.iJI

今でも、日本語の母音は8つある罠
音声合成をしていると、母音が8つ以上無いと
アクセントや音程で逃げ切れず不自然に聞こえる。
みんな、無意識に使い分けているから、
いちいち、説明しなきゃいけない。
説明しても、納得してくれない人もいる(T_T)
今でも、表記上に母音が8つあれば、とつくづく思う。


82 名前:菊也 寛:2003/03/12(水) 03:36 ID:yimxd/9o

>>78
>もしかすると、韓系諸語って、意外と南方から来たんじゃないか、とか…。
遠い昔、なんかの拍子で読んだ百科事典(ジャンル・ジャポニカってやつだったか?・・)で、
馬韓、辰韓の住民の南方系の要素に関して、馬韓の住民はポリネシア、辰韓の住民はインドネシ
アとの関連を示唆する記述があったのを思い出しました。(言語に関する記述ではなく、住民の
形質に関するものでした)

83 名前:菊也 寛:2003/03/12(水) 04:10 ID:yimxd/9o

もう一つ断片的な素人レスを許して頂くと、韓国に逝って韓国語を習い始めて一年ぐらい経った頃に、
先生(言葉を教える先生ではないですが)の雑談で、慶尚道地域の元々の住民は濃音(現代韓国語で
はハングルで子音を二つ重ねて表記するもの)の発音がよくできない、と聞いた記憶があります。

濃音が弱い方言が成立した時期が、>>30で娜々志娑无先生に御教示を受けた
辰韓語━┯━新羅語━━┯━統一新羅語━┯━高麗語━━朝鮮語
の線の、どの辺りなんだろうかと、ふと思いました。

84 名前:菊也 寛:2003/03/12(水) 04:18 ID:yimxd/9o

>>83
勿論現在は学校教育、放送の普及等で韓国語の発音は地域差が薄くなって平均化しているで
あろう、という推測を付け加えます。

駄レス失礼致します。

85 名前:菊也 寛:2003/03/12(水) 04:22 ID:yimxd/9o

>>84
現在は
 ↓
其れ(学校教育、放送の普及、住民の移動の増大)以前に比べ

に訂正します。

86 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/12(水) 10:27 ID:zCJaXaZ.

>81 通りすがりさん
その話、もうちょっと具体的に教えてもらえませんか。

87 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/12(水) 11:56 ID:R15DpbHE

日本人は「ん」を前の音との組み合わせによって発音変えてる、と何かの記事で読みマスタ。
例文読んでみたけど違いがよくわからんかった。(苦笑

88 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/12(水) 16:51 ID:mLI1G.SQ

>>73-74 七四三さん
>古事記のころには8母音あったのが急速に5母音にまで減って、その後は
>そこで安定したまま千年以上も変わる気配がないのはなぜかとずっと疑問に
>思っていましたが、そういうわけだったのですか。(こう簡単に信じ込んでいい
>ものか、ちょっとためらう気持ちもありますが、ソンセンニムを信じていいですか?)

 ども。お久しぶりです。八母音が五母音に減少した理由についてはまだ
定説がありませんので、私のも一つの説ということでご了解下さい。上代の
母音数については上代五母音説というのもありますしね。

>私には朝鮮語を含む大陸部の発音に共通点があるように思われるのですが、
>そういう見解を目にしたことがないということです。この程度の一致は偶然と
>考えられるのか、あるいは各言語が漢語の影響を受けて似た発音になったのか。
>なにかご存じでしたら御教授ください。

 う〜ん。ちょっとそういうのは記憶にないですね。なにぶん日本語以外の
言語については不勉強なもので(^^;。ただ、>>76さんも指摘されています
が、東アジアにおいては何と言っても中国語の影響が大きかったことは
確かです。何せシナは古代においては唯一の先進国であり大国であった
わけですから、周辺の弱小民族はどうしても影響を受けざるを得ません罠。
日本語にしても、漢字を受け入れる過程で、撥音や促音、拗音、連母音、
語頭濁音節、語頭ラ行音等を許容する言語に変わってしまいましたしね。
幸か不幸か、中国語にある有気と無気の対立だけは受け入れずに済み
ましたが、これはやはりシナ大陸と海で切り離されていたことが大きかった
と思います。そうでなければ、今頃は我々も朝鮮語のように有気音を使って
いたでしょうし、ことによると音節末子音のようなものまでも受け入れていた
かも知れません。

89 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/12(水) 17:00 ID:mLI1G.SQ

>>75 日語商売さん
>私としては、縄文人が文化的には北方系要素を多くもっていることから、
>あるいはその段階でツングース系言語を多く取り込んでいたのでは、とも思うのですが…。

 その辺をどう考えるかが難しいんですよね。まぁ縄文時代は1万年もあります
ので、縄文語そのものが実は北方系言語と南方系言語のクレオールであったと
いう可能性もあるのではないかと思います。

90 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/12(水) 17:27 ID:mLI1G.SQ

>>76
>しかし何で朝鮮語は有気無気の対立で、有声無声の対立でないのか不思議に思っています。

>昔李基文の例の本を読みましたが、朝鮮の言語は記録に残っている限り、
>昔からずっと有気無気の対立だったそうですね。
>アルタイ祖語に結び付けようとする氏はかなり苦しい説明をしていたような記憶があります。

 これですな。

   子音の比較において認められる最も興味ある事実は、(1)─(8)(引用者
  注:アルタイ祖語の*p,*b,*t,*d,*k,*g,*c,*з)において韓国語の平音
  が、アルタイ祖語の無声音と有声音に共に対応していることである。韓国語
  では古代にも有気音(ph,th,kh,ch)があったものと推定されるが、これらは
  アルタイ諸語の無声音に規則的に対応はしない。(これらの例は極めて少い
  が、やはりphは*p,*bに、thは*t,*dに対応するようである。)この事実は、
  韓国語で祖語段階の無声音と有声音の合流が生じ、その後有気音系列が
  発達したと見ることによってのみ説明され得るのである。
                              (『韓国語の歴史』26頁より)

 朝鮮語の有気/無気の対立はおそらく中国語との接触によって得たので
あろうと私は勝手に推測していますが、それならなぜ有声/無声の対立の
方は獲得しなかったのか、自分でも今イチ納得出来ないでいます。韓国
切ってのアルタイスト・李基文の説くように朝鮮語がアルタイ系の言語である
なら、朝鮮語にも無声/有声の対立が存在した時期もあったはずですから、
無声/有声の対立が復活するには絶好の機会だと思うのですが。

91 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/12(水) 17:45 ID:mLI1G.SQ

>>77 薔花さん
>例えば奈良時代に、古典の素養のある現代日本人がタイムトリップしたと
>しまして、どのくらい、言葉が聞き取れるものなんでしょうか。

 ハ行子音はΦ(フの子音)ないしpですからハヒフヘホはファフィフフェフォ
(パピプペポ)、サ行子音はtsないしt∫と推定されていますからサシスセソ
はツァツィツツェツォ(チャチチュチェチョ)、それに加えて母音が8つですから、
現代人では聞き取りは結構大変だろうと思います。まぁ古典、特に奈良時代
のそれの素養がある人なら、ある程度時間を掛ければ何とかなるでしょう。
もしタイムマシンで奈良時代に行けるとしたら、私はぜひ言語調査してみたい
ですね。これがウリナラ人だったら、日本に残る半島文化の痕跡を求めて、
日本全国を死ぬまでさ迷い歩くことでしょうが(藁)。

92 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/12(水) 20:30 ID:mLI1G.SQ

>>80 七四三さん
>日本語が中世の一時期に母音が増えかかったとは知りませんでした。

 [au][kau][sau]のような連母音が[o:][ko:][so:]と長音化する過程で
一時的に[っ:][kっ:][sっ:]になったのです。このことは16〜17世紀の
キリシタン資料にアウ、カウ、サウ系の語がo∨、オウ、エウ、コウ、ケウ、
ソウ、セウ系の語がo^で書き分けられていることから明らかになりました。
まぁでも結局どちらも[o:]に収斂してしまったのですがね。

93 名前:日語商売:2003/03/12(水) 21:30 ID:nf6M3odc

>>81
私もぜひ御教授願います。
自動音声入力とか、人工音声を作るときには、なるべく自然なものになるように、
音の違いを忠実に再現するため、ちょっとした子音や母音の違いも
考慮に入れなければならないことは存じてはいるのですが。

なお言語学では、個別の音の違いはあっても、環境で違っているだけ
(例:は[ha]、ふ[Фu]の子音の部分)とか、区別をしないものは、
同じ音だと判断して扱います。その方がいろいろな現象を説明しやすいのです。
このような音声の整理の作業をし、説明をするのを、「音韻論」と呼び、
純粋に人間の音声を扱う「音声学」とは区別します。

94 名前:七四三:2003/03/12(水) 21:30 ID:zCJaXaZ.

>92 娜々志先生ニム
解説ありがとうございます。au → o(広口) の変化などいかにも規則性がありそうですね。
この場合ローマ字資料が残ったため変化の経過が実証されたのでしょうが、仮名書き資料しか
なければ見落とされてしまった可能性が考えられるし、そもそも当時の人が違う音色の音を
言い分けながらそれを別の音として意識していただろうかという疑問も出てきます。

う〜ん、こうなると >81 の音声合成技師ニムからぜひ解説いいただきたいという気持ちに
なりました。

95 名前:日語商売:2003/03/12(水) 21:42 ID:nf6M3odc

>>87
「ん」の音は、どこをどうやると正しい音が出る、という種類のものでなく、
「後ろに母音を伴わない、鼻から抜ける音(鼻音)」を総称しているものなのです。
たとえば「だんご」の「ん」は、いわゆる鼻濁音のng[η]だし、
「こんぶ」の「ん」は[m]、「おんど」の「ん」は[n]です。
そして「ほん」の「ん」とか、「でんわ」の「ん」は、発音記号では[N]で代用しますが、
実際には口の中で閉じているところを作らず、自然に鼻に息を通して出す音です。
しかも最後の「ん」は、前にくる母音と同じ口の形のままなので、
厳密には前にくる母音によって音がわずかずつ違います。
こんなに違いのある「ん」のあらわす音ですが、ではなぜ全部「ん」であらわすのかというと、
「日本語話者がこれらの「ん」を違うものと思っていないから」です。

96 名前:薔花:2003/03/12(水) 22:19 ID:1b1iP9ZY

>>91
少女時代からの疑問に、次々とお答えいただき感謝です。
一応、当時から、「古代国語の音韻について」
なんぞという文庫本を買い込み、難しそう、とは思っていたのですが。
このスレッドは、勉強になります。

私は奈良時代ならばやはり、宮中にしのびこんで、
歴史の謎をさぐりたいと思います(笑)

97 名前:奈々誌:2003/03/13(木) 00:26 ID:FCaHSda.

>>95
「ん」の発音に関して以前から疑問に思っていたのだけれども、
東京の地下鉄日本橋駅の発音はNihombashi Stn.と表記されていて
大阪の日本橋はNipponbshiと発音しているのはなにか歴史的背景が
あるのだろうか?日本の発音は近世以前はすべてp音だけだったような
気がするのだが、確か「全国アホバカ分布考」では関西弁は比較的
新しい言葉だと言っていたような気がしたしなあ。なんだかよく
わかりませんですまそでした。


98 名前:奈々誌:2003/03/13(木) 01:31 ID:FCaHSda.

訂正 Nipponbshi→Nipponbashi

99 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 15:34 ID:lp4zXWuU

>>78 日語商売さん

 李基文は、濃音は古代語(新羅語)の段階ではまだ存在せず、中世語
で初めて音韻として確立したと考えているようですね。

   古代語には、濃音系列は存在しなかったものと見られる。古代語に
  濃音が存在したとするならば、そして平音、有気音、濃音の三系列が
  存在したとするならば、中古中国音の全濁系列が東音(引用者注:
  朝鮮漢字音のこと)で濃音系列に反映された可能性が大きいと言い
  得るが、全濁は原則的に平音に反映されたのである。このようにして
  東音には濃音が一つもなかったのである。この事実は、東音成立時
  にはまだ韓国語に濃音系列がなかったことを物語ってくれるものとし
  か解釈できない。そして漢字借用表記にも濃音表記が確認されない
  と言う事実も同じ結論に導く。
                     (『韓国語の歴史』古代語・82頁より)

   前期中世語の子音体系は濃音系列の登場をその特徴とする。濃音
  は本来、単語または形態素の連結から生じた現象と思われる。例えば
  古代語においても、属格の「叱」(s)や動名詞語尾の「戸」(r)の後に
  来る語の頭音p,t,s,c,k等は、濃音に発音されていたものと推測
  される。しかし濃音は語頭に現われることによって始めて音韻体系の
  中に確固たる地位を占めるに至ったのである。濃音がどのようにして
  語頭に出現するようになったのかはまだ明らかにされていないが、
  その時期が前期中世語段階であったことだけは間違いのないようで
  ある。不幸にも『鶏林類事』や『郷薬救急方』では語頭濃音の明確な
  証拠を見い出すことはできないが、後期中世語資料からこれが広範
  に確認される事実に鑑みて、その存在は疑い得ないものと考えられる。
                  ( 『韓国語の歴史』前期中世語・110頁より)

100 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 15:44 ID:lp4zXWuU

>>81

 私も知りたいなぁ。これは別に煽りじゃないですよ。/u/については
ス・ツ・ズ・ヅとそれ以外のウ段音とでは発音が微妙に異なり、前者が
後者よりも口の前寄りに発音されることくらいは知っていますが。

101 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 15:50 ID:lp4zXWuU

>>83 菊也 寛さん

 >>99によれば、濃音が登場したのは前期中世語(高麗語)の段階のようですね。
慶尚道方言では濃音の発音が苦手という話が本当なら、案外濃音は高句麗語の
影響によって生まれたものなのかも知れませんよ。ま、多分違ってるでしょうけど(w。


102 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 16:40 ID:lp4zXWuU

>>94 七四三さん

 国語学ではオ段長音の[っ:]と[o:]をそれぞれ開長音(開音)・合長音(合音)
と呼び、両者の発音の区別を「開合」と言います。キリシタン資料ではoに記号
「∨」「∧」を付けることによって両者を区別していますのでわかりやすいですが、
日本側の資料でも「あう」「かう」「さう」等と「おう」「こう」「そう」「えう」「けう」「せう」等
は室町時代まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがないので、
日本人もその違いを音韻的区別としてきちんと意識していたことがわかります。
しかしその区別も室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つようになり、
江戸初期には完全に混乱してしまいます。なお、新潟県中部方言などでは今も
開合の区別が残っているそうです。

 面白いのは室町後期の関東・東北・北陸の文献などではオ段長音とウ段長音
との間で表記上の混乱が見られるという点です。例えば「ちう(朝)」「ひう(俵)」
「しんせう(信州)」のような感じです。しかもよく調べてみるとウ段長音と混乱する
のは合長音の方が圧倒的に多いのです。これはこの地方の方言においては
開長音が発音上[o:]に近づいたためにそれを嫌った合長音が[u:]の方に逃げ、
その結果ウ段長音との間で表記上の混乱が生ずるに至ったものと考えられます。
開合の区別を守るためにはウ段長音と混乱することも厭わない、そういう方言も
存在したというわけです。

103 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 17:04 ID:lp4zXWuU

>>97 奈々誌さん
>東京の地下鉄日本橋駅の発音はNihombashi Stn.と表記されていて
>大阪の日本橋はNipponbshiと発音しているのはなにか歴史的背景が
>あるのだろうか?

 橋名の歴史的背景は存じませんが、「日本」の読み方については、ニッポン
よりもニホンという言い方の方が遅れて登場することは確かですね。

>日本の発音は近世以前はすべてp音だけだったような
>気がするのだが、

 少なくとも室町時代にはもうニホンという語形はありましたよ。それどころか
ジッポンなんて言い方もありました。

104 名前:七四三:2003/03/13(木) 20:50 ID:vlDvPLLE

>>102 娜々志先生ニム

他に判断材料を持ちあわせていないので先生ニムの書込みから抜粋してみました。

(1)
>日本側の資料でも「あう」「かう」「さう」等と「おう」「こう」「そう」「えう」「けう」「せう」等
>は室町時代まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがない

(2)
>その区別も室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つようになり、
>江戸初期には完全に混乱してしまいます。

(3)
>16〜17世紀の
>キリシタン資料にアウ、カウ、サウ系の語がo∨、オウ、エウ、コウ、ケウ、
>ソウ、セウ系の語がo^で書き分けられている

(文脈からして(1)の「室町時代までは」とあるのは「室町中期までは」ということでしょうか?)

(3)の16〜17世紀というのは(2)の室町末期〜江戸初期にあたると思います。
とすると、上の3点から言えるのは、
a)16〜17世紀にはアウ系の連母音は開長音o∨へ、オウ系の連母音は合長音o∧へ変化していた。
b)長音に変化したあとでは変化前の連母音を表わす仮名遣いに混乱が見られた。
ということのように思われます。

(1)の仮名遣いが正確だった時期に連母音として発音されたか長音として発音されたかは不明で、
従って[っ:]/[o:]を意識して区別していたとまでは言えないように思われるのですが。


105 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/13(木) 23:04 ID:1SvXFSG.

娜々志先生ニム

漢字の音読みは「唐音」「宋音」など伝わってきた時の
汪兆銘~h^h^h王朝名で呼ばれますよね。
しかし
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/goonkanon.htm" target=new>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/goonkanon.htm
>日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。
という人がいるのですが信じられるのでしょうか?
それにそもそも「当時の百済の漢字音」なるものは現代日本語に残っているものなのでしょうか?


106 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 00:20 ID:RXb90Jl6

>>104 七四三さん

 開合の話をする前に連母音の長音化についてお話ししておくべきでしたね。
オ段長音そのものは平安初期には日本語の音韻として登場していたことが
「吐トウ反」(『般若経集験記』820〜860年頃)「とうか(十日)」(『土左日記』
935年)などの例から確認出来ますが、[au][ou][eu]系の連母音の長音
化はそれより遅れ、平安末期から院政期にかけてのことと推定されています。
と言うのは、この時期になると「えう」と「よう」、「せう」と「しよう」、「でう」と「ぢよう」
等の間で表記上の混乱が著しくなるからです。「えう」「よう」は本来[eu]['jou]
のような発音だったはずですから、両者の表記が混乱しているということは、
「えう」「よう」は合流して同一の音に変化したと見るほかはありません。それが
['jo:]だったかそれとも['joo]だったかは判断が難しいですが、仮に['joo]で
あったとしても、この時期にはもうオ段長音が音韻として加わっていたわけです
から、速やかに長音化して['jo:]の如き発音になっていたものと思われます。

 そんなわけで、かつて[au][ou][eu]系の連母音だったものは室町時代に
入る前に既にオ段長音化(それが[っ:]か[o:]かはともかく)を済ませており、
16世紀になって初めてオ段長音化したわけではありません。ただ、>>102
一部不正確というか曖昧な書き方になっていることは確かですね。「室町時代
まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがない」と言いながら、
「室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つ」では誤解されても仕方
がありません。最初の文は「室町初期までは…」とすべきでしたね。スマソ。

 ちなみに、「開合」は本来は漢語音韻学の用語で、円唇性の発音のものを
合口、その他のものを開口と言って区別したのが始まりですが、日本では
おおむね>>102のようなオ段長音の発音の別という意味で使用されました。
17世紀末に出版された謡曲関係の伝書では「開合」という用語を用いてオ段
長音の口の開きの違いを区別し分けなければならないことを説いています。
17世紀末と言えば開合の区別は完全に失われていた時期ですが、謡曲は
室町初期からの長い伝統がありますから、古い発音が伝承されていたよう
です。裏を返せば、わざわざこのような指摘が必要になるほど、謡曲の世界
でも開合の区別がしづらくなっていたということでもありますが。

 そうそう、キリシタン資料では開合の区別はよく守られていますが、それでも
まったく開合の混乱がないわけではなく、例えば『日葡辞書』(1603〜4年)
には「Matto^(全う)」のような混乱例があります。また同じキリシタン資料で
ある『ロドリゲス日本大文典』(1604〜8年)では、開合について解説した上で、
「日本ではこの二つ(引用者注:開音と合音)を誤ることがある」と指摘しており、
当時の京都語においては開合の区別に乱れがあったことがわかります。そう
いう意味ではキリシタン資料は開合の乱れが少な過ぎるとも言えますが、これ
はキリシタン資料がそもそも外国人が正しい日本語を学ぶための教科書的
性格を有しているからと解されます。教科書なのだから規範性が強いのも当然
です罠。おそらく当時(1600年前後)の京都の一般庶民の口語においては開合
の区別は相当混乱していたと推測されますが、それでも一部区別をする層(老人
とか貴族とか)が残っていたのでしょう。それでキリシタン達は開合の区別はきちん
と守るべきであると考え、殊更に開合の区別にこだわったのだと解されます。

107 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 01:55 ID:RXb90Jl6

>>105
>漢字の音読みは「唐音」「宋音」など伝わってきた時の
>汪兆銘~h^h^h王朝名で呼ばれますよね。

 その理解は正確ではありません。宋音はともかく唐音は唐ではなくて
明・清時代の漢字音ですし、むしろ漢音こそが唐代の漢字音なのです。

>>日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。
>という人がいるのですが信じられるのでしょうか?

 上代に日本に伝わった漢字音の中に「対馬音」というものがありまして、
欽明天皇(510〜571)の御代に、百済の尼僧・法明が対馬に来て仏教
を伝えた際、『維摩経』を読むのに使った漢字音がそれであると言われて
います。これは平安初中期の訓点資料に見える伝承ですが、それが本当
かどうかは別として、かつて対馬音と呼ばれる漢字音が存在したことは
疑う余地はありません。問題は対馬音の実体ですが、断片的な資料を
もとに推測する限り、呉音に極めて近い系統の漢字音であったようです。
そのためもあってか、中世以降はその実体を失い、呉音の別称として扱わ
れるようになりました。そういう事情がありますので、そのホームページの
ように対馬音と呉音を混同してしまうのも無理はありませんが、少なくとも
平安初期の段階では対馬音と呉音は別の漢字音として意識されていたこと
は確かです。

 さて肝心の呉音ですが、やはり仏教とともに百済から伝わったと考るべき
だと思います。呉音の源流は六朝時代の南方音であり、南朝は仏教が盛ん
でした。百済は南朝に朝貢していましたから、その時に仏教と一緒に呉音を
持ち帰ったのでしょう。ただ、多少気になる点がないでもありません。実は
『日本書紀』に百済の史料が引用されているのですが、その逸史に見える
固有名詞の漢字表記は漢音はもちろん呉音とも一致しないのです。例えば、
以下のような例です。

  百濟本記に云はく、委(やまと)の意斯移麻岐彌(おしやまきみ)といふ。

 「彌(弥)」は呉音ミ漢音ビですからいいとして、「意」をオと読み「移」をヤと
読むのは呉音とも漢音とも一致しません。実はこれ、三国時代に朝鮮半島
に伝わったとされる古い漢字音に基づいているのです。どうやら百済では
呉音が古い漢字音を完全に駆逐するには至らなかったようですね。実は
この種の古い漢字音は日本でも推古遺文のような記紀以前の古い資料で
使われていますので、日本にはまずこの種の古い朝鮮漢字音が朝鮮半島
から入ってきたようですが、呉音の流入とともに速やかに駆逐されてしまい
ました。漢音が呉音を駆逐出来なかったことからもわかるように、普通は
先に入った方が有利なはずなのですがね。おそらく漢字音として普及する
前に呉音が怒涛のように押し寄せてきたということなのでしょう。

 ちなみに、現在の朝鮮漢字音は大部分唐代の中原音に基づいているそう
ですから、百済の漢字音は百済の消滅とともに失われたものと思われます。
尤も、「車(コ)」のように古い漢字音に由来するらしいものも極少数ですが
残ってはいるようですので、全羅道方言あたりにもしかすると百済の漢字音
が残っているかも知れませんね。まぁあまり期待は出来ませんが。

108 名前:七四三:2003/03/14(金) 18:57 ID:Zve.lmSQ

>>106 娜々志先生ニム

>>104 はちょっと疑問に思ったことを書いただけで、もちろん「説」というようなものではないのですが、
なんだか、二三の断片から何かを推論しようとしてもすぐ破綻を来すことの見本のようになってしまいましたね。

改めてソンセンニムの学識に平伏して拝聴いたしました。

109 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 19:19 ID:RXb90Jl6

>>108 七四三さん

 ああっ、そう畏まらないで下さい(汗)。大体、誤解を招くような書き方をした
私の方が悪かったのですし(^^;。それに、相手が誰であろうとも疑問に思った
ことは指摘するというのは学問の基本です。世の中に専門家は数あれど、
「その道の権威」なんてものは本当はいないのですから。これは私自身の
自戒の言葉でもあります。

110 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/15(土) 22:54 ID:yWourhAo

檀君は、ウリナラナショナリズムのシンボルであるにも関わらず、
なにしろ初出が13世紀末に坊さんが書き散らしたわずかな文章なので、
その存在を証明しようと試みるニダーさんたちは四苦八苦しているようです。

そんな中、檀君 Tangun は、モンゴル語やトルコ語の「天」と語源を同じくする
という説が一部で流布しています。
ただのお話だと思っていたら、とあるアジアの歴史を扱った辞典に、Tangun の項目で、
"linguistic research suggests..." という風にこの話が紹介されていたので驚きました。

確かにトルコ語 tangri、モンゴル語 tngri は、tangun と、似てないってわけでもないです。
似ている単語を場当たり的に集めただけで学問的意味があるのかって疑問がまずあります。
それにモンゴルと朝鮮の間にある満洲を見れば、満洲語で天は abka だし、
そもそもの朝鮮語では haneul と、檀君とは似ても似つかない形です。
ちなみにモンゴル語のそれは、テュルク語からの古い借用と考えられているそうです。
トルコも突厥の時代には、モンゴル高原を支配し、満洲まで勢力を伸ばしていたものの、
どうも朝鮮との関わりは薄そうです。
私が調べた範囲ではこれぐらいしかわかりません。
このお話の妥当性はどの程度でしょうか?

111 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/15(土) 23:24 ID:nyX/Mg.w

檀君って「檀」という人物に「君」という尊称をつけた呼び方なの?

112 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/16(日) 23:54 ID:jZjRbqBQ

娜々志先生ニム

詳細な解説有難うございました。

「唐音」「宋音」「呉音」単純に王朝名じゃないんですね。
大変勉強になりました。

「対馬音」の方は、はじめて聞きました。
使われなくなったのは対馬音を伝えた百済が滅んで
追加の文章や人間が来なくなった為でしょうかねぇ。
白村江の戦い以降半島とは険悪な時期が長かったですし‥

それにしても、ちゃんとした半島由来なんですね。
#このスレで捏造じゃないものはもしかして始めて?

113 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/17(月) 13:22 ID:SAygBNS2

>>110
>初出が13世紀末
高麗がモンゴルに制圧された後なんでしょうか?
韓国相撲もモンゴル相撲の影響大ってことですし・・・

114 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/17(月) 18:26 ID:0LUwg6Fo

>>110,>>113

 トルコ、モンゴルのテングリ神話については知識がほとんどないので、
平凡社の『世界宗教大事典』で調べてみました。

  テングリ tngri トルコ族、モンゴル族における物質的実在としての
    天、およびシャマニズム神観上の精神的実在としての天神、また
    は天神の下にいる神々をいう。モンゴル語ではtegri、tenggeri
    とも表記され、ta¨ngriは古代トルコ語のローマ字表記である。
    蒼天そのものに対する崇敬から天の神格化が行われた。
                   (中略)
    テングリという語はまた神の普通名詞としても用いられる。トルコ
    族やモンゴル族は、その族祖が天から遣わされ(高車、突厥)、
    天の定命によって生まれた狼であり(モンゴル)、また光に感じて
    生まれた天の子である(モンゴル)と信じていた。そして彼らの王
    は、匈奴が王たる単于ゼンウを〓犂孤塗トウリコト単于(〓犂=tngri、
    孤塗=子、単于=広大)つまり大天子と称していたことに示される
    ように、天の子であり、シャーマンであると信じられていた。(後略)

※〓は? [才(尚/牙)]

 檀君神話がいつどのようにして誕生したのかなんて、私ふぜいが答え
られるような簡単な問題ではないでしょうが、檀君神話が1145年の
『三国史記』に一切記述されていないことからして、それほど古いもので
はないだろうということは言えるだろうと思います。『三国遺事』の成立は
1280年代ですが、この時期は蒙古人の高麗攻撃開始(1231年)から
50年、蒙古への服属を示すために高麗が太子を人質に差し出した時
(1259年)から20年以上経過した時期です。1278年には蒙古の服装
に変えるべしという命令も出ています。そんなわけで、時期的に見て神話
に関しても蒙古の影響を受けていてもおかしくはなさそうです。となれば、
この時期に蒙古からテングリ神話が伝わり、それを漢字表記する必要が
生じた結果、考案されたのが「檀君」ということだって十分あり得るのでは
ないでしょうか。

 以下は素人の勝手な憶測ですが、檀君神話というのは結局、高麗の
反蒙古勢力が蒙古のテングリ神話に対抗すべく、テングリ神話をベース
に仏教や高麗の民間伝承と適宜融合させてそれらしく作り上げた捏造
神話なのではないかという気がしてなりません。まぁこんなことを言えば
ニダーさん達から猛反発を食らうこと疑いなしでしょうが。

115 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/17(月) 19:59 ID:0LUwg6Fo

>>114

 ただそのように考えると、『後漢書』東夷伝の馬韓条に見える「諸國邑各以一人
主祭天神。號爲天君。」や『三国志』東夷伝馬韓条の「信鬼神。 國邑各立一人主
祭天神。名之天君。」の「天君」こそが「檀君」のことであり、檀君神話はやっぱり
古くから存在したニダ〜!というニダーさん達からの反論が予想されますね。
まぁ確かに当時の馬韓に「天」を神格化した宗教が存在したことは確かでしょうが、
「天」を神格化するのは何も檀君神話やテングリ神話の専売特許というわけでは
なく、お隣の宗主国様におかれましてはそれこそ周代からの長い伝統があります
から、馬韓の「天君」を無条件に匈奴のテングリ神話につなげるわけにはいかない
でしょう。むしろ私としては、『後漢書』『三国志』等の中国の史書(当然高麗人は
その内容を熟知していたはずです)に見える「天君」の記述とシンクロさせるために
「天神」を始祖とする「檀君」神話が生み出されたのだと考えたいですね。

116 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/18(火) 23:04 ID:YcWCs.sE

檀君神話がモンゴルの影響で成立というのは意外な仮説ですね。
古代のアルタイ系の繋がりをことさらに主張する人たちの主張にとらわれていて、
そういう発想は出てきませんでした。

言われてみれば、檀君が即位したという平壌周辺は、
1270年に東寧府が置かれてモンゴルの直轄領になってます (1290年高麗に返還)。
どの程度の可能性かわかりませんが、あり得ないとも言い切れないですね。


しかし、英語の百科事典や歴史系の事典を見ると、
意外とニダーさんたちの主張がそのまま通ってます。
朝鮮がらみの項目を、韓国人乃至韓国系の人が書いていたり、
そうでなくても韓国系の文献しか読んでいない人が書いていたり。
例えば、「渤海 (Palhae) を最後に満洲から朝鮮人勢力が消えた」なんて記述を見て仰天しました。
渤海を朝鮮系にしてしまっていいのかという問題。
それに、モンゴル時代には、モンゴル人に連れてこられたり自発的に降った
高麗人のコロニーが遼東にあったので、渤海で最後ってわけではない。
(遼東を満洲に含めてよいかはこれまた問題だけど)
とまあこんな具合。

117 名前:貴須王の孫:2003/03/21(金) 01:53 ID:CQHd2SNc

ちょっと横レスになるのをお許し下さい。

委意斯移麻岐彌=やまとのおしやまきみ 

と読む説には賛同しかねるなぁ・・・
この人物は日本側の「穂積臣押山」に比定されているけど、姓(かばね)は「臣」だ。
「おしやまきみ」だと当然、姓は「君」のはず。

カミ−キミ−オミ−タミ の序列が厳しかった当時、臣←→連などの混同はありえても、
君←→臣の混同はちょっとありえんのじゃないかな? それとも考えすぎかな?
どうだろう、娜々志娑无さん。

118 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 03:14 ID:Ihy6Qp4A

「きみ」というのは単なる敬称でカバネの「きみ」とは違うんでしょう。

119 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 03:54 ID:Ihy6Qp4A

檀君神話は古いものではなく、日本でいえばいわゆる「中世神話」みたいなものでしょう。
1)平壌の土着信仰(王倹仙人)と、2)夫餘系神話と、3)ビャクダンの行商人の守り神が
ごちゃごちゃになってできたもののようで。
<以下、転載>-------------------------------------------------------

55 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/06/25(月) 00:21

>54は鹿島デンパ。

(以下、転載)

103 名前:世界@名無史さん 投稿日:2001/06/19(火) 08:12
>90
>檀君神話は三国のどの系統の神話なの?
>檀君はそれ以前からだという意見は却下として。

檀君神話が、創作だか捏造だか再発見だか発掘だかされたのは
高麗時代だよ。だから高句麗とも百済とも新羅とも直接の関係は
薄い。もっとも、捏造というのはひどすぎるかも知れない。
それ以前に存在したとしても平壌近隣のマイナーな精霊信仰の
ようなもんだったといわれている。
檀君王倹は一名王倹仙人、また王倹仙人というが、王倹とは
「王険」すなわち平壌の古名。この仙人とは、山に隠って修行して
神通力や不老不死を得た人間のことではまったくなく、当時の
高麗の俗語では妖怪や妖精、精霊のような存在をいった。当時
平壌は高価な香木であるビャクダン(白檀)の産地で、この香木へ
の信仰も盛んであったことなどから総合して、ようするに「檀君」
というのは「ビャクダン(白檀)の木の妖精」のことだろう。
これがモンゴル時代の民族意識の高揚とともに民族的な神へと
祭り上げられたのである。
韓国などでは夫餘・高句麗の神話と類似しているとして
夫餘系神話だという説もあるが、実際は夫餘はともかく高句麗の
神話は南方系の要素が強い。それに反して檀君神話は明らかに
日本や夫餘の天孫降臨神話と同じく北方系。
天からくだってきたのは檀君の父の「桓雄」で、桓雄に
地上におりるように命令したのは桓雄の父の「桓因」。
「桓雄」は夫餘神話の「解慕漱」と同じ光明神(太陽神)。
本来の夫餘神話にはもちろん檀君などというものは登場しない。
つまり夫餘のあまくだり神話の後半に、「神檀樹(シンダンス)の
上にあまくだった。そこで檀君を生んだ」という形で檀君信仰を
接合してできたのが檀君神話なのである。

104 名前:103の訂正 投稿日:2001/06/19(火) 08:16
×檀君王倹は一名王倹仙人、また王倹仙人というが、王倹とは
◯檀君王倹は一名王倹仙人、また仙人王倹というが、王倹とは

×「桓雄」は夫餘神話の「解慕漱」と同じ光明神(太陽神)。
◯「桓雄」(ハムス)は夫餘神話の「解慕漱」(ヘムス)と同じ光明神(太陽神)で。

29 名前: 歴史板から出張 投稿日: 02/05/20 05:25 ID:3X1yLsXN

檀君神話というのは
日本でいうと古事記日本書紀クラスの神話ではなくて、
日本でも平安末〜室町時代によく捏造された“中世神話”の同類。
日本では江戸時代に実証主義にこだわった国学がでて排斥されたもの。

檀君神話というのはどうも北方系の夫餘族の天孫降臨神話と
平壌の地元の土着神をむりやり接合して作った話のようだね。

檀君/古朝鮮について
http://mentai.2ch.net/whis/kako/990/990897237.html" target=new>http://mentai.2ch.net/whis/kako/990/990897237.html

〓『古朝鮮』っていったいなんですか?〓
http://mentai.2ch.net/history/kako/989/989387508.html" target=new>http://mentai.2ch.net/history/kako/989/989387508.html

他にも詳しい議論のでた過去ログたくさんあったはず。

222 名前: 鄭聲之(=世界史板から出張) 投稿日: 02/06/04 03:24 ID:OBEA8S59

>204 :(^_^;) :02/05/25 13:22 ID:mBtmGX26
>天帝→解慕漱→朱蒙(『三国史記』など)
>天帝→解慕漱→夫婁(『三国遺事』)
>帝釈の子(桓雄)→壇君→夫婁(『三国遺事』の「壇君記」)

解慕漱(ヘムス)=桓雄(ハムス)で、これが天から降りてくる神。
夫婁ってのはその前に地上にいた神で、解慕漱に国を譲って去っていく神。
日本でいえばニニギノミコトと大国主みたいな神話。

この神話ともともと関係のない「檀君」と「王倹仙人」という
三つの要素を習合・混淆させて捏造したのが「三国遺事」の記述だ。


120 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 17:55 ID:cE4c5jF.

>>117
>委意斯移麻岐彌=やまとのおしやまきみ 
>と読む説には賛同しかねるなぁ・・・

でも、そうとしか訓みようがないのでは・・・?
「移」が「や」と訓めるかどうかは微妙だけど。

121 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 21:42 ID:gah94Dpc

上古音[diar]中古音[yie]
この中間に[yia]みたいな音は想定できるのでは?

122 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/22(土) 22:51 ID:N9xwUYys

>おおる

 私、今所用で実家に帰っておりますので、レスは戻りましてからゆっくり
させて頂きますね。

123 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/23(日) 23:51 ID:hYeMXkqg

電波でいいんだったら言いますが、私は壇君の嫁選びって蟲(こ)じゃないかと
思うんですよね。
虎と熊を洞窟に入れてよもぎとニンニクしか与えない。
すると必然的に飢えから互いに殺し合う。
熊が生き残って、その熊の血を注がれたか、肉を食べた女性が、虎と熊の力を
その子に伝える。というような儀式だったんではないでしょうか。

犬を苦しめて殺してから食べるとおいしくなる、というのも蟲の考え方だと思
うんですが、そういう伝統でしょうか。中国で蟲毒が猛威をふるったのは、
唐宋の頃で、三国遺事の成立はそのあとでしたから反映しててもおかしくないし。

ただ、中国の蟲は小動物や昆虫が主体で大型の動物は記録にないので、
半島でやってたら、ウリジナルですね。

124 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 00:15 ID:fndNvtos

>>123 蚯蚓さん

 取り急ぎ。そりゃ「蟲」じゃなくて「蠱」でんがな。
「蟲」は「虫」の旧字体っす。
虫シリーズの方らしくもない間違いですね。
しっかし、諸星テイストだな〜(w。

125 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 02:09 ID:fndNvtos

>>117 貴須王の孫 さん

 >>118氏の意見に同意ですね。「キミ(君)」はカバネとしては主として
地方の皇別氏族に与えられたものですが、もともとは首長を意味する
一般名詞から来たものです。その適応は幅広く、上は天皇から下は
地方部族の長クラスまで使われます。本例の場合は尊称としてキミを
用いたものでしょう。


>>120

 「移」を「や」と読むことについては、漢字音的には>>121氏の指摘通り
です。万葉仮名としても、実際に「移」を「や」の音に使用した例はちゃんと
存在します。例えば、以下の例などがそうです。

   有麻移刀等已弥弥乃弥己等(うまやどとよみみのみこと)
                          (『元興寺露盤銘』より)

『元興寺露盤銘』は推古遺文の一つで、596年に創建された日本史上最古
の寺の露盤(仏塔の基盤部分の方形の石)に刻まれていたとされる銘文です。
露盤ということもあり、寺の創建と同時期に刻まれたものと推定されます。
寺は惜しくも196年に焼失、露盤自身も失われてしまいましたが、幸い、
『元興寺縁起』という元興寺の由来を記した書物にその銘文が転記されて
いたため、後世に残ったという経緯があります。引用の人物はかの聖徳太子
の本名ですから「移」は「や」としか読みようがないという次第。

126 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 17:54 ID:XUiYhPGI

>>125

修正です。

× 寺は惜しくも196年に焼失
○ 寺は惜しくも1196年に焼失

 ついでながら、「移(や)」の類例としては「宜(が)」「奇(が)」「皮(は)」などが
あります。これらの漢字音がかつては-aのような母音を持っていたというのは
常識的には中々納得が行かないでしょうが、会意文字である「宜」は別として、
「移」や「奇」が「多」「可」という音符(漢字の発音を示す構成要素。意味を担う
構成要素は「意符」と言う)を持つ形声文字であり、その音符が「た」「か」という
-a系の母音を持つ漢字であること、逆に「皮」という音符を持つ形声文字の中
に「波(は)」「破(は)」のような-a系の母音を持つ漢字が存在することなどを
考え合わせれば、これらの漢字がみなかつては同一の母音を持つグループ
に属していたということも多少は納得して頂けるのではないかと思います。

 ちなみに、漢字をその成り立ちから分類すると、(1)象形(物をかたどった
もの。山や川、日など)、(2)指事(抽象的な印や・丶|などの記号を含む
もの。上、下、一など)、(3)会意(象形文字や指事文字を組み合わせたもの。
人+木→休、日+月→明など)、(4)(意味を表わす字と音を表わす字との
組み合わせからなるもの。金+同→銅、水+工→江など)の4つに分かれます
が、このうち形声文字が最も数が多いのです。そのため、知らない漢字でも
その一部をなす漢字の音で読めば正しい音になるという経験則が成り立つ
わけですね。例えば、「廠」という漢字なら〔广+尚+文〕ですから「尚」の音
である「しょう」で読めばいいのではないかと大体見当が付きます。尤も、これ
はあくまでも傾向であり、形声文字であっても「甫(ほ)」「簿(ほ)」「博(はく)」の
ように音が完全に一致するわけでもないので、下手に適用すると「分析(ぶんせつ)」
懶惰(らいだ)のような誤読(「百姓読み」と言います)を犯して恥をかくことに
なりかねませんのでご注意を(w。

127 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/24(月) 23:07 ID:9TjbhQZ2

>>124
おっしゃるとおりで。失敗しました。
皿の上の肉に虫が湧いている形でした。

諸星が「西遊妖猿伝」で参考にした「中国の呪法」には金蚕蠱も蛇蠱、蜥蜴蠱
も出てくるのですが、蚯蚓蠱だけはでてこない。あれは何を参考にしているん
だろう。まぁ、牙のある蚯蚓はいないので、あれは蚯蚓に似た蛇だと思って
いるのですが。

128 名前:貴須王の孫:2003/03/25(火) 04:32 ID:/cUKoAZs

ほいほい、娜々志娑无サン納得しました〜
実は聞きたいことあったんだけど、完全に話題がそれるので、又こんど
スレが動かなくなった時にでも話題振ります。

129 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 19:45 ID:p/7kzVH.

妄想炸裂質問シリーズ、いきます。

えー「倭国」という表現が魏史から見られるのですが、
これってもしかしたら外国人(この場合中国人)が

「ここはなんという場所だ?」
「わがくにである」

と答えていたのをそのまま書き取ったのじゃないかという妄想がふつふつとわいてきたのですが。
倭の(当時の)発音と、「わが」という表現の古さ(たしか古事記にもあったかと)で
妄想してみたのですが、何点ぐらいでしょうか(笑)。

130 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 19:59 ID:p/7kzVH.

>>123
動物の殺し方が残酷なのは、えらく情けない理由もあるようです。
例によってイザベラ・バード女史の「朝鮮紀行」からですが、こんな感じです。

牛を屠殺するときに動脈を切り、それにすぐにせんをして、牛の尻を小野で死ぬまで殴る。
こうすると、血が体外に排出されないで肉の中に残るので、肉の目方が増えるのである。
したがって、西洋人が肉を買うときは、日本人の肉屋から買わねばならない。

正確な引用ではありませんが、ご容赦。
おそらく、肉の中に血がある状態を好むのでしょう。
保存性や、臭いなどの点からは血抜きをした方があきらかによいのですが。


131 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/26(水) 20:32 ID:e1euCzn6

>>129
0点。
「我が国」といったのを聞き間違えたという説は中世から存在する俗論。
倭は呉太白伝説や周の成王への朝貢、山海経における燕と蓋国との位置関係記事などから
きわめて古くから名詞としては存在したことが確か。したがってその最古の音は上古音以前に遡るでしょう。
倭の字は古くは「委」でその上古音は[uar]<[iuar]で
それ以前は「于」の字と同じく頭子音が[y-]だったらしい。
和語の「吾が〜・我が〜」はそのような大昔に遡れば「わ」でなく「あ」。


132 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 20:47 ID:p/7kzVH.

>>131
わーい0点だ。
というのはさておき。「中世からある」という点に驚きました。
いや、みんな同じ事考えてみるんですね。

あ→わ の変化、言われてみればその通りです。
うむぅ。


133 名前:日語商売:2003/03/26(水) 21:01 ID:ZhNJfl3k

>>129
いやそれが、案外妄想でもないらしいんですよ。
もうだいぶ以前に読んだ本の中に、「倭は自称の「わ」を音写したものとの説がある」
というのを読んだことがあります。
書名とか言っていた人とか、詳しい内容は忘れてしまいました、スマソ。
「倭」の場合は、それ以外にも「背の低い人」という意味(「矮」に通じる)とか、
元々中国の異民族で「倭人」というのがいて、それを転用したとかがあるようです。
何だか、少し前に同僚が冗談で
「南北統一して国号問題でもめたら、「ウリナラ」にすればいいじゃないか!w」
って言ってたのを思い出しました。

しかしこの問題検索するのに「倭国」と「語源」でぐぐったら、
古代史関係の電波サイトが山のように出てきて正直辟易しました。
古代史ってある意味言ったもん勝ちのところあるし(研究者の方済みません)、
検証しようのない問題が多いし、利害関係があまり絡まないし、
そのため誇大妄想的電波の入り込む余地が山ほどあって、
しかも同じことは語源研究(実は客観的に検証する方法が少ない、比較言語学の方法が
適用しにくい日本語の場合はなおさら)にも言えるのですが、
ここまでひどいとは。。。嗚呼。

134 名前:日語商売:2003/03/26(水) 21:06 ID:ZhNJfl3k

あらま、書き込む前に0点って言われちゃった。
やっぱり詳しくない問題に首を突っ込むのはやめた方がいいな。
スゴハセヨ〜。

135 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/26(水) 21:47 ID:sqiGyujI

なんか、有力コテハンがことごとく討ち死にしてるような・・・気のせい?
死屍累々スレ・・・おお、恐っ。

136 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 00:27 ID:aZAoW7i6

>いやそれが、案外妄想でもないらしいんですよ。

2000年も前の漢字と日本語(?)を、どちらも現在の発音で
比べている段階で明らかに妄想だと思いますが?

137 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/27(木) 01:08 ID:mW5j6sSk

今度、神奈川県知事に立候補する田嶋陽子は、多遅摩毛理(タジマモリ)の子孫
らしい。タジマモリは、常世の国(現在の韓国済州島)からタチバナを持って
帰ったことで有名だが、新羅の王子、天日槍(アメノヒボコ)の五代の孫。
つまり、田嶋陽子は新羅系。
神奈川の相模は、朝鮮語の寒河(サガ)から来ており、「わたしの家」を
意味する。その名の通り、相模には朝鮮系渡来人の集落があった。
その意味では、同族の田嶋陽子は結構、相性いいかも。


138 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 03:18 ID:pgEXZ4OQ

本当に電波スレになってもうた・・

139 名前:貴須王の孫:2003/03/27(木) 05:04 ID:esXJkLY6

上古音では
倭=い(ゐ)という音じゃなかったかな?
委員会の「委」と同音。ニンベンがついて「倭」だと・・・

140 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 11:39 ID:aUptxqcQ

>>131
>倭は呉太白伝説や

魏略でしたかな。

>周の成王への朝貢、

後漢・王充の論衡ですな。

>山海経における燕と蓋国との位置関係記事などから

海外北径の該当箇所がいつごろ書かれたかは不明ですな。

よって、

>きわめて古くから名詞としては存在したことが確か。

てなことは、とうていいえまへんな。

141 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/27(木) 16:32 ID:Q9UfmypE

>>129 tenpuraさん

 「倭」の語源については諸説がありますが、個人的にはやっぱりtenpuraさんが
提示されたところの、日本語の一人称代名詞の「わ(我)」から来たという卜部兼方
『釈日本紀』(1274〜1301年頃成立)以来の説を支持したいですね。尤も、倭は
本来は倭人を指す語で、地名としての倭はその後に付け加わった意味だろうとは
思いますが。

 >>131さんのおっしゃる通り日本語には「あ」という一人称代名詞もありますが、
少なくとも上代の文献では「あ」と「わ」は大体使い分けられていて、両者には意味・
用法上の違いがあったらしいことが推測されています。詳しくは前々スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&st=70&to=72&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&st=70&to=72&nofirst=true

を御覧頂きたいと思いますが、「あ」の方が「わ」よりも古い語であると断言出来る
かどうかは微妙なところでして、私としては無条件での支持は出来かねますね。

142 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/27(木) 17:06 ID:Q9UfmypE

>>136
>2000年も前の漢字と日本語(?)を、どちらも現在の発音で
>比べている段階で明らかに妄想だと思いますが?

 私も日語商売さんも(そしておそらく他の方々も)別に現在の発音で比べている
わけではありませんよ。漢字音は中国語音韻学の成果に基づき再構された上古音
を用いていますし、日本語の「わ」にしたって、その表記に使用されている万葉仮名
の漢字音などの学問的証拠に基づき、少なくとも奈良時代の「わ」の発音は現在と
同じ['wa]であったと見て何の問題もありません。このように、それぞれ遡り得る最も
古いものどうしで比較しているのですから、言語学上の最低限の手続きは踏んで
います。妄想だのと切って捨てられる謂われはありません。

143 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 20:13 ID:FwZEWF7g

>>142
>私も日語商売さんも(そしておそらく他の方々も)別に現在の発音で比べている
>わけではありませんよ。

貴須王の孫さんも>>139でおっしゃっていますが、倭というのは
「ゐ」と発音したらしいと岩波の中国正史日本伝(1)の解説にも
書いてあります。
(後漢の許真の『説文』と、唐の陸徳明の『経典釈文』の記述が根拠になっています。)

この説をとると、倭を「わ」として考えるのはナンセンスに見えるのでしょう。

で、倭は再構成された上古音ではどのような発音だったんですか?
その根拠は日本では紹介されているんでしょうか?

144 名前:日語商売:2003/03/27(木) 21:06 ID:wx1Q/A0Q

どうも軽い気持ちで、不用意にレスをしてしまったせいで、
娜々志娑无先生をはじめ皆様のお手を煩わせてしまいました。
反省しておりますが賠償はご容赦をw。

「倭」の古音についてですが、
確かに中国最古の字書『説文解字』には「順皃(従順な様子)」とあり、
この意味や、「倭遅」(道が遠くまでくねくねしている様子)などの形容語では
中古漢字音では「於為切[・iue]」と読むとされます。
しかし国名の「倭」の方は、最古の記述とされる『漢書・地理志』の、6〜7世紀の学者
顔師古が付けた注に「倭音一戈反」とあり、これは中古漢字音の発音辞典『広韻』の
「倭」の音「烏禾切[・uα]」と一致します。
これは6〜7世紀には国名の「倭」が [・uα] と呼ばれていたことを示します。
しかしこれはあくまでも後世の読み方で、『漢書・地理志』の原資料にあった「倭」の字が
[・uα] のような音で読まれていたことを保証するものではありません。
元の意味と区別するために、違う読み方をした可能性もないわけではないのです。

では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。
この字の音はちょっと微妙な問題を孕んではいるのですが、だいたい前漢の時代
(BC206~AD8)頃までは、どちらも主母音はaだったようです。
もし、前漢の時代に「倭」という字の音が、後世の「ゐ」にあたるものしかなかったとしても、
日本語(奈良時代の日本語ですが)の側で [・iuar] に一番近い音として考えられるのは
「わ」の音です。
以下は私の推測ですが、日本の国の名前に「倭」の字を当てた時点では、
それはまだ発音が [・iuar] に近いもので、「わ」の音をあらわすのに適当だった、
しかしその後音が変化して [・iue] のようになると、「わ」の音をあらわすのには
あまり都合がよろしくない、しかし「倭人」はいまだに俺たちは「わ」だ、と言っている。
そこで [・uα] の読み方を作り出して「倭人」「倭国」専用の音にしたのではないのでしょうか?
「委」を諧声符(音を示す部分)に用いた字には、
[足委](つまづく)のように [・uα] の読みを持つ字もあったので、
「倭」を [・uα] と読んでもあまり違和感はなかったでしょう。

>>143さん、このような説明でよろしいでしょうか?

145 名前:143:2003/03/28(金) 00:13 ID:EP1cSb/w

>>144
日語商売さん、有り難うございます。

>では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
>[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。

どういう根拠でそのように再構成したのか私にはわかりませんが、
これはどのくらい信用できる物なんでしょうか。
中国や日本の言語学者の間でどのくらいのコンセンサスが
とれているのでしょうか?

>もし、前漢の時代に「倭」という字の音が、後世の「ゐ」にあたるものしかなかったとしても、
>日本語(奈良時代の日本語ですが)の側で [・iuar] に一番近い音として考えられるのは
>「わ」の音です。

倭と呼ばれるようになった理由が日本語の一人称代名詞に由来する
という説は、これでは弱いのではないでしょうか。
仮に、倭にもっとも近い古代日本語の発音が「わ」だとしても、
「わ」にもっとも近い上古音が「倭」だとは限らないと
思うのですが。
上古音「倭」--->日本語「わ」への対応だけではなく、
日本語「わ」--->上古音「倭」への対応も含めた検証は
どれくらいなされているんでしょうかね。

また、日本以外に一人称代名詞などの(ある意味)特殊な名前が
ついた国なり地域なり民族なりって他にあるのでしょうか。

答えづらそうな質問ばかりで申し訳ありません。
手間暇がかかるようでしたら無理に回答をいただかなくても
かまいませんので、ご容赦下さい。


146 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/28(金) 00:48 ID:25HLfMiU

>>138
すみませんが、ここは誰でも電波出していいスレじゃなかったんですか?


147 名前:日語商売:2003/03/28(金) 02:26 ID:75HgoWMo

>>145 143さま
レスありがとうございます。
ご質問、正直書いていて絶対突っ込まれるところだろうなって思った部分ばかりです。
以下、少しずつレスさせていただきます。

>>では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
>>[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。
>どういう根拠でそのように再構成したのか私にはわかりませんが、
>これはどのくらい信用できる物なんでしょうか。
>中国や日本の言語学者の間でどのくらいのコンセンサスが
>とれているのでしょうか?

上古音を推定する資料は、中古漢字音の音価(これも推定音なのですが、音の特徴や
類別がほぼ判明しているので、だいたい学者の中でのコンセンサスは出来ています)、
「詩経」などの古代の詩や韻文にみられる押韻、そして諧声符の使い方です。
最近ではこれに、チベット語など同系とみられる言語との比較が加わることもあります。
このうち押韻と諧声符の研究は、既に清の時代に研究が相当進みました。
現在ではこれらに具体的な音を当てはめたり、また分類をよりきめ細やかにする形で
研究が進められています。
しかし、藤堂氏の推定したような音の具体的な形になると、実はあまり学者の間で
コンセンサスが取れていない状況なのです。
日本では学研の漢和大字典に藤堂氏の推定音が載っているので、それを使う人が多いのですが、
実は現在の中国語学界では既に過去のものとなりつつあります。
日本ではその推定作業を熱心にしている学者はあまりいない(というよりも、
上古漢字音研究の専門家が現在はほとんどいない)ようですが、
中国では70年代前後に有名な中国語学者が推定音を次々に発表し、
現在でもいろいろな研究者が自説を発表しています。
最近では欧米系の学者も、中国の学者とはまた違った視点からの推定音を発表しています。
この状況は、逆にいえば、まだ定説というべきものがないということでもあります。
大きな枠組みとしては「子音は大体こうだろう、母音は大体こうだろう」というあたりまでで、
細部については説がいろいろあるというのが現状なんです。

148 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/28(金) 02:45 ID:4UfxURYQ

>>146
ここは元々「万葉集は韓国語で書かれていた!」などの言語系電波を
取り扱うスレで、電波を出し合うスレとは違うと思われ。

つか、スレタイから言語が消えましたけど言語系電波以外もOKですか?

149 名前:貴須王の孫:2003/03/29(土) 01:20 ID:cQRc2h5k

電波に固執し強弁しなければ、電波もいいんでないの?
それはそれで話題にはなるし。
ほどほどにってことで。ねぇ?

150 名前:日語商売:2003/03/29(土) 17:51 ID:xwNW9uco

>>147の、>>145に対するレスの続きです。

> 仮に、倭にもっとも近い古代日本語の発音が「わ」だとしても、
> 「わ」にもっとも近い上古音が「倭」だとは限らないと
> 思うのですが。
> 上古音「倭」--->日本語「わ」への対応だけではなく、
> 日本語「わ」--->上古音「倭」への対応も含めた検証は
> どれくらいなされているんでしょうかね。

管見ではそれについての検証は知らないので、自分でしてみます。
日本語「わ」に近い上古音の音節は、・uar, ・iuar, ・uag, ・uaeg, ・iuag などがあります
(推定音は藤堂氏のもの、ae は藤堂氏の表記では a の上に v のついた字ですが、
画面にあらわせないので、前寄りの a ということで ae と表記します)。
で、これらの音を持つ字は次の通りです。
・uar:[シ過][女果] 倭(?) など   ・iuar:[虫為][骨丸]委倭萎逶痿など
・uag:汚など   ・uaeg:窪蛙など   ・iuag:迂汚齲紆など
こうしてみると、選択肢に挙げられる字はいくつもあります。

で、ここに挙げた音節のうちどれが最も「倭」に近かったのかということですが、
本当の上古音の時期(周とか春秋戦国時代の頃)で、最もよい音節は・uag です。
(実は語尾の g は、最近の研究では存在しなかったとする説が有力)
ところが前漢から後漢にかけて、・uag, ・uaeg, ・iuag などは、主母音が
a >っ>oに変化してしまいます。そのため「倭人」が認知された頃、「わ」を
あらわすのにはだんだん都合が悪くなっていったようです。
そうすると、漢の時代に「倭」を写すのに一番都合が良かったのは、・uar や・iuar で、
そのほかにも・uag, ・uaeg, ・iuag もそれなりに近かった、と言えると思います。

151 名前:日語商売:2003/03/29(土) 18:07 ID:xwNW9uco

実は・uag や・iuag で「わ」を写したのでは?と考えられる証拠があるのです。
『後漢書』鮮卑伝に、鮮卑の指導者の檀石塊が魚を捕るために、倭人を捕らえてきて、
捕らせたという記事があります。ところが類似の話が『三国志』鮮卑伝の裴松之注に引く
『魏書』にあり、そこでは捕まえてきて魚を捕らせた人々を「汗人」と書いています。
盧弼『三国志集解』に載せる説では、「汗」は「[シ于]」の誤りで、[シ于]は倭と同音だから、
これは『後漢書』の記事と同じく倭人のことだ、としています。
[シ于]は倭と同音と言うのはちょっとおかしく(近似音と言うべき)、
実は[シ于]は「汚」の異体字で、「汚」の上古音は・uag または・iuag ですから、
これらの音で「わ」を写した例と解釈することもできるのです。
もっとも「汗人」については異論も多く、確実な例とは言いがたいのですが…。

152 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/01(火) 21:38 ID:fNx9Kh.2

 年度末の暇な時期を利用して旅行していたので、レスが遅くなりました。

>>145 143さん

 漢字音についてはご専門の日語商売さんが既にレスされているようですので、
私は残ったものについてお答えすることにします。

>また、日本以外に一人称代名詞などの(ある意味)特殊な名前が
>ついた国なり地域なり民族なりって他にあるのでしょうか。

 ざっと調べてみたのですが、一人称代名詞が民族名なり言語名なりになった
という例はちょっと見当たりませんでした。残念。名称には自称と他称があり
ますが、自称の場合は「人」を意味する言葉が選ばれることが比較的多いよう
ですね。アイヌやイヌイット、バントゥー、コイ(ホッテントット諸語)、マリ(ウラル
語族)、ティウィ(ニューギニア諸語)、ニアス(オーストロネシア語族)、ニブヒ
(ギリヤーク語)などはそのまま「人」の意ですが、「(地名、特徴)+人」系の
ものとなると更に該当数が増えます。

 自称で変わったところでは、中米インディアン言語の一つナワトル語(明瞭な
発音)、マオリ(普通の、正常な)、オーストラリア原住民語の一つワンジラ語
(どこへ)などがあります。

 他称は周辺民族による呼び名ですので、総じてあまりいい名前が付くことは
ないようです。南ナイル諸語のナンディ語(スワヒリ語で「貪欲な人」)、南米
インディアン言語のナンビクワラ語(トゥピ語で「耳の穴」の意)、ニジェール=
コンゴ語族のゾムペレ語(クテップ語の別称。「人食い」の意)、カリブ語族の
一つワイカ語(ペモン語で「人殺し」の意)、インドネシアのクブ族の蔑称である
オラン・ウタン(ムラユ語で「森の人」)などはその典型でしょう。中には、ニジェール
=コンゴ語族の一つクポロ語のジュクン族による別称ダマ(「おい、ちょっと」の意)
のようなユニークなものもあります。

153 名前:143:2003/04/02(水) 23:59 ID:MP7LExNY

日語商売さん、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん、有り難うございました。

私は言語も歴史も素人で、難しいことはわかりませんので信じるしかないのですが、
学問的には一人称代名詞由来説(?)も、どれくらい可能性が高いかは別にして
有り得ることはわかりました。
もっとも、仮説や仮定のちょっとした違いや、どの資料や主張を重視するか、信じるか、
採用するかで結論がかなり違ってくるようにも感じました。
もちろん日語商売さん、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさんのお話がどうのという訳ではなく、
昔々の資料も乏しい時代のことだから当然の事だと思います。

154 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/03(木) 00:08 ID:hY.jMjnY

>>152

一人称代名詞が民族名なり言語名なりになった という例
……とはチョトチガウけど。

韓国のことを2ちゃんねらーが「ウリナラ」と表記しています(藁

155 名前:名無しさん:2003/04/03(木) 14:00 ID:WtYl1ouc

倭奴(國)=わな=我+地≒ウリナラ

156 名前:コルト:2003/04/03(木) 16:17 ID:EyMkGOok

半島と全く関係が無い話で申し訳ないのですが、
此処には言葉に関する専門家がいらっしゃるので
質問させて下さい。

湾岸戦争以来マスコミで多用されている『空爆』
なる奇妙な単語ですが、これは日本語として非常
に不自然ではないでしょうか。
『空爆』の空は航空を意味し、爆は爆撃の意味だ
と思いますが、爆撃とは必ず航空機からなされる
訳で、『頭痛が痛い』と言っているように感じま
す。
また航空機による攻撃を指し示す単語としては、
『空襲』なる単語が存在していたはずです。
『空襲』を使わずに、『空爆』を使うのはどんな
意味があるのでしょうか。
湾岸戦以前から、この奇妙な単語は存在していた
のでしょうか。



157 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/04/03(木) 17:08 ID:VqrIbE1k

>>156
言葉に関する専門家ではありませんが、それは
鼻からうどん、失礼、空から爆弾という意味で
はないでしょうか。

158 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/03(木) 17:35 ID:hY.jMjnY

>>156

簡単に言うと、マスコミの用語による印象操作です。
空襲と書くと、B-29だのグラマンだのというイヤーな気持を
思い出すので、「軍事目標への攻撃」に関しては
別の用語を考案したということです。

やってることは同じですが。

スマソ、これ、どっかで読んだ話だけなのでソースなしです。



159 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/03(木) 17:54 ID:XAcY9JRo

>>156 コルトさん

 「空爆」という語は決して最近になって使われるようになった語ではなく、
少なくとも第2次世界大戦の頃から使われているようですよ。手持ちの
辞書(小学館『日本国語大辞典・第2版』)にも昭和17年の徳川夢声の
『夢声戦争日記』の用例が挙げられていますから。同辞書によれば、
「空爆」は「空中爆撃」の略となっています。まあ確かに飛行機の登場
以降、爆撃と言えば爆撃機による爆撃を想像しますが、爆撃の本来の
意味は爆発により周囲に衝撃を与えることですから、爆弾による攻撃
であれば、擲弾筒や手榴弾の投擲による攻撃でも爆撃になるはずです。
まぁこれは字義に従えばそうなるということで、実例を知っているわけ
ではありませんのでしばらく措くとしても、空中からの爆撃と言えば、
現代では地対地ミサイルによる爆撃なんてものもあるわけでして、もはや
空爆は航空機による爆撃だけを指すものとは言えません。そんなわけで、
航空機を使用した旧来の爆撃とミサイルによる爆撃を含めた用語として
「空爆」という用語を使用しているのではないでしょうか。

 なお、「空襲」は空からの攻撃全般を指しますから、攻撃が爆撃に限定
されている関係上不適当とされたのでしょう。あと、>>158でtenpuraさんが
指摘されているような日本人の国民感情という問題もありそうですね。

160 名前:ちち様:2003/04/03(木) 18:08 ID:GmDPONIw

ベトナム戦争の時も空爆と言っとったのぉ。ファッファッファッ。

161 名前:コルト:2003/04/03(木) 19:29 ID:11Hc070Q

enpura さん、娜々志娑无先生、レス有難うございます。

マスコミお得意の言い換えですか。今までの前科から考えれば在りうる話ですね。
言い換えたところで現実に変わりは無いし、判断力を鈍らせるだけですから、事実
だとすれば害の方が遥かに大きいと思います。

『空爆』と言う言葉が古くからあったものだとは知りませんでした。
個人的には手段を問わない(航空機かミサイルか)空からの攻撃は、『空襲』の方が
ぴったり来る気がするのですが。


162 名前:コルト:2003/04/03(木) 19:31 ID:11Hc070Q

↑失礼、tenpuraさん。

163 名前:ど〜でもいいけど:2003/04/03(木) 21:43 ID:lDUeMk9.

えっと、空襲と空爆は違いますよ。空襲⊃空爆の関係です。
つまり、航空機による爆撃が空爆で、空爆や機銃掃射などを含む航空機による
襲撃一般が空襲です。
だから、何が起きるかわかっていない段階での敵機来襲を告げるのは空襲警報
であって空爆警報ではありません。

164 名前:企業家 ◆OObpWCE2:2003/04/03(木) 22:03 ID:8qtzKz1Y

>>163
韓国ではマスコミ全般「空襲」ってつかってます。
アパッチからの機銃掃射等もある訳だから、こっちのマスコミの用法の方が
正しいのね。

165 名前:けどさあ:2003/04/03(木) 22:40 ID:RscC2pvo

最近の言葉のニュアンスって

空爆=攻撃側から
空襲=守備側
ぢゃない?
空襲された時の印象が強すぎるんだろうけど(笑




166 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/04/04(金) 00:09 ID:oQVXM9dU

>>148
ここが、言語系電波を取り扱うスレなら、お互いに電波を出し合うスレは、
どこかにありますか?たとえば、以下の様なスレですが。

民明書房の起源は韓国です
http://rkrc5w2q.dyndns.org/cache/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/989/989852909.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/cache/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/989/989852909.html

いつの日か電波を発せんと欲する者は、長い間雲であらねばならない。


167 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/05(土) 01:59 ID:ru0KSpxw

>>166 蚯蚓さん

 民明書房か…。何もかも、みな懐かしい…(w。

168 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/05(土) 17:30 ID:zrNqxXSw

>>166
「電波発信」スレをたてればいいと思うニダ。

169 名前:ゼソジー北京@菊也 寛改め ◆a.3.SVLo:2003/04/05(土) 19:28 ID:fNgqBFbk

>>168
ワシも誰かに立てて欲しいアル。
逝き場がなくて困ってるアルよ。

170 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/04/20(日) 01:09 ID:fR2zY.vw

同意

171 名前:まあくん ◆FDLOCdao:2003/04/22(火) 10:35 ID:0QDMs1uw

盧武鉉はノ・ムジュンと読むようです。「盧」は「ロ=ro」と日本では読みます。
韓国では李「リ=ri」の「r」が欠落して「イ=i」と発音するようですが、
何故、「盧」は「オ=o」ではなく「ノ=no」なんでしょう?
逆に、「李」は「ニ=ni」ではなく「イ=i」なんでしょう?

172 名前:日語商売:2003/04/22(火) 14:18 ID:DsBqfp5c

>>171
韓国語では漢字音の場合、中国原音の l- は原則として n- と発音します。
理由は「r は語頭に現れない」という韓国語や古代日本語、あるいはアルタイ語系にみられる、
有名な音韻規則によります。
で、漢字音の場合、中国原音の l- は韓国語では r- で発音するわけですが、
語頭においては見事にこの規則に引っかかり、しょうがないから発音が似ている n- で代用するわけです。
もちろん漢字語でも語中になる場合はこの規則は適用されず、
たとえば「道路」という言葉は、「トロ (toro)」とちゃんと r で発音します。

ところが韓国語にはもう1つ、「ni, ny という音連続は語頭に現れない」という音韻規則があります。
これには例外も少しありますが、やはり漢字音もそれに引っかかるわけで、
そのため「女子」という言葉は「ヨジャ (yeoja)」と語頭にあるはずの n- を落として発音します。
これは語中になる場合には適用されないので、「男女」は「ナムニョ (namnyeo)」と発音します。
で、li とか ly-のような音連続の場合は、最初の音韻規則を適用すれば、ni, ny- になるはずなのですが、
これまた規則に引っかかる発音なので、n- が落ちる規則も適用されて、
その結果、i, y- のような発音になるのです。
だから韓国姓の「李」「林」「柳」「梁」は、li, lim, lyu, liang ではなく、
i, im, yu, yang と発音されるのです。

ちなみに、盧武鉉の発音は「ノ・ムヒョン (No Mu-Hyeon)」なのでお間違えなく。

173 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 00:54 ID:fMH2nyRg

話題がなくなり、スレが閑散としてきましたね。では話題を。
しつこくて恐縮だけど古代のp音→h音変化に対する疑問・・・

あ、その前に、ちゃんと字が表示されるか、ちょっとテスト・・・
古人有云 娜毘騰耶皤麼珥

174 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 01:11 ID:fMH2nyRg

よし、では娜々志娑无さんへ質問(問題提起)。
実は以前から気になっていたんだけど、日本書紀の「雄略紀」にあるこの

娜毘騰耶皤麼珥 〔此古語未詳也〕    (注・毘の字は実際は田の右に比)

の一文なんだけど。今手元にある「井上光貞監修・日本書紀」では、この言葉は
「ナヒトヤハバニ」と読み、汝人や母似、つまり「おまえはお母さん似か」の意味だと
している。
で、疑問なんだけど、この5世紀の時代の言葉が、7〜8世紀の奈良朝時代にすでに
「未詳」とするのは、やはりp音とh音の変化が原因じゃないか、と思うんだけど。
つまり雄略時代は、現在と同じくh音はh音じゃなかったのか、と。
奈良朝にこれが判らなかったのは、母という言葉がpapa系の発音だったからじゃないか、
と思うのだけど。
なんか、「母」って言葉はh音が続く語としては変わっているような・・・
以前、娜々志娑无さんはh音が重なる時は、あとのh音は濁音化するって言ってましたよね。
はばかる、ひびき、はびきの、ふぶき、ふべん、へべれけ、ほぼ(同じ)・・・
ほほ(頬)ってのは、ほおばる、の「ほお」が元音だからちがうし・・・。
だけど「母」は「はは」・・・濁りませんね?

175 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 01:21 ID:fMH2nyRg

娜毘騰耶皤麼珥 の場合は、母=ハバ と日本語の基本通りに、濁りますよね?

「母」の奈良朝時代は、papaだったのか、pabaだったのか。
そして奈良時代には「娜毘騰耶皤麼珥」の「皤麼」はどういう音だったのか。
ちょっと教えてください。(娜々志娑无さんの推測でも結構です)
私はhaba→papa→(fafa?)→hahaと変化したのではないかと
想像しているのですが・・・

ソウル→そふる=日本語語源説以来、p音h音に関してしつこくてすみません。
決して他意は・・・ちょっとだけあったりして(笑)

176 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:07 ID:RnIhaXbM

>>174-175 貴須王の孫さん
>以前、娜々志娑无さんはh音が重なる時は、あとのh音は濁音化するって言ってましたよね。

 はて、私がいつそんなことを言いましたっけ? もしかして、前スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true
>清音は語頭がpで語中尾がβ(現代語の「あぶない」の「ぶ」の音)、濁音
>がbではなかったかと想像していますが、

のことをおっしゃっているのですかな(汗)。えっとですね。私が上のレスで語中尾
のハ行音をβとしたのは、日本語のすべての清音はある時期(平安期?)までは
語頭が無声子音、語中が有声子音という風に相補分布をなしていたと考えている
からです。具体的に言えば、カ行清音は語頭k/語中g、サ行清音は語頭∫、
語頭з、タ行清音は語頭t/語中d、ハ行清音は語頭Φ/語中βということになり
ます。ではなぜ私がそのように考えるのかと言いますと、そのように考えれば、
連濁やハ行転呼という現象をうまく説明出来るからです。なお、連濁とハ行転呼に
ついては、前々々スレの

日本語と韓国語
http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html
の拙レス292をご参照下さい。

177 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:08 ID:RnIhaXbM

 さてそうなると語中の清音と濁音の区別がつかなくなってしまいそうですが、
その辺は大丈夫。実はその当時の濁音は直前に入り渡りの鼻音nを持っていた
可能性が高いのです。少々時代は下りますが、キリシタン資料の一つである
『ロドリゲス日本大文典』(1608年刊)においてポルトガル人の宣教師ロドリゲス
は、当時の日本語の濁音の発音について次のように述べています。

  D・DZ・Gの前のあらゆる母音は、常に半分の鼻音かソンソネーテ(娜々志注:
  皮肉めいたことを言う時における鼻にかかったような抑揚のある発音)かを伴って
  ゐるように発音される。即ち、鼻の中で作られて幾分か鼻音の性質を持ってゐる
  発音なのである。

 これは当時の語中のガ・ダ行の直前に鼻音的要素が存在したことをはっきりと
示してくれる記述です。更に彼は、バ行にもまれに同様の現象が観察されるとも
言っていますから、より古い時代にはバ行も常に鼻音的要素を有していたと見て
よいでしょう。同様の現象はほぼ同時期の朝鮮における日本語の教習本である
『捷解新語(原刊本)』のハングル表記にも観察されます。即ち、日本語のダ行音
は直前のハングルにL(n)が、ガ行音は直前のハングルに○(η)が、それぞれ
常に付けられていますし、同じ朝鮮資料でもそれより100年以上古い朝鮮版
『伊路波』(1492年刊)になると、ザ行音にも直前のハングルにLが付けられて
いることがわかっています。そんだこんだを考え合わせれば、日本語の濁音は
かつてすべての行にわたって常に直前に鼻音的要素を有していた時期があった
と推測することが可能になってくるわけです。

 ちなみに、現代でも東北方言や高知方言、また鹿児島南西部方言(老人層)に
おいては語中の清音(カ・タ行)が有声化する現象が認められますが、これなどは
まさに古い日本語の音韻体系を今に伝えるものとみなされます。実際、これらの
方言では語中における清濁の区別は直前に鼻音的要素が存在するかどうかで
決まります。以下、奥羽方言で例を示せば、次の如くです。

  かき(柿) kagi    かぎ(鍵) kaηi
  まと(的) mado   まど(窓) ma~do ※~は鼻音的要素

 中世以前の日本語もおそらくこんな感じだったでしょうね。

178 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:11 ID:RnIhaXbM

>ほほ(頬)ってのは、ほおばる、の「ほお」が元音だからちがうし・・・。

 「ほほ(頬)」の最も古い形はホオではなくホホですよ。間違っちゃいやん。

>だけど「母」は「はは」・・・濁りませんね?

 残念。「はは(母)」も有声化しています。いや、正確には有声化したことが
あると言うべきでしょうか。ハハもまた語中尾にハ行音を持つ語ですから、
平安末期に発生したハ行転呼現象によって一旦は規則的変化を起こして
ハワになっているのです。そのことはキリシタン資料に「Faua」と現れている
ことからも確認出来ます。ではなぜまたハハに戻ったかですが、これは母の
ペアたる「ちち(父)」が同音反復の語であること、また祖父母が「じじ(爺)」
「ばば(婆)」とやはり同音反復の語になっているという事情に基づくものです。
音韻環境よりも語彙グループとしてのまとまりの方が優先された格好ですね。
同様に、「ほお(頬)」にも現在ホホという語形が存在しますが、これも身体
語彙にミミ(耳)・モモ(腿)・チチ(乳)・オメメ(目)・オテテ(手)・オケケ(毛)・
チ○チ○など、同音反復の語が比較的多いためと考えられるのです。

179 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:18 ID:RnIhaXbM

>「母」の奈良朝時代は、papaだったのか、pabaだったのか。

 奈良時代のハ行子音は研究者によって両唇破裂音pか両唇摩擦音Φか
意見が分かれているのですが、少なくとも呉音や漢音といった漢字音を輸入
した7世紀及びそれ以前においてはpに近い音であった可能性が高いようです。
とりあえず奈良時代のハ行子音がpだったとしてお答えすれば、ハハの発音
はpapaよりはpabaに近いものだったということになるでしょうね。

>奈良時代には「娜毘騰耶?麼珥」の「?麼」はどういう音だったのか。

 『日本書紀』においては「[白番]」はハ行の清音仮名として、「麼」はハ行の
濁音仮名として使用されていますから、その万葉仮名表記に忠実に従う限り
は、かなに直せば「はば」以外に考えられません。既に述べたように、濁音は
直前に入り渡りの鼻音を伴いますので、発音記号で示せば[pa~ba]がその
発音ということになります。「?麼珥」が「母似」であれば「ははに」でなければ
なりませんが、そうであれば「はばに」とあるのは不審です。

 ただ、このフレーズは既に『日本書紀』の編者にも意味が取れなくなって
いたわけですから、伝承の過程で訛って伝えられたものである可能性も
あります。そんなわけで、もとは「ははに」と清音であり「母似」だった可能性
を完全には排除し切れませんね。まぁでも、仮に「母似」と取るにしても、私
だったら井上光貞さんのように「や」を疑問では取らず、ここは反語に取って
「あんたが母親似なもんか(父親似に決まってる)」とでも訳した方が文脈的
にも合うように思うのですがねぇ。

180 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:47 ID:RnIhaXbM

 さてもうお気づきのことと思いますが、>>176-179で述べた内容と、

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true
>清音は語頭がpで語中尾がβ(現代語の「あぶない」の「ぶ」の音)、濁音
>がbではなかったかと想像していますが、

ではハ行子音の再構の部分で大きく異なっております。何せ上記のレスを書いた
時点ではまだこの問題に関して私自身の考えが固まっていなかったものでして、
今となっては恥ずかしい限りです。現在ではハ行音の変遷は、

     奈良時代     平安時代    鎌倉〜江戸極初期   江戸〜現代
清音 語頭p/語中b 語頭Φ/語中β  語頭Φ/語中w   語頭h/語中w〜h
濁音   語中nb    語頭b/語中nb  語頭b/語中(n)b   語頭・語中b

のように考えています。ただし、語頭の濁音については、もしかすると江戸以前
は語中での発音と同じく鼻音を伴うnbであったかも知れないとは思っております。

181 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 18:32 ID:L0Y3y1dI

 ちょっとわかりづらかったかも知れませんので、清濁についてもう少し補足して
おきます。清濁の対立は一般に無声子音と有声子音の対立と捉えられることが
多いですが、それは現在の共通語でこそ通じる話であって、少なくとも中世語や
一部方言においては通用しません。ロドリゲスの観察(>>177)によれば、中世の
濁音(ガ・ダ・バ行)には鼻音的要素が含まれていましたし、それより100年前の
李朝時代の朝鮮人の観察ではそれらに加えてザ行でも鼻音的要素が存在した
ことがわかっています。即ち中世の日本語においては、清濁の対立とは無声/
有声よりもむしろ鼻音的要素のなしありの方が重要だった時期があったわけです。
中世以前の濁音がどうだったかは資料的制約のため不明ですが、奈良時代の
頃から存する「ふだ(札)」「ふで(筆)」「かざし(簪)」の濁音部分などは、
   フダ←フミ(文)+イタ(板)
   フデ←フミ(文)+テ(手)
   カザシ←かむ(髪)+さし(挿)
のように、その語源からして鼻音的要素を含む有声音であった可能性が高いです
し、『日本書紀』に見えるハガツ(放)という動詞は意味的に見ても「ハナツ(放)」の
音変化形であると見なされますので、ナと相通ずるためにはガの発音はgaのような
音ではなくてηaのような鼻濁音であった方が都合がよいのです。そんだこんだで、
私は奈良時代においても濁音は鼻音的要素を持っており、有声子音であることより
もむしろ鼻音的要素を持つことこそが濁音の本質であると判断した次第です。まぁ
この点については平安時代における撥音の発達という問題も関係して来ますので、
なお解決しなければならない点も多いのですがね。

182 名前:貴須王の孫:2003/04/27(日) 04:07 ID:ylDFGur2

おお、すごい! 娜々志娑无さん丁寧かつ膨大な論証をありがとうございます。
あんまりすごすぎて・・・(汗) とりあえずゆっくりと数日かけて頭に入れていきます。

しかし
>(略)・・・まぁでも、仮に「母似」と取るにしても、私
>だったら井上光貞さんのように「や」を疑問では取らず、ここは反語に取って
>「あんたが母親似なもんか(父親似に決まってる)」とでも訳した方が文脈的
>にも合うように思うのですがねぇ。

の考察は「目からウロコ」です。たしかにそうですね。生まれた女の子の父親について
雄略が疑っていることに対し、数行あとの「歩く姿が天皇に似ている」という箇所に
つながっていくわけですし。

いや、完敗ですな・・・(汗)

183 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 02:24 ID:bJxptPl.

http://www5.tok2.com/home2/okunouso/sept1.htm" target=new>http://www5.tok2.com/home2/okunouso/sept1.htm
がいしゅつでしょうか・・・

184 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:50 ID:emCOv9y.

>>183

 私のPCではそのリンクは既に紫色ですた(w。そのHPは前スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=979&to=982&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=979&to=982&nofirst=true

でがいしゅつです。ただ、前スレでリンクした本家の方のスレ

★【捏造】日本の文化は日本のものです3【粉砕】★
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034877356/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034877356/

は現在データ落ちで閲覧出来ないようですので、以下に転載しておきます。

185 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:50 ID:emCOv9y.

261 名前:生粋の名無しさん ◆01PUREGOHc 投稿日:02/12/10 18:08 ID:kf3WmDZJ
久々に来たそうです(w じっくりお読み下さい。
【スレ立て依頼】ウリのスレ立て代行汁!【本スレ】 より転載
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034557798/586" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034557798/586
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/0210.htm" target=new>http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/0210.htm

「日ノ本説」や「日下説」はごまかしの偽装だ
「日本」の国号についてはたびたび取り上げてきたが、
とうとう結論を出すときがきた。韓国のwebサイトには日本語訳の
ページが多い。そんな中で韓国のマスコミが日本の国名について
単に「日」と表記していることに、おやっと思った人もいるはず。
天皇陛下のことを「日王」といい、日本料理も単なる「日式」と書く。
つまり韓国では21世紀の現代でも日本のことを「イル(日=wealoo=倭奴)」と
7世紀のころのまま呼んでいるのである。
 これは古中国でみられる地名や国名の略称化である。日本でも町や村が
合併すると両者の頭文字を寄せ合って新しい町の名前にする、というのは
前にも見てきた。

「日」の次にくるニッポンの「本」は
どういうことなのか
 では「日」の次にくるニッポンの「ポン(本)」はどういうことなのか、
というとこれこそ下図に見る「勿=hun=本」なのである。
つまり7世紀に入って唐突に文献に登場してくる「日本」という国号の謎は、
倭奴(日)国に渡来してきた「勿(hun=han=韓=百済ヤマト)」の
朝廷入りを示すものである。
この明快な「日本国号説」の前では「日ノ本(下)説も日下地名から
来たという説も出る幕がないはずだ (^^)
(以上 抜粋)

186 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:51 ID:emCOv9y.

263 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:05 ID:XC6ETvkN
>>261 生粋さん

 これはまた何とも呆れたデムパですねぇ。まず漢字音の処理がデタラメです。
今でこそ「日」の朝鮮漢字音は[il]ですが、もとの中国原音は周代から唐代まで
[niet]であり、語末の-tにしても古くは朝鮮でも-tであったと推定されています。
また、「本」の頭子音も中国原音は古来ずっとpであってhであった時期などは
ありませんし、「勿」だって中国原音の頭子音はmであってhであった時期はあり
ません。この人のお好きなツングース系「勿吉」族にしたって、その漢字表記から
この民族の呼称は[miu∂t-kiet]に近いものであったと想像され、その後継と
される「靺鞨」族の漢字音[muat-hat](hの音声は実際にはhの濁音形)とよく
対応していることからも、その語頭子音が一貫してpとは似ても似付かぬ音で
あったことは明らかなのですが。


264 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:06 ID:XC6ETvkN
(続き)

 それに、この人はどうやら現代日本語のハ行子音がhとbとpとで清濁の対立
をなしているものだから、hとp(b)は常に相互に変化可能だと思い込んでいるよう
ですが、それは日本語における特殊事情に過ぎないということをまったくご存知
ないようです。ハ行子音は今でこそhですが、文献時代から江戸時代の初期まで
日本語にはhという子音は存在せず、ハ行子音はΦ(現代語のフの子音)でした。
それ以前はpであったと推定されています。そんなわけで、漢語などの外来語に
存するhの音を日本語で表記する必要が生じた時には、ハ行音では表わすことが
出来ないので、発音の近いkの音で代用して写すのが常でした。「好」の日本漢字
音が[ko:]であるのに対し、現代中国語音(北京官話)が[hao]であることからも
そのことは窺えるでしょう。ですから、仮によそから[hun]なる語が古代日本語に
入って来た場合は、古代日本人は[kun]の形で受け入れたでしょうね。それに
しても、あれだけ[hun]からいろんな語形が生まれたと主張していながら、肝心の
[kun]は一切考慮していないというのが何とも素敵ですね(w。


265 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:09 ID:XC6ETvkN
(終わり)

 突っ込みどころが多くて面倒なのでこれくらいにしときますが、とにかくこのお方、
「音韻変化」などと尤もらしい専門用語を使っていながら、その実言語学のことは
何一つわかっていないようです。>262の名無資産さんのおっしゃるように、ここが
単なるジョークサイトであればいいのですが、そうでないならただのバガヤロ様
(@いがらしみきお)ですな(w。

187 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 14:09 ID:x50LiAt.

先生!こんなん出てますけど。

http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://news.chol.com/webnews/WebNews%3fcmd%3dview%26cat%3dSOCIAL%26cp%3d%26t%3d2337%26vnum%3d113" target=new>http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://news.chol.com/webnews/WebNews%3fcmd%3dview%26cat%3dSOCIAL%26cp%3d%26t%3d2337%26vnum%3d113
"日本語振り撤く高句麗語" [中央日報]05/06 21:55
現代日本語の根が古代高句麗語である可能性があるとアメリカの言語専門家が
主張した.
米 UCLA 大学のザリドダイヤモンド博士とオーストラリア国立大学(ANU)の
ピーターベルウッド博士は先月 25日付けサイエンス誌に発表した論文で15個
重要語族(語族)たちの拡散現象を農耕文化の電波と連関をつけて説明する中に
このような主張をした.

論文によれば日本語はB.C.400年頃韓半島で日本南部九州島に渡って来て米農業を
北部地域で伝えた農耕民たちの言語で来由されたということ. 論文は当時韓半島
には新羅.高句麗.百済などの 3国時代が維持されていたし 3国はそれぞれ自主的な
言語を持っていたと指摘して, 現在の韓国語は新羅語で, 日本語は高句麗語で
由来した可能性があると主張した.

日本語が高句麗語と緊密な関係があるという主張は国内学界でも倦まず弛まず
申し立てられて来た. 特に言語学者たちは高句麗語と日本語の間に共通された
単語がかなり多い数という理由で高句麗語がアルタイ語と古代日本語を受け継ぐ
橋梁的役目をしたと主張して来た. 中国側記録である '三国志' '上だ東夷伝'
によれば高句麗の言語が付与・玉箸の言語に似ていると記録している.


188 名前:183:2003/05/07(水) 15:51 ID:CfDKzvX.

>>184
がいしゅつだったんですね。参考になります。ありがとうございました。

189 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 17:53 ID:oePHFtgg

>>187

 高句麗語と日本語が言語的に近い関係にあるというのは別に目新しい説では
ありません。最初にそれを唱えたのは日本人の学者ですし、

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1044079995&st=64&to=65&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1044079995&st=64&to=65&nofirst=true

の書き込みを御覧頂ければおわかりのように、私自身もまたそれに与する者の
一人です。ただ、そのことと稲作の伝播とを結び付けるのは、可能性としては
ともかく、現状ではまだまだ暴論の域を出ないように思います。稲作については
縄文時代から既に始まっていたことが考古学的に証明されていますからねぇ。

 それよりも上の報道に関して私が一番不満を覚えたのは、「現代日本語の根
が古代高句麗語である」云々の部分です。これではまるで高句麗語が日本語
の祖語のようではないですか。高句麗語は日本語と祖語が同じである可能性が
高いのであって、別に高句麗語が日本語の祖語に相当するわけではないのです。
祖語から見れば日本語も高句麗語も自分の子孫という点ではまったく対等の
関係にあるのですから。それにも関わらずわざと上のような言い方をするのは、
例の「日本文化の起源は韓国ニダ!」「韓国は兄、日本は弟」というニダ人特有の
安っぽい日本観に骨の髄まで染まっているからでしょう。連中もいいかげんそれが
日本に対する深いコンプレックスに裏打ちされたものであるということに気付いて
欲しいものです。

 尤も、記事では「古代高句麗語」という言い方をしていますので、最大限好意的に
解釈すれば、この記事を書いた記者はもしかすると「古代高句麗語」というタームを
古代語である高句麗語という意味ではなく高句麗語になる前の言語、即ち日本語と
高句麗語の共通祖語というつもりで使っているのかも知れません(多分違うでしょう
けどね)。それにしても一方の子孫にだけ肩入れする不適切な用語であることには
変わりありませんが。

190 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 18:09 ID:x50LiAt.

>>189
しかし、お互い離れた高句麗と倭の祖語(あると仮定して)が同じという
のはどういうことなのでしょうか?韓は違うんですよね。

謎は沿海州にありか?

191 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 19:43 ID:oePHFtgg

>>190

 まぁ例外的な存在かも知れませんが、インド=ヨーロッパ語族のようにインド
からヨーロッパ全域にまで広がっている言語もありますからねぇ。人間にとって
日本と高句麗の間の距離くらいは何ほどのこともないのでは(w。

 以下は、高句麗語と日本語の関係について、ニダ人の顰に習って飛ばした
デムパ(藁)の数々です。こんな匿名掲示板のような場でもなければとても
書けないような不確かでぁゃιぃ内容がてんこ盛りですので、取り扱いには
くれぐれも注意して下さいね(w。

 何せ資料がないものですから、高句麗語と倭語が分化したと推定される
紀元前4世紀より以前の東アジアの言語の分布状況はわかりませんが、
高句麗の神話や文化に南方系の要素が仄見えることから、高・倭共通祖語
は一定の期間朝鮮半島の南西部に分布していたのではないかと私は想像
しています。その後夫餘系祖語と倭系祖語に分裂し、北方に移動した夫餘系
祖語は北方の諸言語の影響を受けつつ満州南部の地で高句麗語を生み、
倭系祖語は東方、即ち日本列島に移動して縄文語と混合することにより
日本語を生んだいう風に考えるわけですね。こうして見ると、高句麗が滅亡
する前の一時期を除き、総じて高句麗と倭の仲が悪いのも、両者の間に
一種近親憎悪的なものがあったせいであると解釈することが出来るかも
知れませんな(w。

 なお、所謂古三韓時代、朝鮮半島の南部には韓系祖語がほぼ全域に分布
していたと推定されますが、これは高・倭共通祖語がそれぞれ北と東に移動
してしまったため、その空白を埋めるように、もともと朝鮮半島の東部に分布
していた韓系祖語が残留勢力を吸収しつつ半島の南半分全域に広がったから
でしょう。そのせいで見かけ上は高・倭共通祖語が韓系祖語によって分断され
たように見えてしまうという次第。

 ちなみに、馬韓を統一した百済の支配層は夫餘系だったようですが、百済の
建国神話は高句麗のそれと直結していますから、まずもって彼等は馬韓に
居残っていた高・倭共通祖語系の者ではなく、北方から出戻ってきた夫餘系
祖語を話す連中と見てよいでしょう。

192 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 22:13 ID:rCOgiQOQ

>>191
>何せ資料がないものですから、高句麗語と倭語が分化したと推定される
>紀元前4世紀より以前の東アジアの言語の分布状況はわかりませんが、
これが問題なんですよね(w 今後も北東アジアの歴史ってはっきりしませんかね。

学術的デンパと言えば以前に見たどこぞのHPではやはり南方起源説で
南方→九州→半島→満州という説を見たことがあります。
その後、半島は韓系言語主体となり、高句麗の消滅に伴い日本語の孤
立化という流れだったと記憶しています。これとて確認しようがありません
ね。

あー知りたい知りたい(w

193 名前:◆Mui/.29k:2003/05/08(木) 10:22 ID:DKB7bU.Q

 UCLAの「重要語族の拡散を農耕文化の伝播と連関して〜」の研究の方々は言語学畑の方々でしょう?
そして少なくともNHKスペシャル『日本人はるかな旅Cイネ、知られざる1万年の旅』はご覧になって
いないんでしょうね(w

 従来考古学者達は、縄文時代に稲作があったということをなかなか認めようとしなかった。これは縄文の遺跡から水田跡が発見されなかったからだが、稲作=水田稲作という図式は実は正しくない。インドシナ半島辺りで
行われている焼き畑での稲作(陸稲)などは非常に高い生産性を上げているし、我が国の初期の稲作もこの焼き
畑、或いは直播きによる稲作であろうと考えれば、水田はなくて当然となる。
 そして、縄文時代に栽培されていた稲は、現在の温帯ジャポニカではなく、熱帯ジャポニカといわれる種類の
ものだったと考えられる。
 ここで縄文時代=熱帯ジャポニカ、弥生時代=温帯ジャポニカという稲作史論が登場したが、弥生遺跡に於け
る稲のDNA鑑定の結果では、これも疑わしいと言わざるを得ない。
 青森県・高樋V遺跡から出土した炭化米のDNA鑑定によれば、熱帯ジャポニカに特徴的な「7C6A」という配
列を示していた。それ以外にも、弥生時代の遺跡として有名な遺跡群からも熱帯ジャポニカは出土し、その割合
は決して少なくなく、出土した遺跡も東北北部から九州地方北部に及んでおり、ほぼ全国に渡っている。
 よって弥生時代日本列島の大方の場所では、水田で熱帯ジャポニカが栽培されていたと考えられ、温帯ジャポ
ニカの伝来と伝播は、より後代のことと考えられるのである。

194 名前:◆Mui/.29k:2003/05/08(木) 10:22 ID:DKB7bU.Q

 DNAの塩基配列には、短い配列(Simple Sequence)の繰り返し(Repeat)=SSR領域と呼ばれる、何ら遺伝子
情報を持たないのりしろのような部分が存在し、個体や品種のSSR領域の配列には変形版が非常に多い。この、
変形版が多いという性質を利用してイネの品種の区別がきちんとできるようになった。
 水稲250品種(温帯ジャポニカ)のDNA分析からは、MR1a〜MR1hという8つの変形版(全て「中立遺伝子」)が
発見された。中国大陸にはこのMR1aからMR1hまでの8つの種類が全部存在し、朝鮮半島にはMR1bを除く7つの種
類が存在する。そして日本には、MR1aおよびMR1bの2種類しか存在しない。
 従来、稲の伝わってきたルートは朝鮮半島経由だというのが考古学の結果から推論されていた。だがMR1b遺伝
子が中国と日本では高い割合で分布し、朝鮮半島の在来品種の中に見つからないという点から、この遺伝子を持
つ水稲が、中国大陸から直接日本へ到達するモノの流れのルートを経てきたものと想定できる。
 弥生時代中期(約2100〜2200年前)の遺跡である唐古鍵遺跡と池上曽根遺跡の炭化米からもこのMR1b遺伝子が
発見された。SSR遺伝子はいくら時を経ても全く変化しないので、2000年前、明らかに中国大陸からb遺伝子を含
む水稲が渡来してきていたことが実証できる。
 だが同時にMR1a遺伝子は中国ではそんなに高頻度では分布せず、朝鮮半島と日本では高い頻度で分布すること
から、この遺伝子の水稲は朝鮮半島を経てきたと推測できる。

 よって稲に関しては、最初、熱帯ジャポニカが海上の道(南島)ルートで伝来。次に温帯ジャポニカが中国大陸および朝鮮半島ルートで伝来し、混合して東進したというのが現在の研究の成果である。

 佐藤洋一郎、『DNAが語る稲作文明』及びNHKスペシャル、そして佐藤先生を含む斯界の学者達による
講演会・シンポジウムの記録(http://inoues.net/yamataikoku/study/japonica1.html" target=new>http://inoues.net/yamataikoku/study/japonica1.htmlから/japonica6.html)
などよりまとめました。

195 名前:貴須王の孫:2003/05/08(木) 23:26 ID:fJ9MJcwc

>>:◆Mui/.29kさん
稲のルートは江南→倭国の海上ルートは間違いないと思いますよ。
河姆渡遺跡からは縄文土器が出土しているようです。
http://www.esri.jp/~nobu/2002_02/shiryou/shouyou/chou3.htm" target=new>http://www.esri.jp/~nobu/2002_02/shiryou/shouyou/chou3.htm
だけど当然のことながら、土器では日本の方が大先輩。
土器が 倭国→江南 で、同時進行で
稲が  江南→倭国 はじゅうぶん考えられると思います。

196 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/09(金) 00:32 ID:Y5tH2bvY

>>195

交易があった可能性があるということですか?

197 名前:貴須王の孫:2003/05/09(金) 01:19 ID:DYYzFKOI

>>196
絶対とは言い切れませんが、その可能性は高そうです。
まだ全部は調べ切ってないですが。でもネット上だけでも「河姆渡」で検索すると
いろいろ出てきて、興味深いことに突き当たりますよ。
(河姆渡遺跡はあの「会稽山」のすぐ近くだそうで)

帆を付けたイカダで江南←→日本の海上を行けるなら、ますます交易の可能性は
高まりそうですね。私の想像ですけど、後代の遣唐使船のような大型木造船よりも、
イカダの方が単純な構造だけにかえって丈夫で成功率が高そうに思えるんですけどね。
コンチキ号の例もあることだし・・・。

むろん遣唐使船などよりもずっと野卑な格好した人物(イレズミ入り・笑)が、
少人数でイカダに乗って、のレベルの話ですが。

198 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/05/10(土) 13:38 ID:EGRsmXUg

基本的に九州から沖縄・台湾経由であれば有視界航法だけで
広東まで行けます。
途中で道々交易しつつ潮待ちしてマターリいくなら、いけます。

また、全行程をいく必要もなく、途中で中継貿易をすることを考えると
もっと容易です。

199 名前:◆Mui/.29k:2003/05/12(月) 14:13 ID:QNujaztU

>>195
 貴須王の孫さん おそレスですが…
 確かに、先のシンポジウムの資料をまとめてくださっているサイトでも、以下のやりとりがありました。

金関: 趙先生、韓国の方でも佐藤先生のDNA研究方法を適用されたと聞きましたが、結果は?
趙:  光州新昌洞遺跡から出土した炭化米を、1996年佐藤先生に分析依頼しました。その中に熱帯ジャポニカ
    の資料があって驚きました。韓国は温帯ジャポニカしかないと思っていたので。その辺り佐藤先生に。
佐藤: えーっと、ひどく困っています。
金関: なぜでしょうか?
佐藤: 私も韓国に熱帯ジャポニカがあるなんて、考えもしなかったんですね。
金関: これがでた意義は?
佐藤: 1粒でしたので、もっと慎重に考えないといけませんが、我々は稲が中国や韓国から来たとばかり
    思っているが、反対方向を向いていったやつもいたかもしれない。
金関: むしろ日本の熱帯ジャポニカが向こうへ行った可能性もあると。
佐藤: あり得るでしょうね。

 縄文時代の文化や交易等々は、全く先入見なしに見ないと見えてこないほど壮大なものだったのかも
しれませんね。

200 名前:電波報告:2003/05/13(火) 15:48 ID:9PJ/5CC6

言語に関して、私はどしろうとですが
ばしばしとイタイほど電波を感じました。
ttp://www.you-i.org/
既出でしたら住まんです。

201 名前:貴須王の孫:2003/05/14(水) 23:59 ID:cEfCDs4E

>>199
スバラシイ!(笑)
特に
>佐藤: えーっと、ひどく困っています。
のひと言はとてもイイですね。僕が学者をあまり信用してないのは、こんな時、
それまでの常識にとらわれた(凝り固まった)発言をする人が多いように思えるからです。
なのに佐藤先生、その「一粒」を重要視されているようで。
「この発見は困った」「なんでかわからん」という発言をされる学者、僕は
好きです。(普通、なかなかいえませんよね〜)

202 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/15(木) 01:47 ID:wNhRu1ZU

>>201 貴須王の孫さん

 ほう、そうですか。学者の頭というのは揃いも揃ってみんなかちかちの
石頭人間ばかりだと、そうあなたはお考えでいらっしゃるのですな。じゃあ、
好き勝手にデムパを飛ばしている方々は、さそ自由な発想の出来る、至極
頭の柔らか〜い人達ばかりなんでしょうね。私に言わせてもらえば、デムパ
系の人達くらい、自由な発想の出来ない人はいないと思っているのですが
ね。なぜなら、まともな学者というものは、自分の考えが間違っているのでは
ないかという負の可能性に対する検証を常に行ないながら、自分なりの学説
を組み立ててゆくものだからです。しかるに、デムパ系の人達というのは、
私の目から見る限り、初めに結論ありきで、その結論に添った事実にばかり
注目し、それ以外の可能性はほとんど考えようとしないように見えるのです。

 いや、もちろんあなたが学者を信用する/しないは個人の自由ですよ。
しかし、あなた自身が本当にその学者がそのような判断を下すに至った
過程についてきちんと理解した上でそのような結論を下しているのだろうか
と、私としては大いに疑問を感じたので、あえてこんな憎まれ口を叩かせて
頂きました。大酒を飲むとつい絡み癖が出ていかんですな。妄言多謝。

203 名前:貴須王の孫:2003/05/15(木) 02:54 ID:LvfhfRIU

>娜々志娑无さん
遅くまでおつかれさまです。

>大酒を飲むとつい絡み癖が出ていかんですな。
酔ってるの? じゃあ、今回の>>202については特にレスしないでおきましょう(笑)
私自身は個人的に娜々志娑无さんを好ましく思っているので、あまり無様なやりとりは
したくないからね・・・

ただ、「デムパ人の話を例に出すんじゃないよ〜」とは思いましたが。
いや、酔った上でのレスなら、気にはしまへんが(汗)

私も反省するか・・・。(例のソウルの件以来、デムパ系と思われているらすぃ?)
「学者を信用しない」とはもちろん「すべての学者」という意味じゃなくて、
「学者」という肩書きだけでその人の言うことを盲信しない、という意味です。
例の「はふりその」の件で率直に「痛いところを・・・」と言われたあなたを、
私は「この人は信用すべき方」だと思っているのですから。
だけど酔った上での妄言(?)は、いくらあなたの言でも肯首するわけには
まいりませんな。(人間くさくてさらに好感は持ちましたが)

私は今、造船関係者の人に話を聞き、イカダで東シナ海を渡れるものかどうかを
調べているくらい、真面目なんですけどね?
(むろん造船関係者、というだけでその話を盲信などしていない! 笑)

204 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/15(木) 12:47 ID:an/3yKf6

>>203 貴須王の孫さん

 ……「駟も舌に及ばず」とはまさにこのことでしょうな。

 いや誠に申し訳ありません。「学者をあまり信用してない」のくだりについつい
脊髄反射してしまいました(汗)。過去のあなたのカキコも、結局は学者に対する
不信感を出発点にしたものであったのかと情けなくなり、酒の酔いも手伝って
>>202のようなカキコをした次第。一応私も学者の端くれ、「学者」と言えば当然
その中には私も含まれますので、そこにカチンと来てしまったのですね。それでも
普通の精神状態ならスルーすべきところをスルー出来なかったのは、久々の飲み
事で少し酒を過ごしていたせいもあるのでしょうが、本家のデムパに少々中り気味
であったことも大きく影響しているような気がします。何にせよ誠に面目ない話で、
貴須王の孫さんにはとんだご迷惑をお掛けしました (>_<)。

>「学者」という肩書きだけでその人の言うことを盲信しない

 これは極めてまっとうかつ当然の態度だと思います。どの分野でもそうですが、
その道の権威なんてものは存在しないし、またあってはならないものですからね。
ただ、学者の思いとしては、素直に専門家を信じて欲しいという気持ちもまたある
わけで、その辺の葛藤が…。すみませんまた愚痴ってしまいました。回線切って
逝ってきます。

205 名前:貴須王の孫:2003/05/16(金) 03:47 ID:0hrq8IAs

>>娜々志娑无さん
あ、いや、私こそ軽はずみに発言してしまって・・・
「学者をあまり信用してない」などと真面目に言ったら、「じゃあお前は学者より何を
信じてるんだ?」ということになりますよね。ここではそれは「デムパ素人説」と
受け取られかねません(笑)

ついでだから私の身の上の話をチラとしますが、私の生業は原稿書きです。
だからこんな時間にカキコ出来るわけなのですが、まあ、売れないエロ作家で
ライター兼業、といったところです。ライターの方の仕事では、「学者」と呼ばれる
方への取材もあったりするわけで、だから学者の方が「デムパ系学説」に敏感になる
事情は知っているつもりです。大学で教えている先生は大変だそうですね。ろくに
基礎的なことも知らずに、弁だけ達者な学生が「デムパ系学説」などをタテに、教授に
挑んでくるとか・・・。むろん学生だけでなく、素人でも。



206 名前:貴須王の孫:2003/05/16(金) 03:51 ID:0hrq8IAs

>ただ、学者の思いとしては、素直に専門家を信じて欲しいという気持ちもまたある
>わけで、その辺の葛藤が…。

この娜々志娑无さんの気持ちは理解できます。しかし私は素人であっても「ド素人」では
ないし、一応は「アマチュア」のつもり。だからたとえ専門家(プロ)の言うことであっても
安易に盲信せず、「自らの目や頭」で判断してこそ、それが自らの知識の向上につながると
思うのです。
オーバーに言うなら、専門家の説や意見を徹底的にイジワルく検証し、こねくり回してこそ、
アマチュアは向上していくものじゃないですか?
そして、行きつくところ、まず例外なくこの言葉に辿り着くわけですよ。
「先生の仰るとおりでした。ありがとうございました!」と。
これを素直に言えるかどうかが「心あるアマチュア」と「デムパ」の違いだと思います。

差し出がましいことを長々と書いてしまい、娜々志娑无さんはもちろんのこと、他の皆様にも
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
娜々志娑无さん、これからもよろしく私どもアマチュアをご教示下さい。

207 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/17(土) 11:57 ID:x9a.w8qE

>>205-206 貴須王の孫さん

 いや私こそつまらないことでからんでしまって、恥ずかしいやら申し訳ないやら…。
にも関わらず、私の立場に過分のご理解を頂き、感謝しております。

 貴須王の孫さんは作家さんでしたか。それならむしろいかに自由奔放な発想が
出来るかが勝負ですよね。もちろんただ発想しっぱなしじゃだめでしょうし、それを
まとめる構想力や文章力も要求されるのでしょうけれど。何にせよ、私の知識が
お役に立てることがあればいつでもおっしゃって下さいね。

 そう言えば、私の母校(高校)の大先輩(面識はありません)にも、もう故人ですが
結構有名なエロ作家がいたなぁ。こちらは純文学からの転向組ですたが。

208 名前:日語商売:2003/05/18(日) 03:40 ID:38fo5MkU

そういえば娜々志娑无ソンセンニムは今やっている国語学会大会にはいらっしゃらないのですか?
ちょっと某所で今夜のカキコ見つけましたので伺ってみたくなりました。
私は国語学会の会員ではないのですが、ちょっとプログラムを見て、
どんな内容だったかあとで伺えたらと思った次第だったので。

209 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/18(日) 11:36 ID:MnyFqueg

>>208 日語商売さん

 さぼっちゃいました(^^;。<国語学会

 出張費では学会2回分の旅費はまかなえませんしねぇ。
秋季大会は信州大学だそうですから、そちらには参加し
ようかと思っとります。久しぶりに戸隠のそばも食べたいし。
って、そっちの方がメインかよ!ヽ(゚ 0゚(#)ノ☆6(`_´メ)9

210 名前:日語商売:2003/05/19(月) 03:32 ID:2WPAUioc

>>209
こんな夜遅くまで何やってんだという突っ込みはナシでw

確かにたいがいの学会発表会は、年2回ならばそれらを近くでするってのは普通ありませんからね。
国語学会は春は東京か関西、秋は地方ですし、言語学会ならば春は東京、秋は関西を含めた地方。
で、地方の場合はたいがい温泉とか物見遊山を兼ねた学会になるw
学会実行運営に2度加わったことがありますが、企画準備や運営そのものも大変ですが、
正直、偉い先生方の接待の方にも相当気を配らねばなりませんw
信州いいですねぇ……うまいそば食いたい。
こっちでもそば(ざるそば)あるのですが、レベルは立ち食いそば屋のですのでw。
実家のあたりで最近そばに力をいれてるので、長期休暇の帰国時には必ず食べてきます。

211 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/05/19(月) 16:22 ID:TSRYFEj6

よせばいいのに、専門家のスレに燃料を投下してみる(w
http://sachika.com/pc/" target=new>http://sachika.com/pc/

212 名前:日語商売:2003/05/19(月) 16:38 ID:.3lA/1vg

>>211
こりは「娜々志娑无ソンセンニム、(;´Д`)ハァハァしる!」ってことでつか!?w

213 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/05/19(月) 17:04 ID:TSRYFEj6

>>212
設定を見るとファビョりそうになれます(w

「(;´Д`)ハァハァしる!」なら、http://www.yumeria.com" target=new>http://www.yumeria.comを出します(藁

214 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/20(火) 00:58 ID:FT3sT2b2

【歴史】稲作の伝来、定説より500年早いことが判明した
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053345804/l50" target=new>http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053345804/l50

 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は19日、加速器による放射性炭素(C14)年代測定法で
北部九州出土の土器を調べた結果、水田稲作が伝来した実年代は定説より約500年早まり、
紀元前10世紀ごろと分かったと発表した。

 これまでは弥生時代に水田稲作が急速に広まり社会が階級化、やがて大和政権が
生まれたとされてきた。しかし今回の調査結果で、稲作が日本各地に広がったとされる弥生前期は、
150年間でなく、400年間となる。

 弥生時代のイメージは大きく変化。定説の修正を余儀なくされ、教科書の書き換えも迫られそうだ。

 測定資料は、福岡市の雀居遺跡(弥生早期)など数カ所から出土した土器。
中にこびりついたコメを測定し、いずれも紀元前900年前後と判明した。
同時期とされてきた東北地方や韓国の土器のコメの測定結果も似た年代だった。

=中略

倭人(の数詞)の起源は殷人が関係している?
高句麗語の数詞は箕子が伝えた?と妄想してみる

215 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/20(火) 01:14 ID:3P4AlVpk

>>214

 うっひゃあ。すごいねこのニュース。これでまた縄文人と弥生人の
関係についていろいろ考え直さなきゃならないなぁ(欝)。

216 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/20(火) 01:40 ID:FT3sT2b2

つづき
 測定資料は、福岡市の雀居遺跡(弥生早期)など数カ所から出土した土器。
中にこびりついたコメを測定し、いずれも紀元前900年前後と判明した。
同時期とされてきた東北地方や韓国の土器のコメの測定結果も似た年代だった。

 水田稲作の伝来は、この土器が使われた時代より少し前とみられ、
同博物館は稲作が伝来し弥生早期が始まった実年代を紀元前10世紀と判定。
前期の始まりを定説より500年、稲作定着の中期の始まりも200年さかのぼると結論した。
後期以降は変わらないという。

◆稲作社会と縄文的社会が列島内に併存

 広瀬和雄奈良女子大教授(考古学)の話 
「年輪年代法の成果から、定説より古くなると思っていたので、意外ではない。
考古学で実年代は出せないから、方法に問題がなければ測定を信じ、解釈を考えるべきだ。
これまで水田は、愛知県辺りまで一気に広がったとされたが、近畿でも約500年かかったことになる。
水田の拡大力はそれほどではなかったし、縄文社会は行き詰まっていなかったわけだ。
各地が同一歩調で発展したというのは単一国家・単一民族という見方であり、
稲作社会と縄文的社会が列島内に併存したという方が、自然な考えだろう」

◆どこまで信じられるか当惑

 金関恕大阪府立弥生文化博物館長の話 
「日本の中だけ考えれば古くなっても構わないが、
中国や韓国にも影響を与えるだけに、どこまで信じられるか当惑している。
考古学的には年代を決める手掛かりがない時期のことで、
年代のはっきりした中国の資料を測定し、信頼性を示してほしい。
もっとも、縄文時代の年代に放射性炭素法の結果が定着するのは20年かかったが、
測定法に対する信頼が高まっているから、今回はもっと早いだろう」

◆稲作の画期は認めるべき

 山崎純男福岡市教委埋蔵文化財課長の話 
「弥生前期までは緩やかな進展だったとしても、前期初めに縄文土器から弥生土器に変わっている。
水田も画期だったことは否定すべきではない。
弥生早期の曲り田遺跡(福岡県)から中国製とみられる鉄斧(てっぷ)の破片が出土しており、
周時代にこんな鉄技術はまだなかったのではないかという声もある。
中国や韓国の研究成果と突き合わせるなど、まだ検討すべき課題は多い」

 【放射性炭素年代測定法】 炭素(C12)の放射性同位体C14は、
崩壊し窒素に変わる。生物が活動を停止し新たなC14摂取がなくなると、
体内のC14量が減るため、C14残存量で活動停止からの時間が分かる。
以前は崩壊時に出るベータ線量を測っていたが、現在は加速器質量分析計でC14の個数を測定。
少ない資料で短時間に高精度の測定が可能になった。
大気中のC14濃度は時代によって異なり、測定値と実年代にずれが生じるが、
それを補正する手法も開発されている

ZAKZAK 2003/05/19

217 名前:ほんとに韓国人はここまで壊れてるのか???:2003/05/20(火) 20:04 ID:tEFkw45o

東明王誕生2300周年祝い歴史学術発表会と関連写真展
------------------------------------------------------------------------
 東明王誕生2300周年記念全国高句麗歴史学術発表会が13日、平壌の人民大学習堂で行われた。
 発表会で各討論者は、紀元前277年、東明王によって高句麗が建てられたことにより、朝鮮の中世史、封建社会
の始原が開かれ、高句麗が朝鮮史においてもっとも広大な領域と先進的な経済と文化、軍事力を持つ中世東アジアの
強大国になり、民族の尊厳と栄誉をとどろかしたことについて述べた。
 一方、東明王誕生2300周年記念高句麗歴史関連の写真・遺物、民俗資料展が同日、平壌の朝鮮中央歴史博物館
で開幕した。
 展示場には東明王の肖像と彼の誕生と成長に関する資料、「三国遺事」「広開土王陵碑文」などの歴史資料、馬具
類や矛、弓などの武具、当時の民俗風習や身なり、楽器などの遺物と資料約300点が展示されている。
◇         ◇
 高句麗の始祖、東明王(高朱蒙)は2300年前の5月14日に生まれた。
 東明王は古い勢力を退けて新しい封建国家を建立し、分裂して存在していた多くの群小勢力を統合して高句麗の基
盤を築いた。
 少年時代から弓術にたけていた彼は、青年期に至っては智恵と才能が優れ、気骨の長大な力持ちになった。地方自
治勢力と手を取り合って長となった彼はその後、句麗5部の統治者になった。
 紀元前277年に国名を高句麗と改め、封建的な統治制度と秩序を樹立していった。彼は王になってからの10年
間、隣接の各地域を統合して大国を建てた。
 高句麗の人々は彼を崇拝し、神的な存在と見なし死後は墓も立派に整えた。
 427年に平壌へ遷都しながら始祖・東明王の墓も今日の位置(力浦区域竜山里)に移し、始祖王陵を立派に作っ
て管理した。(朝鮮通信)
[朝鮮新報 2003.5.17]
http://www.korea-np.co.jp/sinboj/j-2003/j04/0304j0517-00003.htm" target=new>http://www.korea-np.co.jp/sinboj/j-2003/j04/0304j0517-00003.htm


218 名前:日語商売:2003/05/20(火) 20:54 ID:KeQwVwVk

>>217
まぁ、北朝鮮は檀君の墓をも「発見」してしまうところですから、
東明王朱蒙の遺物展覧会はまだかわいい範囲だと思います……。

つーかこんなことやってるひまあったらSARS対策しろよと言いたくなるタイミングではありますがね。
これも相変わらず「偉大な将軍様の御指導」ぐらいしか対策はしてないらしいし……。

219 名前:217:2003/05/20(火) 21:57 ID:jkvId0X.

>>218
いや、高句麗建国の年代のところに注目してほしかったんだが・・・まだわからない?

220 名前:日語商売:2003/05/20(火) 23:23 ID:KeQwVwVk

>>219
確かに『三国史記』とかにある朱蒙の即位年はB.C.37年とされていますから、
2300年前というのは「またずいぶんさかのぼらせたな、おい!」ですね。
で、この2300年前というのはいったいどこから出て来たのか……と調べてみたら、
かの悪名高き『桓檀古記』の「高句麗国本紀」の中に
「檀君解慕漱が初めて降在したのは秦王政の八年である」という記述があるらしいです。
(ここでの「檀君」は王倹のことではなくその子孫の王という意味らしい)
解慕漱は『三国史記』では自称天帝の子で、朱蒙の父として現れる人物ですが、
『桓檀古記』では朱蒙の4代前となっていて、それでつじつま合わせをしているようです。
(つーか4代で200年以上の隔たりというのもまだまだおかしいのですがw)

で、この解説では朱蒙自身が2300年前の人となっていて、更に話がおかしくなっているわけで、
もうこうなると、歴史捏造とかいう以前に資料読めとんのか!と呆れ返ります。
(資料といっても20世紀に書かれた偽書ですが)

ちなみに朝鮮新報ですが、どうも総連の機関紙みたいですね。
ちょっと調べたところだと、他にも電波ゆんゆんな記事がありました。

221 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 18:36 ID:JB/z.ddo

 本家の「はじめての〜」スレに貼ろうと思って作成したのですが、言語の話題
が終わってしまいましたので、貼るに貼れなくなってしまいました(泣)。せっかく
作ったものですし、もったいないのでここに貼っておきます。そのうち日の目を
見ることもあるでしょ。

222 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 18:37 ID:JB/z.ddo

 『三国志』魏書東夷伝には、高句麗・東沃沮・[シ歳]の言語についてそれぞれ
以下のように記しています。

◎高句麗
 東夷ハ旧語ニ、以テ為ス/2夫餘ノ別種ト/1。言語諸事、多ク与/2夫餘/1同ジ。其ノ
 性気衣服有リ/v異ナル。
◎東沃沮
 其ノ言語ハ与/2句麗/1大同ス。時時小異ス。
◎[シ歳]
 其ノ耆老旧ク自ラ謂フ、与/2句麗/1同種ナリト。(中略)言語法俗大抵与/2句麗/1
 同ジ。衣服有リ/v異ナル。

 この記述をもとに夫餘・高句麗・(東)沃沮・[シ歳]の各言語の系統図を作成
すれば以下のようになります。

         ┌─夫餘語
         ├─高句麗語
.夫餘系祖語─┤
         ├─(東)沃沮語
         └─[シ歳]語

223 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 18:38 ID:JB/z.ddo

 更に、『梁書』百済伝によれば、「今言語服章、略(ほ)ボ/2句驪/1同ジ。」
とありますので、上記の夫餘系諸語の中に百済語を含めることが可能です。
ただし、『周書』異域伝百済条には「王姓ハ夫餘氏。号ス/2於羅瑕ト/1。民
呼ビテ為ス/2[革建]吉支ト/1。夏言ノ王也。」とあり、支配層(王)と被支配層
(民)とで言語が違っていたことが窺えます。百済の前身は馬韓の伯済国
ですから、馬韓の住民はもともと韓系の言語を話していた可能性が高く、
そこを外来の夫餘系言語を話す部族(高句麗の一支族か)が征服・支配
していたという構図が透けて見えます。そもそも百済は王の姓も夫餘氏
ですし、建国神話も高句麗のそれに直接繋がるものですから、この推定
はまず確実なものと思われます。

 てなわけで、夫餘系諸語の系統図は最終的に以下のようなものになります。

         ┌─夫餘語
         ├─高句麗語
.夫餘系祖語─┼─百済語(支配層)
         ├─(東)沃沮語
         └─[シ歳]語

224 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo

 次に、韓の地域の言語ですが、こちらは夫餘系諸語に比べてかなり情報が
錯綜しています。

『三国志』魏書東夷伝より
◎弁韓
 弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。亦(ま)タ有リ/2城郭/1。衣服居処与/2辰韓/1同ジ。
 言語法俗ハ相似ル。
◎辰韓
 其ノ耆老伝フルニ/v世ニ、自ラ言フ古之亡人ナリト。避ケテ/2秦ノ役ヲ/1来リテ適(ゆ)ク
/2韓国ニ/1。馬韓割キテ/2其ノ東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。有リ/2城柵/1。其ノ言語ハ
不/G与/2馬韓/1同ジカラ/J。

『後漢書』東夷伝より
◎弁韓
 弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。城郭衣服皆ナ同ジ。言語風俗有リ/v異ナル。
◎辰韓
 辰韓ノ耆老自ラ言フ、秦之亡人ナリト。避ケテ/2苦役ヲ/1、適ク/2韓国ニ/1。馬韓
 割キテ/2東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。其レ名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為シ/v弧ト、
 賊ヲ為/v寇ト、行酒ヲ為シ/2行觴ト/1、相呼ビテ為ス/v徒ト。有リ/v似タル/2秦ノ
 語ニ/1。故ニ或イハ名ヅケテ/v之レヲ為ス/2秦韓ト/1。

225 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo

『南斉書』東南夷伝加羅条より
  加羅国ハ三韓ノ種也。

『梁書』東夷伝新羅条より
 新羅者其ノ先本辰韓ノ種也。辰韓亦タ曰フ/2秦韓ト/1.相去ルコト万里。伝ニ言フ
 秦ノ世ノ亡人避ケテ/v役ヲ来リテ適ク/2馬韓ニ/1。馬韓亦タ割キテ/2其ノ東界ヲ/1
 居セシム/v之レニ。以テ/2秦人ナルヲ/1、故ニ名ヅケテ/v之レヲ曰フ/2秦韓ト/1。其ノ
 言語名物有リ/v似タル/2中国人ニ/1。名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為/v弧ト、賊ヲ
 為シ/v 寇ト、行酒ヲ為シ/v行觴ト/1、相呼ビテ皆ナ為ス/v徒ト。不/v与/2馬韓/1
 同ジカラ。又タ辰韓ノ王ハ常ニ用ヰテ/2馬韓ノ人ヲ作シ/v之レニ、世ニ相係ハル。辰韓ハ
 不/v得/2自ラ立チテ為ルヲ/1v王。明ラカニ其レ流移之人故也。恒ニ為ル/2馬韓ノ
 所ト/1v制スル。

『北史』新羅伝より
 其ノ人雑/2-有ス華夏ヲ/1。(中略)其ノ王ハ本百済人。自(よ)リ/v 海逃ゲ/2-入リテ
 新羅ニ/1、遂ニ王タリ/2其ノ国ニ/1。

『旧唐書』新羅伝より
 新羅国ハ本弁韓之苗裔也。

226 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 21:18 ID:JB/z.ddo

 弁韓と辰韓の言語について、『三国志』はよく似ているとしているのに対し、
『後漢書』はそれぞれの言語には違いがあると述べています。この点について
李基文は「この両言語が相当な違いを有していたと見るのが穏当であろう」と
述べています。まぁ「有異」という言い方ですから、似ている点の方が多いが
多少の違いもあるという程度なのではないでしょうか。

 辰韓、またその後進の新羅に関して興味深いのは、『三国志』を始めとする
複数の史書において中国との関連が述べられている点です。『三国志』の
「避秦役」云々はいかにも辰韓の「辰」と「秦」の発音が似ていることに基づく
付会の説といった感じですが、その根拠として『後漢書』が挙げている例は
いずれも中国語の方言の違いを示しているように見えますし、『北史』の「雑有
華夏」は新羅人の中に一定の中国人が雑じっていることをはっきりと指摘する
記述です。以上を鑑みるに、辰韓語(新羅語)は三韓諸言語の中でも特に強く
中国語の影響を受けている言語であると見なしてよさそうです。

 最後に馬韓の言語ですが、辰韓とはかなり言語が異なっていたようです。
問題はともに「韓」と称する国の言語どうしがかくも異なるに至ったかですが、
一応理由としては二つほど考えられます。一つ目は馬韓の地に既に夫餘系
言語を話す部族が侵入していて、馬韓の言語に影響を与えていたからという
もの。二つ目は辰韓の方が中国語の影響により大きく変質してしまっていた
というものです。もし前者なら馬韓の言語と夫餘の言語を比較した記述があり
そうなものですが、『三国志』『後漢書』ともにそのような記述はありません。
よって、私としては後者の方を取りたいところであります。

227 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/21(水) 21:38 ID:JB/z.ddo

 以上の考察に基づいて韓系諸語の系統関係をまとめれば、大略以下のように
なります。
                  中国語
                   ↓
                 . ┌─辰韓語──新羅語
        ┌─弁辰祖語─┤
.韓系祖語─┤        . └─弁韓語
        |
        └────────馬韓語──百済語(被支配層)

 一応こんな感じになりましたけど、夫餘系諸語に比べて韓系諸語は問題が
多いので、系統図としての信頼性は数段落ちるものと思われます。また、弁韓
の扱いも難しいですね。弁韓はもともと辰韓系住民が混在していた地域ですし、
結局統一国家を作れず小部族連合国家の段階にとどまった上、三国に先駆け
て6世紀に滅んでしまったため、中国の史書の記述にも乏しいと来ていますから。
実際には弁韓には弁韓語と言えるだけの統一的な言語が存在しなかった可能
性の方が高そうです。それに、弁韓地域には夫餘系の地名がいくつか存すると
いう指摘もなされており、また同地域は倭(日本)との交流が活発であったこと
も知られています。即ち、弁韓の言語を考える場合には、倭語や夫餘系言語の
影響も考慮する必要があるというわけです罠。まったくやれやれです。

228 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/05/22(木) 21:39 ID:zSJobOF2

いつもありがとうございます。

これで(厳密には)専門外だとおっしゃるんだから…。
しかし、在日くんは、あれだけやっても、たぶん何も理解していないと思います。

新羅と百済の位置関係を知らないどころか、東京とソウルのどちらが南にあるかすら
知らなかったみたいなので。

229 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/29(木) 23:26 ID:Ri9GFYqo

金東昭著、栗田英二訳「韓国語変遷史」という本が
明石書店から出ていますが誰か読みました?
本屋でちょっと立ち読みしたんですが、刺激的です。
覚えているところでは、次のような主張をしています。

古代韓国語は母音が五つ。もとは母音調和などなかった。
百済、新羅、高句麗の言語は互いに近かった。
古代日本語と高句麗語との関係を示すとされる地名の解釈には問題がある。
ハングルの陰陽の対立はモンゴル語の母音調和の影響。
アレアや z, v などは方言の折衷形だった。

検索した限りでは、ハン板でも総督府でもまだ話題にのぼっていないようです。
娜々志先生の説と真っ向から対立するところもあり、
是非とも意見を伺いたく思います。

230 名前:143:2003/05/29(木) 23:33 ID:ul32bGJ2

最近閑古鳥が鳴いているみたいですので質問です。
とっくに既出のような気がしますが、そうでしたら申し訳ありません。

高句麗語と日本語の数詞が似ていることから、日本語の数詞は
高句麗語系言語からの借用かもしれないという話がありますが、
一方で百済の支配層(の言語)は高句麗系という話もありますよね?

日本語、百済語が両方とも高句麗語にある程度つながるのなら、
百済と書いて、なぜ「ももら」とか「ももだら」と読まないんで
しょうか?(「十済」で考えるべきかもしれませんが)
「くだら」というのは何語の読み方だと考えられているのでしょうか?
仮に韓系の言語なら、朝鮮語(新羅語)的な読み方で納得のいく
読み方なのでしょうか?


231 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/29(木) 23:41 ID:EBNJW3WQ

>>229

 その本は読んだことがありません。ネットで検索してみましたが、
出たばかりの本みたいですね。伺った限りでも、かーなり刺激的な
内容の本のようですな。暁星女子大学校教授で、朝鮮語学系の
学術発表もしているみたいですから、一応まともな方のようですが。
6800円をあの明石書店に払うのに抵抗があるので、買うかどうか
はともかくとして、今度立ち読みしてみますね。

232 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/29(木) 23:56 ID:EBNJW3WQ

>>230 143さん

 「百済」をクダラ(古くはクタラ)と読むことについては、以前に

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1050249821&st=87&to=87&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1050249821&st=87&to=87&nofirst=true

に書き込んだことがありますが、正直、なぜ日本人が「百済」のことを
クタラと呼んでいたのか私にもよくわかりません。ラは朝鮮半島南部
の地名の語末に付くことが多い(安羅・加羅・斯盧等)ので、何らかの
地形を意味する韓系の言葉だろうということは想像が付きますが、
旧説の居陀+ラ説も、居陀が弁韓の地名であって馬韓のそれでは
ないということから疑問符が付きますしねぇ。正直、お手上げですわ(^^;。

233 名前:143:2003/05/30(金) 21:06 ID:uBCMs8t6

娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん、ありがとうございました。

そうですか、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさんでもわからないんですか。
なんか朝鮮関連の昔のことってわからないことだらけですね。
隣の国では「ウリの歴史は半万年ニダ!」とか、「いや、九千年ニダ!!!」とか
言ってるみたいですが、なにを根拠にそんな昔のことを言ってるんだか。

234 名前:貴須王の孫:2003/05/30(金) 23:31 ID:iOCVPzoM

俺は「奈良百済」なるものが許せん!(笑)

235 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 08:12 ID:yYky70pk

>>娜々志娑无さん
 以前、元々夫餘系は朝鮮半島南部に住んでいたとか言う書き込みをどこかで
見た記憶があるのですが、もしその仮定が成り立つと考えた場合、百済が
二重言語国家だったのは「征服」による物では無い可能性も無いでしょうか?

 と言うのも、現在アメリカの一部地域では、ヒスパニックの大量流入により、
英語よりもスペイン語の方が優勢になっており、これを無視できずホワイトハウスでも
スペイン語の広報を準備している程です。しかし別に合衆国がスペイン語地域を征服したために
こういう事態が起こっているわけではありません。

 こう言った現象から類推すると、馬韓地域では元来夫餘系言語が主に用いられていたが、
ある時期に韓系言語話者が大量に流入し、百済被支配層の言語が韓化したが、
支配層の言語は夫餘系のままだったために二重言語国家になった。ってな
ストーリーは可能性無いでしょうか?

 これならば、日本列島(倭)〜馬韓(百済)〜高句麗〜沃沮・[シ歳]〜夫餘
と言った地域が、連続した一塊の地域になり、言語の伝播に関して自然な形になると
思うのですがどうでしょう?

 言語素人の意見ですが、ご感想お聞かせ下さい。

236 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/31(土) 12:40 ID:DvnS2FCc

>>235

 う〜ん、どうでしょう。アメリカの場合も、ヒスパニック住民の流入の遠因は、
米西戦争でスペインを破り、スペイン語地域を植民地として手に入れたことに
あったわけで、これも一応「征服」の結果ということになるような気がしますが。

 弁韓地域に夫餘系の地名が存在したことは確かですが、その数はわずかに
3例に過ぎません。「先住民の言語は地名に残る」という言語学の経験則から
すれば、かつて弁韓地域に夫餘系住民が住んでいたことは確かでしょう。
ただ、全域に住んでいたかどうかは微妙ですね。何せ夫餘系の地名はたった
3例しかないわけですから。これを、夫餘系住民が弁韓に住んでいたのは
大昔の話だったからと取るか、それとも弁韓における夫餘系住民の占める割合
がもともと少なかったからと取るか、現状では情報があまりにも少なすぎて
判断出来ないというのが穏当なところではないでしょうか。

237 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 17:27 ID:yYky70pk

>>236
 ご感想ありがとうございます。

 まあ最終的に判断できないであろうと言う事はなんとなく予想していました(^^;
ただ、アメリカの場合、年々スペイン語使用人口が増えている事を考慮しての発言です。

 もう一つ新たに質問なのですが、文字を持たない集団が同じく文字を持たない集団を
征服したとしてもやはり「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?
ぶっちゃけ「先住民の言語が地名に残る」のは、征服した民族が、征服された民族から
得た土地情報をそのまま記録する事から起こる現象の様に思えるのですが、これはどうでしょう?
文字を持たない人々が新たな支配者だった場合、地名を記録する事が出来ないので、
地名が殆ど入れ替わってしまうと言うような事はおきないのでしょうか?

 北海道には数千年間アイヌ人しかいなかったわけではないでしょうし、
その間の言葉の変化も大きかったと思うのですが、北海道の地名はアイヌ語による解釈で
無理が無い場合が多いようです。

 こういう妄想で自説をちょっとだけ擁護すると、夫餘系住民や入れ替わった
韓系住民は、当時文字を持たなかった為に地名が殆ど入れ替わった・・・と言う感じの意見です。

 なんら証拠が無いので妄想の類にあたるでしょうし、やはり結論は出ないと思うので、
これについては置いておくとして、文字が無い住民の入れ替わりでもやはり
「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?これについて、学説なり、ご意見なり、経験則なりが
あれば、是非教えて下さい。m(_)m

238 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk

>夫餘系の地名が3例

具体的にはどれのことでしょう?

239 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk

>夫餘系の地名が3例

具体的にはどれのことでしょう?

240 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk

>夫餘系の地名が3例

具体的にはどれのことでしょう?

241 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk

>夫餘系の地名が3例

具体的にはどれのことでしょう?

242 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/31(土) 22:04 ID:3YVLFwqk

>夫餘系の地名が3例

具体的にはどれのことでしょう?

243 名前:238-242:2003/06/01(日) 04:07 ID:alIh8Xq6

>>238-242
すいません、ブザウザ新しくしたばかり
で使い慣れてないもんですから・・・
2ch専用ブザウザなんですが、これでみにふろ見ると
2chとちがって投稿はすぐに反映されず
かわりに「投稿エラー」の表示がでてしまうんです。
それで何度も再投稿してしまいました。申し訳ない。

244 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/01(日) 09:51 ID:TXvq6VTM

>>237
>>238

 今私は旅の空につき、レスは戻りましてからということにして下さい。
火曜日にはレス出来ると思います。

245 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/02(月) 03:12 ID:df3ZGc4A


三国志(3c)と梁書(6c)は300年の差があるのだね。

ということは、
「6世紀の百済(の支配層?)の言語が同時代の高句麗の言語に近縁」
「3世紀の夫餘・高句麗・(東)沃沮・[シ歳]の言語同士が近縁」
なのはいいとして

3世紀の高句麗の言語と、6世紀の高句麗の言語は同系統のもの

という推定は何によって担保されているのでしょう



246 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/03(火) 11:19 ID:XAcY9JRo

>>237
>文字を持たない集団が同じく文字を持たない集団を
>征服したとしてもやはり「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?

 確かに文字があるのとないのとでは残り方に多少の違いはあるかも
知れませんが、記録は何も文字が存在しなければまったく残らないと
いうものではなく、口伝えで伝わる記録というものもあるわけです。
とりわけ地名は先人の呼称をそのまま継承する傾向が強い(個人が
勝手に変えたら社会が混乱する)ので、たとえ文字がなくても代々受け
継がれてゆく可能性が高いと思われます。例えば、ヨーロッパでは
水名学という地名学の一分野が盛んですが、それによれば、アルプス
山脈北側中部及び西部ヨーロッパを中心とする広い地域に分布する
河川名の最下層に、印欧共通語にまでは遡らないけれども、文献に
見られるヨーロッパの諸言語に分化する以前の古い言語(当然、文字
はまだない時代の言語です)が反映しているのだそうです。ゲルマン
民族の大移動でも知られるように、古代のヨーロッパでは異民族の移住
が盛んでしたから、一つの民族が古代から現代までその土地にずっと
住んでいたとは限りません。移動してきた連中は言語的には先住者と
同じ印欧語族であっても、先住者とは別民族ということになりますし、
その形態も必ずしも平和的なものとは言い難いものがあったはずです。
にも関わらず、これらの地域では先史時代の地名が住民に代々受け
継がれているわけですから、結局このことは、たとえ文字がなくても古い
地名がその土地に住む者によって代々受け継がれていくことを示す格好
の例と言えるのではないでしょうか。

247 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/03(火) 12:16 ID:XAcY9JRo

>>238

 失礼しました。夫餘系の地名が三つあるというのは私の記憶違いでした。
弁韓地域に夫餘系言語を話す人々がかつて存在した証拠と言われるものが
三つあるということです。そのうち地名が二つを占めるので、混同してしまい
ました。以下、具体的に示せば次の通りです。

(1) 「栴檀梁 城門名 加羅語謂門為梁云」(『三国史記』)
  「梁」は朝鮮語の訓読字で「dol※」と読むので、古代日本語の「ト(戸・門)」
 と一致します。高句麗語資料には見えない語ですが、日本語が高句麗語
 と同じく夫餘系言語である可能性が高いこと、満州語で「門」を「duka」という
 ことから、夫餘系の言葉と推測され得るものです。
(2)「玄驍県本推良火県一云三良火」(『三国史記』)
 「玄驍県」は弁韓の地名ですが、その古名「推良火県」の「推」は朝鮮語の
 訓読字で「mil」と読むので、その別名「三良火」の「三」もまた「mil」と読むと
 いうことになり、高句麗語の「三」である「mil」と一致します。
(3)「[冫ヒ/木][β是]郡本[冫ヒ/木]吐郡」(『三国史記』)
 「[冫ヒ/木][β是]郡」もまた弁韓の地名ですが、「[β是]」は「堤」の意の漢字
 ですので、この地域では「堤」を「tu」と言ったことがわかります。しかしてこれ
 は高句麗語とも完全に一致します。

※李基文『韓国語の形成』による。ただし、同『韓国語の歴史』では「tur」と再構。

248 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/03(火) 15:05 ID:XAcY9JRo

>>245

 『三国志』の成立は3世紀後半、『梁書』の成立は貞観三年ですから629年の
ことですね。そういう意味では最低でも330年は違うということになりますが、
426年頃成立の『後漢書』に高句麗について「東夷相伝ヘテ以テ為ス/2夫餘ノ別種ト/1。
故ニ言語・法則多ク同ジ。」、東沃沮について「言語・食飲・居処・衣服有リ/v似タル/2
句驪ニ/1。」とありますので、これを加味すればもう少し縮まります。

 また、百済について言えば、644年頃成立の『晋書』に咸安二年(372)の記事
として「遣シテ/v使ヲ拜シテ/2百済王餘句ヲ/1為ス/2鎮東将軍、領楽浪太守ニ/1。」と
あり、4世紀の百済王の姓が「餘」となっていること、更に6世紀後半成立の『北魏書』
に「百済国ハ、其ノ先出ヅ/v自リ/2夫餘/1。其ノ国北ハ去ルコト/2高句麗ヲ/1千餘里、
処リ/2小海之南ニ/1。其ノ民ハ土著ニシテ、地ニ多ク/2下湿/1、率#テ皆ナ山居ス。有リ/2
五穀/1。其ノ衣服・飲食与/2高句麗/1同ジ。」とあり、延興二年(471)に百済王が
北魏皇帝に送った上表文にも「臣ト与/2高句麗/1源出ヅ/2夫餘ヨリ/1」と述べられて
いますから、その差は更に縮まります。

 以上を勘案すれば、3世紀の高句麗と6世紀以降の高句麗をわざわざ別系統と
しなくてはならないような理由は特にないと言ってよいのではないでしょうか。

249 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/03(火) 20:21 ID:XAcY9JRo

>>229
>金東昭著、栗田英二訳「韓国語変遷史」

 今日その本を、古代朝鮮語に関する部分だけですが、ざっと立ち読みして
参りました。いやあ、まさしく私や李基文などの意見と真っ向から対立する
内容でしたなぁ(藁。何せ短時間の立ち読みなので、誤読している恐れは
多分にありますが、古代朝鮮語に関しての彼の主張をぶっちゃけて示せば、
『三国史記』の地名語源説から導き出されるものがその土地の言語を反映
しているという確証はなく、むしろその語源説は新羅人が作り出したものなの
だから、各地の地名から再構されるのはすべて新羅語と見るべきであ〜る!
てな感じでしょうか。

 なるほど、確かに半島地名の中国式への変更は8世紀のことですから、
時代的には統一新羅の話です。よって、その地名語源説が統一新羅時代
のものである可能性もないとは言えません。しかしながら、そうやって再構
された言葉が高句麗・新羅・百済の領域ごとに異なっている(ように見える)
という事実は、古代の半島の言語が単純なものではなく、国ごとに異なって
いたことを強く示唆するものです。しかも、彼の説では、例の高句麗語の数詞
のうち、金氏自身も認める「mir(3)」が、高麗語では「sei」、中期朝鮮語では
「s∂ih」と、まったく異なる系統のものに置き換えられていることを合理的に
説明出来ないという問題点があります。まさか固有語の数詞が複数あるはず
もないでしょうからねぇ。

 正直、彼の言い分を見ていると、自説にとって都合の悪いものは何かと
けちを付けて排除しようとしているという印象を強く受けます。例えば、夫餘
系と韓系の言語的対立の例として挙げられているものは、用例が1例しか
ないから信頼性に欠けるとか、はっきり夫餘系言語であるという確証がない
とか言って取り上げず、彼にとって都合のよいものだけで説を作っているよう
に見えるのです。こう言っては何ですが、私には彼が半島はすべて韓国の
ものである、いや、そうでなければならないという予断を持って事に当たって
いる人のように見えて仕方がないんですよね。結局、彼もまた民族主義史観
の犠牲者ということなのでしょう。そういう意味では、さん君の言語学者版とも
言えますな(w。恐るべし、韓国の民族主義史観!

250 名前:237です。:2003/06/04(水) 00:39 ID:5sx880c6

>>娜々志娑无さん
 丁寧な回答ありがとうございます。素人が思いつく程度の事は既に研究の
対象になってるものなのですねえ、やはり。

 文字が無くても地名が残ると言う事については、一昨日買った東京書籍の
『ケルト歴史地図』と言う本にも書いてありました。「インド=ヨーロッパ
語族の故郷はヨーロッパではない。初期ヨーロッパで話されていた言語はイ
ンド=ヨーロッパ語ではなかった。それらは〜たとえばエトルリア語やイベ
リア語などだが〜碑文として残っているが、地名や後代の言語のなかに痕跡
として残っている語(たとえば、昔スコットランドで話されていたケルト語
のひとつピクト語)からして、インド=ヨーロッパ語とは別の言語が存在し
ていたことが想像される。今日のバスク語はそうした言語の唯一の孤独な生
き残りなのかもしれない。」だそうです。

 しかもその地図によればスコットランドへ印欧語(ケルト語)が伝播する
のが紀元前500〜300年頃の話だそうで、(議論の必要のある新しい説では紀
元前4000年前後)どうにも数百年やそこらでは地名の痕跡は消滅しないよう
です(^^;全然あかんですねえ。それでも馬韓に不彌國(倭国にも不彌國が
ある。)弁辰に弁辰彌烏邪馬國(邪馬は倭語では・・・)とかあるのを見る
となんか想像がそっちの方向へ行く(^^;

 ところで全然話が変わりますが、以前娜々志娑无さんがまとめていた(李
基文氏の説)新羅語の特徴等を見るに、寡少な資料からでも意外にいろいろ
な事が分かる物だと驚いた物ですが、魏志倭人伝等の資料から、弥生時代の
日本語についてどの程度分かる物なのでしょうか?卑拘・卑弥呼の表記から
当時は完全にハ行音がP音だったらしいのは素人目にも分かりますが、好古都
國の好はH音だとか卑弥呼の呼もH音だとかで、そう単純でもないようです。
だけど呼の音読みが「こ」だと言う事はやっぱり日本人には「ホ?」が発音
出来なかったようにも思えますし・・・。

 長くなってしまったので続きます。

251 名前:237です。:2003/06/04(水) 00:41 ID:5sx880c6

 続きです。

 もう一つ当時の日本語について疑問なのですが、以前漢委奴国王の奴国に
ついて古い日本語の一人称「ナ」の存在が推定から、歴史上初めて記録され
る倭人の国名が奴国だと言うのが興味深いと言う書き込みをされていました
が(民俗と言語〜の71番)、魏志倭人伝その他に出てくる倭人の国名に、やた
らと「奴」で終わる名前が多い(奴國が二つ・狗奴國・彌奴國・姐奴國・蘇
奴國・華奴蘇奴國・鬼奴國・烏奴國・多婆奴國)事を考えると、一人称代名
詞と言うよりは、地震(なゐ)の「な」の存在から大地を意味する「な」が
存在するとの事(民俗と言語〜の163番、海底少年さんの引用)なので、そち
らと結びつけて古代日本語で地名につける語の一つだったと考えたくなります。
そういう流れで奴国の「ナ」は「なゐ」の「ナ」なんじゃないかなーと愚考し
ているのですが、やはりこれも問題ありでしょうか?

 言語学と違って歴史の方には少々オタク的知識を持ち合わせている(^^;
のですが、中学・高校の頃読んだ古代日本を扱った本の中に、「奴」で終わる
地名が多いのは、奴国の住民が作った植民地だからだと言う物がやたらと多か
ったので気になってます。中高生の頃はそれで納得してたんですが・・・。こ
の説の真偽はともかく、「奴」で終わる地名は確かに多いので。

 ついでに羅と奴・・raとnaを結びつけて、朝鮮半島にある羅や盧・廬がつく
地名は実は倭系=夫餘系の地名なのだ・・・とか(^^;倭にも馬韓にも「不
彌國」があるし、弁辰には弁辰彌烏邪馬國ってのがあって、その邪馬ってのは
倭にも邪馬國・邪馬臺國があるから日本語の「やま(山・邪馬」でやっぱり半
島南部には夫餘系が・・・って、やめます(汗)

 脱線部分が多くなってしまいました。何か次々と質問を追加してしまって申
し訳ありませんが時間が余ってれば弥生時代の日本語についてどの程度の事が
分かる物なのか御教授下さい。

252 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/04(水) 17:12 ID:E31e2iOo

>>250-251 237さん

 弥生時代というと、卑弥呼の時代はぎりぎり入るか入らないかというあたりですね。
仮に卑弥呼の時代を弥生時代に含めるとしても、存在するのが漢字で記された外国
資料で、しかも固有名詞がほとんどですから、言語資料としては甚だ貧弱なものと
言わざるを得ません。新羅語の場合は、同じ漢字資料と言っても、国内資料であり、
且つ地名語源説を利用して一般名詞を再構でき、且つまたそれを補う吏読などの
資料もありましたからねぇ。3世紀及びそれ以前の日本語に限って言えば、条件的
には一層厳しいものと言えるでしょう。まぁそれでも、固有名詞を解析することで、
「ワ(我)」「ヒ(日)」「ミコ(巫女)」「ヒコ(彦)」「ヒナ(鄙)」「モリ(守)」等、若干の一般
名詞を再構することは可能ですし、借音表記として使用された漢字に[-p][-t][-k]
等の韻尾が付いていないものが多く選ばれていることから、当時の日本語の音節
構造は奈良時代以降と同じ開音節(音節末が必ず母音で終わるもの)であったという
こともある程度推定可能ではありますが。

 hの音については、「卑弥呼」を「日+巫女」と分析する私の立場から言えば、奈良
時代同様、3世紀の日本語の音韻体系の中には存在しなかったということになります。
日本語の子音で声門摩擦音hに最も調音点が近いのは軟口蓋破裂音kですから、
上代から中古にかけての日本人がhの頭子音を持つ漢字音をカ行音で受け入れた
ように、3世紀の日本語においても、kはもちろんのこと、hの頭子音を持つ漢字音も
基本的にカ行音として捉えるべきでしょうね。

 ただ、同じh音でも、唇音的介母-u-を含む漢字の場合は、ワ行音を音写した可能性
がありますので注意を要します。5世紀後半の金石文である「稲荷山古墳鉄剣銘」と
「江田船山古墳太刀銘」に見える「獲」の漢字音は[hua]のようなものであったと推定
されますが、日本語のワの借音として使用されていますからね。

253 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/04(水) 17:16 ID:E31e2iOo

(続き)

 奴国のナの語源については、確かに私は前スレだか前々スレだかで古い一人称
代名詞起源説を挙げたことがありますが、あれはこういう考え方も出来るんだよ、と
いう程度のものでして、可能性としてはともかく、実際に私がそれを積極的に支持し
ているというわけではありません(^^;。お説のように、「ナ(大地)」に語源を求めると
いうのもありでしょうし、奴国の植民地云々はともかくも、半島の地名を構成する要素
として知られるra(羅)やその変化形ya(耶)と結び付く可能性もなしとは言えません。
ただ、所謂「奴国」とそれ以外の「奴」を含むものとは別扱いする必要があるかも知れ
ないということだけは申し上げておかなくてはならないでしょうね。何となれば、「奴国」
という表記は他のものと違って一時代前から使用されていたものだからです。

 『後漢書』によれば、「奴国」は西暦57年に後漢に使いを送っています。即ち、この
国の漢字表記として「奴」が宛てられたのは57年の話なわけです。一方、「狗奴国」
以下の国名の方は『三国志』魏志東夷伝倭人条に登場するのが初めてなわけです
から、これらの漢字表記の成立時期は『三国志』の成立年代から言えば3世紀末、
邪馬台国が魏に使いを送った時期まで遡らせたとしても239年の話です。結局、
約200年ほど「奴国」の方が先行するわけですね。漢字音は時代によって変化し
ますから、1世紀の漢字音と3世紀のそれとがまったく同じである保証はありません。
一般に、発音は変わっても表記は固定する傾向が強いことを勘案すれば、「奴国」の
「奴」が上古音[nag]によってナと読めるからと言って、魏志倭人伝の「奴国」以外の
国の「奴」もまたナと読めるとは限らないのです。場合によっては中古音[no]に従って
ノと読むべきかも知れないわけですね。もし「奴」をノと読めれば弥奴国=美濃説に
とっては甚だ具合がよいということになります。しかしそうすると今度は「卑奴母離」が
「ヒナモリ」と読めなくなって、「鄙守」説が破綻してしまうことにもなりますが(^^;。
ことほど左様に魏志倭人伝は扱いが難しい資料なのであります。

254 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/05(木) 01:57 ID:vPvm1wrY

>>253

 と、書いてはみたものの、実際問題として、高々200年程度の時間の経過で
漢字音がどれほど変化し得るものなのかということになると、私も専門外なもの
ですから自信はありませんです(^^;。隋唐より以前の漢字音(上古音)の変遷
は、資料上の制約のため、あまりはっきりしたことは言えないようですしね。ここ
はやはり専門家の日語商売さんのご降臨を願った方が宜しいようで。

255 名前:日語商売:2003/06/05(木) 03:49 ID:lWkcMJFs

>>254
召還されたので寝る前にちょっとだけ。。。
隋唐以前の漢字音、特に漢時代の音韻の状態については、資料が押韻等に限定され、
しかもそれが前後の時代より相当ゆるい(やや似ている音ならば押韻し合う)ので、
非常に分かりにくいところなんですよ。
上古音の具体的な音価についても、論者によってかなり違うので、枠組みがわかるってだけで、
細かいところについてはまだ固まっていないというのが実際のところです。
ここでよく使っている藤堂氏の推定音も、今現在の説とは相違する点がいくつかあります。
まぁ、そのくらいわからんところが多いので、そこから更に資料の少ない、
半島や日本列島の言語を探るのは、難しいことなんです。。。
中公文庫の「日本の歴史」シリーズの中で、森博達氏がいろいろ論じているので、
それを紹介したいところですが、今手元にないので、また次の機会ということで、
今夜はご勘弁を。

256 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/05(木) 14:45 ID:8W/nuTmI

>>255 日語商売さん

 真夜中にお呼び立て申し上げたるところ、即座のご降臨、近頃忝う御座りまする。
要は、外国資料、とりわけ漢文表記された固有名詞の解釈は極めて厄介なものだ
ということを言いたいだけなんですけどね。漢字音は時代により地方により相違が
大きいので、いつの時代のどの地方の漢字音を利用して再構すればよいのかが
まず問題ですし、古代の漢字音は不明の部分が大きいと来ています。更には、
書写の誤りや誤伝の可能性も考慮しなくてはなりませんし、「奴国」の例のように、
命名の時期も問題になります。英語の綴りを見ればわかりますように、表記は一度
固定してしまうと、その後いくら発音が変化してもその影響を受けにくいという性質が
ありますからねぇ。

257 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/06(金) 03:14 ID:pl7Z0/06

魏志倭人伝に出てくる
彌奴國
姐奴國
蘇奴國
華奴蘇奴國
鬼奴國
烏奴國
狗奴國

(委奴国)
国の前の奴は助詞の「の」ではないでしょうか?

朝鮮半島南部の地名の語末にある「ラ」が助詞の可能性はありますか?

258 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/06(金) 14:56 ID:jBFB2a66

>>257

 う〜ん。どうでしょう。これらの「奴」が連体助詞ノを借音表記したものとすると、
邪馬台国や伊都国、対馬国などにも「奴」が欲しいところですが、そうでない
ところを見ると、助詞ノ説は難しいのではないでしょうか。それに、中国人が助詞
ノの部分まで固有名詞に含まれると勘違いしたことが確実な例というのもちょっと
思いつきませんしね。同様に、朝鮮半島南部の地名のraも助詞の類とは取り難い
ように思います。別に確証があるわけではありませんが、私としては「奴」は日本
語の名詞「野(の)」を借音表記したものと取りたいですね。raについてはちょっと
わかりませんが、朝鮮語の「国」を意味する名詞naraのraは接尾語として切り出す
ことが可能みたいですから、接尾語になる以前の名詞raに「国」とか「地」という意味
があったと考えることが出来れば誠に具合がいいのですけど、どうなんでしょうね。

259 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/06(金) 23:18 ID:TJGHs0y2

>>258
ありがとうございます
(まなこ)の(な)が助詞(の)の古形
紀伊国屋(きのくにや)から一文字の国名には助詞が付くの自然かと思ったのですが、

多婆那国=丹波の国
オキナワ=沖の倭

素人の思いつきです。(^^;

260 名前:貴須王の孫:2003/06/07(土) 01:41 ID:dSzGPiKQ

沖縄ってのは、「オキナハ」だと思うのだけど。つまり「沖那覇」。
まあ、これも素人の考察なんだけど(笑)


261 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/08(日) 02:57 ID:UIiO/Deg

奴国は「儺県(なのあがた)」の「な」でそ

262 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/08(日) 04:56 ID:SPLYDTj6

>>261

 >>259で私が「の(野)」と取りたいと言っている「奴」は>>257で挙げられて
いる「〜奴国」の「奴」です。単独の「奴国」の方までそう取ろうと主張している
わけではありませんので、念のため。いっかなデムパ中毒の私でも、かの
金印を否定するほど毒されてはいませんよ。

263 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ :2003/06/08(日) 12:12 ID:TMgJ40EQ

そういや、金印そのものが贋物って説もあったと思ったんですが、
そこらはどうなんですか?

264 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/06/09(月) 17:05 ID:6pAciTHU

http://www.spacelan.ne.jp/~poki/log/kudara-1.jpg" target=new>http://www.spacelan.ne.jp/~poki/log/kudara-1.jpg
ま、ちょっとした言葉尻の違いをあげつらうなど、大百済帝国の壮大な浪漫の前には小さいものですw






日本人の電波は、なかなかこうまではたどり着かないよな〜

265 名前:貴須王の孫:2003/06/10(火) 23:29 ID:5APAhS72

印綬ってのは中国の王朝が変わると回収され、新しいのに交換されるからね。
だから日本から出土するのはおかしい、という声もあった(らしい)。
でも倭人伝にあるとおり、倭国では「倭国乱」の時代、「歴年主無し」という時期が
あったので、倭国王が金印を持ったままどこかに逃げてそのまま滅んだ可能性がありそう。
いずれにせよ、贋作が志賀島から出土することは無いと思う。

ちょっと想像なんだけど、漢倭奴国王印が志賀島から出土した、ということで、
「親魏倭王」の印は、能古の島に埋まっているような気がするんだけどなぁ・・・
あの2つの島、なんとなく一対のような気がするんだよな・・・なんとなく、だけど。

266 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/11(水) 00:05 ID:G1sj4XFk

>>265 貴須王の孫さん

 ほんと、そろそろ「親魏倭王」の金印がどこかから出土して欲しいニダ。
ウリはいいかげん「邪馬台国論争」Uzeeeeeeeee!って感じになって
いるので、早く決着付けて欲しいニダ。ウリは畿内でも九州でもどっちでも
かまわないニダもんね。

267 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/11(水) 00:19 ID:jHB6hYFk

娜々志娑无先生、〈倭人語の解 読安本美典 著〉に助詞説がありました。
http://www.bensey.co.jp/book/1398.html" target=new>http://www.bensey.co.jp/book/1398.html
すべての「倭人語」が「万葉仮名の読み方」で読める/
国名は「奴」の字のつくものが多い/
「倭人語」の「奴」は、助詞の「の」の意味の「な」
/「蘇奴国」は、「佐嘉(賀)郡」の地/
言語学素人の安本美典氏なのが不安ですが

268 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/11(水) 00:20 ID:G1sj4XFk

 ところで、最近例のさん君との絡みで、個人的に高句麗語(『三国史記』
地理誌の地名から高句麗語を再構するってやつね)のデータを収集して
分析するという作業をこつこつとやっているのですが、これが中々どうして
面白い。ざっとですが全例を個人的に分析してみたところ、日本語との対応
例は従来指摘されていた30語余りよりも多い40例、即ち半数にまで達して
しまいますた(藁)。まぁ中にはカナ〜リ怪しいものもあったりするんですが、
先行研究の方も実は似たり寄ったりでして(w。何にしろもう少し腰を据えて
検証する必要があるということで、一つ一つ整理・検討しているところです。
現在は約80語中30語程度まで分析が進んでおりますが、正直、更に対応
例が増える悪寒、もとい、予感。今や私はデムパ言語学街道まっしぐらって
感じですワ(w。

 そんなわけで、このスレをごらんになっている皆さんにご相談なのですが、
皆さんはこういうのに興味はおありですか。もし興味があるのでしたら、ある
程度データが揃ったところで、総督府にスレ立てして分析内容をその過程と
ともに公開しようかとも思っているのですが。その上で、私の分析を叩き台に
してあれこれ論じ合うという風にしてはどうでしょうか。実際、高句麗語に関し
ては私も皆さんも素人同志なんだし、やりようによっては結構面白いスレに
なるかもという気がするのですがね。

269 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/11(水) 00:25 ID:G1sj4XFk

>>267

 う〜む。安本さんはそんなことを言い出しているのですか。氏の邪馬台国
関係の本は全然読んでいないので存じませんでした。古代史が絡むと、
どんな学者もどこかデムパがかって来るような気がします。実際この私自身
がそうなんですもの(whhh)。

270 名前:貴須王の孫:2003/06/11(水) 00:48 ID:Rja9Egbk

安本氏ねぇ・・・ 幼女誘拐のM事件の筆跡鑑定で、「今田勇子=今だから言う」説を
マスコミに話してた印象しかないなぁ・・・
あとはせいぜい古田武彦をムキになって叩いていることくらいか。

271 名前:229:2003/06/11(水) 00:53 ID:mYfyuRYc

どうも返事が遅れました。
久しぶりに本屋をのぞいたら、もうその本は消えていました。
明石書店に金を貢ぐのは癪にさわるし、図書館にも置いてないし、
どうしようか思案しつつ。

やっぱり地名の意味は、高句麗語でないなら、
新羅語と異なる単語は何語なのか、という突っ込みが入りますよね。

私はむしろ百年ほどのモンゴル支配が言語に与えた影響や、
ハングルのマイナー字母の話の方にひき付けられたんですが、
本を参照できない状態になってしまいました。

272 名前:日語商売:2003/06/11(水) 01:31 ID:6gCMnqJw

ども。まずは亀レスですが。。。

>>259-260
「沖縄」の語源については「おき(沖)+な(魚)+には(庭、場)」だと聞いたことがあります。
ソース失念してしまってスマソ。

>>267
安本氏の著書も以前はよく読みましたが、今では「どうなんだろうなぁ」ですね。
たとえば「蘇奴国」を「佐嘉(賀)郡」にあてる説ですが、これは「蘇」の上古音が
藤堂明保氏によれば [sag] と推定されるってのを根拠にしていますが、
実はこの音の語末の -g は、『詩経』などにみられる押韻や、諧声符の使い方の上で、
-k や -ng を持つものとつながりが深いってことから仮定されたもので、
本当にそういう音だったか確定的な証拠が薄いのです。
しかも藤堂氏の説に従っていくと、中国語は大昔には閉音節ばかりで、開音節がないことになり、
現代の世界中の言語でほとんど見られない音節構造を持つ言語だってことになってしまいます。
というわけで、最近は「蘇」の上古音については、末尾に子音を持たない [sa] と推定する説が大勢です。
(母音は軟口蓋調音の性質もあって、-k や -ng と音声的な響きがやや似ているのです)
実際、藤堂氏もあるところで「上古音の推定音は代数式のようなものである」と言っています。
そういう不確かなものをさも現実の音のように扱ってしまっては、せっかくの解読も
価値が半減してしまうでしょう。

273 名前:日語商売:2003/06/11(水) 01:43 ID:6gCMnqJw

>>268
私は大賛成です!
関心のある分野ですし、何らかの力になれたらと思っております。

>>270
たまにマスコミに出てきてはいろいろ話していきますよね。
ただ、彼が編集主幹をしてる『季刊邪馬台国』は、大部分彼の説の垂れ流しですが、
昔の貴重な論文とか、歴史デムパの話とか(書いてるのはと学会会員の原田実氏)面白いものも
多いですな。
古田武彦の説、こっちでは信じてる人がけっこういて頭いたくなります。
まぁルサンチマンと俺様的思考と恣意的解釈てんこもりですから、同じような思考パターンを持つ
半島人と相性がいいのかと妄想してみるてst

274 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/11(水) 03:10 ID:T1C6RMMU

関係ないけど、この↓スレ、原田実氏が立てたものらしい・・
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1050575790/" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1050575790/

275 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/11(水) 10:21 ID:emkAfWR6

朝鮮の印綬は今いずこ?戦乱で失われたんでしょうか?

ところで明が足利義満に贈った金印は片手で持てないくらい大きなものだったそう。奮発してる感じですな。

276 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/12(木) 00:08 ID:aW86DnAc

>>273 日語商売さん

 それでは近いうちにスレ立て致します。日語商売さんにはぜひとも漢字音
関係を厳しくチェックして頂ければ幸いです。現在、50項目あまり終了。
早ければこの土日にでもスレ立て出来るかもです。

277 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/12(木) 01:51 ID:Al8Fnfvw

>>276
議論にはとても参加できそうもありませんが、非常に興味があります。
スレ立ての日を楽しみにしています。

278 名前:日語商売:2003/06/12(木) 01:55 ID:5lBT6R52

>>274
うわ、最初よくある騙りかと思ったら、本人何度もカキコしてるし、晒してるし、
すごいと言うかお暇と言うか。。。
また目が離せないスレが出来てしまいましたw

>>276
では、よろしくお願いします。
ただ、20日前後に日本に一時帰国しますので、もしかすると手元の資料不足で、
適切な情報提供等できないかもしれません。
その時は何とぞご容赦を。

279 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/15(日) 23:41 ID:G3Z3BhMs

「桓因」という名前について

韓国の学者の中には「桓国」が正しいと主張する者がいて、
日本の学者今西龍が、桓国を桓因に捏造して広めたといっているそうですが、
このことについてくわしく知っている方はおられますか?

280 名前: :2003/06/16(月) 00:18 ID:0dVY8PZ.

>>279 以前他スレで話題になってました。

【選択】半島文学概論【科目】
ttp://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&st=196&to=209

281 名前:日語商売:2003/06/16(月) 00:29 ID:EDip0Vp2

>>279
確かに韓国に残る本の中には「桓因」を「桓国」とする本がいくつかあるようなのですが、
たとえそちらを正しいとするにしても、今西龍が「国」を「因」に捏造したとするには、
根拠があまりないと思います。なにしろそれで日本側が得するとは思えないしw
それに「桓因」の方が、仏教者の語る説話としてはふさわしいと思います。
「桓因」ならばこれは帝釈天をあらわすサンスクリット語の音訳(の略)ですから。
この辺の事情は、
【選択】半島文学概論【科目】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&ls=50

の、192-209辺りをお読み下さい。なぜそんな異文が出来たかについても、
少々拙論を述べております。

ところで、メル欄に空白が沢山入っているのは仕様でつか?

282 名前:日語商売:2003/06/16(月) 00:30 ID:EDip0Vp2

おっとかぶってしまった!!
逝ってきます。。。

283 名前:鄭聲之:2003/06/16(月) 04:30 ID:asaVhlWQ

>>281
そのスレの209に「因の字のクニガマエの中の大が工だった」というような意味のことが書いてありますが
工ではなく士だったはずと思います。その上から紙を貼って因の字に書き直してあったと
今西龍が書いてるのを読んだ記憶があります。今西が捏造犯にされたのはそこらに経緯があるのでは。

桓國説は←或←王←士という流れででてきたんでしょうが
桓因が神名(人名?)でなく国名だとすると三国遺事の文章の流れがおかしくなってしまうとは
韓国人は思わないのだろうか?

284 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/16(月) 10:18 ID:qj7UWpHc

>>280
>>281
>>283
ありがとうございます。

「桓国」が正しいとする学者は、
1512年李朝中宗7年に慶州府尹・李継福が重刊した正徳本には「桓国」となっている、
また崔南善編の『三国遺事』には「桓国」となっていると主張しているそうです。



285 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/16(月) 10:25 ID:qj7UWpHc

あと、もうひとつ電波説(?)を紹介すると、
10月3日の開天説(檀君が王都を定めた日)について、
10月は大きな祭りの日で、神々はすべて韓国に集まります。だから、日本の
10月は神無月(神様が一人もいなくなってしまう月)だと主張する人も
いるのだそうです。

286 名前:日語商売:2003/06/16(月) 12:40 ID:EDip0Vp2

>>283 鄭聲之さん
ご教示ありがとうございます。
あの「因」の異体字の話は、「因」に「くにがまえに工」と書く異体字が存在するので、
それを媒介にして誤写が起こったのでは、という可能性について言及しただけのことだったのですが、
実際に「くにがまえに士」という字体だったのですね。
で、それに訂正を加えて、紙を貼って「因」と書き直したばかりに、あたかも広開土王碑に石灰を塗って
字を訂正したがために一時期改竄者のレッテルを貼られた酒匂大尉のような汚名を着せられたのですな。

いやぁ、実は私、論文のためにある漢籍資料の諸本比較と校訂をしているんですが、
清代の学者が集まって作った版本は訂正し過ぎてかえって原本の状態を保ってないようだし、
さりとて古い写本は誤写だらけでわけがわからないところがぼろぼろって状態なんですよ。
そこでいろいろ考えて訂正加えたり、より古い状態を保ってそうな本文を採用したりして、
なんとか原本に近い状態を掘り出そうとするのですが、これは文献を扱う学者にはごく当たり前の
作業でしょう。
しかしそのごく当たり前の作業を行ったばっかりに、捏造の汚名を着せられるとは、
本当に、学者とは因果な(国果にあらずw)商売だとつくづく思います。
まぁ日本にも「邪馬臺国ではない、邪馬壹国だ!」とこだわり続けて変な方向行った
学者先生もいらっしゃるようで。。。自戒せねば自戒せねばw

287 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/16(月) 18:44 ID:1sdiLNPM

>>286
「万葉集は韓国語で読める」と主張していた李寧熙女史は、
古田武彦氏の「邪馬臺国ではない、邪馬壹国だ!」説を
支持しておりましたっけw

彼女によると、邪馬壹国は「ヤマイッ」「ヤマイ」と発音し、
古代韓国語で「ヤマつながり」「ヤマ続き」「ヤマ継承国」なる意味の
国名だそうです。
そして「ヤマ」とは『魏志』東夷伝に出てくる「彌烏邪馬国」のことであり、
その分国が邪馬壹国なのだと。


288 名前:めし研より出張:2003/06/17(火) 21:16 ID:Pyx9Tt.E

仏様、外来の神様なのに「ほとけ」と訓読みするのは何故ですか?
もしかして、古代朝鮮語ではポトケと言ったのでしょうか?

289 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/17(火) 21:51 ID:wtTRqTJw

>>288 めし研より出張 さん

 おお、何と言うタイミングの良さ。ちょうど

高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055576517&st=45&to=45&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055576517&st=45&to=45&nofirst=true

にその話題を書き込んだところでし。これを信じるも八卦、信じぬも八卦ということで(w。

290 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/17(火) 22:08 ID:wtTRqTJw

>>288 めし研より出張さん

 ところで、めし研って何どすか。

291 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/17(火) 22:15 ID:wtTRqTJw

>>288 めし研より出張さん

http://ex.2ch.net/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055769093&st=885&to=885&nofirst=true" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055769093&st=885&to=885&nofirst=true

 今わかりました。飯嶋酋長研究スレのことですね。あのスレ、展開が速過ぎて
ウリには中々ついて逝けないニダ!(泣)

292 名前:めし研より出張:2003/06/18(水) 00:20 ID:ej9yfPpY

>>289
おぉ〜すばやい返答カムサハムニダ

ブッダ→中略→ホトという説があるのですね
それよりもケが百済経由かも、という論は激しく惹かれますw

さきほど、めし研で宗教談義してたもんでこんな質問させていただきました
飯嶋研究って脱線しまくり、こんなおいらも暇な時だけ読むだけです^^;

293 名前:鄭聲之:2003/06/19(木) 09:17 ID:KQ9Wcwxk

>>286
>で、それに訂正を加えて、紙を貼って「因」と書き直したばかりに、あたかも広開土王碑に石灰を塗って
>字を訂正したがために一時期改竄者のレッテルを貼られた酒匂大尉のような汚名を着せられたのですな。

だいたいそのとおりなんですが、今西龍は「紙を貼って「因」と書き直し」てあった、と論文の中で
報告しているだけで、今西本人が「紙を貼って「因」と書き直し」たわけではないようです。



294 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/19(木) 13:36 ID:LAbf5/Yo

http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1055852627/341" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1055852627/341
341 名前:小魚☆(゚x゚)スッパー ◆fish//BBj. [] 投稿日:03/06/19 13:02 ID:KGEvVCfx
おみこしを担ぐときの掛け声「ワッショイ」は
朝鮮語の「ワッソ」が由来だってワイドスクランブルの夕刊キャッチアップ(?)で今言ってたぜ〜。
(新聞の記事がソース)

_| ̄|○ 日本のマスコミはもうだめぽ
奈良のことも言ってたな、その番組で。

295 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/22(日) 01:41 ID:wMk6n5fs

>>274のスレ、原田実あっけなく撃破されて雲隠れ・・・・

296 名前::2003/06/22(日) 12:04 ID:G72wMcTU

>>294
「ワッソ」や奈良の話はよく知りませんが、あれは文字通りの”ワイド”
ショー番組です。基本的に、お気楽無責任な態度でながめるべきもんでしょう。
まあ、まともに受け取る一般人が多そうですが。

この前は警察内の啓発ビデオで「さすまた」などの使用も考慮するうんぬん
という部分を紹介するのに、説明フリップ画面が「さるまた」になってました。
小木アナも「え?さ、さるまた・・・?あ、さすまたの間違いですね」だと。
狙ったのか?たしかにバカ受けしちゃいましたが。

さすまた
http://www.goshin.co.jp/sasumata.html" target=new>http://www.goshin.co.jp/sasumata.html

さるまた
http://www.geocities.jp/panji_210/syohinORs-sarumata.htm" target=new>http://www.geocities.jp/panji_210/syohinORs-sarumata.htm

大下容子アナが降板したら見てやらない。w

297 名前::2003/06/22(日) 12:31 ID:G72wMcTU

追伸訂正。
フリップの文字が、です。いくらなんでも「さるまた」が映った
わけじゃありません(w

298 名前:みや ◆F/o4D3II:2003/06/24(火) 00:17 ID:nlnyYyvY

ななし先生に質問
今日、北朝鮮の歴史教科書の邦訳を買ってきたのですがその中に
「偉大な首領様の崇高な愛国愛族の思想と、千里慧眼の叡智によって、主体82(1993)
年2月、檀君陵では檀君の遺骨と遺物が発掘されたし、それが5011年前のものだという
ことが科学的に確証された。これと同じくして、古朝鮮の神誌文字も発掘された。」P97
この「神誌文字」は学会発表があったのでしょうか?


299 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/24(火) 11:26 ID:XUiYhPGI

>>298 みや さん

 寡聞にして私はその「神誌文字」とやらについての学会発表があったということを
聞いたことがありません。まぁ私は専門柄、朝鮮語学会とはまったく接点がないので、
私が知らないだけかも知れませんが。下記のページによれば、ハングルは檀君朝鮮
時代の「神誌文字」を淵源とし、それを創造的に発展させた文字なのだそうですが、
いくらぐぐって調べてみても、一向に写真の類が出てこないのですが、どうしてなん
でしょうねぇ。5000年前の文字ということになれば、世界最古ですよ。あの北朝鮮が
この手の発見を大々的に報道しないなんて変じゃないですか。きっと大っぴらに出来
ない理由があるのでしょうよ。

http://www.korea-np.co.jp/Sinboj/sinboj2001/10/1015/63.htm" target=new>http://www.korea-np.co.jp/Sinboj/sinboj2001/10/1015/63.htm

 そもそも、「神誌文字」のような文字が古代より存したなら、吏読などという七面倒
臭いだけの表記体系を編み出す必要なんてないはずですが、これって北朝鮮では
禁句なんでしょうね(藁)。

300 名前:鄭聲之:2003/06/24(火) 13:40 ID:P051eVuI

神誌文字って桓檀古記に出てくるやつじゃ…。
別名「加臨吐」っていうやつだよね?

301 名前:日語商売(休業中):2003/06/24(火) 13:57 ID:a8nSfhyI

>>298
たしかいつぞやのと学会年鑑で、上にも登場した原田実氏がそれに関する話を発表していましたな。
内容は忘れてしまいましたが、なんか遺物に書かれていた記号状のものをそう呼んだようで・・・

学会発表と言っても、北朝鮮国内の考古学会や言語学会で発表したとすれば、
我々第3国の人間は発表の結果をまず目にすることはできないでしょうし、
他国の学者が検証するにたえる報告がなされるかどうかも、覚束無いでしょう。

302 名前:日語商売(休業中):2003/06/24(火) 14:48 ID:a8nSfhyI

>>295
とりあえずレスしておきますと、月曜にカキコあったんで雲隠れってことはないようです、ハイ。

303 名前: :2003/06/24(火) 15:59 ID:q2curycw

ハン板で、娜々志娑无 ◆NcNEDmUA先生を見かけたんでちょっと質問。
ちょっと前に、国語学会を日本語学会に変更しようと選挙があったと思いますが
結果はどうなったんですか?

304 名前:鄭聲之:2003/06/24(火) 16:45 ID:YSy64kWo

癸園史話だったかなんだったかそのたぐいに出てくるヨタ話で、
檀君時代に蚩尤氏・神誌氏・神矢氏という三大勢力があってどうたらこうたら、
そのうちの神誌氏が文字を発明したっていう話じゃなかったかな。
桓檀古記だと蚩尤天王・神農・蒼頡の三大勢力になってた気がするので、
たぶん、神誌氏=蒼頡ということなんでしょう。檀君系偽史の世界では。
ちなみに「加臨吐」はカルタのつもりなんでしょうね(w

305 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/24(火) 19:02 ID:XUiYhPGI

>>303

 投票の結果、2004年を期して「日本語学会」とすることに決定しました。

  投票総数:1170票(うち有効票数1150票)
     賛成: 776票
     反対: 367票
     白票:   7票
    無効票:  20票

306 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/24(火) 19:44 ID:SqWtD4sg

>>305
うわっ、7割近くも賛成がいたのか。
もう決まってしまった事とはいえ、なんだか寂しい結果ですね。

307 名前:みや ◆F/o4D3II:2003/06/25(水) 21:46 ID:J49QFnDY

神誌文字はやはりとほほな結果ですね。
しかし発表して写真もないのは誠に不思議。
朝鮮新報の記者は疑問を持たないのか?

308 名前:貴須王の孫:2003/06/30(月) 01:15 ID:3GGE4wPU

ところで「服部」を「はっとり」と読むのは古代新羅語「ハトリ」からきているという説は
本当なのでしょうか。


309 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/30(月) 01:26 ID:nEOfC.6k

>>308 貴須王の孫さん

 ハトリという新羅語は文献上で確認済みなのでしょうか。まずはそれを
知りたいですね。一応日本語学的にはハトリはハタ(機)とオリ(織)が
複合した際、a-oという母音連続を避けるために先部成素のaが母音脱落
を起こして「ハトリ」となったという風に説明してそれで終わりですが。

類例:アラ(荒)+イソ(磯)→アリソ(荒磯)
    ワガ(我が)+イヘ(家)→ワギヘ(我が家)
    クニ(国)+ウチ(内)→クヌチ(国内)

310 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/30(月) 01:58 ID:sR7pvveA

新羅語のハトリは海、もしくは慶州から迎日湾に至る途中にある地名ではなかったかな。
波珍干岐(ハトリカンキ)は、海事(外交)をつかさどる首長、もしくは波珍(地名)の首長、が原義とか。
古事記の「金波鎮漢紀武」もその例?

311 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/30(月) 02:10 ID:nEOfC.6k

>>310

 「波珍」というと、『三国史記』に見える「波珍[冫+食]或イハ云フ/2海干ト/1」
のことですな。これは新羅語の「海」に相当する語として扱われています。
再構語形は「patっr」。後期中世語の「patah〜par∧(海)」、現代朝鮮語の
「pata」に対応する語です。で、これと「服部」と何の関係があるのでしょうか。
帰化人の秦氏が「ハダ」だから、秦氏と新羅語の「patっr」を結び付けて、
更に「服部」と関連付けてゆこうということかしら。最近つくづく思うのですが、
ほんと、朝鮮・韓国人の中の人も大変だなあ。

312 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/01(火) 02:08 ID:u4GlKldU

そうすると秦(はだ)の語源は韓国語のパタ(海)だ、という近頃大手を振っている説は
やっぱりトンデモ説だったのか。
海=パタというのは、あくまで「現代の」韓国語なんだよね?

313 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 02:24 ID:E4iiLirw

>>309娜々志娑无さん。
服部=ハトリ・朝鮮古語説、ちゃんとした文献にはまだ当たってません。ただ地元の
郷土紹介誌のコラムにそう紹介されてましたんで(染殿という地名に関連して)。
ハトリ・朝鮮古語説は以前もどっかで聞いたことある説だナー、と思いここで
お聞きしました。「ほんまかいな」という気はしていたんですが。

そういえば日本書紀にある新羅王子「微叱己知波珍干岐」のことを三国遺事では
「美海」と記していますね。私はてっきり誤記・誤伝のたぐいだと思っていたのですが、
そういう(>>311)ことなのですね。ひとつ勉強になりました。

>>310
神宮紀では「微叱己知波珍干岐」は「微叱許智伐旱」ともしていますので、「波珍干岐」が
何らかの称号であることは間違いないですね。特に迎日県は三国史記でも日本とかかわりある
説話が記されているところなので、日本向けの外交官がいて不思議でないですね。

結局、「服部」と史料に出てくるハトリとは関係なさそうですね。

314 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 03:02 ID:E4iiLirw

<余談>
誤伝というと、日本書紀にある百済の貴須王の孫(笑)の「阿花王」が三国史記などに
「阿莘王」などとあるのは阿花→阿華→阿莘 という誤伝だろうと思うのですが(笑)


315 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/01(火) 09:04 ID:8BcmLEh6

↑文字化けしてみえないけど「クサカンムリに辛」と「芳」ですね。

316 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 23:48 ID:qGnJnEgM

ありゃ、文字化けしちまってるのか・・・。私はちゃんと読めるのだが。

くさかんむりに「辛」です。

317 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/02(水) 18:18 ID:ICbeUj3E

俺も読める。

318 名前:貴須王の孫:2003/07/02(水) 23:52 ID:W62/Gyvs

あ、一晩たってよく読んだら、>>315さんは「莘」は読めるのかな?
>>314には「芳」という字は使ってないのですが・・・

319 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/07/04(金) 00:09 ID:VTfFLT4c

発狂★韓国ついにアメリカに宣戦布告★発狂
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1057242663/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1057242663/

ここで紹介されたアドレスに以下のようなものがあります。
http://www.kyonakano.com/list/frame/kezyan.html" target=new>http://www.kyonakano.com/list/frame/kezyan.html

さて、ここでお立ち会い。サイトからの抜粋です。

>さらに驚くべきことにアメリカの南部料理にもケジャン(ケイジャン)と呼ばれる
>蟹料理のジャンルがあるらしいのです。私は食べたことはありませんが、どうも
>メキシカンなものらしい。さらには中華料理にもケジャンがあり、こちらは蟹のチリ
>ソース炒め風なものだということです。

>いずれにせよ、これらは熱を加えますので、生の蟹を使う韓国のケジャンとは
>まったくの別ものです。
>ケジャンの「ケ」は蟹という意味の韓国語で、それを「ジャン」に漬けるのですの
>から、語源・発祥とも韓国が本場で、米中両国の料理はそれにヒントを得たものではないでしょうか。

<丶`∀´> < 誇らしいですね、サ、サ、サ


320 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/04(金) 01:58 ID:WQODni5o

ネタにマジレス。
ttp://osyorokoma.com/depot/cajun.html



321 名前:315:2003/07/18(金) 00:11 ID:VPkw/3Yo

>>318
いやいや、そうではなくて、私は読めないわけだから、どんな文字かは
三国史記百済本紀から推定したわけです。
だから「草かんむりに辛」か「芳」のどっちか、といったわけで。

322 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/19(土) 10:05 ID:mBvgLAII

任那日本府について
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1030968865/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1030968865/l50

古代新羅帝国を語ろう
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034352513/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034352513/l50

百済はアジアのローマ帝国なり
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1004335573/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1004335573/l50
【歴史】奈良百済って一体何???【捏造】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/l50

高句麗の言葉が
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/l50
★◆コマ国は高句麗ではない◆★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1054447079/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1054447079/l50

◆◆渤海国について語ろう◆◆
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50

高句麗・百済・新羅・任那って、同一民族なの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/l50
古代新羅語、百済語、高句麗語を語ろう
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1026558237/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1026558237/l50

323 名前:貴須王の孫:2003/07/20(日) 01:59 ID:S7GDZnQg

>>321
なるほど。草カンムリに「辛」です。

最近話題がないので・・・
今手元に資料がないので記憶が頼りなのですが、三国史記か三国遺事のどっちかの
新羅の項に「延烏郎・細烏女」の説話がありましたよね。この二人が新羅の
日と月の精で、ある日、海で巖を取って「日本に帰った」というやつ。
これは「迎日県」「都祈野」という地名説話なのですが、日と月の精にちなんだ
地名説話で、この地名。迎日県はともかく、「都祈野」とは「つきの」と読めますよね。
これは倭語ではないかと思うのですが、どうなのでしょう。
また、古事記に登場する新羅王子の天日矛の説話に、「阿具奴摩」というのが出て
きますよね。これはやっぱり「あぐぬま」と読み、「沼」のことだとしています。
古代の新羅語の中には相当、倭語が混入しているように思えるのですが、どうなのでしょうか。

娜々志娑无先生、どうかよろしく。

324 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/20(日) 22:35 ID:wCGhCouw

富山国際学術会議に注目!
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/18/20030718000061.html" target=new>http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/18/20030718000061.html
韓国の学者だけではなく、日本の著名学者も大挙参加し、日本のかな文字の韓半島起源説に関する
画期的な主張を発表する予定で、富山学術会議は韓・日両国間の古代文字に関して開かれる最近の学
術会議としては、最も重要な席になると期待されている。

……まぁ、ただの燃料ですんで。

325 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/21(月) 00:09 ID:2sHdZSxk

>>323
三国史記と三国遺事の両方にあったのでは。
「都祈野」のツキは月じゃなくて「斎」(「いつき」=神を祭ること)ではないかと思います。
この場合の日本国は、鬱陵島にあった于山国(梁書の扶桑国)で、
日本書紀にでてくる島浦子(浦島太郎)の話の中の蓬莱島も同じく鬱陵島、とする説がありました。
ただし迎日湾は古い時代に倭と往来する時の海路からの主要な上陸地のひとつ
だった可能性もあるので、太陽信仰だけで説明すべきかどうかはわかりませんが・・・


326 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 00:29 ID:1a5rMEuc

.>>323 貴須王の孫さん

 すみませんが、現在私は「有リ/v朋(トモ)自(ヨ)リ/2遠方/1来タル、
不/2亦(マ)タ楽シカラ/1乎(ヤ)。」という状態にありますので、レスを
返す余裕がありませぬ。しばしの間レスはお許されませm(_"_)m。

327 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 01:44 ID:1a5rMEuc

 今現在は暇なのでつが、今日は昼間から生ビール、スコッチ、
バーボン、日本酒、白ワイン、アブサンと酒を飲み続けなのでつ。
アフォアフォなレスならいくらでも書けるのでつが、酔っ払って
おりますので、まともなことは書けないのでつ。すまんのう。

328 名前:貴須王の孫:2003/07/21(月) 02:25 ID:1b8EeloA

>>327
お〜い。飲めるのは幸せなことだし、楽しく飲んだらいいけど、
健康には気をつけてね。
レスはいつでも良いですよ。

>>325
斎、ですか。う〜ん・・・しかし延烏郎・細烏女は日月の精とあり、それにちなんで
「迎日県」「都祈野」という地名が出来た、との地名説話の形を為しているようなので。
でも「いつき」だったとしても、倭語なんでしょうかね?

329 名前:325:2003/07/21(月) 03:14 ID:SD.j06uU

>>328
月は後から加えられたか、もともと付属的な存在で、
本来は太陽信仰の場所だったんじゃないか、と。
深く考えたわけでも確信があるわけでもないです、すみません。
そういえば新羅の王都の「月城」はどうして月なのかな?

勤耆国>斤烏支県>臨汀県>迎日県、と改名されていったようですね。
「勤耆=斤烏支」は音が似てるけど、新羅語で「浜に臨む」の意味なんですかね?
ちなみにすぐ隣の、現在同じ迎日郡に含まれている「只沓県(旧名)」は
真番郡の郡治所の[雨カンムリ+言]県の候補地のひとつになっていたかと。
前漢の郡が遼東>楽浪>玄菟>臨屯>真番と、東をめざして進出してきたとすると、
迎日のあたりはちょうど半島の最東端になるかと思います。


330 名前:329:2003/07/21(月) 04:24 ID:VBWS728.

>>329の続き)
「勤耆=斤烏支」の勤・斤は新羅語で「大」の意味のカンの古い形では?
耆・支は、そのまんまキと読んで、ずばり「樹木」のことだというのは無理でしょうか?
つまり「偉大なる樹木」で、神聖な御神木=世界各地の神話にみられる「生命の樹」のモチーフ
=檀君神話に出てくる「神檀樹(シンダンス)」=十個の太陽が昇る「扶桑樹」
のことではないかと。臨汀県=迎日県という別名も、
太陽祭祀の儀礼のため、東の海=汀(ハマ)に臨む、ということで。

「勤耆=斤烏支」の勤・斤は「大いなる〜」で美称の接頭辞なのだとすると、
勤耆国=斤烏支県はたんに「耆国」「支県」ともいった可能性はないでしょうか?
辰韓十二国の時代には斯蘆国(シラ)と勤耆国(キ)は隣あわせだったと思われ、
そうすると、日本で、クマ国とソ国をあわせて「クマソ国」といったような例と
同じように斯蘆国(シラ)と勤耆国(キ)をあわせて「シラキ」といった、
というようなことも考えられなくもないのではと思いますが、いかがでしょう?
勤耆国は太陽信仰の中心地であるとともに、前にかいたように真番郡の中心地だったとすると
最初期の新羅は斯蘆国よりも勤耆国の方が中心だった可能性もあり、
あるいは勤耆国ははじめから斯蘆国の聖域として出発したのか、
ともかく2国は不可離で一体の存在だったのではないか、と。

新羅をなぜシラキと読むのかという謎について、新しく一案を提示してみました。
「斯蘆・城」説も「蔑称のギ」説も納得できないもんですから・・・

331 名前:330:2003/07/21(月) 08:51 ID:WBc7rKt2

>>330の続き)しまったぁーっ!
新羅(シラキ)のキは乙類、勤耆の耆と斤烏支の支は甲類だった。
古くは甲類のキだったのが後に訛って甲類のキに変化することはありえないかなー

三国史記のは新羅の古い表記としていくつかあげてある中に「徐那伐」があり、
徐那は斯蘆と同じか、ソウルの語源の所夫里の所と同じ、などの説がある。
伐は[火本]などと同じく新羅語で邑落をいうポルの表記。比斯伐、骨伐、沙伐など例が多い。
で、これから妄想だけどこれはもと「伎」(甲類のキ)だったのが、
地名語尾にありがちな「伐」を誤記したものと早とちりされて「伐」に改訂されてしまった、
という妄想。
つまり、古くは「斯蘆耆」「斯蘆伎」「徐那伎」など甲類のキの表記が存在したのではないか、
そうあってほしい、いや、そうに違いないと言ってみるテスト。


332 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 14:45 ID:1a5rMEuc

>貴須王の孫さん

 さきほど、無事友人を送り出しますた。

>>323

 「都祈野(ツキノと音訓を交えて読むのは疑問。音読のみでトキヤと読む
べきでしょう)」と日本語の「月」を結び付けるのは面白い発想だとは思うの
ですが、どうでしょうねぇ。『三国遺事』の記述(祭天所名迎日縣。又都祈野。)
を見る限り、「都祈野」も「迎日県」同様、天を祭る場所ということから命名
されたようです。「都祈野」は漢語として読めば、「都(すべ)て祈る野」乃至
「都(あつ)まりて祈る野」と読めますから、天を祭る場所としてはそれなりに
ふさわしい命名のように思えます。「迎日県」の方も漢語ですし、「都祈野」も
やっぱり漢語と考えた方がよいのではないでしょうか。

 『古事記』の「阿具奴摩」も、「阿具」の方は新羅語として扱ってよいだろうと
思いますが、「奴摩」の部分までも新羅語として扱えるかどうかはかなり厳しい
のではないでしょうか。現在でも日本人が外国の川を呼ぶ時には、例えば
ミシシッピー川を「ミシシッピー・リバー」とは言わず「ミシシッピーがわ」と呼び
ますよね。それと同じように、「阿具」という名前の沼だから単純に「阿具奴摩」
と呼んだというのが一番可能性が高いように思います。まぁ「Mt. Fuji-san」の
ように「阿具奴摩」全体が沼名である可能性もないとは言えませんし、朝鮮語
では「沼」を「nщp」というようですから、発音的にも「奴摩」と近いことも否定し
ませんが、可能性だけなら、「阿具奴摩」という地名から日本人が勝手に「沼」
を連想し沼の名前としたという可能性だってありますしね。

 ただ、朝鮮語では「沼」を「nщp」というのは確かに興味深い話ですね。日本
語の「numa」と発音的に近いことはもちろんですが、「鉛」が高句麗語では
「nam∂r」、日本語では「namari」と2拍目が「m∂〜ma」なのに対して、
朝鮮語では「nap」と「p」で対応しており、この対応の仕方が「沼」の場合と
実によく似ていますのでね。まぁさすがにこれだけで「音韻対応」を云々する
つもりはありませんが(w。

333 名前:325:2003/07/21(月) 18:53 ID:YwajYPQA

>>328
ぐぐってみたら迎日、都祈野について面白い話がいろいろありますた
───────────────────────────
http://www.kamnavi.net/ym/osaka/ikasuri.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/ym/osaka/ikasuri.htm
宮中に「座摩の巫」が祀られている。都下[ツゲ]国造氏の童女をもってこれにあてるとする。
都下は菟餓で、摂津国菟餓は八軒屋で、この社の元地であり、「トガ」は、「ツゲ」は呉音である。
迎日・日の出を意味する。新羅の迎日県を都祈野といったそうである。
高安山から見ると、夏至の日の入り、すなわちこの社からは冬至の日の出が高安山頂上ということになり、
等之伎神社とは対象の位置に鎮座している。おそらくは、このトノキもトキ=ツゲに通じるのだろう。

http://www.kamnavi.net/ym/osaka/tonoki.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/ym/osaka/tonoki.htm
古事記の巨木伝説の神社
 仁徳天皇記の「枯野(カラノ)といふ船」から
 この御世(ミヨ)に、兔寸(トノキ)河の西に一つの高樹(タカキ)ありき。
その樹の影、旦日(アサヒ)に当れば淡道島(アハヂシマ)に逮(オヨ)び、夕日に当れば高安山(タカヤスヤマ)を越えき。
かれ、この樹を切りて船を作りしに、いと捷(ハヤ)く行く船なりき。時にその船を号(ナヅ)けて枯野(カラノ)といふ。
かれ、この船を以(モ)ちて、旦夕(アサユフ)に淡道島の寒泉(シミヅ)を酌(ク)みて、
大御水(オホミモヒ)献(タテマツ)りき。
この船、破(ヤ)れ壊(コボ)れたるを以ちて塩を焼き、その焼け遺(ノコ)りし木を取りて琴に作りしに、
その音七里(ナナサト)に響(トヨ)みき。ここに歌ひて曰(イ)はく、
枯野(カラノ)を 塩に焼き しが余り 琴に作り かき弾(ヒ)くや 由良(ユラ)の門(ト)の 
門中(トナカ)の海石(イクリ)に 振(フ)れ立つ 浸漬(ナヅ)の木の さやさや
 こは志都歌(シツウタ)の歌返(ウタカヘ)しなり。
 兔寸河とは神社東南を流れる富木川、南北朝で焼き討ちに遭う前には、
境内に多数の楠の巨木がそびえていたのは、多くの焼き株が発掘されていることでもわかる。
また、河内に王権があった頃には、海岸線が近く、
淡路島からの御食や清水を乗せた船はこの森を目指して高津宮に向かう目印になったのかもしれない。
「とのぎ」という言葉は、古代新羅語の「日の出、朝日」をさすとのこと。
巨木伝説から見ると、夏至の日の出を高安山頂上に拝むことになり、 また、高安山からは、
冬至の日にこの神社の方角に日が沈むことになる。 冬至の日に高安山頂から日が昇る位置に坐摩神社(いかすり)が鎮座していた。
 兔寸は「とき」とも読むことができる。トキ野が訛ったトガ野に、坐摩神社が鎮座していたのは偶然ではない。
双方とも太陽祭祀の場だった。石灯籠や拝殿内には「殿来」「殿来大明神」と記される。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/right-kusaka.htm" target=new>http://www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/right-kusaka.htm
トキノの地名は攝津の都下(とが)または菟餓野(つがの)の名で残っている事実、
あるいは奈良県都祁(つげ)村の存在に注目したい。
「都下」は漢音ではトカ、転じてトガとなり、呉音ではツゲと読む。これらの地名は延烏郎伝説をふまえ、
さらに迎日という新羅の東海に面した地名を意識した上でなければ命名されることはありえなかった。
(現在も慶州の北東、浦項に面した入江は迎日湾と呼ばれている)
(↓都豆久)

334 名前:325:2003/07/21(月) 18:55 ID:YwajYPQA

(都豆基)
http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/2-1.htm" target=new>http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/2-1.htm
朝鮮東南部にはかって朝鮮を統一した新羅の都、慶州がある。この場所は地形的に見て最も航海技術が発展しそうな場所である。
地図を見てほしい(右図:日本海と出雲世界/小学館より)。朝鮮と日本の間は対馬海流が走っている。
そして朝鮮半島西部は黄海がぶつかる場所である。それに比べてこの東南部は海流の真空地帯のような場所ができ
航海技術が発展するのにもってこいの場所なのである。そしてきわめつけに良質の迎日湾が存在する。

http://www.kamnavi.net/en/settu/tugeno.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/en/settu/tugeno.htm
『仁徳紀六十二年』額田大中彦皇子が闘鶏(つげ)に猟に行って
そこで闘鶏稲置大山主が冬の間に氷を窟に保存していたのを発見し、それ以降、氷室を置くことになった。
『延喜主水式』によると、山城に六所、大和・河内・近江・丹波にそれぞれ一所を設けたと言う。
 闘鶏稲置大山主は允恭天皇皇后の忍坂大中姫命がまだ皇后でなかった時、
闘鶏国造であった大山主からぞんざいな口を聞かれて恨みに思っていたので、後に死罪を一等免じて稲置に格下げになったと言う。
 額田大中彦皇子を祀る神社をあげておこう。  神戸市兵庫区熊野町 熊野神社摂社古殿神社
 京都府綴喜郡田辺町三山木山崎 山崎神社  奈良県天理市福住町 氷室神社
 さて、氷室には氷を蓄えたのであるが、氷はどのようなものと意識されていたのであろうか。
夏、外へ出せばどんどん融ける、水になる、氷の中に閉じこめてあった日(太陽)が外の熱気によって働き出す、
それが氷を融かす。このような発想ではなかっただろうか。 氷室とは日室だったのでは。
 新羅の東の浜にいた延烏郎、細烏女の物語が残っている。その祭天の場所を迎日県または都祈野と称した。
都祈野、闘鶏野、これには迎日の意味がある。

http://www2c.biglobe.ne.jp/~takesako/ecl/densetsu.htm" target=new>http://www2c.biglobe.ne.jp/~takesako/ecl/densetsu.htm
問題は、翌年158年7月13日の皆既日蝕が迎日湾(東経129.3度北緯36.0度)の
ほとんど真上を通っており、EMAPの計算では17時44分に日蝕が始まり、食甚18時41分、
皆既継続時間約30秒、19時15分食分0.36で日没とる。
計算上若干ずれたとしても相当の深食で、この神話が史実にもとずいているのであればこの時の日蝕がもとになった可能性が高い。
───────────────────────────
以上、ネット情報にありがちですがところどころ根拠不明な断定がみられます。が、興味深くはあります。
朝の出、海岸線、巨木伝説(=扶桑樹)、氷室(高句麗の東盟隧穴=天の岩戸?=太陽が生まれる洞穴の神話)、日食神話。
これらと「都祈」の言語学的関係はいかに?

335 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 20:58 ID:1a5rMEuc

>>333-334 325さん

 とりあえずいくつか気付いた点を指摘しておきまつ。

>このトノキもトキ=ツゲに通じるのだろう。

>トキ野が訛ったトガ野

 まさに何でもありという感じでつな。何でもかんでも訛りで片付けられる
なら世話はありません罠。こういう無節操な関連付けが許されるなら、
第一拍「tu〜to」と第二拍「k(g)a〜k(g)i〜k(g)e」という音の組み合わせ
の地名はみんな関係付けが可能になってしまいますが、この方は一体
どうやって「都祈野」と無関係なものを排除して行くつもりなのでしょうね。

>兔寸(トノキ)河

 岩波の古典文学大系の『古事記』には、この川の所在は未詳とあります
が、本当に「富木川」のことでいいんでしょうかね。「寸」はキ甲類音を表わす
のに使用される訓仮名ですから、少なくとも語源は「キ(木)」ではなさそう
なのですが。

>「とのぎ」という言葉は、古代新羅語の「日の出、朝日」をさすとのこと。

 これのソースは何でしょうね。新羅語の「日」は「nal」だったはずですが。
案外、「迎日県=都祈野」から金達寿あたりがひねり出したものだったり
してね(w。

>あるいは奈良県都祁(つげ)村の存在に注目したい。
>「都下」は漢音ではトカ、転じてトガとなり、呉音ではツゲと読む。これらの地名は延烏郎伝説をふまえ、
>さらに迎日という新羅の東海に面した地名を意識した上でなければ命名されることはありえなかった。

 樹木名の「ツゲ(黄楊)」や「ツガ(栂)」から生まれた可能性は無視ですか。
ちなみに、「祁」は万葉仮名ではケ甲類音、「下」は同じくゲ甲類音です。
「キ(木)」「ツキ(月)」のキは乙類音ですから、どちらも結び付けるのは
難しそうですね。「キ(木)」の変化形で「ケ(木)」というのもありますが、
こちらもケ乙類音ですから無理でつね。

>闘鶏(つげ)

 「鶏」は万葉仮名ではケ甲類音。乙類音である「ツキ(月)」や「キ(木)」
を表記するにはふさわしくありませんね。

>氷室とは日室だったのでは。

 氷の「ヒ」と太陽の「ヒ」はどちらもヒ甲類音ですから、発音的には一応
問題ないですが、アクセントは前者が低平調、後者が下降調ですので、
両者は別語源と見るべきです。まぁ本来は別語源であっても、同音で
あることを利用して後からこじつけたという可能性の方は残りますが。

336 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 21:11 ID:1a5rMEuc

 個人的には、日蝕の話が一番興味深かったですね。日本神話の
天の岩戸の話が日蝕による太陽の死と、祭りによる再生をモチーフ
とした神話であることは誰でもわかりますが、この神話がいつ頃発生
した神話なのかを知る手がかりはありません。しかしながら、新羅の
延烏郎・細烏女の神話の場合は、158年に実際に起こった皆既日食
をもとに作られた神話かも知れないと言えるわけですからね。

337 名前:333-334:2003/07/21(月) 21:59 ID:8W6pvUkE

なるほど。
やはり娜々志先生は「都祈野」は漢語だという説ですか。「斎(いつき)」とかはだめ?

338 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 22:28 ID:1a5rMEuc

>>337

 「都祈野」は新羅地名なのですから、まずは新羅の内部で説明を試みる
のが先決であり、それではどうしても説明出来ないという時が来るまでは、
外国語である日本語が出しゃばるべきではないと思っていますのでねぇ。
いくら半島の方々がそういうやり方を好んでしてくるからと言って、それを
真似する必要はないでせう。

>「斎(いつき)」

 「いつき(斎)」のキは甲類音、一方、「都祈野」の「祈」は万葉仮名としての
使用例はないようですが、中古漢字音が[gι∂i]、同韻の「幾」(中:kι∂i)
が万葉仮名ではキ甲類音として使用されていますので、キ甲類音相当と
考えてよさそうです。よって、発音的には「いつき(斎)」と解しても問題はない
のですが、「いつき(斎)」という語自身を考えると、語構成的には「い(斎)」と
「つく(着?)」の複合語と思しく、その本質はむしろ「つき」よりも「い」の部分
にあると見るべきです。その肝心な「い」の部分が省略されているというのが
私としては非常に気になりますね。

339 名前:日語商売(休業中):2003/07/21(月) 23:16 ID:hY1R1gm.

>>338
ソンセンニム、「幾」はキ乙類に使われる万葉仮名ですよ!!

「いつき(斎)」は「いつ(厳)」とは関係ないんですかねぇ?

340 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 23:50 ID:1a5rMEuc

>>339 日語商売さん

 お久しぶりです。最近お姿を見かけませんでしたので、お見限りかと思って
おりますたよ。

>ソンセンニム、「幾」はキ乙類に使われる万葉仮名ですよ!!

 ああ! しまったぁぁぁあああ(滝汗)。まだ昨日のアブサンが残っていたか。
おっしゃる通り「幾」は乙類ですたね(^^;。そうなると四段動詞「いつく(斎)」の
連用形としてはふさわしくないなぁ。「キ(木)」や「キ(城)」なら問題ないですけど。

>「いつき(斎)」は「いつ(厳)」とは関係ないんですかねぇ?

 可能性はあると思いますが、そうすると動詞性語尾「ク」の説明がうまく出来
ないので、「い(斎)+つく(着)」としました。「いつ(厳)」の語源については、
「いた(痛・甚)」と同根とも言われていますが、私は「い(斎)+つ(連体格助詞)」
の可能性もあるのではないかと思っています。「い(斎)」には「ゆ(斎)」という
母音交替形があり、そちらには「ゆつ〜」のように連体格助詞「つ」の接続した
例が多数存します。それで、「いつ〜」という複合語形から異分析によって
「いつ(厳)」という語形が取り出されたのではないかと考えたわけです。
「あきづ(蜻蛉)」や「かはづ(蛙)」が「秋つ虫」「川つ虫?」の下略であれば、
同様の例ということになりますが、さてさて。

341 名前:337:2003/07/22(火) 00:21 ID:OLj0.xRs

なるほど、なるほど。面白いですね。
そうするとやはり「都祈野」は漢語ですか?
337で「斎(いつき)」云々と書いたのは勢いでつけてしまったオマケでして、
私の興味は娜々志先生が漢語説にどれぐらいの確信をもっておられるか、という前半の方だったのですが。

342 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/22(火) 00:36 ID:vfmvBnWg

>>341

 いや、そんなに自信があるわけではありませんよ。音読地名である
可能性もあるとは思っていますが、それだと今の私の新羅語の知識
では地名の意味が理解出来ないので、一応意味の通る漢語地名説
の方を取っただけのことです。今後私の新羅語の知識が増えれば、
あっさり音読地名説の方に寝返るかも知れません(藁。ただ、新羅語
で説明出来るものなら、韓国の朝鮮語学者がとっくに解明しているで
しょうから、いまだに有力説が提示されていないところを見ると、どうも
その可能性はカナーリ低そうですが。

343 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/07/24(木) 13:19 ID:SD2w/uvM

よくわからないけど、貼るべきなのはここと思ったので。
NHKから。

奈良期経典にカタカナの元字
http://www3.nhk.or.jp/news/2003/07/24/k20030724000027.html" target=new>http://www3.nhk.or.jp/news/2003/07/24/k20030724000027.html
奈良時代に日本で書かれた仏教経典に、カタカナの元になったとされる文字が、
特殊な筆記具で記されていることが分かりました。
経典は東大寺所蔵の「大方広仏華厳経」で、カタカナの起源を探る上で貴重な資料と考えられています。
07/24 06:25

344 名前:生粋@生物 ◆6bUwW1SA:2003/07/24(木) 17:28 ID:b0GlSwhg

>>342
ご無沙汰しております。

重ね重ね、過去の質問への御回答有難うございました。

で、イツキなんですが「居つく」の名詞化と違うのかな?と。
「樹(イツキ)」ですよね?
これはその場に「ながきにいつきしもの」だと思うのですが。

いつき 【▽斎】
(1)心身をきよめて神に仕えること。また、その人。特に斎宮・斎院。
「賀茂の―には、孫王の居給ふ例多くもあらざりけれど/源氏(賢木)」
(2)神をまつる場所。
「隼は天に上り飛び翔(かけ)り―が上の鷦鷯(さざき)取らさね/日本書紀(仁徳)」
これは榊か地神祈祷からきたのかな、何ぞと思いますに。
#相変わらず電波で申し訳ないのですが。

345 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/24(木) 18:27 ID:XUiYhPGI

>>344 生粋@生物 ◆6bUwW1SA さん

 やあ、どうもお久しぶりです。

>イツキなんですが「居つく」の名詞化と違うのかな?と。

 残念ながら、「居つく」の名詞形であれば「ゐつき(wituki)」になって
しまいます。「斎」は「いつき(ituki)」ですから、明らかにかな違いですね。
「樹」の名乗りの「いつき」ですが、これは多分「一木(いつき)」から来て
いるんだろうと思いますが、或いは「斎(いつき)」も関係しているかも
知れません。大体昔から、一本だけ目立つように立っている大木は信仰
の対象とされることが多かったですからねぇ。

346 名前:貴須王の孫:2003/07/25(金) 00:15 ID:f5Js5nbQ

>娜々志娑无先生

うーん、ざんねん。これはソウル=そふる=日本語地名よりも可能性あると
思ったのですが(笑)
延烏郎=日の精→迎日県の地名誕生説話
細烏女=月の精→都祈野の地名誕生説話
と単純に考えすぎでしたかね(汗)

たしかに、『三国遺事』の記述、「祭天所名迎日縣。又都祈野」を読めば、
迎日県=都祈野の可能性すらありますね。その場合は迎日県が漢文地名、都祈野の
「都祈」が新羅語で発音する地名に漢字を当てはめたもの、となるのでしょうか。
阿具奴摩に至っては赤面ものの考察でしたね、失礼しました(汗)

はあ〜、実はこのことを思いついて以来、延烏郎=天日矛説は成り立たないか、と
考えていたのですが・・・。日の精と日矛…しかしいかにも単純すぎる。
牽強付会のそしりはまぬがれないかな、と揺れ動いてました。
なにしろ日矛の場合は、妻を追って日本に来るわけですからね。似ているとはいえ反対だ…。
おー恥ずかし…。また娜々志娑无さんに笑われてしまう(汗)

347 名前:331:2003/07/26(土) 03:06 ID:2sKk7Ijw

上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いは
奈良時代の言語に基づいているわけですよね?
むろん奈良時代に突然できたとは思えないから、
ある程度の年限は奈良朝を遡って適用できるはずですが、
ある単語(とくに語源が鮮明でない固有名詞)の
語源がいつ頃まで遡るかも不明な場合、
(しかも、付け加えていえば外国語とかかわるような場合)
必ずしも上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いに
拘泥する必要はないのではないか?
-------------------------------------
>>331では「しまったぁーっ!」と叫んだものの。
新羅をシラキと呼ぶ/読むのは日本にしか例がないから
一応日本語として考えてみるのが先決で、しからば
上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いを考慮してみるというのは
娜々志先生が>>335>>338-340でやっているように
それはその方が納得できます。
しかしもし、
そのそのやり方で十分な結論が得られない場合には、

1)
娜々志先生が>>342でいっておられるように、
新羅語や漢語などその他の言語での検討も許されるのではないか。
とするならば、新羅語「勤耆国」の耆から伎(その他のキ)への
替え字を論ずるに、必ずしも上代仮名遣いの甲乙にこだわらなくて
いいのではないか。
2)
あるいは、前述(このレスの冒頭)のようなケースに該当するとして、
上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いを無視してみても
いいのではないか。
かなりの時代をかけての転訛、かつ異言語間の伝播、
としては、後世からみて甲類キと乙類キのズレは
許容範囲をこえているでしょうか。

348 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 12:00 ID:LPf4G03c

>>347 331さん
>上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いは
>奈良時代の言語に基づいているわけですよね?

 上代特殊仮名遣についてはそうですが、アクセントは院政期のものに
基づいています。日本語のアクセント資料は院政期及びそれ以降は豊富
なのですが、院政期よりも古い時代のアクセントは体系を立てられるほど
資料がありませんので、使いづらいのです。ただ、断片的に存する院政期
以前のアクセントを見る限り、奈良時代のそれも院政期とそれほど違って
はいなかったと判断出来るので、奈良時代の日本語についても院政期の
アクセントやアクセント法則は適用可能であると考えられています。

>ある単語(とくに語源が鮮明でない固有名詞)の
>語源がいつ頃まで遡るかも不明な場合、
>(しかも、付け加えていえば外国語とかかわるような場合)
>必ずしも上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いに
>拘泥する必要はないのではないか?

 えっと。これは>>333-334に対する私の>>335の書き込みについてのコメント
ですよね。一般論になりますが、仮説を立てること自体は一向にかまわないん
ですよ。問題はそれをどうやって検証するかです。仮説を立てるなんて、それ
こそ誰にでも出来る簡単なことですが、検証するのが中々難しいんですよね。
学問の分野では既存の知識で検証出来ない仮説は学説として認められません。
上代特殊仮名遣の甲乙の違いやアクセント法則はこの既存の知識に相当します。
この種の検証に堪えるものであれば、とりあえずその仮説は学説として認められ
ますが、そうでないものはそのままではただの仮説にとどまらざるを得ません。
このような仮説を学説にまで持って行くためには、検証に利用した既存の知識の
穴を突くか、または最初から適用外の存在であることを証明してみせるしか手は
ありません。331さんは後者を想定しておいでなのですよね。それはそれでかまい
ませんが、結局はそれをどうやって検証するのかという問題に行き着きます。
さて、331さんはどうやって>>333-334の内容を検証なさるおつもりでしょうか。

349 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 12:26 ID:LPf4G03c

>新羅語「勤耆国」の耆から伎(その他のキ)への
>替え字を論ずるに、必ずしも上代仮名遣いの甲乙にこだわらなくて
>いいのではないか。

 新羅語内部のことであれば、それはもう日本語の話ではないので、上代
特殊仮名遣だのアクセント法則だのはもう関係ありません。勿論、新羅語
もまた漢字で表記されていますので、発音を論ずる上では上代特殊仮名遣
の知識も役には立ちますがね。さて問題の新羅地名の「支」「耆」を日本語
の乙類相当のキとして解することが出来るかどうかという件ですが、私は
十分可能だと考えます。理由は以下の通り。

 百済地名では次のように「城」と「己」が対応する例が存在します。

  (1)悦城県(忠南青陽郡定山面)ハ、本百済ノ悦己県ナリ。(『三国史記』巻三六)
  (2)潔城郡(忠南洪城郡結城面)ハ、本百済ノ結己郡ナリ。(『三国史記』巻三六)

 「己」は日本の上代特殊仮名遣ではキ乙類に相当する漢字であり、日本
語でも「城」はキ乙類なので、両者は見事に一致します。ここから日本語の
「キ(城)」は百済語からの借用(李基文とか)という説も出てくるわけです。
しかしながら、百済地名には以下のような例もあります。

  (3)儒城県(忠南大徳郡儒城面)ハ、本百済ノ奴斯只県ナリ。(『三国史記』巻三六)
  (4)多岐県ハ、本百済ノ多只県(全南咸平郡羅山面)ナリ。(『三国史記』巻三六)

 (3)は「城」と「只」が対応していると見られる例です。「只」は「枳」の省画で、
上代特殊仮名遣としてはキ甲類に使われる文字です。(4)ではその「只」と
「岐」が対応していますが、「岐」は「支」「伎」などと同様キ甲類の文字です
から、「只」もまた「支」や「耆」と発音が同じだったと見るしかありません。
こうしてみると、少なくとも百済においては「己」「只」と「支」「耆」との間には
日本語の上代特殊仮名遣のような使い分けはなかったようですね。勿論、
これだけでは新羅の状況まではわかりませんが、

  (5)闕城郡(慶南山清郡丹城面)ハ、本闕支郡ナリ。(『三国史記』巻三五)

のように、新羅地名で「城」と「支」が対応している例があり、百済地名の
状況を併せて考えると、新羅でも百済でも「城」を意味する語は[ki]ただ
一つであり、「己」(日本語の乙類相当)で書こうが「支」「耆」「只」(甲類
相当)で書こうが一緒だったと考えてよいのではないでしょうか。よって、
仮に日本語の「キ(城)」が百済語の借用であったとしても、日本人はそれ
をキ乙類で受け入れただけのことに過ぎず、そのことと勤耆国や斤烏支県
の「耆」「支」を「城」の意味で取ることとの間には何の関係もないということ
になります。まぁ331さんの主張はこれらの「耆」「支」を「城」の意味で取る
のではなく、日本語の「キ(木)」の意味で取ろうというものですから、私の
意見とは大きく相違するのですが、少なくともこの例に関しては日本語の
上代特殊仮名遣の甲乙の違いを気にする必要がないということが明らか
になっただけでも、まぁ多少の援護射撃にはなったのではないかと(^_^) 。
あとは半島の言語資料の中から日本語の「キ(木)」に相当する語を本例
以外に見つけてくるか、「城」の例のように日本語と朝鮮語との間で〔i乙/i〕
で対応する例をいくつか指摘しさえすれば、仮説の域を越えたものとして
認められることでしょう。

350 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 13:11 ID:LPf4G03c

>>349

 ぶっちゃけ白状致しますとね。私も例のスレで半島の地名研究
を始めるまでは、(1)(2)の例に惑わされていて、百済語の「城」は
日本語のキ乙類音に相当する[ki¨]のような語形だと思い込んで
おりますた(藁。何せあの韓国における朝鮮語学の泰斗・李基文
大先生ですら、

   百済語で「城」を意味する語が、*ki¨(己、只)であったことは
   確実である。例。悦城県ハ本百済ノ悦己県、儒城県ハ本百済ノ
   奴斯只県、潔城県ハ本百済ノ結己郡。この語は新羅語にも
   高句麗語にも見ることのできないものである。古代日本語
   の*ki¨(城、柵)はこの百済語の借用だと考えられる。
               (李基文『韓国語の歴史』「百済語」)より

な〜んておっしゃっておいでなんですもん。しかしながら、実際に
調べて見れば>>349の通りでして、乙類系の「己」と甲類系の「支」
の区別はないわ、新羅地名にも「キ(城)」はあるわという散々の
体たらくだったというわけでつ。いやあ、参った参った(^^;。

351 名前:347:2003/07/26(土) 22:40 ID:e0lLLBxE

なるほど、興味深く面白いお話、大感謝です。

>331さんはどうやって>>333-334の内容を検証なさるおつもりでしょうか。

さあ。それは該当記事の執筆者にきかないと(^^;)
それは「都祈野」の検索ででてきた、関心をひいた記事を転載しただけですよ。
まぁ今思えば、娜々志先生の説明に物足りなさを覚えたので
「これでもか、何か忘れてない?」と確認、もしくは煽ってみたのかも知れませんねー。

>331さんの主張はこれらの「耆」「支」を「城」の意味で取る のではなく、
>日本語の「キ(木)」の意味で取ろうというものですから、
>私の意見とは大きく相違するのですが、少なくともこの例に関しては

「城」でも「木」でもそれ以外の第3の意味でも、それは譲歩できます。
今回の私の思いつきのミソは「シラキ=斯蘆&勤耆」というのがこだわりどころなので。
学説までに達しない仮説レベルであるにせよ。

しかし毎回勉強になりまつ。今回もありがとうございますた。


352 名前: :2003/08/01(金) 00:06 ID:9t/3/S5.


>>324
>富山国際学術会議に注目!

は、どうなりました?

353 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/01(金) 00:47 ID:RDfipstI

>>352

 さあ? 私は逝ってないんでわかりまへん。思ったほど大騒ぎになっていない
ところを見ると、特に気にするほどのこともなかったんとちゃいまっか(w。

354 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/01(金) 13:13 ID:QgBYgiW6

スレの流れとは関係ないですけど、ちょいとお聞きしたいことが・・・

私の故郷は東北某県でして、隣町に「島津」姓の家が多い集落がありますが、
この島津さんの読みは、「しまつ」なんですね。
で、「づ」と濁音にならないのは、東北弁でしゃべってると自然と濁音になって
しまうからなのかなーなんて思ったんですが、どうなんでしょうか?w

五〇代以下だと、単語の「始末」は当然清音で発音できますが、名前の方
とはアクセント違うからなー。

355 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/01(金) 15:34 ID:fNx9Kh.2

>>354

 ん〜、どうでしょうねぇ。確かに東北方言では語中尾のk・tが有声化してそれぞれ
g・dとなりますので、一見清音が濁音になったように見えますが、本来の濁音は
η・ndと鼻濁音ですから、少なくとも土地の者には清濁の違いは明確に区別されて
いると聞いております。その島津さんも「つ」の部分が清音であると意識されている
からこそ[∫i¨madzi¨(щ¨)]のように発音されているのであって、もし濁音であると
意識されていれば[∫i¨mandzi¨(щ¨)]のような発音になっていたでしょう。ただ、
この鼻濁音は、

  めぐし(愛)→めごい→めんごい→めんこい

のように、直前の鼻音だけ残して更に清音化することもあるみたいですから、お話の
島津さんももしかするとこのたぐいなのかも知れません。

 ちなみに、同じ東北方言でも、福島方言の場合は、語中尾であってもしばしばtや
kが現われるため、もはや「有声化」という括りでは捉えられないほどだそうですから、
この地方の話であるとすると、ちと話が面倒になってきますね。まぁでも多分この話は
「山崎(ヤマサキ〜ヤマザキ)」「中島(ナカシマ〜ナカジマ)」同様、地域による読み方
の違いに過ぎないような気がしますが。

356 名前:名無しさんはポシンタン :2003/08/01(金) 19:45 ID:612vSbf.

ありがとうございました。
場所は、山形県高畠町です。

357 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/02(土) 00:26 ID:2n9Yc2Bc

高畠か〜、道の駅で買ったバターはなんだか非常にフレッシュな感じで
ウマーだった記憶が。

358 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/07(木) 10:48 ID:iXEwLMOU

>おおる

 これから3日ほど、ネットの使えない世界にお籠りする予定ですので、
その間はレス出来ません。ご了承下さい。

359 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 03:34 ID:mrLEEoMg

↑他板での自己申告によると、結局2泊3日の旅行には
いかなかったから、いるんでそ?

360 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 10:13 ID:.ofOhpOE

>>359

 旅行にはちゃんと逝って来たんですけど。2泊3日の旅行に出る場合に、
3日ほど留守にしますということがそんなに変ですかねぇ(^^;。

361 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 11:18 ID:lUD1WjFI

え?↓のカキコからあくまで予定だけで逝かなかったのかと読解してましたよ

|59 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA メェル:sage 投稿日:03/08/09 22:11 ID:S48/gV4D
>>53
|うわ。こんなところでチェックされるとは。正真正銘、私なんでつが(汗。
|まだトリップは漏れていないはずでつ。8月7日から2泊3日の旅行に
|出る予定でしたので、「3日ほど」という言い方をしただけなのでつがねぇ…。

362 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 13:41 ID:.ofOhpOE

>>361

 >>358の書き込みをした時点では、まだ出発していませんでした(実際は、
その30分後に出発しますた)ので、「予定です」と申告しますた。>>361
ある私の書き込みはその旅行を終えて帰宅して3〜4時間後にしたもの
でつが、「予定」であったのはもう過去の話になりましたので、「予定でした」
としますた。まぁでもそのように誤読されても仕方のないような書き方では
ありますたね。反省。

363 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 21:24 ID:33UDS4t.

このHP↓ってまともなの?それともトンデモ?

言葉の世界
http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/" target=new>http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/

364 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 21:53 ID:EVJH8BEI

>>362
そんなに弁解しなくたってw
なにかを清算するための旅に出た後の言い訳のような

365 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 21:57 ID:.ofOhpOE

>>363

 ざっとしか見ていませんが、見た感じでは素直に言語学の好きな素人さんの作った
HPという感じですね。内容的にはそれほどおかしいことは言っていないようですよ。

366 名前:日語商売(休業中):2003/08/10(日) 23:15 ID:hqBnvWl6

>>363
ここは以前からのぞいていましたが、内容はなかなかいいところですよ。
掲示板があるのですが、たまにちょっとデムパっぽい人も来ますが、ちゃんとわかっている人が
返答したりするので、雰囲気が変になったりしていません。
過去ログにトピック説明がついてるのもうれしいところです。

367 名前:363:2003/08/11(月) 19:40 ID:tmc.ctYE

そうでしたか。みなさん、ありがとうございました。

368 名前:世界@名無史さん:2003/08/22(金) 14:50 ID:XI2Gm1z6

2chの世界史板から質問に参りました。

1 新羅(しらぎ)と呼ぶのは、「ぎ」が蔑称であり、全体としては「新羅野郎」といった意味である
2 「くだら」はぺクチョンが音韻変化してそうなったという説が有力

という主張を展開している人がいるのですが、先生方はこのような説をご存知でしょうか。
また、そのような可能性はあるものなのでしょうか。

一般的には「しらぎ」の古訓は「しらき」であり「き」は城の意だとされているように思います。

また、日本書紀あたりで「くだら」の読みが出てくると思うのですが、百済滅亡からそれほどの
年月を経ていない段階で「べくちょん」から「くだら」までの音韻変化というのは唐突のように思
えるのですがいかがでしょうか(というか、日本語でそんな音韻変化がありうるのでしょうか)。

すでに既出のFAQに類する質問なのかも知れませんが、よろしくお願いいたします。

369 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/22(金) 20:53 ID:I.9owus2

>>368 世界@名無史さん

 総督府へようこそ。さて、ご質問の「シラギ(新羅)」「クダラ(百済)」の語源については
過去スレや本スレ(百済→>>230,>>232、新羅→>>325-351)で何度か取り上げたことが
ありますが、残念ながら現状では定説と言えるようなものはありません。ただ、あなたが
1・2としてお挙げになった説(2ちゃんでは結構ポピュラーな説のようで、私も何度か見
かけたことがあります)について言えば、1は蔑称の「ギ」の実在に疑問がありますし、
2も言語学的に見てまずあり得ない音韻変化ですから、どちらも、とりわけ後者の方は
正解の可能性はほとんどないと言ってよいと思います。

 「シラギ(新羅)」「クダラ(百済)」の中では比較的とっつきやすいのは「シラギ(新羅)」
の方でしょう。少なくとも「シラ」の部分が「斯盧」「斯羅」「新羅」に相当することは誰の目
にも明らかだからです。問題は「キ」の部分ですが、諸説ある中で個人的に最も可能性
が高いと思っているのは、あなたも挙げておられる「キ(城)」説です。残念ながら直接の
証拠があるわけではありませんが、『三国遺事』に見える新羅の古名「徐羅伐」の「伐」は
新羅地名では集落を意味する語として頻出します。「徐羅」は「斯盧」「新羅」に通じます
から、この「伐」を日本人(倭人)が「城」と解して「キ」という訓を宛てたということは十分
あり得るのではないでしょうか。まあ百済でも「城」は「ki」と訓んでいたようですので、
最初の名付け親は百済人なのかも知れませんが。

 さてお次の「クダラ(百済)」の語源については、>>232ではお手上げだと書きましたが、
『三国史記』の百済地名を調べているうちに、実はアイデアが一つ浮かびました(w。
百済は477年から538年にかけて「熊津」を首都としておりましたが、この「熊津」が
『竜飛御天歌』(1445年成立)という李朝時代の歌謡にハングルで「koma-nΛrΛ」と
記されているのです。「熊津」の別名として「熊川」が存在したことが知られていますので、
「koma」は「熊」、「nΛrΛ」は「川」を意味する百済語に由来するものと推定することが
可能です。なぜ百済語と言えるかというと、李朝時代の中期朝鮮語(新羅語の直系の
子孫)では「熊」は「kom」、「川」は「na〜nari(h)」であってともに一致しないからです。
勿論百済語起源と言っても、「koma-nΛrΛ」は李朝時代の発音ですので、百済時代
にはまたこれとはある程度発音が違っていたという可能性もありますが、状況的に見て
「熊津(熊川)」が百済時代にも「koma-nΛrΛ」ないしそれに似た発音で呼ばれていた
ことはまず疑い得ないでしょう。で、私はこの「koma-nΛrΛ(熊川)」こそが、日本語の
「クダラ」の起源ではないかと思うに至ったのです。

 まず言語学的に見て行きますと、koがkuになることは調音上十分あり得ることですし、
rΛがraになることも、日本語にΛという母音がない以上、決して不自然な変化ではあり
ません。最大のネックはmanΛ→daの変化ですが、mは両唇鼻音、nは歯茎鼻音と、
ともに鼻音ですから、発音的にはまずまず近いものと言えます。そこで、アタタカイが
アッタカイとなるように、manΛが一種の重音脱落を起こしてまずnaとなり、次いでrと
発音の近いdに変化したという風に考えれば、まぁ何とか説明可能です。また、状況的
に見ても、百済の首都であった「熊津(熊川)」であれば十分百済を代表する存在として
扱われても不思議ではないでしょう。このように見てゆくと、我が「熊川→クダラ」説も
中々どうして悪くない説ではないような気が(w。少なくとも、何の確証もない「クンナラ
(偉大な国)→クダラ」説や「下らぬ→クダラ」説なんかよりは数等ましな説ではないかと
思いますが、いかがでしょうか。

370 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/22(金) 21:05 ID:I.9owus2

>>369

 訂正でつ。スマソニダ。

× 次いでrと発音の近いdに変化したという

○ 次いでnと発音の近いdに変化したという

371 名前:日語商売(休業中):2003/08/22(金) 21:41 ID:kXAohvVA

>>368
いらっしゃいませ。
なかなかいい具合に嫌韓電波出してるお方がいらっしゃるようですねぇw。

「ぎ」が蔑称というのはどこから出てきたのでしょうか?
新羅の「き(もしくは「ぎ」)」の解釈については、一般的な説のほかにも、
こういうものじゃないかという議論がここや高句麗語スレにありますが、
その説は初耳でしたw。

「くだら」の語源についてはもっと驚いてしまいますた。
韓国語で一種の被差別民を指す「ペクチョン」は、「白丁」と書き、
これは漢語としては「(染めていない衣服を着ている)一般庶民」という意味です。
現在の日本でもお祭りなどでおみこしを担ぐ人を「白丁(はくちょう)」と呼びますが、
これも「白い浄衣を着て神に奉仕する庶民の男性」という意味です。

ところが(これはウェブの某所で読んだことですが)李朝時代、
北方から流入した下層民(主に賤業に従事した)を平民扱いにして「新白丁」と称したところ、
逆に一般庶民が「白丁」の称を嫌い、ついに「白丁」が賤民を指す言葉になってしまったそうです。

おそらく「くだら←ペクチョン」を逝っている方は、
実際には「百済←白丁」と主張したいのではと思われます。
しかし「済」は中古漢字音で tsei、朝鮮漢字音で j∂i > je、呉音でサイ、漢音でセイ。
一方で「丁」は中古漢字音で teng、朝鮮漢字音で ty∂ng > j∂ng、呉音でチョウ、漢音でテイ。
(百と白は中古音で語頭子音がpかbかの違いしかないので省略)
「丁」が「済」になるには相当の変化が必要なように思えます。
さらに「百済」という国名は自分から言っているものですから、わざわざ蔑称から国名を
つけるわけがありませんw。
もし「くだら←ペクチョン」を ま じ で 主張してるとしたら・・・
そういう変化があったとしても、それは「音韻変化」とは言いませんw。
しかも「有力」って・・・ああ、「自分が力を込めて逝ってる」って意味かw。

なお「くだら」の語源については娜々志娑无先生が、ここや過去スレで言及されていますので、
お手間ではありますが御参照ください。

372 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/23(土) 00:06 ID:c3z3I9Oo

>>369
熊津が語源なら「クダラ」じゃくて
「コマナラ(koma-nΛrΛ)」もしくは「クマナリ(久麻那利)」
でいいんじゃないですか?
日本書紀に熊津を久麻那利とする認識がまだあったわけだからそこまで訛ってしまうのは不可解な感じがしますがね。

素人さんの質問には珍説を開陳する前に、まずコッチ↓

何でも知りたい!歴史基礎知識やさしく教えてくん専用統一スレ
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50

に誘導すべきではないでしょうか?

>>371
おそらく368氏はペクチェ(百済)といいたかったのでしょう。
ただしペクチェはあまり知られてないのに
ペクチョン(白丁)という言葉は2chでは耳に馴染んでるので、
ついうっかり記憶ちがいをしたのでしょう。

373 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/23(土) 00:46 ID:oNWl.rDw

>>372

 う〜ん。確かにこの問題は歴史学系の問題でもありまつが、直接には
語源の話ですんで、このスレでお答えしたのでつが、まづかったでつか?
じゃ、後はc3z3I9Oo氏にお任せしまつので、続きはそちらのスレでどんぞ。

374 名前:世界@名無史さん:2003/08/23(土) 01:18 ID:22ZUxAA.

>>369-371
早速のお答えありがとうございます。すでに出尽くした話題であったようで
ご迷惑をおかけしました。

>>372
> おそらく368氏はペクチェ(百済)といいたかったのでしょう。
これはうっかりしていましたが、異説(珍説?)を主張している方が書いた
ものをコピペしていますので、もとが書き間違いではないかと思います。
ただ、ペクジェ(ペクチェ)→クダラも同様に有り得ない音韻変化と推測して
いるのですが、いかがでしょうか。

> 素人さんの質問には珍説を開陳する前に、まずコッチ↓
> 何でも知りたい!歴史基礎知識やさしく教えてくん専用統一スレ
> http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50
> に誘導すべきではないでしょうか?

いえ、親切にして頂いておきながら言いにくいですし、朝鮮史は専門ではな
いので素人と呼んでいただいてかまわないのですが、一応は世界史板から
言語学的にありうる説であるかを質問に参上した次第なので、そのスレに誘
導されるのにはちょっと抵抗感が、、、

375 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/23(土) 01:34 ID:oNWl.rDw

>>374 世界@名無史さん

 日本史板のスレですが、

高句麗・百済・新羅・任那って、同一民族なの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/382-414" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/382-414

もご参照下さい。

376 名前:日語商売(休業中):2003/08/23(土) 01:42 ID:sxRS6GPs

百済については、日本書紀の和訓の中で「クタラク」と読ませている例があるそうで、
ここから歴史地理学者の故足利健亮氏は「補陀落(ふだらく)」と関連あるんじゃないか、
と数年前の教育テレビ「人間大学」でおっしゃってましたね。
あまり説得力がある説とは思えませんが、「クタラク」という呼び方もあったというのは
ちょっと考えた方がいいかもしれませんね。。。

>>372
やっぱりそれっぽいですよねぇ。
それにしたって「小野小町が鎮西八郎為朝に宛てた恋文」のような説ですけれどねw


377 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/25(月) 20:09 ID:.mK6CYgI

>>376 日語商売さん

 ちょっと手持ちの『日本書紀』(平安中期〜院政期の古写本)で古訓を調べて
みましたが、「百済」に「クタラク」と付訓された古写本はちょっと見当たりません
でしたね。まぁ見たのは有名どころだけでして、全部の写本を見たわけではない
ので、私の知らない写本に「クタラク」という訓があるのかも知れませんがね。

 ただ、本例の場合、可能性として最も高いのは、もともと「クタラ」に連体助詞の
「ノ」が付いて「クタラノ」と付訓されていたものが、書写の誤りによって「クタラク」
と写し誤られてしまったというものでしょう。片仮名の「ノ」は万葉仮名の「乃」の
第1画を取ったものですが、第2画の方が片仮名として使用された例も少なく
ありません。その場合は、「勹」や「ろ」に近い形になりますので、「ク」と誤られる
可能性が出てくるのです。

 実際に『日本書紀』の写本で後者の仮名を使用したものもありまして、たとえば
「弘安本」(1286年写。国宝)では後者の片仮名をもっぱら使用しています。
尤も、字形自体はそれこそ「ク」を縦長に伸ばしたような感じになっていて、見た目
は相当「ノ」に近いものになっていますが。

 とにかく書紀古訓の中には書写時の誤りによって生まれた産物が少なからず
混じっていますので、取り扱いには相当の注意を要します。もともとが漢文の狭い
行間にメモ代わりに書き入れた文字なわけですし、現存古写本にしても数度に
わたって転写されているわけですから、ある程度のミスは仕方がありません罠。

378 名前:354:2003/08/29(金) 18:38 ID:mazJPYdQ

先日のお答えありがとうございました。えーと、東北板でこういうのがあったんですが、全国どこでも
こんな変化をしているんでしょうか?
ちなみに話題になってますのは、山形県南の「置賜(おきたま)」です。住民も普通は「おいたま」ですね。

167 名前: ゆきんこ 投稿日: 2003/08/22(金) 17:09:09 ID:w1/dGuHg [ U081252.ppp.dion.ne.jp ]

>>165
さいたまの語源は、古墳のある埼玉(さきたま)という地名だし、九州の大分も
古代は「おおきた」だったりする。おきたまがおいたまになるのも、日本語の
歴史上の必然か。

379 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/29(金) 19:46 ID:S0AYtpfc

>>378 354さん

 イ音便のことですね。現代語では、動詞(カ・ガ行五段動詞連用形+接続助詞テ)
や形容詞連体形のキ・ギの部分は子音脱落を起こしてイになりますが、この音変化
は極めて規則的で例外がほとんどない(「行きて」が「行いて」とならず「行って」となる
ことくらい)ので、「音便」と呼んで他の雑多な音変化とは区別しています。本例の場合
はイに変化しますから「イ音便」と呼びますが、同様の現象は名詞などの活用しない
語にも生じる場合があり、こちらも同じ「イ音便」として扱われます。354さんが例として
お挙げになった、

   サキタマ(埼玉)→サイタマ
   オホキタ(大き田)→オオイタ(大分)
   オキタマ(置賜)→オイタマ

も勿論そうですが、他にも

   サキキル(先切る)→サイギル→サエギル(遮)
   サキハテ(先果て)→サイハテ(最果て)
   ツキヂ(築地)→ツイヂ
   カキモチヒ(掻き餅)→カイモチヒ(牡丹餅)

のような例があります。ただし、五段動詞や形容詞とは違ってこちらの方は規則的な
ものではありませんので、同様の環境にあるからと言って常に音便を起こすとは限り
ません。よって、ご質問の答えとしては、「同様の現象は全国どこでも起こり得るが、
常に発生するとは限らない」ということになろうかと。

 ちなみに、音便の発生の理由については、「音便(発音の便宜)」という字面からも
推測出来るように、発音上の労力を軽減させるためと説かれることが多いのですが、
原則として複合語に現われることから、個々の単語の状態とは異なる語形にすること
によって結合度を高めるためという理由もありそうです。

380 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/30(土) 02:49 ID:OCsS2eG.

>>371
横レス失礼します。

けっこう前にTBSのふしぎ発見の聖徳太子の回で、新羅の「ぎ」が蔑称だという説を見ました。
その説を言っていたのは、番組中に出てきた韓国の大学教授(名前失念)で、
彼は百済はクン・ナラだとか、そこから奈良はナラが語源だとか言っていました。
なんでも、日本に亡命した百済人が、悔しがって語尾に蔑称をつけて広めたとのことです。

ですから特に嫌韓云々とは関係ないと思います。
どちらかというと、万葉集は新羅に滅ぼされた百済系による恨み唄だ、という説に近いかと。

381 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/08(月) 00:33 ID:VzaJAOo.

韓国はその程度で学者になれるのか。
ムーの読者レベルの素人マニアとしては夢のような国だな。
そういえば日本の歴史学界は百済の専門家だけで200人以上いるけど
韓国のすべての歴史学者集めてもそんなにいないって聞いたけどホントなの?

382 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/08(月) 02:42 ID:DudWbyRI

>>381

 さあ。どうでしょ。でも、彼の国だったら、ウリ程度の人間でも、
古代韓国語(ママ)の専門家としてやって逝けそうな気がすることも
また確かでつ…(w。

383 名前:本(BM):2003/09/08(月) 12:38 ID:IVpEapzg

>>382
先生なら、現代高句麗語とか、近代百済語、未来高麗語とかとかの専門家としても、第一人者に
なれそうですが。

384 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/15(月) 00:38 ID:qZsvXuTA

金思樺の「記紀万葉の中の朝鮮語」、神保町の書泉グランデで見つけたんで
うっかっり買っちゃったよー
この金思樺っておっさんは、東洋文庫の三国史記の注の中で
井上秀雄が古代朝鮮語での解釈説をやる時よく引用する人なんで、
比較的まともな人なのかなと当たりつけてたんだけど、早速いやなヨカーンが…
実際どんなと思われますか?

385 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/15(月) 01:20 ID:gsrv0y0E

 ただ今旅の空にある娜々志娑无です。

>>383 製本業者さん

 BMなんて名乗ってるから誰かと思えば…。book makerの略称でつか。
私は当然「H」を名乗っておられるかと思っておりましたよ(w。

>>384

 金思樺([火+華]ではなかったかしら)のことは私もよく知らない(彼の著書
『記紀万葉の中の朝鮮語』も読んでない)のでコメントしづらいのですが、
何かのニュースで朴炳植の万葉集についてのトンデモ研究を高く評価する
コメントを出していたというその一点だけで、私は「金達寿」並みという評価を
下しています。経歴を見ると、大阪外語大学で客員教授として朝鮮語・朝鮮
文学を教えていたようですが、まともな言語学者であれば朴炳植の研究?を
肯定的に評価したりするはずがありませんのでねぇ。

386 名前:384:2003/09/15(月) 13:47 ID:kDufcR0g

>>385
うっうぅ、チョパーリ、じゃなかった、ヤパーリそうなのでつか(泣
つーことは、金思[火+華](以後、金思樺と表記)を得意げに引用してる井上秀雄への
評価はどうなりますか?

たとえば、井上秀雄も
ロクデナシの電波の似非学者の売国学匪のトンデモさんの一味
にケテーイなの?

387 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/15(月) 15:08 ID:gsrv0y0E

>>386

 一言で言えば、金思樺は朝鮮語学界の大野晋って感じじゃないでしょうか。
大野さんも万葉仮名や定家仮名遣研究、文法研究など、純粋な国語学の
分野では非常に立派な業績を挙げておられますので、彼の仕事である岩波
古典文学大系の『日本書紀』や『万葉集』の注釈などは、十分信頼の置ける
ものです。ところが、日本語の系統関係に手を出されてからはあの体たらく
ですからね。この方面はトンデモ扱いされてもまぁしかたがないでしょうな。
金思樺も専門分野(多分朝鮮の古典文学かな)ではまともな業績があるから
井上秀雄氏も彼の業績を信頼して引用しているのでしょうよ。

388 名前:日語商売:2003/09/15(月) 16:11 ID:UsgVsbwQ

私の手元に金思曄(曄の方が原音と同音字なので)の
『古代朝鮮語と日本語』がなぜかありますが、内容は・・・でしたw

井上秀雄氏も古代朝鮮史とかでは実証的研究をしている人ですが、
「倭国は朝鮮半島南部にあった」とか言っちゃってる人ですからねぇ。
まぁ、優れた学者でも大野晋のように道踏み外しちゃう人はいますから
(だいたい自分の専門から踏み出して興味だけで突っ走った場合に多い)
学者の評価は是々非々で、ってことになるんじゃないでしょうか。

389 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/16(火) 06:59 ID:OHoKdMdU

井上秀雄どうにかならないのかな。
あれが日本で一番よまれるべきスタンダードな半島古代史家というのがなんともはや…。
でも彼を攻撃して沈没させると、はるかに劣悪なニダ人をコピーしたようなのしか残らないから
痛し痒しで、頭がいたい。
「なんで俺が井上なんかを…」と思いながら擁護してたりして…。トホホ。

390 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/16(火) 22:06 ID:1qzdaPiU

井上秀雄ですら金両基『物語韓国史』中公新書の中で攻撃されてました。
曰く、井上秀雄は檀君神話を否定している云々。困ったものです。

個人的に一番まともな古代朝鮮史の本は武田幸男氏の
中央公論社『世界の歴史6 隋唐帝国と古代朝鮮』だと思います。

391 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/19(金) 02:29 ID:3YXVnbrw

【歴史】奈良百済って一体何???【捏造】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/

325 名前:愛用者の喜びの声を集めました 投稿日:03/09/17 02:47
・奈良百済のおかげで目が見えるようになりました
・奈良百済を信じて早4年、早漏が直りました
・奈良百済を知って3ヶ月、身長が9センチも伸びました、ありがとう
・奈良百済のおかげで彼女いない歴34年についに終止符が打てました、ありがたや











 ちょっと心が動いたのは秘密だ(w。

392 名前:日語商売:2003/09/19(金) 02:37 ID:2WPAUioc

>>391
身長が9センチも伸びるなら私も。。。w

393 名前:日語商売:2003/09/24(水) 00:43 ID:QNkkr0Ls

こんなの見つけますた。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/09/22/20030922000043.html" target=new>http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/09/22/20030922000043.html

とうとう宗主国様へも噛みつきましたが、
記述間違いも意図的記述も一緒にしてるのが痛いな。。。

> 中国学校の70〜80%が採択している人民教育出版社の「世界歴史」は、
> ハングル制定について「15世紀、朝鮮は中国語と結合させて28文字の子母音を
> 制定した」とし、ハングルの独創性を否定した。他の歴史教科書も「漢字の音韻を
> 参考に表音文字であるハングルを作った」とその価値を格下げした。

中国語学の専門家としては、あながち間違っていないと思うし、
価値を格下げしてるとは思えませんが、こんなことでもカチンとくるヤシは
カチンとくるんだろうなぁ。。。

つーかこの時代、参考にできる音韻理論って中国のとインドのしかないんだし。

394 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/26(金) 20:09 ID:RZJ212qU


708 :あ :03/09/26 17:02 ID:9C/2XE66
日本語の母語は古代韓半島言語
ttp://honyaku.naver.co.jp/ktj.html?trn=1&frmbar=0&css_url=http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/cu/20030926/sb/sb2003092695509.html" target=new>http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/cu/20030926/sb/sb2003092695509.html
日本語の母語が昔の韓半島の言語という主張が申し立てられました.
日本熊本台紀要の時Shimizu教授と日本九州産業大韓国語講師である
朴明媚さんは共同論文で現在韓国と日本で使われる基礎語彙千個以上を調査
した結果両国の固有語が同じ根を持ったことに立証されたと明らかにしました.
研究チームは日本語がB.C..後から 7世紀末まで日本に渡った韓国人によって
形成されたことで推正しました. 二人の共同論文はハングル学会
創立 951周年記念学術大会で発表される予定です.

http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064078260/708" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064078260/708

395 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/26(金) 20:30 ID:DiZxYLWs

熊本大のShimizu教授と日本九州産業大韓国語講師の朴明媚は永遠にトンデモ扱いだろうな。

396 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/27(土) 00:58 ID:5Yb9twRE

>>394

 やれやれ。またひどい研究?が出たようですな。>>394の記事は具体
例がただの一例も示されていないのでコメントしづらいのですが、

http://yucarimint.hp.infoseek.co.jp/komatta/1062243016.html" target=new>http://yucarimint.hp.infoseek.co.jp/komatta/1062243016.html

には2つほど例が挙げてありますね。「mit(信じる)」と「mitomu(認)」に、
「kan(鑑)+kっ(こと)」と「kagami(鏡)」ですか。あまりのひどさに、
おぢさんは呆れてものも言えませんわ。前者は日本語「みとむ(認)」と
いう語の成り立ちを完全に無視した暴論です。「みとむ(認)」は「みる(見)」
と「とむ(留)」の複合によって生じた語ですから、もともとは「見て心に留める」
というくらいの意味でした。それが現在のように「認める」という意味になった
のは近代に入ってからのことです。しかも、「みとむ(認)」という言葉自体、
文献の初出は結構新しく、鎌倉時代になって登場した語なのです。仮に
本語が7世紀以前に入ってきた古代韓国語とやらの影響で生まれた語なら、
奈良時代から存在していなくてはならないはずですよね。

 次の「かがみ(鏡)」もお笑いの類です。「かがみ(鏡)」の語源は「かがみ
(影見)」。「かが(影)」は「かげ(影)」の交替形です。「さけ(酒)」「かね(金)」
が複合語になると「さかや(酒屋)」「かなもの(金物)」のようになるのと同じ
です。自分の姿、即ち「かげ(影)」を見る道具だから「かがみ(影見)」という
わけ。なぁにが「kan(鑑)+kっ(こと)」なものですか。

 上の2例が代表的な例のようなら、この研究とやらの質も高が知れると
いうもんです。清水紀佳氏は確かに言語学者のようですが、この程度の
ちょっと調べればわかる日本語史の知識さえわかっていないようでは、
ロクデナシのデムパ系学者と言われても仕方がありませんね。

397 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 17:58 ID:bW0kvXWs

それでも産経新聞社の大野敏明あたりは激賞するんだろうね。
なにせ朴炳植を師と仰ぐ人だから。

398 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 18:05 ID:hBKCl.w.

50万年前の石器を埋めちゃった人をバックアップしてた新聞社ですから。。

399 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 19:23 ID:yaZbGXCE

いやそれは毎日以外全部がわりと

400 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 20:50 ID:9b8XMmGk

でも、サンケイは、あの教科書がらみでリキ入ってたよ>50万年前の石器

401 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 23:47 ID:5NMly8V.

そもそも50万年前の石器捏造に至る道筋は、反・天皇、反・中央系の
歴史学者が地ならしをしていたので、教科書がらみ以前にはサヨクこそが
熱心だったんだよ。
藤村が「辺境たる東北出身者としての中央歴史学会への怨念」に突き動かされて
いたのは有名な話だからね。

402 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 23:55 ID:IKNnQvRA

ここ数年のパースペクティブだけで何かを分かった気になっている人が
最近おおくて疲れる。

403 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/28(日) 05:45 ID:xz1.Nig2

サヨクとかウヨクとかではなく、サンケイが50万年前の石器に突出して熱心だった
のは事実でしょう。

404 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/28(日) 13:48 ID:jjkeU6ek

突出して熱心だったかどうかは調べてみないことにはねぇ。

405 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/28(日) 13:56 ID:xiT2VqeY

つまらん事を言ったのはこの口か?

            /ヽ     /ヽ
           / ヽ    / ヽ
          _/  ヽ__/  ヽ
          / |||ノ     ヽ  ヽ
     , へ ,-',      / ̄ ̄|  U  | >>403
   / ` ,つ、  U 《    |      |
   /  ノ,  ヽ、   ├-―┤    ノ
  /   /    ゝ U        ヽ


406 名前:403:2003/09/28(日) 16:12 ID:tKY8TH/M

事実を言っただけなのに、なんでこんなに感情的な反発を食らうんだ???
総督府の機関紙でもあるまいに・・

407 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/28(日) 16:20 ID:Rp2Tq2jY

自分の不確かな印象にすぎないものを「事実」と強弁できる
厚顔無恥があざ笑われているだけだと思う。

408 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/28(日) 16:55 ID:tKY8TH/M

407を見たら粘着されてるような気分
もういいよ
新聞の紙面のソースは出せないが、
50万年前の、あったかなかったか判らない石器を元にした記述をした
歴史本を産経新聞社で出してキャンペーンもしてたじゃん

409 名前:なな:2003/09/29(月) 00:40 ID:IIwVsdRg

いや、粘着してるのはどっちなんだろって感じだけど
なんでそんなに必死なの?

410 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/29(月) 01:26 ID:iEdRa8p6

398から話がこじれた気がするな。
旧石器文化が古いってことそれ自体は、素朴ナショナリズム(=ウヨ)にとっても、
原住民史観(=反天皇サヨ)にとっても、自分のマンセー意識を肯定する建前として機能しうる。

それは397でいってる朴炳植みたいな日鮮同祖論的な発想が、戦前の日帝にも有益だし、
その一方、現在の韓国の誇大妄想な古代史観にも欠かせない素材になってしまう
ということと軌を一にしているわけであって…。

411 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/29(月) 08:46 ID:uBxrk/HU



>50万年前の、あったかなかったか判らない石器を元にした記述をした
>歴史本を産経新聞社で出してキャンペーンもしてたじゃん

そんな本あったかなぁ。
産経がキャンペーンした歴史本っていうと「国民の歴史」のことかしら。
でもそこでの言及は、全体の主張とは全く無関係に、世間の話題の一つとして
触れているだけだし。これを読んで「産経は捏造縄文遺跡をマンセーしてた人々
をバックアップしてた」と読み取る才能は私にはない。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~XN9H-HYSK/godhand/sasaki/doyoyosi.htm

産経やつくる会に批判的な立場で論文を書くような人でさえ
>縄文文明論や縄文都市論を一方で堆進してきたNHKや朝日新聞などのマスメディアの責任も重大。
と書かずにはいられなかったことの意味が分かるかな。





412 名前:411:2003/09/29(月) 08:58 ID:Zyd4Xn2Y

石器捏造事件が起きた直後に、
「つくる会や産経は、藤村発掘の遺跡に基づく縄文時代史を以前から
国粋主義的に称揚していた」
というデマを、韓国のマスメディアや学者が垂れ流し、それに便乗して
日本の左翼マスコミが「つくる会&産経」叩きに利用しようとしたこと
を伝えるHP(これは書き手が非サヨク系の人なので、まあ判断はそれ
ぞれに任せるが、「事実」っていうのはこういうのを言うのヨ)

ttp://homepage1.nifty.com/kaminosumukuni/soumokuji/kouko.htm

413 名前:403:2003/09/29(月) 09:59 ID:s51Hy/QQ

>>410の言ってることが正解。
なんで、そんなに興奮してんの。
引いちまうよ。
産経の販売店の人が、営業妨害だと思って憤慨してるんですか。
だったら誤解です。
新聞なんて、どの新聞だってスクープもすれば痛い失態を晒すこともある。
各紙の性格をわかった上で、それぞれが判断すればいいだけのこと。

414 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/29(月) 10:08 ID:s51Hy/QQ

サヨクだとかウヨクだとか、全然関係ないところで話してるんですけど。
内ゲバをして気が立っている革マロ派か中閣派の人ですか?
こういうことに政治を持ちこんで解釈するのは電波です。




415 名前:410:2003/09/29(月) 11:04 ID:et0QbqBs

>>414
白痴ですか?

今ここでは「こういうことに政治を持ちこんで解釈する」連中が
いたという事実を話題として扱ってるわけなんだがな。

416 名前:414:2003/09/29(月) 11:23 ID:s51Hy/QQ

白痴でも、なんでもいいよ。
サヨクだとかなんだか関係ないこと、政治的なことを持ち出すし
粘着質に攻撃的だから、今御互い内ゲバ中の革マロ派か中閣派の人かと
思ったの。
しょーがねーだろ。

417 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/29(月) 17:09 ID:RC2QdINA

>>416
なにズレたこと逝ってんの?

>サヨクだとか、政治的なこと

↑まさにそれを語ってるんだろうが。

418 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/29(月) 18:12 ID:f21NlnVQ

発端は

>398 名前:名無しさんはポシンタン [2003/09/27(土) 18:05 ID:hBKCl.w.]
50万年前の石器を埋めちゃった人をバックアップしてた新聞社ですから。。

>399 名前:名無しさんはポシンタン [2003/09/27(土) 19:23 ID:yaZbGXCE]
いやそれは毎日以外全部がわりと

なわけだけど、結局、398の書き込みは「完全なる間違い」
「無知による思いこみ」であり、「石器捏造に関し、産経新聞社が
突出してバックアップしていたという事実は全く存在しない」
ということさえ分かればいいんだよ。
399の言うとおり、「(捏造をスクープすることになった)毎日新聞社以外の
メディアでは、石器捏造が発覚する以前は、思想的背景はともかく、取り上げ方の
度合いに関してはどこも似たりよったりだった」というのが「事実」。それ以外の
「事実」は存在しない。

419 名前:貴須王の孫:2003/10/01(水) 01:24 ID:0qne1.xI

やめーい!  不毛の論議を延々としてどうするんだ!!!

娜々志娑无先生の的確かつ崇高な説明をあれこれ論議するのならともかく、とっくに過ぎた
捏造事件や新聞社のことなどどうでもいいじゃないか! なあ、みんな!


↓↓↓  だれか話題を提供してくれ!  ↓↓↓

420 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2003/10/01(水) 01:47 ID:IeqrHsow

隆慶一郎氏の小説で、戦国時代から江戸初期のころに
「櫓櫂の及ぶ限り追う」なる表現が良くでてくるのですが、
NHKの戦国期の大河ドラマとか時代劇であまり耳にした覚えがありません。
しかし、曰く、当時良く用いられた慣用句だとか。
ホントのところはどうなんでしょう。くだらん質問ですみません。

421 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/01(水) 18:13 ID:fNx9Kh.2

>>420 縄文さん

 「櫓櫂の及ぶ限り追う」という表現ですか。う〜ん、私は目にしたことがないですねぇ。
『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)を見ますと、「櫓櫂」に関わる慣用表現としては、
「櫓櫂がない(頼みにするものがないことのたとえ)」「櫓櫂の立たぬ海もなし(どんな
難事にも何かしら方策はあるものであるというたとえ)」「櫓でも櫂でも行きにくい(どう
にも手段がないことのたとえ)」「櫓も櫂も立たぬ(同前)」くらいしか載っていませんで
した。「櫓櫂」という語自体は鎌倉時代には確実に存していたことがわかっていますが、
慣用句の方はいずれも江戸中期の用例が最古のようで、それ以前に「櫓櫂」が慣用
表現として使われたという事実は確認出来ませんでした。

 それよりも「櫓櫂の及ぶ限り追う」という表現に関して気になるのは、「〜の及ぶ限り」
という部分です。こういう言い回しは近代になって初めて登場したもので、それ以前は
「〜の及ぶだけ」と言っていました。しかもその「〜の及ぶだけ」にしても19世紀前半の
用例しかなく、更に古くは「〜の及ぶほど」という言い方がありました。これなら16世紀
末の用例があります。「当時良く用いられた慣用句」というのがどこまでの範囲なのか
わかりませんが、少なくとも「櫓櫂の及ぶ限り」の言い回しのままでは、戦国〜江戸初期
の慣用表現としてはふさわしくない形であることは確かのようです。

422 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2003/10/01(水) 22:03 ID:IeqrHsow

>娜々志娑无先生
聞いて良かったあ。うっかり、そのまま垂れ流すところでした(汗
ありがとうございます。

「の及び限り」の部分に違和感があったので、使おうかどうか躊躇した覚えがあり、
この引っかかりがずっととれずにおりました。
聞く切っ掛けを与えてくださった、貴須王の孫氏にも感謝です。

423 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/01(水) 22:26 ID:ui4eyr0A

>>420
それとよく似た表現で「艪櫂の続くまで」というのがあります。
豊臣秀吉が奥州の検地を担当した浅野長吉に宛てた朱印状に出てくるのですが、
徹底した検地の実施を命じるくだりで、「山のおく、海ハろかいのつゝき候迄、
可入念事專一候」と用いられています。
この朱印状(『大日本古文書』「浅野家文書」所収)は、太閤検地の話では
必ずといっていいほど引用される有名な史料でして、おそらく隆氏はここから
表現を借りてきたんじゃないでしょうか。

424 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/01(水) 22:43 ID:ui4eyr0A

ついでに質問させてください。

日本語の「テラ(寺)」の語源は、新羅人「毛禮」の朝鮮音「トルレ」が
何度か転訛したものではないかという説があるのですが、
先生の御見解では如何なものでしょうか?
毛禮は、高句麗の沙門を家に留め、新羅ではじめて仏事を行った人なんだそうです。
この説は、鎌田茂雄氏の「朝鮮三国の仏教」(井上光貞ほか/編『東アジア世界に
おける日本古代史講座4』)という論文で、江田俊雄氏の説として紹介されていました。

425 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/01(水) 23:08 ID:JHozvPns

>>420
ひっぱってすみません。平家物語巻十一逆櫓に平家をとことん追討せよってんで、「陸は駒の足の及ばむ限り海は櫓櫂の届かん程」(別本では「陸は駒の足の通はんほど海は櫓櫂の立たんかぎりは」)攻めろという表現がでてきます。

426 名前:425の付け足し:2003/10/01(水) 23:28 ID:JHozvPns

平家諸本のうち最も古いといわれる延慶本は
「くがは馬のあしのおよびばむほど、うみはろかひのたたむ所までせめむずるなり」
地の果て海の果てと境界を意味する表現として中世以来使用されていたかと。

427 名前:425=426:2003/10/02(木) 12:06 ID:sOmT30uo

上のレスを書き込んだ後、類似表現を探しました。
「櫓櫂」は「立つ」か「届く」。「及ぶ」のは馬の足。
「櫓櫂」が「及ぶ」とくっつくのは、隆慶一郎の著作が初出なのでしょうか?
その場合「櫓櫂の及ぶ限り」は誤用になるのでしょうか、正しい日本語なのでしょうか?

428 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/02(木) 14:40 ID:hyHb8HwM

祈年祭の祝詞にこんなのが。

…青海原は棹舵干さず(中略)馬の爪の至り留まる限り…


429 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 14:51 ID:yGyB5ZQs

>>424

 日本語の「てら(寺)」の語源については、その内容からして外来語起源である
可能性が極めて高そうですが、諸説があってまだ通説と言えるほどのものは
ないようです。『日本国語大辞典・第二版』(小学館)を見ますと、(1)朝鮮語の
礼拝所を意味する「chyo¨l」から、(2)朝鮮語の「刹」の漢字音「char」から、
(3)パーリ語の「長老」を意味する「thera」から、以上三説が代表として挙げ
られていました。同書には他にもいくつか挙げられてはいますが、いずれも
怪しげなものばかりですので、取り上げる必要はないでしょう。

 以上この三説を検討しまするに、(1)(2)はt∫系の子音が日本語でサ行では
なくタ行で音写されていることに疑問を感じます(漢語のt∫系は日本漢字音では
サ行で音写)し、(3)もなぜ「長老」から「寺」につながるのかが今一つ不明です。
結局どれもすっきりしないものばかりという感じですね。

 さてご紹介の「毛礼」説ですが、これは多分「毛」の中期朝鮮語「t‘∂l」と「礼」の
朝鮮漢字音「rj∂i」を組み合わせたものであると思われます。日本でいう湯桶読み
ですね。日本語でも湯桶読みは少数派ですのでやや不自然な気もしますが、
まぁ例がないわけではないからこれはよしとしましょう。しかしながら、いかに仏教
に関わるとは言え、人名、それも百済でなく新羅の人名が「てら(寺)」の語源となる
というのは納得し難いですね。それならまだ(3)の「長老」説の方がましでしょう。

 ついでですから、私の思い付きの説をご紹介しておきませうか。「寺院」を意味
する「刹」という漢字は梵語の「国土」を意味する「ks^etra(クシェートラ)」の音訳
ですが、日本語の「てら(寺)」はその上略形「トラ」から生まれたのであ〜る!
え、お呼びでない? そりゃまた失礼しました。

430 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 14:54 ID:yGyB5ZQs

 >>423,>>425-426

 う〜ん。実は>>421を書き込んだ後で、清水観音の神詠に「なほ頼め標茅(しめぢ)
が原のさしも草われ世の中にあらん限りは」という歌があったのを思い出しまして、
「〜む(ん)限り」という言い回しが可能である以上、「及ぶ限り」はまだ無理としても、
「及ばむ(ん)限り」という言い方であれば、もしかすると可能かも知れないなぁとは
思っていたのですが、まさか『平家物語』のようなメジャーな作品にあったとは。
今手元にある『平家物語』諸本(延慶本や盛衰記等の増補系は持っていません
のですべて語り系ですが)で確認してみました。(ほぼ成立順)

   陸ハ馬ノ足ノ通ハン程、海ハ櫓櫂ノ堪(タヽ)ン限ハ          (「屋代本」)
   陸は駒の足のおよばんをかぎり、海はろかいのとづ(届)かん程 (「覚一本」)
   陸ハ駒ノ足ノ通ン程、海ハ櫓械ノ堪ン限ハ            (「百二十句本」)
   陸は駒の足のかよはんを限り、海は櫓櫂のたたむ所まで  (「葉子十行本」)
   クガワ コマノ アシノ カヨワゥ ホド,ウミワ ロカイノ タタゥ カギリワ (「天草本」
      ※原文はローマ字
   陸は駒の蹄の通はんを限り、海は櫓械の立ん所迄         (「流布本」)
  
 覚一本の「およばんをかぎり」を見るに、この「限り」は名詞ではなく動詞連用形の
ようですが、こういう表現が可能であり、かつ「〜む(ん)限り」のような言い回しも
存在していたわけですから、中世にも「及ばむ(ん)限り」が存在した可能性は高そう
ですね。この『平家』の詞句と、浅野文書の一節を合わせ考えれば、中世に慣用句
として「櫓櫂の立た(及ば/届か/続か)む(ん)ほど(限り/ところ/まで)」という
表現が存在したことはちょっと否定出来そうにありません。今回は完全に私の勇み足
だったようです。縄文さん、423=425氏始め関係諸氏にはご迷惑をお掛けしました。
回線切って首吊って来ます…。∧||∧

431 名前:425=426:2003/10/02(木) 15:00 ID:HQ0JF35g

きゃー先生、逝かないでー。425は423さんとは別人ですー!! それだけ。
(423さんのような端正な日本語は書けないですー。)

432 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2003/10/02(木) 15:13 ID:l3Ga1cRQ

細かな文言は別として、似たような表現があったということですね。
みなさん、ありがとうございます。

娜々志娑无先生、いかんでください。
そげんあやまられたら立つ瀬がなか。
横着もんのけつばふかしてもうしわけなかですm(_ _)m

433 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 16:40 ID:yGyB5ZQs

>>427
>>428

 関連がありますのでまとめて。祈年祭の祝詞の該当部分は以下の通りです。

皇神(すめがみ)の見霽(はるか)し坐(ま)す四方(よも)の國は、天の壁(か)き
立つ極み、國の退(そ)き立つ限り、青雲の靄(たなび)く極み、白雲の墮(お)り
坐(ゐ)向伏(むかぶ)す限り、青海原は、棹柁干さず、舟艫の至り留まる極み、
大海に舟滿ち続けて、陸より往く道は、荷の緒縛(ゆ)ひ堅めて、磐根木根履
(ふ)みさくみて、馬の爪の至り留まる限り、長道(ながぢ)間(ひま)无(な)く立ち
続けて、狹(さ)き國は廣く、峻(さが)しき國は平(たひら)けく、遠き國は八十綱
打ち挂(か)けて引き寄する事の如く、皇大御神(すめおほみかみ)の寄(よ)さし
奉(まつ)らば、荷前(のざき)は、皇大御神の大前に、横山の如く打ち積み置き
て、殘りをば平けく聞こし看(め)さむ。

 上記を見る限り(藁)、祝詞の「限り」は「極み」と対になっており、「空間的な
限界」という名詞本来の意味で使われているようです。一方、「櫓櫂の立たん
限り」の「限り」は、ある時点に到達するまでの限られた範囲内を表わす形式
名詞(実質的な意味を失っているため、必ず前に修飾語を必要とする名詞)
で、その事態が存続する間はそれ以外の状態はあり得ないさまを強調して
示す用法ですので、現在だけでなく未来も含まれています。そのため、原則
として「む(う)」や「べし」のような推量系の助動詞を必要とするのだと考えられ
ます。それが「む(う)」なしでも言えるようになったのは助動詞「う」の連体用法
が急速に衰えた江戸初期のことでしょう。

 「櫓櫂」と「及ぶ」がくっついた時期はわかりませんが、「及ぶ」には「達する」
「届く」という意味がありますから、いつ「櫓櫂」とくっついてもおかしくない言葉
ではあります。また、現代は江戸時代以上に助動詞「う」の連体用法は衰えて
いますから、中世風に「櫓櫂の及ぼう限り」とは言いづらいので、「櫓櫂の及ぶ
限り」は現代語としては十分正しい日本語と言ってよいと思います。

434 名前:Seosomun ◆57aYuBt.:2003/10/02(木) 16:42 ID:40rA2fik

>>429
韓国語の寺(JEOL)は、20世紀前半まで
DYEOL(뎔)と発音し、平安道では今もそう
発音すると聞きましたが、それでも対応しないでしょうか?

「天」がTYEONからCHEONに変わったように、
朝鮮語は近世においてTYからCH、DYからJという
語頭び子音の変化がありましたが、
そうすると日本語と対応しないですか?

素人電波ですみません。

435 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 16:53 ID:yGyB5ZQs

>>431

 >>423さんと>>425さんは、IDは違っていますが、内容から見て同一人物かと
思っておりました。重ね重ね失礼しました。


>>432 縄文さん

 コテハンを付けて職業まで明かして書き込んでいる関係上、私の書き込みは
あちこちにコピペされる機会が少なくないので、ヘタなことを書いたら大変だと
いうことは認識しているつもりです。それゆえ、書き込む際にはそれなりに注意
してはいるつもりなのですが、駄目ですねぇ。2ちゃん歴も三年目に入って、
多少気が抜けてきたのやも知れませぬて。チォブ。

436 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 18:59 ID:yGyB5ZQs

>>434 Seosomun さん

 はあはあ、なるほど、口蓋化現象のことですね。李基文『韓国語の歴史』に
よりますと、17世紀から18世紀にかけて、i,yの前のt,th,ttやk,kh,kkが
c,ch,ccに変わったとあります。西北方言では現代もそれが起こっていない
ともありますが、要するに平安道方言のことなのでしょうね。『李朝語辞典』を
見ますと、「寺」としては「cj∂l」の例もありますが、確かに「tj∂l」の方が圧倒
的に多いようです。半母音jがあるのが気にはなりますが、頭子音がtである
以上、「cj∂l」よりは日本語の「てら」に近いとは言えるでしょうね。後は朝鮮語
のj∂が日本語のeに対応する例をいくつか見つけられれば、説得性がぐっと
増すことでしょう。

 そう言えば、日本語のeの中でもエ列甲類母音e1は、iaという連母音が母音
融合して生まれたと推測されています。「てら(寺)」の「te」は甲乙の区別が
ありませんが、もともと甲類音であったとすると、「てら」の古形として「*tiara」
を想定可能です。iは容易にjに変わり得ますので、あとは∂とaの部分さえ何
とかすれば格好が付きますね。ただ、宋敏『韓国語と日本語のあいだ』(草風館)
によれば、朝鮮語の∂は日本語のo(オ列甲類)ないしo¨(オ列乙類)に対応
することが多いのだそうです。世の中そうそううまくは行かないようですな。

 ただ、そもそものことを考えれば、中期朝鮮語の「tj∂l(寺)」は漢語「刹」の
漢字音に由来するものではないのでしょうか。「刹」の朝鮮漢字音は「c‘al」
ですが、古韓音はまた別だった可能性もあるかも知れませんしね。あと、気に
なるのは中期朝鮮語に見える「c∂l(拝)」という語です。「-ta」が付いていない
ところを見ると、この語は名詞のようですが、これと「tj∂l(寺)」「c‘al(刹)」の
関係はどうなっているのでしょうか。素人の印象としては、相互に関係があり
そうな気がするのですがねぇ。

437 名前:日語商売:2003/10/02(木) 21:29 ID:DFNBHmvo

>>436
借用語でもない、音写の例ですが、日本書紀の百済王関係の記事で「主嶋」という字を
百済語と思われる「ニリムセマ」と読んだ例がありますね。
で、島は現代語でsy∂mですから、y∂(i∂)が e1 に対応する例と言えると思います。
「てら」という言葉も仏教伝来とともに来たとすれば、日本語に入って間もない外来語という
ことになり、外国語を写した本例と近い条件にあったと思います。

438 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/02(木) 22:32 ID:XDI3qEZY

>>437

 う〜ん。「sy∂m(島)」ですか…。私はその例は借用語の例としては
ふさわしくないと思っています。詳細はこちらをご覧下さい。

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=175&to=175&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=175&to=175&nofirst=true

仮に中期朝鮮語で日本語の「〜ma」に相当するような語彙グループが
認められるならまだしも、現状では「しま(島)」は日本語の固有語であり、
「しま(島)」と「sy∂m」が関係ありとするならば、むしろ朝鮮語の「sy∂m」
の方こそ借用語である可能性の方が高いとするべきではないでしょうか。
古代の日本と半島の関係を見まするに、韓国人の大半が考えているような、
半島→日本という一方的な流れしか存在するはずがないという極論には、
私は与することが出来ません。当時の交流状況を鑑みれば、半島南部に
関して言えば、その逆も十分あり得たと思っております。とりわけ本来の
新羅領は島がほとんど存在しない地域であるのに対して、旧伽耶諸国や
旧百済領は多島海と言われるほど島が非常に多い地域ですので、島を
意味する言葉もそれらの地域から借用した可能性は高いのではないで
しょうか。同時にそれは日本語系語彙からの借用の可能性をも示唆する
ものでもあると私は考えます。

439 名前:424:2003/10/02(木) 22:57 ID:aHODoZt2

>>429
お答えくださってありがとうございます。

やはり新羅人「毛禮」説は無理がありますか・・・
たしかに外来語起源だとすれば、漢語にしろ梵語にしろ百済を経由してきたと
考えたほうが自然ですよね。

440 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/02(木) 23:35 ID:ke1gEWxs

「毛禮」をモレでなくトルレと読むのが正しいというのは、どういう根拠で?

441 名前:424:2003/10/03(金) 00:01 ID:y55m37vo

>>440
鎌田氏の論文では特に根拠は示されていませんでした。
詳しくは、氏が注に引く江田俊雄の論文「朝鮮の仏教」(講座仏教4『中国の仏教』所収)
において述べられていると思うのですが、そちらは未見なのです。
こんど図書館へ行ったら確認しておきますね。

442 名前:日語商売:2003/10/03(金) 00:52 ID:osgLFj7c

>>438
借用関係については日本→半島の可能性も十分ありますからねぇ。
個人的には南方→日本→半島と借用されて言葉もけっこうあるのではないかと思います。

と言いますか、この例は半島、特に百済語の *sy∂ma(語末のaはたいした意味のない
推定音、半島においてはのちに脱落したという説もあります)をどう写したか、
つまりy∂を古代の日本人はどの日本語の母音に近いものとして聞いたか、
という意味の例であげたものと受け取ってほしいのです。

443 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/03(金) 04:11 ID:l/oGg1zY


朝鮮人が好む差別フォークロアに、「倭人が頭にかぶるものが欲しいと
いうので、靴を投げ与えてやったら、奴らは有り難がってそれを烏帽子に
した」というものがあるのだが、

現代朝鮮語の「クツ(靴)」を意味する単語「クドゥ」も、どうやら
「倭→半島」の借用語らしいという素晴らしいオチがつくのであった。
ま、倭(日本)からの借用だとまで推定できるかどうかは微妙らしいの
だけれど、朝鮮→日本でないことだけは確実みたい。ソースは失念。


444 名前:日語商売:2003/10/03(金) 04:51 ID:osgLFj7c

>>443
確か角川で出してる「朝鮮語大辞典」にその辺のことが書いてある文章が
延々引用されてましたね。。。
「くつ」は万葉集にも出てくるのにkuduはごく近代にならないと出てこない語だとか、
そういう話だったと記憶してます。
あの辞典は無駄に引用がでかいのが最大の欠点だけど、語誌や関連事項の
解説がほしい時に引くと、有用なものが見つかったりする利点もあります。

445 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/03(金) 14:35 ID:XAcY9JRo

>>442 日語商売さん

 百済語の「*sy∂ma(島)」の起源はどうあれ、それを倭人が耳で聞いた時に
「セマ」とエ列音で音写したことが重要だということですね。了解しました。

446 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/03(金) 14:47 ID:XAcY9JRo

>>443

村山:ラムステットは、日本語のkutu「靴・沓」が朝鮮語kutu「靴」からの借用語で
あり、後者はモンゴル語gutul,gutusun「長靴」と同源と見ています(Ramstedt,
1949:128)。借用の方向がその逆であることを私は論じました(村山、一九六三、
二二七頁以下)。一九七二年一一月二二日、李崇寧、李基文両教授(ソウル大学)
が京都産業大学を訪れたとき、念のため、朝鮮語のkutuについてたずねたところ
二人は即座に「明治になってから、日本語から韓国語に入ったものです」と断言
されました。
        村山七郎・大林太良『日本語の起源』(昭和48年4月、弘文社)139頁

447 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/04(土) 07:02 ID:Y6K5J7v2

李氏朝鮮時代にはなんて呼んでたんだろう

448 名前:日語商売:2003/10/04(土) 07:58 ID:A9hbhYBw

>>447
履物一般をあらわすsinって言葉があります(今でも使う)。

日本語の「くつ」が足を包み込む形の履物全般を言うのに対して、
韓国語のkutuは洋靴のみを表す言葉ってことからも、日本→韓国という経路が想定されますね。
(借用の際にはしばしば意味が原語よりも狭まり、特殊なものを表す言葉になる)

449 名前:某隔離スレの名無し:2003/10/06(月) 10:26 ID:fDsI9O1Q

初めまして。
昨日買った文庫本に怪しげな朝鮮電波が有ったのですが、自分は浅学なため真偽を確かめる事が出来ません。
先生方の正しい知識を教えて頂きたくて書き込みに来ました。
本の題名は「枕詞の暗号」で、著者名は「藤村由加」となっています。
トランスナショナル・カレッジ・オブ・レックス(通称トラカレ)とか言うもので
他言語活動にいそしむ女性執筆者4人によって書かれているようなんですが…。
「意味不明」「語義不明」な枕詞の正体を確かめようという意図の内容です。

この本によると、斑鳩は古代朝鮮語(李朝語辞典がソースと明記してあります)
により説明がつくと書かれています。
「イ」(ハングルで「σ|(こんな字です)」<二・分けるという意味
「カル」(ハングルで「マ(己の下に一と言う字)」)<分ける・横という意味
「ガ」(ハングルで「マ」)<場所という意味
南北2つの丘陵に挟まれた地形、方位にあるという意味で、古代朝鮮語によって命名されたと断言しています。
斑鳩という言葉は聖徳太子の時代には存在してたのは確実ですよね。
その時代の半島は高句麗・百済・新羅の時代だし…。
李氏朝鮮が始まったのが1392年だから、800年の時間があります。
素人考えなんですが、800年も経つと言語的に大きく違うのでは無いかと思うのですが?


450 名前:某隔離スレの名無し:2003/10/06(月) 10:50 ID:fDsI9O1Q

他にも、「奈良」が朝鮮語の「ナル(複雑なハングル表記なので説明出来ませんスマソ)」
から来ていると書いてあります。
ナルの意味は「日にち(古くは太陽)」「縦」らしいです。

「飛鳥」「明日香」が古代朝鮮語の「アチャム」(意味は「朝」らしい)からきているとか…。
「東(あづま)」が新羅語の「朝○(宇のウ冠を外した字)万 アヅム」からきているとか…。
「まぶしい」が韓国語の「ブスダ(壊すという意味)」からきてるとか。
「あしびきの」→「足(あし)」→「足る(たる)」→韓国語の「タリダ」→朝鮮語の「タル」とか。
「出雲」の「も」が、朝鮮語で谷や隅を意味する「モ」だとか。
「朝鮮」が「朝の鮮やかな国」だとか…。

↑は全部根拠無き捏造と断じてもOKでせうか?

451 名前:某隔離スレの名無し:2003/10/06(月) 10:57 ID:fDsI9O1Q

某隔離スレで娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん先生が書かれていたレスを読んだんですが。
古代朝鮮語・李朝時代の朝鮮語・現代の朝鮮語はかなり違うんですよね?
こういう本が平積みで大量に売られているなんて…。
日本語の専門家の人達に真実を教えて欲しいです。

文章が支離滅裂&長文ですいません。
夜勤明けで電波を浴びて頭がクラクラしているので。


452 名前:日語商売:2003/10/06(月) 16:38 ID:EFSaPVWo

>>449-501
なんというかいきなりデムパを浴びせられて困惑されているようですが、
書名を見ると「ああ、そういうの読んでた時期もあったなぁ」と自分でも思わず
遠い目をしてしまいます。。。

で、お聞きの件ですが、まぁほとんどダメだと思いますw
そもそも韓国語の2の意味のiは、ただの漢語です。もともとは頭に子音があって、
ziのような音だったのですが、語頭には現れない音のため、中期語の資料でも
zがない形がしばしば現れます。
また分けるという言葉は中期語ではkar-taで、k∧rщという形とは
(それが語幹のつもりでも)母音が違います。
さらに藤村氏の言うことが正しいとしても「2つに分けた土地」がなぜ「2つの丘陵に
挟まれた土地」という意味になるのかよくわかりません。

おっしゃる通り、中期朝鮮語は14世紀頃の言語で、聖徳太子の頃より800年以上あとです。
で、これらはさかのぼると新羅の言語がもとだと言われています。
新羅語は多少わかっているのですが資料が少なくて全貌はハッキリせず(中期朝鮮語と近いみたい)、
高句麗語も地名を記した資料があるので語彙が少し分かりますが、どうも新羅とは
ずいぶん違う言葉だったようで(むしろ日本語に近い??)百済も少なくとも支配層については
高句麗と近い言語を話していたようです。
このようにわからないことだらけなので、想像で何でも言えてしまうところがあるのですが、
中期朝鮮語の(不確かな)知識で古代朝鮮語(どこの言葉かはわからないw)をわかった気になって
それが語源だと言うのは、少なくとも私には途方もない考え方です。

ええと、ほかの部分は。。。
奈良がnar(日)から来てると言うのは初耳。確かに日の意味であり、
現代語には「縦糸」という意味もありますが・・・それがなぜ奈良になるのか不明。
アスカがach∧mってのもよく考えたなと思いますが、それがにほんごの「あさ」と
関係があるかもしれないとはいえても、それがなぜ地名の語源になるか・・・。
アヅマだってもともとはadumaですから、ach∧mとは第2音節の子音が違います。
まぶしいは16世紀以降の用例しかない語なので、それが古代にあったとは言いがたく
(古代には「まばゆし」「まぎらはし」を使った)、ましてそれが・・・。
「あしびきの」も連想ゲームだし、中間に入る「タリダ」も中期語の意味は「煎る、熨す」で、
「足る」、「足りる」の意味はありません。
出雲の「モ」もそれがなぜ語源になるかわからないし、
「朝鮮」は前このスレのどこかにあったような・・・。

まぁ、まともに取り合うだけ時間の無駄と思ってかまいません。
思いつきを並べて本を書くなら、誰にでもできるし、面白けりゃ儲かりますが、
証明の手続きがなされていないとそれは「MMR」と同じレベルですw

453 名前:某隔離スレの名無し:2003/10/06(月) 17:32 ID:fDsI9O1Q

>>452
日語商売さん
レスありがとうございます。
やっぱし出鱈目なdでも本なんですね。
短歌や俳句や詩歌に興味があって買った本だったんですが…。
お金を損してしまった。
ハン板に出入りしてなかったら騙されてたかもしれないっす(怖
読書ぐらいは電波抜きで楽しみたかったのに…思わぬところで電波を浴びるとマジで困惑してしまいますね。。。

454 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/06(月) 17:55 ID:jBFB2a66

>>449-451 某隔離スレの名無しさん

 いよいよ出ましたな、藤村由加(藁)。私は個人的にこの連中を和製・朴炳植と
呼んどります。彼等の一連の著書は学術書でも何でもなく、出来の悪い小説と
思えばいいと思いますよ。テキスト版MMRと言ってもよろしい。さしずめアガサは
キバヤシといったところでしょうか。

 そもそも、古代朝鮮語という言葉自体が宜しくない。古代の半島で使われた言語
は決して1種類ではありません。>>222-227にまとめてありますように、確認出来る
だけでもあれだけの数の言語集団がありました。これらは大きく夫餘系と韓系に
分かれますが、現代朝鮮語はそのうちの韓系言語グループの一つである新羅語
の子孫に過ぎません。それにも関わらず、これらの言語をまとめて古代朝鮮語と
いうのは、ケルト語を古代英語というようなもので、不適当極まりない表現と言え
ましょう。

 と、ここまで書いて、来客の相手をしていたら、先に日語商売さんのレスが…。
せっかく書いたのにもったいないので書き込んでおきますが、MMRという評価が
重なっていたのが何とも(藁)。

455 名前:日語商売:2003/10/06(月) 18:47 ID:VmHxlsP6

>>453
いや、私もその手の本をいろいろ読んでた時期がありますから、
みんな通る道と思っていいと思います。
しかもあれ出してるの確か新潮社じゃなかったかなぁ・・・w

>>454
いやぁ、あの手の本は「そ、そうだったのかー!!(AAr」しか訴えることないですからw

456 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/06(月) 20:06 ID:6p9QjE4E

>そ、そうだったのかー!!

これって本来は、左派系の作品なんかで見られる陰謀論の文脈ですよねぇ。>雁屋の漫画とか

457 名前:某隔離スレの名無し:2003/10/06(月) 21:39 ID:fDsI9O1Q

>>454
娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん
レスありがとうございます。
出来の悪い小説と判っていたら買わなかったんですが(汗
素人に楽しく知的好奇心を満たさせてくれる書物は無いもんですかねぇ…。
生業として読むわけではないから、ほどほどに難しく楽しい本が増えて欲しい今日この頃。

>>455
日語商売さん
みんな同じ道を通るんでせうか(汗
良書ってなかなか無いっすねぇ…。

>>444-456
じゃあ皆そろって
「そ、そうだったのかー!!」

下手な本を読むよりも、こうゆう場所でROMして、ググッてた方が楽しく知的好奇心を満たされるって…問題なんでしょうね。

458 名前:香具山の光:2003/10/07(火) 15:39 ID:UwVmFG3k

某隔離スレで娜々志娑无先生に教えていただいているものです。総督府では初カキコ
で緊張してます。
さて>>324とも関係するのですが。これってどんなもんでしょう?
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/04/03/20020403000003.html" target=new>http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/04/03/20020403000003.html
「『判比量論』は新羅の文書だった
日本の大谷大学が所蔵している7世紀末の統一新羅時代、元曉大師が著述した『判比量論』から、
新羅時代の言語と漢字の発音が記された角筆が発見された。(略)
また、“角筆”の痕跡には日本のカタカナ文字と似ている読み仮名が記されており、カタカナが
韓国から由来した可能性が高いという主張が提起された。
韓・中・日の角筆研究の権威者である徳島大学の小林芳規教授は2日、京都の大谷大学で記者会見を開き、
「7世紀末に筆写されたものと推定される新羅の元曉大師の『判比量論』から、たくさんの種類の角筆を確認した」
と明らかにした。
これらの角筆は当時の漢字の発音を記しており、新羅時代の言語の理解に決定的だけでなく、“根”の文字の側に
カタカナを連想させる“マリ”という角筆文字が記されているなど、カタカナの起源を推測できる資料にもなると
小林教授は主張した。(略)
小林教授は角筆の内容が韓国語でできている上、発音も新羅式であること、また、筆写した後、墨が乾く前に
角筆を記した痕跡があること、皇后は受け取ってからすぐに“蔵書”という意味の判を押したが、
この判が角筆の上に押されていることが確認されたことなどから、新羅人が書いたものに間違いないと主張した。」

459 名前:香具山の光:2003/10/07(火) 16:07 ID:UwVmFG3k

>>458続き
前スレの342-351で話題になってました(汗
韓国マスコミの記事は紹介されていなかったので、向こうではこのように
報じられているという資料でした。
しかし「カタカナが 韓国から由来」とか「発音も新羅式」とかどの程度
正しいのでしょう?


460 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/07(火) 21:16 ID:oePHFtgg

>>458-459 香具山の光さん

 総督府へようこそいらっしゃいました。某スレではうちのさんがいつも大変
お世話になっておりまする(藁)。

 さてご質問の件なのですが、私自身小林芳規氏のその発表を聞いており
ませんし、発表の内容もまだきちんと文字化された形では見ていないので、
コメントしづらいのです。小林氏は現在徳島文理大学(記事に徳島大学と
あるのは誤り)文学部の教授ですので、もしかするともう同大学の紀要である
『徳島文理大学研究紀要』あたりに書いているかも知れません。うちの職場
の図書館にも毎年送ってくれているようですので、今度探してみますね。

 とりあえず現在までの情報で私が認識している事実は、日本の僧が奈良
時代に高麗より持ち帰った『判比量論』の写本の本文の「根」という漢字の
右傍に「へリ」のように見える片仮名様の略体文字が角筆によって記されて
いるということです。これは私も報道の写真で確認しました。私の見たところ、
この「ヘリ」の字体は平安極初期の訓点資料に見える片仮名のそれと大変
よく似ていますので、仮に片仮名であるとしても古い時代のものであること
は確実です。

 さて、この2文字を漢字に復元すれば「部利」になりますが、「部利」は日本
の万葉仮名であれば「べり」ないし「ぶり」と読まれる字であり、その一方で、
日本語の「根」を意味する語は「ne」ですので、この訓点では合いません。
しかしながら、中期朝鮮語では「根」のことを「pul-hui」と言っていたことが
わかっていますので、その語形から新羅語では「puri」に近い発音だった
可能性も十分考えられるのです。以上の証拠から判断する限り、「ヘリ」が
「根」を意味する新羅語を表わしていることはまず確実であると思われます。

 なお、記事によれば、この文字以外にも、角筆で漢字音が書き入れられて
いるようですが、それが新羅漢字音かどうかは記事にも具体例が示されて
おらず、確認しようがないのでコメントは出来ません。

461 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/07(火) 21:17 ID:oePHFtgg

 残る問題としては、いつどこで誰がその「ヘリ」という略体字を角筆で記入
したのかという問題ですが、これについても詳細が不明なので何とも言え
ません。同書が光明皇后に献上された740年が下限であることは確実な
ようですが、上限が本当に7世紀末でいいのかどうか、判断する材料がない
んですよね。記した人物にしても、その日本人僧が記したものである可能性
は本当にジェロなのか。新羅で学んだ新羅の言葉を心覚えのために記した
だけなのではないかとか、いろいろ想像は可能ですが、現状ではまさに想像
の域を出るものではありません。

 まぁ仮にこの「ヘリ」が新羅人の記入したものであったとしても、そのことが
即、片仮名の起源につながるわけではありませんがね。7世紀後半のもの
とされる滋賀県西河原森ノ内遺跡出土の木簡に「部」を「ア」に近い略体字で
記した例がありますし、同じくその頃のものとされる滋賀県北大津遺跡出土
の木簡にも「ム(牟)」「ツ(川?)」のような略体字が見えます。「部」の字体は
片仮名のそれとは異なっていますが、何にせよ同時期の日本でも既にこの
種の略体字が使われていたことは確実です。もしかすると片仮名の一部に
ついては新羅起源かも知れませんが、全部が全部新羅起源であるなどとは
とても言えないということもまた確かなのです。それに、起源云々を言うなら、
そもそも略体字の起源は中国なのですから、すべては中国に帰するという
ことになってしまう( `八´)アルね、ハイ。

462 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/10/07(火) 22:06 ID:SKErWo9I

>>460
その「うちのさんが」ってコピペしていいですか?







(……しませんけど)

463 名前:Seosomun ◆57aYuBt.:2003/10/08(水) 11:09 ID:SBBc0.Ds

詳しい方にちょっと質問したいのですが。
韓国語とベトナム語の漢字発音には
共通点が蚊なり多いですが、
中国のどの時代のどの辺の発音に起源をもつのでしょうか?


464 名前:香具山の光:2003/10/08(水) 13:57 ID:wIhv9lkI

>>460-461
娜々志娑无先生、詳しくご回答いただきありがとうございました。
要するに漢字の音を漢字の一部であらわして新羅語を書いた、ということですね。
「カタカナが 韓国から由来した」というのはやはり言い過ぎですな。

465 名前:日語商売:2003/10/08(水) 18:17 ID:hJSihI6.

>>463
日本ではどちらも9世紀前後の長安音がもとだって言われてますね。
朝鮮漢字音は河野六郎氏、越南漢字音は三根谷徹氏の研究が有名ですが、
どちらも細かい点では各時代の発音が混入しているけれども大筋は
唐代中〜後期のの長安を中心とした地域の発音が母体だとみているようです。
韓国の学者は朝鮮漢字音はもっと古い時代、6世紀頃の発音が中心になってると
主張していますがね。
実際、各国の漢字音の大きな特徴の中には、唐代長安音とは相容れないものが
あって、単純にこれだ!とは言い難い点もあるようです。。。

466 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/08(水) 18:32 ID:/Yy.r2Nw

唐代後期は周辺の異民族にも唐文化がひろまって定着した頃で、理屈はあうと思う。
それ以前の周辺異民族は、中国側からその時その時で勝手に名付けられていただけで、
自意識もあまり鮮明でなく、中国側の記録を並べても筋のとおった歴史は再現しづらいが、
唐代後期以降は、文字や歴史を自国の文化の組み込んで、漢文で自意識を構成できるようになったと思われ。

467 名前:Seosomun ◆57aYuBt.:2003/10/09(木) 11:25 ID:y6PBsaQE

>>465
有り難うございます
ベトナム行ったとき、「社会」「協会」「独立」などの熟語発音が、
韓国のとかなり似てたので、、、

468 名前:香具山の光:2003/10/09(木) 12:25 ID:dbgQLOuQ

>>467
韓国語とベトナム語の漢字音に興味をお持ちなら、こんな本があります。
"越・日・英・中・韓国語から引けるスーパーミニ辞典「千六の漢字」
http://esbooks.yahoo.co.jp/search/keyword/keyword?keyword=%C0%E9%CF%BB%A4%CE%B4%C1%BB%FA&image_disp_flg=1&out_of_print=1" target=new>http://esbooks.yahoo.co.jp/search/keyword/keyword?keyword=%C0%E9%CF%BB%A4%CE%B4%C1%BB%FA&image_disp_flg=1&out_of_print=1
「国際語学社」ってあんまり聞いたことない出版社ですな。
http://www.mmjp.or.jp/mekongcenter/dtmjp.html" target=new>http://www.mmjp.or.jp/mekongcenter/dtmjp.html
著者の在日ベトナム人を紹介しているサイトです。
この漢字辞書は一つの漢字に日本語・中国語・韓国語・ベトナム語の読みが付せられて
います。旅行中の会話なんかにも役立ちそうな体裁でした。

469 名前:香具山の光:2003/10/16(木) 15:36 ID:RID6wR7E

http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064336195/l50" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064336195/l50
ハングル板の「.【謝ることなど】日韓歴史認識スレ15【ない】」にまたまたさんちゃんが
困ったものを持ち込んでくれたのでお知らせいたします。
http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://www.tangun.com/news.html" target=new>http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://www.tangun.com/news.html
「ダックと檀君
モンゴル語 Tengri , トルコ語 Tangri そして檀君Tangunに対する国語ダングゴ−ルは
すぐ大喝としておこる頭でダックです. 頭はすなわち頭を言います.
頭は脳脳がある部位として脳は自らは動かない中身と心のすべての部分を漏れ無く統制します.
このような概念は大宇宙の北極星が自らは動かない中すべての別意中心になって,
太陽系の太陽が自らは動くのない中に太陽系の中心になる原理のようです.
脳脳 すなわち頭,頭,モンゴル語 Tengri , トルコ語 Tangri そして国語当故を,
檀君Tangunの持つ意味がすぐ自らは動かない中にすべての動きの中心になる存在です.(略)
中央アジアの天産天山の現地名前は Mt. Han-Tengriです. おこる白頭山のような意味として明るい頭山です.
国語 '頭'は 'ダック'で減らして使われてこの二つ化すれば 台大または泰太に適用されます.
全国の限りない台大と泰太の地名は皆頭,頭,モンゴル語 Tengri, トルコ語 Tangri そして檀君Tangunの
概念で見て無理がないのです. すなわち中心になる山,着,島等を象徴します.
太白山と言う(のは)すなわち頭-明るい山です. これは白頭山が明るい-頭山という意味のような概念です.
我が国と中国の太白山,泰山等は皆頭山であることです.
檀君Tangunは儒教のこの理,仏教の球空,道教の大根無のような存在としてすべての気気と色色科儒有の
中心になる存在です.
すなわち台風の中心である台風の目のような存在として 64掛意中心な太極のような存在です.」
韓国語原文はこちら。
http://www.tangun.com/news.html" target=new>http://www.tangun.com/news.html
信じがたいとお思いでしょうが、ハン板のさんちゃんはこのサイトを我々に示して
檀君の実在を信じさせることができると思ってたみたいです。

470 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/18(土) 04:41 ID:OClkHT3M

>日語商売さん

 ただ今下記のスレにて、檀君神話の絡みからこの「檀」の正体とは
何かという話題が派生し、「檀」と「衛矛」と「マユミ」の関係が取り沙汰
されているのですが、なにぶん中国語の専門家が不在なため、現在
膠着状態に陥っております。日語商売さんにはぜひ専門家の立場で
ご参加下さいますれば幸いです m(_"_)m。

.【謝ることなど】日韓歴史認識スレ15【ない】
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064336195/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064336195/

471 名前:日語商売:2003/10/18(土) 19:16 ID:LjXUYk6E

>>470
なんか向こうのスレが新スレ移行中のためこちらに書きます。
よかったらコピペしてちょw

で、「檀」と「衛矛」と「まゆみ」の関係ですが、
『大漢和辞典』では檀のことを「木の名。まゆみ。衛矛科の落葉灌木云々」としているので
思いっ切り信じてしまいそうになりますけど、三省堂の『漢辞海』では、
「古書において「檀」が指す木は多種あり特定しがたいが、ふつうはマメ科の落葉高木の黄檀
(ビャクダンの一種)を指す」
とあって、どうも単純には言い難いようです。
詩経に出てくる「檀」の解説には、「檀木は皮が青くつやがあり、ガマズミと似ている、
またホオノキにも似ている」とありますので、ホオノキはともかくガマズミとマユミは
似ていなくもない(科は違いますが)ですから、今のマユミの類と考えることもできますねぇ。
じゃあ後世ではどうだったのか?
『広韻』「檀、木也(あとは地名と姓の解説が延々)」
『古今韻会挙要』「檀〔説文〕木也、从木亶聲(さっきの詩経の解説の引用、あとは地名と姓)」
てわけで、植物についての詳しい説明がありましぇんw
ってわけで、何とも特定ができないようです。お力になれずすみましぇん。

ちなみに手元の小学館『中日辞典』では、「マユミ」にあたる中国語は、
「衛矛、桃葉衛矛、白杜、土苓樹、明開夜合」とありました。
衛矛はニシキギのことで、マユミとはちょっと違うようですね。あとはよくわかりません。

472 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/18(土) 19:39 ID:OClkHT3M

>>471 日語商売さん

 早速コピペさせて頂きました。感謝感激雨霰で御座りまする。
もし宜しければ、今後ともうちのろくでなしの宿六のさんの面倒を
見てやって下さい。

.【証明できぬが】日韓歴史認識スレ16【諦めない 】
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1066454986/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1066454986/

473 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/21(火) 01:32 ID:EIBwtKoY

折角だから日本側からの電波を一つ

「唐」「韓」の訓読み「カラ」の語源は「加羅」だというのが定説で、
「加羅」という実在した小国の固有名詞が、その意味を変化・拡大させて
次第に「半島(南部)の国、王朝」→遠い外国→「中国、シナ」の意味に
なった、ということになっている。
いっぽう「呉」の訓読みの語源は「日の暮れる方向」にあるからとも、
また朝鮮語の「文采」からとも、また「句麗」からとも言われる。いずれ
にせよ定説はない。「暮れ」はやや民間語源臭い気もする。
呉については、「カラ=加羅」の定説が正しいとすると、「クレ=句麗」
の説に惹かれるが、いかんせん、「呉」は昔から華南系の王朝で、句麗
(高句麗)では日本からの方向が違いすぎる。

だがここでいったん定説を黙殺して、民間語源、語源俗解だけで突っ走って
みよう。「クレ」も「カラ」も純粋な和語であるとする独断から出発して
みるのだ。「クレ」の語源は「暮れ」であり、「カラ」の語源は「か(彼)
+ら(場所)=向こうの土地」の意味であると。当然、「加羅」はその和語
を漢字表記したものであり、「句麗」も同様なのだ。半島は南部も北部も、
もともと列島出身の和人=倭人が住んでいた土地だったのだ。

ああ、朝鮮と関わるとこんなふうに脳をやられるという実例を見せてしまったヨ。




474 名前:addicted to korea:2003/10/23(木) 00:49 ID:bELaqSOI

>>473
む、とても論理的で素敵な仮説と思った漏れは、逝ってよしですか、そうですか…(´Д`;)。

475 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/23(木) 01:10 ID:zu/43AiQ

>>474
> だがここでいったん定説を黙殺して、民間語源、語源俗解だけで突っ走って
> みよう。「クレ」も「カラ」も純粋な和語であるとする独断から出発して
> みるのだ。「クレ」の語源は「暮れ」であり、「カラ」の語源は「か(彼)
> +ら(場所)=向こうの土地」の意味であると。当然、「加羅」はその和語
> を漢字表記したものであり、「句麗」も同様なのだ。
という発想であれば、
半島に拘らず、「海の向こうはみんな”カラ”」と思っていた。
と考えるほうが自然な気がする。

476 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/23(木) 01:36 ID:OOsqnKhc

>>474

 愚かな。そういうカラクリになっているということに気付くべきですね

 マジレスすると、平安〜鎌倉期のアクセントで見ると、「カラ(韓・唐)」は
低高型ですから低起式アクセントであるのに対して、「カレ(彼)」は高低型、
「カ(彼)」も下降調のようですから高起式アクセントということになり、語源
の同じ語はアクセントの高起・低起の式が一致するという金田一法則に
抵触してしまうので、同語源であるとは考え難いのです。尤も、「クレ(呉)」
と「クレ(暮)」の方はどちらも高高型なので、残念ながらアクセントでは
否定出来ないんですけどね。

477 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/10/23(木) 01:59 ID:W9v5zV12

赤い鳩(アピル)を思い出すなぁ…池上僚一はカコイイんだが。

478 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/23(木) 02:17 ID:dvBXcnr.

古事記や日本書紀の天孫降臨の条にみえるカラクニ、ムナクニは
たんに西の方をあらわす言葉。まとめていうとムナカラでつね。これは
たんに東を意味するヒノモトの反対語ということになりまつ。

だから、チャーチワードのいう中米の古代文明の「カラ帝国」はアトランティスからみて名付けたものだし
ムー大陸も「ムナ」と同源で、アトランティスやアメリカ大陸からみて名付けたもの。

電波なら電波らしく、これぐらいは軽くぶちかましましょう(怒

479 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/23(木) 02:17 ID:OOsqnKhc

>>476

 むぅ。「カラクレ」とした方がよかったかな(w。


>>477 tenpuraさん

 池上遼一と言えば、ウリはやっぱり「男組」ニダ! 太極拳に五家宝連、
最高ニダ! 何やようわからんけど中国拳法って凄いものらしいという
イメージがこの作品によって植え付けられたような気がするニダ。

480 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/10/23(木) 02:38 ID:W9v5zV12

赤い鳩(アピル)で検索してみたら、このスレにピッタリの本が。
参考文献だったらしい。
ちょっと読んでみたい。

http://www.fukkan.com/vote.php3?no=9509" target=new>http://www.fukkan.com/vote.php3?no=9509
「大和民族はユダヤ人だった 」
著者名 ヨセフ・アイデルバーグ
出版社 たま出版
ジャンル 趣味・スポーツ
登録日 2002/05/02 17:02:05
オーナー オーナー不在
内容 出エジプトから日本への道

>>479
娜々志娑无ソンセニム

男組がカコイイのは認めます。ですが、中国武術に関する
男組の信憑性は赤い鳩(アピル)における日本民族の起源と同じくらいの
信頼性ではないかと思うニダ……チョブ。



481 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/23(木) 03:00 ID:uhDqO11A

「赤い鳩(アピル)」にかんしていえば池上遼一はどうでもよくて
小池一夫でしょ。あの人は大昔から一貫して電波トンデモ大好きな人でつ。
仕事ではしかたなくいやいややるネタは大ヒットするけど
本人が入れ込んだネタは必ずこけるというジンクスがありまつ。(「赤い鳩」もその一例)

「大和民族はユダヤ人だった 」 ←これを知らない世代がいるのか…。
日猶同祖に、重要な新ネタを提供した迷著(w)なのだが…。
(2002年はネットオークションにブツを登録した年でしょうが初版はずっと古い本でつ)

482 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/10/23(木) 03:30 ID:W9v5zV12

>>481
2002年は「復刊ドットコム」の登録日です。
タイトルだけは聞いたことがあるのですが、読んだことない本なのです。

483 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/23(木) 14:50 ID:QdLoqwFM

http://www.kansai.gr.jp/yukarinochi/fukui.html" target=new>http://www.kansai.gr.jp/yukarinochi/fukui.html
>若狭と言う地名はワカソ(朝鮮語で行き来)に由
>来し、古代には朝鮮半島から多くの渡来人が来て
>いたといわれています。

あからさまに怪しい説ですね。
ワカソってどの時代の朝鮮語なんでしょうか。

484 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/26(日) 02:16 ID:aIiAP0jA

http://j2k.naver.com/k2j_frame.php/japan/hanbat.cnu.ac.kr/%7Eyhyun/choyongjin.htm" target=new>http://j2k.naver.com/k2j_frame.php/japan/hanbat.cnu.ac.kr/%7Eyhyun/choyongjin.htm

この助教授は電波でしょうか?
これを見ると韓国人の気質は先天的なもののみたいなのですが

485 名前:貴須王の孫:2003/10/28(火) 01:29 ID:0N6EOa6M

日本書紀を調べていて、またまた疑問点がでてきますた。
今度は仁賢六年秋九月の条。日鷹の吉士が高麗に使者としておもむいた時、
(たぶん従者として)いっしょに高麗へ行った男の妻が港で泣いて言った言葉。

 於母亦兄 於吾亦兄 弱草吾夫忄可怜矣  ( 左の文中「忄可」で一字。忄=立心偏に可)
〔私の母にとっても兄であり、私にとっても兄である。やさしい私の夫は、
  ああ遠方に行ってしまった〕 【井上光貞監修・日本書紀より】

この後に続く小字二行の注釈部分に、「於母亦兄 於吾亦兄」の音として
「於慕尼慕是、阿例尼慕是」とあるのですが、これが「オモニモセ、アレニモセ」
という音であれば、現代の朝鮮半島で使われている母の意味の「オモニ」とは
関係があるのでしょうか? 
以前、雄略紀の項の母について「ハハ・ハバ」という音であったことをご教示頂いた
のですが、このすぐ後の時代の仁賢紀で母=オモニ?? という部分が出てきて、
ちょっと疑問がわいてきました。

娜々志娑无先生、どうかよろしくお願いします。

486 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2003/10/28(火) 06:42 ID:Hm01rGqM

>>479
「男組」、後になって読み返す(最近、ビジネスホテルがわりに使った漫画喫茶で)と、
いわゆる部落民を代表するキャラクターが楠某となっていて、
全然スレと関係無いんですが、杜山悠著の楠正成を思い出しますた。
多分、絶版でしょうけど.....

487 名前:ケムール人 ◆9s/SSlUk:2003/10/28(火) 15:39 ID:gSc3qkNs

文庫になってるストレインが面白かったニダ。

488 名前:ケムール人 ◆9s/SSlUk:2003/10/28(火) 15:50 ID:gSc3qkNs

「男組」を今読むと、池上良一って絵がヘタだねえ。


489 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/28(火) 20:04 ID:iiBAw8Gs

>>483
>ワカソってどの時代の朝鮮語なんでしょうか。

 私は朝鮮語が話せないので間違っているかも知れませんが、『李朝語辞典』
によれば、「来る」「行く」の中期朝鮮語はそれぞれ「o-ta」「ka-ta」でしたから、
その複合語は「o-ka」ないし「o-a-ka(aは複合動詞を構成する語尾)」という
語形になりそうな感じです。この中では、後者が比較的ワカと近い語形である
と言えなくもありませんね。しかしながら、語末の「ソ」はわかりませんね。似た
ものとしては、近代語の命令法語尾の「-so」くらいしか思いつきませんが、
いずれワッソあたりからヒントを得たものなんじゃないかと思いますがね。


>>484

 う〜ん、どうでしょ。この方、美術系のセンセイみたいですが、言ってることは
ほとんど「カオロジー」の世界ですな(w。

490 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/28(火) 20:04 ID:iiBAw8Gs

>>485 貴須王の孫さん

 「オモ(母)」は『日本書紀』のこの箇所だけでなく、他の箇所(神武紀)や
『万葉集』などにも登場する語です。類義語の「ハハ(母)」との違いはよく
わかっていませんが、「チチ(父)」と組み合わせる場合には「ハハ(母)」は
常に「チチハハ(父母)」の順となるのに対し、「オモ(母)」は逆に「オモチチ
(母父)」の順になるという違いがありますので、「オモ(母)」は母系制の
名残を留める親族語彙ではないかと言われています。

 一方、朝鮮語の「'っmっni(母)」は中期朝鮮語では「'∂ma-nim」という
語形ですが、後部成素の「nim」は日本語の「〜様」に相当する接尾辞で
すので、実質中期語の「母」に相当する語は「'∂ma」ということになります。
現代朝鮮語に比べると古代日本語の「オモ(母)」との類似度は多少落ち
ますが、まぁ似ていることは間違いありませんね。将来朝鮮語と日本語と
の間で親族関係を云々しようと思うなら、本語はまさにうってつけの語と
言えましょう。尤も、総じて「母」を意味する親族語彙は、言語の種類を
問わずmやpなどの唇音系の語であることが多いので、あまり強くも言え
ないというのが実情ではないかと思います。

491 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/28(火) 21:19 ID:u8va0KhY

>>489
えっ!?ウリはカオロジー大好きなのにぃ。アイゴー!

492 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/29(水) 00:22 ID:6dFK3/gc

>>490
横レススマソ
> 『万葉集』などにも登場する語です。類義語の「ハハ(母)」との違いはよく
> わかっていませんが、「チチ(父)」と組み合わせる場合には「ハハ(母)」は
> 常に「チチハハ(父母)」の順となるのに対し、「オモ(母)」は逆に「オモチチ
> (母父)」の順になるという違いがありますので、「オモ(母)」は母系制の
> 名残を留める親族語彙ではないかと言われています。
これどこかで読んだことがあります。
母屋を「おもや」と呼ぶように、かなり基本的な(生活に密着した)語のようですね。

>  一方、朝鮮語の「'っmっni(母)」は中期朝鮮語では「'∂ma-nim」という
> 語形ですが、後部成素の「nim」は日本語の「〜様」に相当する接尾辞で
> すので、実質中期語の「母」に相当する語は「'∂ma」ということになります。
オモニは「おかあさん」オンマーは「おっかあ」に対応する感じでしょうか?

> 言えましょう。尤も、総じて「母」を意味する親族語彙は、言語の種類を
> 問わずmやpなどの唇音系の語であることが多いので、あまり強くも言え
> ないというのが実情ではないかと思います。
中国語でも母のことをマーマといったりしますね。
ここで唐突に
「ちゃっぷいちゃっぷい。どんとぽっちい」
というCMを思い出してしまいました。
ひょっとして、「母(ハハ)」もその前は「パパ」と発音していたんでしょうか?

>>485
「おも」よりも「母娘どんぶり」的な内容のほうに反応してしまった・・・

493 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/29(水) 01:17 ID:c6M1G7rE

>>492
>母屋を「おもや」と呼ぶように、かなり基本的な(生活に密着した)語のようですね。

 オモヤの語源については「母屋」「主屋」「御身屋」の諸説がありまして、
実は定かではないのです。

>ひょっとして、「母(ハハ)」もその前は「パパ」と発音していたんでしょうか?

 その通りです。少なくとも平安〜江戸極初期までは[ΦaΦa]ないし
[Φaβa]に近い発音だったことが、悉曇資料やキリシタン資料その他
の分析から明らかにされています。かなで示せば「ファファ」「ファブァ」
だったわけですね。奈良時代はちょっと微妙なのですが、それ以前は
[papa]ないし[paba]だったと推定されています。なぜそのように推定
可能かと言うと、日本語には唇音退化の傾向が強く見られるからです。

 唇音退化とは、人間の本能とも言うべき発音労力節減の欲求から、
発音する際に唇が次第に使われなくなってゆく傾向のことでして、現象
そのものは世界中の言語に見出されるのですが、とりわけ日本語は
その傾向が著しいことで知られています。唇音で言いますと、p(両唇
破裂音)はいったん両唇を閉鎖した上で勢いよく息を吐き出さなくては
なりませんので、発音労力が大きいのに対して、f(唇歯摩擦音)やΦ
(両唇摩擦音)はそれよりも少ない労力で発音可能です。更にh(声門
摩擦音)になりますと、唇の閉鎖すら不必要ですから、労力はぐっと
小さくなるというわけです。

 日本語以外の言語を例に出しますと、黄道十二星座の一つ・双魚宮
は古代ギリシャ語でPiscesと言いますが、これは現代英語のfishes
に相当するものです。現代英語のfと、その祖語に近い古代ギリシャ語
のpとが対応しているわけですね。このような傾向が存在することから
逆算すれば、現在fないしΦである子音は、かつてはpだったと推定する
ことが可能になってくるという次第。そんだこんだから、私の業界では、
「パパは昔はママだった」ということばが、知る人ぞ知る笑えない笑い話
として代々言い伝えられていたりします。いやほんと(pu。

494 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/29(水) 01:46 ID:fAWFtmnA

それいうなら「ママは昔はパパだった」でそ。

あと中国語のママ「[女馬]々」は洋語なのでは?

495 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/10/29(水) 02:03 ID:c6M1G7rE

>>494
>それいうなら「ママは昔はパパだった」でそ。

 しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
極重習(ごくおもならい)の秘伝の文句を誤ってしまうとは…。
言いだしっぺの北原保雄先生(だったと思う)、御免なさい。

   ∧_∧   も う だ め ぽ
  <丶TД⊂ヽ
 ⊂    ノ
  人  Y
  レ 〈_フ

496 名前:494=鄭聲之:2003/10/29(水) 05:53 ID:b9.0.gXU


そんなに大袈裟なリアクションしなくても。夜中の2時に。

…とこんな時だけハンドル出す鄭聲之でした。いつもお世話様でつ(^^;)

497 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/29(水) 10:54 ID:RDFlp1wk

「兄(あに)」「妹(いも)」はベトナム語の anh、em と関係がある
という話を聞いたことがありますが信憑性はどうでしょうか。

anh[アン、アニュ] : 兄;(親密な男女間で)男の自称、女からの対称
em[エム] : 妹、弟;(親密な男女間で)女の自称、男からの対称

たしかに意味と形は似ている。

498 名前:ケムール人 ◆9s/SSlUk:2003/10/29(水) 21:07 ID:RlEzPTqw

終わったな、学者として・・・・

499 名前:鄭聲之:2003/10/29(水) 22:23 ID:0PJIWDmU

学者として終わった場合には、とんでも系歴史本ライターとして
お気楽にひともうけする道が残っております。

500 名前:Seosomun ◆57aYuBt.:2003/10/29(水) 22:52 ID:GVF3eSuw

娜々志娑无先生もOFFにいらっしゃらないかな。

501 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/30(木) 00:27 ID:QA8Eytuc

オフ会なんてやってるの?

502 名前:ケムール人 ◆9s/SSlUk:2003/10/30(木) 01:21 ID:6PYIlxF.

何処でもいつでもやってる。

503 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/30(木) 02:23 ID:Htwf6QeA

無意味で糞つまらんツッコミNO THANK YOU

504 名前:ケムール人 ◆9s/SSlUk:2003/10/30(木) 02:42 ID:6PYIlxF.

じゃ、ばいばい。

505 名前:貴須王の孫:2003/10/30(木) 02:54 ID:hhU07ubI

娜々志娑无先生どうもありがとうございました。いつもご丁寧な教示をいただきまして…。
うむー、母系制の名残かあ。妻通い婚(夜這い婚?)もいちおう調べては来ましたが、
言葉までは…。
そもそも、くだんの条で「オモニモセ、アレニモセ」と泣いていた女性(飽田女サン)は祖父が
半島系くさい名なんですよね。それでまあ、「やや、これはもしや日本語の中に朝鮮語が?」
と(安易に)考えたわけで。

この物語、ご存じない方もいらっしゃると思うので、>>492さんが反応された、という
「母娘どんぶり」の系図を下に掲げておきます(笑)


韓白水郎畑(からまのはたけ。畑は実際には田編に漢の右側の作りの字だが、読みはハタケ)
  ┃┃
  ┃┣━━━━━哭女(なくめ)
難波玉作部鯽魚女 ┃┃
      (ふなめ).. ┃┃
      ┃┣━━).┃┃(━━ 麁寸(あらき)
      ┃┃.    ┃┃     ┃┃
      ┃┃.    ┃┣━━━飽田女(あくため) ←彼女が泣いていた。
    住道の山杵(やまき)

つまり「母にとっても兄、私にとっても兄」というのは、飽田女は夫の麁寸とは
異母兄妹であり、母の哭女と麁寸の関係も異父兄妹という、ちょっとヤヤコシイ
関係なのです。むろん飽田女の麁寸をさして言う「兄」とは夫の意味もあるのでしょうが。

…うーむ、今度のオール読み物新人賞には、この物語を書いて応募してみるかな(萌〜)

506 名前:492:2003/10/30(木) 13:13 ID:nVmfBfo.

>>494
外来語なのか・・・

洋語だとすると、本来は何と呼んでたんでしょうね?
ちょっとぐぐってみたけど、他の言い方は見つからなかった。

あ、「母」ではなく「おかあさん」に対応する幼児語的なほうの呼称のことですが。

>>505
おもしろそう。
この時代は資料そのものが少ないから、妄想大爆発の巻を期待します。

507 名前:名無しさんはポシンタン:2003/10/31(金) 23:57 ID:7IbmMJ5I

そういや、「ばば(婆)」も語源はパパなんでつか?
それとも、ばばぁ、と語尾を伸ばすから、違う語源なんですかね。

508 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/11/01(土) 01:56 ID:sJbMWCoM

>>507

 そうですね。ぶっちゃけて言ってしまえば、「ババ(婆)」「ヂヂ(爺)」は
「ハハ(母)」「チチ(父)」から派生した語と言ってよいでしょうが、その経緯
は少々複雑です。以下、時代を追って順に説明すれば次の通りです。

 上代以前の原始日本語の頃のことは推測に頼るしかありませんが、
恐らく父と祖父、母と婆の区別はなく、それぞれ「チ」「ハ」と呼んでいた
と私は推測しています。「チ(父)」は上代にも用例があり、既に男性の
敬称と化していますが、総じて親族語彙には同音反復のものが多いと
いう特徴がありますので、この「チ(父)」が「チチ(父)」の古形であること
はまず間違いないものと思われます。「ハ(母)」も単独例こそないものの、
「チチ(父)」同様「ハハ(母)」も同音反復になっていること、また「イロ-ハ
(実母)」「ヲ-バ(小母)」という複合語の例があり、「古語は複合語に残る」
の経験則により「ハ(母)」を古形として分析することは十分可能です。

 一方「祖父」「祖母」はと言うと、上代以降、古形「チ(父)」「ハ(母)」に
形状言「オホ(大)」を冠した「オホヂ(祖父)」「オホバ(祖母)」という語が
使用されました。両語は平安後期にはハ行転呼(語中のハ行がワ行に
なる現象)を起こして「オオヂ(祖父)」「オオバ(祖母)」に、鎌倉以降は
長音化して「オーヂ(祖父)」「オーバ(祖母)」となりましたが、ここに来て
大きな問題が発生しました。室町以降、京都を中心とする上方地域では、
一音節名詞を除き、長音が短く発声される傾向が強かったのです。その
ため、時に「オヂ(祖父)」「オバ(祖母)」のようになってしまいがちでした。
しかし、そうなると同じ親族語彙である「オヂ(叔父)」「オバ(叔母)」との
区別が付かなくなってしまって大変宜しくありません。恐らくはそのため
でしょうね、「オヂー(お爺)」「オバー(お婆)」なんて言い方が生まれたり
もしましたが、これとて長音であることには変わりありません罠。とにかく
このままでは非常に(・A・)マズーな状態だったわけです。

509 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/11/01(土) 01:56 ID:sJbMWCoM

 さてその一方で、中世日本語(院政〜室町)には古代日本語と異なる
大きな変化が生まれていました。古代においては比較的曖昧な存在で
あった清濁の対立が、日本語の内部においてより明確なものになって
いったのです。「バラ(薔薇)」「ブチ(斑)」のような語頭濁音の語彙が存在
を許容されるようになったのもそのおかげですが、ともあれ、清濁の対立
が明確化した結果、濁音には清音と違った特殊な意味が付加されるよう
になったのです。

 例えば、擬声語・擬態語のトントンとドンドン、スルスルとズルズルのよう
なものを思い浮かべて頂ければおわかりになるように、清音には〔弱い、
細かい、美しい、軽い、上品…〕といったイメージがあるのに対し、濁音には
〔強い、粗い、汚い、重い、下品…〕といったイメージがどうしても付きまとい
ます。そのような特殊な効果を得ようとして、清音をわざと濁音化させると
いうことも次第に行なわれるようになったのです。この清濁の対立を利用
して「チチ(父)」と「ハハ(母)」から生み出されたのが「ヂヂ(爺)」と「ババ
(婆)」というわけです。子供から見れば、祖父母は父母のようではあっても
決して父母ではありません。悪く言えば亜流・偽者に過ぎませんからねぇ。
それに、当時祖父・祖母の意味で使われていた「オーヂ(祖父)」「オーバ
(祖母)」にも濁音が含まれていたことも濁音化を後押ししたものと思われ
ます。ちなみに、その時期は文献の用例から見て江戸初期のことでしょう。

510 名前:名無しさんはポシンタン:2003/11/01(土) 17:21 ID:rO8IRgvI

娜々志娑无先生、497の兄と妹についてもコメントお願いできませんか。

511 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/11/01(土) 22:29 ID:fNx9Kh.2

>>510

 ヴェトナム語はまったくの専門外でして、ろくに知識もありませんから
コメントしづらかったのですが、一般論として、少数の語だけを取り上げ
て似ているから同系云々ということは言えません。体系として比較して、
その上で、例えば音韻対応が認められるとか、文法体系が似ているとか
主張するというのであればよいのですが、さすがにこの2例だけでは無理
でしょう。以下は『言語学大辞典』の記述です。

 一方、これらの中国語からの借用語によるヴェトナム語と日本語の類似
点以外に、より基層の部分でのヴェトナム語と日本語の類似を指摘した
学者があった。それは民族学者松本信広で、すでに1928年の論文の中
で、以下にあげるようなヴェトナム語の語彙を、日本語の語彙と対比させ
ている。ここにあげた語は、そのほんの一部である。

 <手タイー>tay  日本語 テ、タ
 <目マット>mat  日本語 メ、マ
 <木カイー>cay  日本語 キ、コ
 <子コン>con  日本語 コ

 しかし、これらは単なる音的類似の指摘に留まり、体系的な比較にまでは
進展していない。ヴェトナム語を含めたモン・クメール語族の祖語復元の
作業が進み、日本古語との全面的比較が可能になれば、さらに興味深い
事実が浮かび上がるかもしれない。

512 名前:名無しさんはポシンタン:2003/11/01(土) 23:33 ID:zD3HY00I

東南アジアとの類似でいえば、ビルマ語との類似の方が有名なのでは?

513 名前:住吉屋:2003/11/09(日) 03:35 ID:gl/jWuuc

>492です
ちとコテハンを名乗ってみる。

で、話の腰を折って申し訳ないですが、
ふと疑問に思ったことを聞いてみます。

よく、韓国語にはFの発音が無いと言われます。
自分も韓国人が珈琲のことをコピというのを実際に聞いています。

でも、考えてみると
「火病」とか「花郎」とかの、ハン板でも有名な言葉に、
明らかに「ファ」音が入っていますよね?

そのへんのことをご存知の方がいらっしゃったらリップルちょっと。
既出の話題だったらスマソ

514 名前:日語商売:2003/11/09(日) 04:12 ID:7pahZ7ek

>>513 住吉屋さん
あれは実はfとか日本語の「フ」の音じゃなくて、hw- って音なんです。
hの音と唇を丸くするのが続くので、日本人にはファ行の音に聞こえますが、
韓国語では一つの子音じゃなくてhとoまたはu(実際には半母音のw)のくっついた音です。
なお半母音wはハングルの書き方の規則で、aやεの前ではo、それ以外の前ではuで書きます。

ちなみに韓国語では原則的に英語などのfはphで書きますが(コピがそれ)、
最近たまにhwで書いてるのも見かけます。
fighting はphaiting(パイティン!てやつ)が多いのですが一部 hoaiting と書いてるのも見かけるし、
ファミリーマートは huemirrimateo とハングルで書いてあったりします。

515 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/11/10(月) 20:53 ID:DadFrPg6

某所の飲み会で騎馬民族説とか、高句麗あたりの妙な話をする人が
いたので、「古代朝鮮語は未解明であり、不明である」をソース付で
説明したら、「なんでそんなに専門的な知識を持っているんだ」と
言われてしまいました。

きれーなおねえさんもいたのに。


516 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/10(月) 21:29 ID:c4P4uDXQ

ソース付きって、どんなソース付けたの?

517 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/10(月) 21:29 ID:c4P4uDXQ

ソース付きって、どんなソース付けたの?

518 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/11/11(火) 18:10 ID:aNcbT5HI

飲み会だから、そうややこしいことは。
記紀の地名・人名表記(こっちに詳しい人がいて、ソースになってくれた)と
郷歌が読めていないこと、高句麗と百済が現在と同民族でないこと、文書が
残存してないことあたりをさらっとふれただけでつ。

519 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/11(火) 19:08 ID:QieHfNgA

>>518
男ばっかで騎馬民族説がどうたら、古代朝鮮語がこうたら…でギャルはどっか行く。

520 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/11/11(火) 20:08 ID:aNcbT5HI

>>519
和服のおねえさんが5人、野郎は3人でしたがなにか?
ちなみに、お水の人じゃないよ。

ギャル…ではねぇな(w

521 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/13(木) 01:48 ID:QYoGY3Co

>>520
まさか豪勢な芸者遊び?

それはともかく…本家で娜々志先生のコピペ砲が使用されました。
標的は、ほぼ轟沈のもようです。一定期間で懲りない連中が出るもんですな。

奈良はウリナラのナラ
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1068307519/l50" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1068307519/l50

522 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/11/14(金) 02:08 ID:MDntw2ss

はっ。
俺達はひどい思い違いをしていたようだ。
(AA略)
檀君というのは、やはりダゴンからの転訛だったんだよ!
韓国人がかつて「深きものたち」と言われていたころには、
はるかに支配領域が広かったんだ!


523 名前:阿木林:2003/11/25(火) 12:-13 ID:ntLF3rLc

記念パピポしてみます。
>>512
日本語とビルマ語との類似、というのも難しいんですよ。
今の時代のビルマ語と比較すると確かに似ている部分もあるんですが、
古い時代のことが朝鮮語ほどではないにせよ、あまりわからない。
ビルマ語と日本語のご先祖が、古代の江南地域や東シナ海の沿岸に
存在したという証拠を立てるのは至難の業です。
モン・クメールにしても同様でして、華南の基層言語であるという説を
とる人もいますが、現時点ではその証拠も非常に希薄です。

斉人(東夷)の言語と古朝鮮語の類似の可能性を探れば面白いかも
しれませんが、可能性は薄そうですし。

524 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/25(火) 15:-17 ID:WOLnUu5A

>斉人(東夷)の言語と古朝鮮語の類似の可能性を探れば面白いかも

春秋戦国の斉人は「秋」をアキ(漢字2文字)と言っていたそうですね

525 名前:名無しさんはポシンタン:2003/11/27(木) 19:28 ID:qRjQMXBM

インド・ヨーロッパ語族、9千年前のトルコが起源?
http://www.asahi.com/science/update/1127/001.html" target=new>http://www.asahi.com/science/update/1127/001.html

中央アジア、インドから欧州ほぼ全域にまたがる大言語グループ「インド・ヨーロッパ語族」の起源が、
約9千年前のトルコの農耕民族の言語にさかのぼることが、共通単語の多さにもとづく言語間の近縁関係
の分析により有力になった。DNA配列の類似度から、生物種が枝分かれしてきた道筋を明らかにする
系統分析を応用した成果。27日付の英科学誌ネイチャーで発表される。言語研究の手法に一石を投じそうだ。
取り組んだのは、ニュージーランド・オークランド大のラッセル・グレー博士ら。6千年前のロシアの遊牧民
の言語が起源とする定説を覆した。
印欧語族の87言語を対象に、基本的な2449個の単語について、互いの間に共通語源を持つものがどの
程度あるかを調べ、言語間の近縁関係を数値化した。
これをコンピューターで統計処理し、「言語の系統樹」を作成。時間軸は、考古学などから得られた年代も
参考にしてはじき出した。
この系統樹によると、まず約8700年前、トルコ付近にいた農耕民族「ヒッタイト」の言語が登場した。
その後、7千年前までに、ギリシャ語を含むグループやアルメニア語を含むグループが分かれ、5千年前までに、
英・独語、仏語などにつながる数グループができた。

<言語の進化に詳しい新潟大の大西耕二・助教授(進化生物学)の話> 
生物学の最新の系統分析の理論を言語学に応用することは、10年ほど前に発案されたが、本格的に適用された
のは初めて。今後の比較言語学の研究の方向に影響を与える成果だ。


526 名前:昆虫学徒:2003/11/28(金) 04:21 ID:dCU3K4yc

>>525
ソフトは何使ったのかな。無難にPAUPだろうか?
でも言語を形質とする場合、形質状態の比較や形質状態の変化の流れの確定
とかしなきゃいけないからすごい大変な作業だったろうなぁ・・・・・・
またそれだけの処理をするとなるとやっぱり客観性が多少なりとも失われる
から、今後いろんな異論、反論が出てくるものと予想。
今度暇だったらNature読んでみよう。

527 名前:阿木林:2003/11/28(金) 09:06 ID:IyMbO2EM

>>524
それ、ソースが分かったら是非教えてください。
「楊子方言」かと思って調べてみたけど、「秋」を意味する語彙は
収録されていないようです。

今朝は時間がないのであとでまとめますが、日本語をタイ・カダイ
語族の一語支として考える説がベネディクトによって唱えられてます。
これによってベトナム語と日本語の共通語彙が説明できるのですが、
電波の域はでていないw

528 名前:阿木林:2003/11/28(金) 14:-13 ID:IyMbO2EM

今職場に戻ってまいりました。
「楊子方言」とは漢代にまとめられたという「方言」という書物のことで、
伝承によれば楊雄という人によってまとめられたことになっています。
「方言」とは言っても、「方」という字の古い意味が「異民族」であり、
当時シナ大陸各地で話されていた言語は、いわゆる「漢語」とは
恐らく系統を異にする言語群であったろうといわれています。
100あまりの語彙について、各地方での発音を「漢字で」記してある
のですが、実は当時の朝鮮や、「燕北地方」(今の内蒙古から満洲)
にかけての言語も多く収録されています。
ただし、あまりに断片的な資料であるため、これらから当時の言語を
再構したり、後の高句麗語などとの関連を探ることは困難を極めます。

この『方言』では、「知、宋魯之間曰<哲>」(知を、宋から魯にかけて
は<哲>という)のような形になっています。また「東斉地方」の言語は
ほかと大きく異なっていたことを伝えてくれます。
「息、東斉曰<[口四]>」なんてのが有名ですね。
あと、「虎、楚曰<李父>或<於兎>」というのがあるのですが、
(兎には草冠がつきます)
李父は現在の「土家語」に通じる形であるとされています。
<於兎>と日本語の「とら」の関係も指摘されており、
森鴎外の息子の名前は<於兎>と書いてオットーと読ませるとか。

529 名前:阿木林:2003/11/28(金) 14:03 ID:IyMbO2EM

タイ・カダイ諸語というのは、タイ語族の中に、系統がややはっきりしない
カダイ諸語を含めたものです。コラオ語やテン語などが有名です。
これらの言語と、北は台湾やハワイから南はニュージーランド、西は
マダガスカルから東はイースター島まで広がる、巨大な巨大な
オーストロネシア語族の基礎語彙には、いくつか共通すると
みられるものがあります。

たとえばオーストロネシア語の多くで目は/mata/ですが、
タイ(シャム)語では/taa/という形をとります。
オーストロネシア語の多くでは食べることを/kaen/といい、
タイ(シャム)語では食べ物を/kiin/といいます。(ややうろ覚え)
これは、タイ・カダイ諸語とオーストロネシア語族の源郷が、
近い地方にあったことを意味するのではないか、という説があり、
その候補地の一つが華南地方です。華南地方から東南アジアに
広がったのがタイ・カダイ諸語であり、台湾・フィリピンを橋頭堡に
世界の海へ広がったのがオーストロネシア語族ということになります。

最近は第3の方向に広がった語群として、「日本語」を含めるという
仮説があるのです。上にあげた語彙ですと、「まな(こ)」、「くふ」が
対応語彙ということになりますね。
ベトナム(キン)語はムオン語の基層にタイ語族および漢語から
大量の借用語を取り入れて成立した言語ですので、日本語と共通
語彙があるとしたら、この仮説によって説明されることになります。

ただ、この説の弱いところは、日越共通語彙と見られる語彙は、
ムオン語の基層によると見られること。
また、オーストロネシア語が台湾から世界に広がったことの傍証
として、台湾のオーストロネシア語、特にアタヤル語派とツォウ語派
が特異な形をとることが上げられているのですが、これだけでは
言語が常に南下したという証拠にはなりません。
台湾のオーストロネシア語については多少調べたことがあるのですが、
個人的にはこれらの言語はフィリピンから北上したものだと考えて
います。

530 名前:阿木林:2003/11/28(金) 16:-27 ID:IyMbO2EM

なんか高句麗語に続けてここも涸渇させてしまった予感・・・
韓日辞書でペンデという言葉を見つけて、ちょっとハァハァしています。
ペンデポジとか、ペンデジルとかいう言葉がありますなぁ。

少し前に話題になっていた「檀君」ですが、私は「檀」の字は当て字
と見ていて、おそらくは/ddang-z-gun/(土地+君)とか、そういった
言葉からきているのだと思います。
さもなきゃ、熊女とセクースして子孫を残すなんてシャーマニズムな
お話と合致しないと思うからです。

531 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/11/28(金) 18:19 ID:iiBAw8Gs

>阿木林さん

 別にこのスレは私が回答者となるということが決まりとなっているわけでは
ありませんので、どんどんレスして下さって結構ですよ。高句麗語スレでは
迷惑をお掛けしています。Jake_USAさんには、703あたりから私がレスしても
もうレスを返して頂けないという状態になっておりまして、私に対しては随分
気分を害されておられるご様子でした。このままでは有為の人材を失いかね
ませんでしたし、そもそもの原因は私がしつこく絡んだことにあるわけですから、
しばらく書き込みを自粛していたという次第です。でもどうやら結局無駄だった
ようですが…。_| ̄|○

>檀君

 私は『三国志』や『後漢書』の東夷伝馬韓条の「天君」と何らかの関係がある
のではないかと考えています。と言っても、高麗時代に檀君神話をでっち上げる
際の材料の一つだったのだろうという程度の関係に過ぎませんけどね(藁。

532 名前:名無しさんは謝罪汁:2003/11/28(金) 23:22 ID:nVJR86fg

>>530
>「檀」の字は当て字 /ddang-z-gun/(土地+君)
>さもなきゃ、熊女とセクースして子孫を残すなんてシャーマニズムな
>お話と合致しないと思うからです。

どうなんでしょうね。
天から降りてきたのは父の桓雄ですが、父系社会の文化からいうと
檀君も「天の君」という称号が相応しいような気がしますが。
熊女本人か(もしいれば)熊女の父が「地の君」の称号に相応しいのでは?

ちなみに日本神話や高句麗神話などでは天神(または太陽神)の子が
山神(地神)の娘と交わり生まれた子がさらに川神(または海神)と結ばれ
王朝の始祖が誕生するというパターンが見られるという説があります。

>>531
>『三国志』や『後漢書』の東夷伝馬韓条の「天君」と何らかの関係