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【電波系大道芸】

1 名前:本@外郎売りver.は断念:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU

古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!

前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50

旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50

あ、さて、さてさてさてさて……

101 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 15:50 ID:lp4zXWuU

>>83 菊也 寛さん

 >>99によれば、濃音が登場したのは前期中世語(高麗語)の段階のようですね。
慶尚道方言では濃音の発音が苦手という話が本当なら、案外濃音は高句麗語の
影響によって生まれたものなのかも知れませんよ。ま、多分違ってるでしょうけど(w。


102 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 16:40 ID:lp4zXWuU

>>94 七四三さん

 国語学ではオ段長音の[っ:]と[o:]をそれぞれ開長音(開音)・合長音(合音)
と呼び、両者の発音の区別を「開合」と言います。キリシタン資料ではoに記号
「∨」「∧」を付けることによって両者を区別していますのでわかりやすいですが、
日本側の資料でも「あう」「かう」「さう」等と「おう」「こう」「そう」「えう」「けう」「せう」等
は室町時代まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがないので、
日本人もその違いを音韻的区別としてきちんと意識していたことがわかります。
しかしその区別も室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つようになり、
江戸初期には完全に混乱してしまいます。なお、新潟県中部方言などでは今も
開合の区別が残っているそうです。

 面白いのは室町後期の関東・東北・北陸の文献などではオ段長音とウ段長音
との間で表記上の混乱が見られるという点です。例えば「ちう(朝)」「ひう(俵)」
「しんせう(信州)」のような感じです。しかもよく調べてみるとウ段長音と混乱する
のは合長音の方が圧倒的に多いのです。これはこの地方の方言においては
開長音が発音上[o:]に近づいたためにそれを嫌った合長音が[u:]の方に逃げ、
その結果ウ段長音との間で表記上の混乱が生ずるに至ったものと考えられます。
開合の区別を守るためにはウ段長音と混乱することも厭わない、そういう方言も
存在したというわけです。

103 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/13(木) 17:04 ID:lp4zXWuU

>>97 奈々誌さん
>東京の地下鉄日本橋駅の発音はNihombashi Stn.と表記されていて
>大阪の日本橋はNipponbshiと発音しているのはなにか歴史的背景が
>あるのだろうか?

 橋名の歴史的背景は存じませんが、「日本」の読み方については、ニッポン
よりもニホンという言い方の方が遅れて登場することは確かですね。

>日本の発音は近世以前はすべてp音だけだったような
>気がするのだが、

 少なくとも室町時代にはもうニホンという語形はありましたよ。それどころか
ジッポンなんて言い方もありました。

104 名前:七四三:2003/03/13(木) 20:50 ID:vlDvPLLE

>>102 娜々志先生ニム

他に判断材料を持ちあわせていないので先生ニムの書込みから抜粋してみました。

(1)
>日本側の資料でも「あう」「かう」「さう」等と「おう」「こう」「そう」「えう」「けう」「せう」等
>は室町時代まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがない

(2)
>その区別も室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つようになり、
>江戸初期には完全に混乱してしまいます。

(3)
>16〜17世紀の
>キリシタン資料にアウ、カウ、サウ系の語がo∨、オウ、エウ、コウ、ケウ、
>ソウ、セウ系の語がo^で書き分けられている

(文脈からして(1)の「室町時代までは」とあるのは「室町中期までは」ということでしょうか?)

(3)の16〜17世紀というのは(2)の室町末期〜江戸初期にあたると思います。
とすると、上の3点から言えるのは、
a)16〜17世紀にはアウ系の連母音は開長音o∨へ、オウ系の連母音は合長音o∧へ変化していた。
b)長音に変化したあとでは変化前の連母音を表わす仮名遣いに混乱が見られた。
ということのように思われます。

(1)の仮名遣いが正確だった時期に連母音として発音されたか長音として発音されたかは不明で、
従って[っ:]/[o:]を意識して区別していたとまでは言えないように思われるのですが。


105 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/13(木) 23:04 ID:1SvXFSG.

娜々志先生ニム

漢字の音読みは「唐音」「宋音」など伝わってきた時の
汪兆銘~h^h^h王朝名で呼ばれますよね。
しかし
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/goonkanon.htm" target=new>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/goonkanon.htm
>日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。
という人がいるのですが信じられるのでしょうか?
それにそもそも「当時の百済の漢字音」なるものは現代日本語に残っているものなのでしょうか?


106 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 00:20 ID:RXb90Jl6

>>104 七四三さん

 開合の話をする前に連母音の長音化についてお話ししておくべきでしたね。
オ段長音そのものは平安初期には日本語の音韻として登場していたことが
「吐トウ反」(『般若経集験記』820〜860年頃)「とうか(十日)」(『土左日記』
935年)などの例から確認出来ますが、[au][ou][eu]系の連母音の長音
化はそれより遅れ、平安末期から院政期にかけてのことと推定されています。
と言うのは、この時期になると「えう」と「よう」、「せう」と「しよう」、「でう」と「ぢよう」
等の間で表記上の混乱が著しくなるからです。「えう」「よう」は本来[eu]['jou]
のような発音だったはずですから、両者の表記が混乱しているということは、
「えう」「よう」は合流して同一の音に変化したと見るほかはありません。それが
['jo:]だったかそれとも['joo]だったかは判断が難しいですが、仮に['joo]で
あったとしても、この時期にはもうオ段長音が音韻として加わっていたわけです
から、速やかに長音化して['jo:]の如き発音になっていたものと思われます。

 そんなわけで、かつて[au][ou][eu]系の連母音だったものは室町時代に
入る前に既にオ段長音化(それが[っ:]か[o:]かはともかく)を済ませており、
16世紀になって初めてオ段長音化したわけではありません。ただ、>>102
一部不正確というか曖昧な書き方になっていることは確かですね。「室町時代
まではほぼ正確に書き分けられていて混同することがない」と言いながら、
「室町中期から末期にかけて次第に混乱例が目立つ」では誤解されても仕方
がありません。最初の文は「室町初期までは…」とすべきでしたね。スマソ。

 ちなみに、「開合」は本来は漢語音韻学の用語で、円唇性の発音のものを
合口、その他のものを開口と言って区別したのが始まりですが、日本では
おおむね>>102のようなオ段長音の発音の別という意味で使用されました。
17世紀末に出版された謡曲関係の伝書では「開合」という用語を用いてオ段
長音の口の開きの違いを区別し分けなければならないことを説いています。
17世紀末と言えば開合の区別は完全に失われていた時期ですが、謡曲は
室町初期からの長い伝統がありますから、古い発音が伝承されていたよう
です。裏を返せば、わざわざこのような指摘が必要になるほど、謡曲の世界
でも開合の区別がしづらくなっていたということでもありますが。

 そうそう、キリシタン資料では開合の区別はよく守られていますが、それでも
まったく開合の混乱がないわけではなく、例えば『日葡辞書』(1603〜4年)
には「Matto^(全う)」のような混乱例があります。また同じキリシタン資料で
ある『ロドリゲス日本大文典』(1604〜8年)では、開合について解説した上で、
「日本ではこの二つ(引用者注:開音と合音)を誤ることがある」と指摘しており、
当時の京都語においては開合の区別に乱れがあったことがわかります。そう
いう意味ではキリシタン資料は開合の乱れが少な過ぎるとも言えますが、これ
はキリシタン資料がそもそも外国人が正しい日本語を学ぶための教科書的
性格を有しているからと解されます。教科書なのだから規範性が強いのも当然
です罠。おそらく当時(1600年前後)の京都の一般庶民の口語においては開合
の区別は相当混乱していたと推測されますが、それでも一部区別をする層(老人
とか貴族とか)が残っていたのでしょう。それでキリシタン達は開合の区別はきちん
と守るべきであると考え、殊更に開合の区別にこだわったのだと解されます。

107 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 01:55 ID:RXb90Jl6

>>105
>漢字の音読みは「唐音」「宋音」など伝わってきた時の
>汪兆銘~h^h^h王朝名で呼ばれますよね。

 その理解は正確ではありません。宋音はともかく唐音は唐ではなくて
明・清時代の漢字音ですし、むしろ漢音こそが唐代の漢字音なのです。

>>日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。
>という人がいるのですが信じられるのでしょうか?

 上代に日本に伝わった漢字音の中に「対馬音」というものがありまして、
欽明天皇(510〜571)の御代に、百済の尼僧・法明が対馬に来て仏教
を伝えた際、『維摩経』を読むのに使った漢字音がそれであると言われて
います。これは平安初中期の訓点資料に見える伝承ですが、それが本当
かどうかは別として、かつて対馬音と呼ばれる漢字音が存在したことは
疑う余地はありません。問題は対馬音の実体ですが、断片的な資料を
もとに推測する限り、呉音に極めて近い系統の漢字音であったようです。
そのためもあってか、中世以降はその実体を失い、呉音の別称として扱わ
れるようになりました。そういう事情がありますので、そのホームページの
ように対馬音と呉音を混同してしまうのも無理はありませんが、少なくとも
平安初期の段階では対馬音と呉音は別の漢字音として意識されていたこと
は確かです。

 さて肝心の呉音ですが、やはり仏教とともに百済から伝わったと考るべき
だと思います。呉音の源流は六朝時代の南方音であり、南朝は仏教が盛ん
でした。百済は南朝に朝貢していましたから、その時に仏教と一緒に呉音を
持ち帰ったのでしょう。ただ、多少気になる点がないでもありません。実は
『日本書紀』に百済の史料が引用されているのですが、その逸史に見える
固有名詞の漢字表記は漢音はもちろん呉音とも一致しないのです。例えば、
以下のような例です。

  百濟本記に云はく、委(やまと)の意斯移麻岐彌(おしやまきみ)といふ。

 「彌(弥)」は呉音ミ漢音ビですからいいとして、「意」をオと読み「移」をヤと
読むのは呉音とも漢音とも一致しません。実はこれ、三国時代に朝鮮半島
に伝わったとされる古い漢字音に基づいているのです。どうやら百済では
呉音が古い漢字音を完全に駆逐するには至らなかったようですね。実は
この種の古い漢字音は日本でも推古遺文のような記紀以前の古い資料で
使われていますので、日本にはまずこの種の古い朝鮮漢字音が朝鮮半島
から入ってきたようですが、呉音の流入とともに速やかに駆逐されてしまい
ました。漢音が呉音を駆逐出来なかったことからもわかるように、普通は
先に入った方が有利なはずなのですがね。おそらく漢字音として普及する
前に呉音が怒涛のように押し寄せてきたということなのでしょう。

 ちなみに、現在の朝鮮漢字音は大部分唐代の中原音に基づいているそう
ですから、百済の漢字音は百済の消滅とともに失われたものと思われます。
尤も、「車(コ)」のように古い漢字音に由来するらしいものも極少数ですが
残ってはいるようですので、全羅道方言あたりにもしかすると百済の漢字音
が残っているかも知れませんね。まぁあまり期待は出来ませんが。

108 名前:七四三:2003/03/14(金) 18:57 ID:Zve.lmSQ

>>106 娜々志先生ニム

>>104 はちょっと疑問に思ったことを書いただけで、もちろん「説」というようなものではないのですが、
なんだか、二三の断片から何かを推論しようとしてもすぐ破綻を来すことの見本のようになってしまいましたね。

改めてソンセンニムの学識に平伏して拝聴いたしました。

109 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/14(金) 19:19 ID:RXb90Jl6

>>108 七四三さん

 ああっ、そう畏まらないで下さい(汗)。大体、誤解を招くような書き方をした
私の方が悪かったのですし(^^;。それに、相手が誰であろうとも疑問に思った
ことは指摘するというのは学問の基本です。世の中に専門家は数あれど、
「その道の権威」なんてものは本当はいないのですから。これは私自身の
自戒の言葉でもあります。

110 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/15(土) 22:54 ID:yWourhAo

檀君は、ウリナラナショナリズムのシンボルであるにも関わらず、
なにしろ初出が13世紀末に坊さんが書き散らしたわずかな文章なので、
その存在を証明しようと試みるニダーさんたちは四苦八苦しているようです。

そんな中、檀君 Tangun は、モンゴル語やトルコ語の「天」と語源を同じくする
という説が一部で流布しています。
ただのお話だと思っていたら、とあるアジアの歴史を扱った辞典に、Tangun の項目で、
"linguistic research suggests..." という風にこの話が紹介されていたので驚きました。

確かにトルコ語 tangri、モンゴル語 tngri は、tangun と、似てないってわけでもないです。
似ている単語を場当たり的に集めただけで学問的意味があるのかって疑問がまずあります。
それにモンゴルと朝鮮の間にある満洲を見れば、満洲語で天は abka だし、
そもそもの朝鮮語では haneul と、檀君とは似ても似つかない形です。
ちなみにモンゴル語のそれは、テュルク語からの古い借用と考えられているそうです。
トルコも突厥の時代には、モンゴル高原を支配し、満洲まで勢力を伸ばしていたものの、
どうも朝鮮との関わりは薄そうです。
私が調べた範囲ではこれぐらいしかわかりません。
このお話の妥当性はどの程度でしょうか?

111 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/15(土) 23:24 ID:nyX/Mg.w

檀君って「檀」という人物に「君」という尊称をつけた呼び方なの?

112 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/16(日) 23:54 ID:jZjRbqBQ

娜々志先生ニム

詳細な解説有難うございました。

「唐音」「宋音」「呉音」単純に王朝名じゃないんですね。
大変勉強になりました。

「対馬音」の方は、はじめて聞きました。
使われなくなったのは対馬音を伝えた百済が滅んで
追加の文章や人間が来なくなった為でしょうかねぇ。
白村江の戦い以降半島とは険悪な時期が長かったですし‥

それにしても、ちゃんとした半島由来なんですね。
#このスレで捏造じゃないものはもしかして始めて?

113 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/17(月) 13:22 ID:SAygBNS2

>>110
>初出が13世紀末
高麗がモンゴルに制圧された後なんでしょうか?
韓国相撲もモンゴル相撲の影響大ってことですし・・・

114 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/17(月) 18:26 ID:0LUwg6Fo

>>110,>>113

 トルコ、モンゴルのテングリ神話については知識がほとんどないので、
平凡社の『世界宗教大事典』で調べてみました。

  テングリ tngri トルコ族、モンゴル族における物質的実在としての
    天、およびシャマニズム神観上の精神的実在としての天神、また
    は天神の下にいる神々をいう。モンゴル語ではtegri、tenggeri
    とも表記され、ta¨ngriは古代トルコ語のローマ字表記である。
    蒼天そのものに対する崇敬から天の神格化が行われた。
                   (中略)
    テングリという語はまた神の普通名詞としても用いられる。トルコ
    族やモンゴル族は、その族祖が天から遣わされ(高車、突厥)、
    天の定命によって生まれた狼であり(モンゴル)、また光に感じて
    生まれた天の子である(モンゴル)と信じていた。そして彼らの王
    は、匈奴が王たる単于ゼンウを〓犂孤塗トウリコト単于(〓犂=tngri、
    孤塗=子、単于=広大)つまり大天子と称していたことに示される
    ように、天の子であり、シャーマンであると信じられていた。(後略)

※〓は? [才(尚/牙)]

 檀君神話がいつどのようにして誕生したのかなんて、私ふぜいが答え
られるような簡単な問題ではないでしょうが、檀君神話が1145年の
『三国史記』に一切記述されていないことからして、それほど古いもので
はないだろうということは言えるだろうと思います。『三国遺事』の成立は
1280年代ですが、この時期は蒙古人の高麗攻撃開始(1231年)から
50年、蒙古への服属を示すために高麗が太子を人質に差し出した時
(1259年)から20年以上経過した時期です。1278年には蒙古の服装
に変えるべしという命令も出ています。そんなわけで、時期的に見て神話
に関しても蒙古の影響を受けていてもおかしくはなさそうです。となれば、
この時期に蒙古からテングリ神話が伝わり、それを漢字表記する必要が
生じた結果、考案されたのが「檀君」ということだって十分あり得るのでは
ないでしょうか。

 以下は素人の勝手な憶測ですが、檀君神話というのは結局、高麗の
反蒙古勢力が蒙古のテングリ神話に対抗すべく、テングリ神話をベース
に仏教や高麗の民間伝承と適宜融合させてそれらしく作り上げた捏造
神話なのではないかという気がしてなりません。まぁこんなことを言えば
ニダーさん達から猛反発を食らうこと疑いなしでしょうが。

115 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/17(月) 19:59 ID:0LUwg6Fo

>>114

 ただそのように考えると、『後漢書』東夷伝の馬韓条に見える「諸國邑各以一人
主祭天神。號爲天君。」や『三国志』東夷伝馬韓条の「信鬼神。 國邑各立一人主
祭天神。名之天君。」の「天君」こそが「檀君」のことであり、檀君神話はやっぱり
古くから存在したニダ〜!というニダーさん達からの反論が予想されますね。
まぁ確かに当時の馬韓に「天」を神格化した宗教が存在したことは確かでしょうが、
「天」を神格化するのは何も檀君神話やテングリ神話の専売特許というわけでは
なく、お隣の宗主国様におかれましてはそれこそ周代からの長い伝統があります
から、馬韓の「天君」を無条件に匈奴のテングリ神話につなげるわけにはいかない
でしょう。むしろ私としては、『後漢書』『三国志』等の中国の史書(当然高麗人は
その内容を熟知していたはずです)に見える「天君」の記述とシンクロさせるために
「天神」を始祖とする「檀君」神話が生み出されたのだと考えたいですね。

116 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/18(火) 23:04 ID:YcWCs.sE

檀君神話がモンゴルの影響で成立というのは意外な仮説ですね。
古代のアルタイ系の繋がりをことさらに主張する人たちの主張にとらわれていて、
そういう発想は出てきませんでした。

言われてみれば、檀君が即位したという平壌周辺は、
1270年に東寧府が置かれてモンゴルの直轄領になってます (1290年高麗に返還)。
どの程度の可能性かわかりませんが、あり得ないとも言い切れないですね。


しかし、英語の百科事典や歴史系の事典を見ると、
意外とニダーさんたちの主張がそのまま通ってます。
朝鮮がらみの項目を、韓国人乃至韓国系の人が書いていたり、
そうでなくても韓国系の文献しか読んでいない人が書いていたり。
例えば、「渤海 (Palhae) を最後に満洲から朝鮮人勢力が消えた」なんて記述を見て仰天しました。
渤海を朝鮮系にしてしまっていいのかという問題。
それに、モンゴル時代には、モンゴル人に連れてこられたり自発的に降った
高麗人のコロニーが遼東にあったので、渤海で最後ってわけではない。
(遼東を満洲に含めてよいかはこれまた問題だけど)
とまあこんな具合。

117 名前:貴須王の孫:2003/03/21(金) 01:53 ID:CQHd2SNc

ちょっと横レスになるのをお許し下さい。

委意斯移麻岐彌=やまとのおしやまきみ 

と読む説には賛同しかねるなぁ・・・
この人物は日本側の「穂積臣押山」に比定されているけど、姓(かばね)は「臣」だ。
「おしやまきみ」だと当然、姓は「君」のはず。

カミ−キミ−オミ−タミ の序列が厳しかった当時、臣←→連などの混同はありえても、
君←→臣の混同はちょっとありえんのじゃないかな? それとも考えすぎかな?
どうだろう、娜々志娑无さん。

118 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 03:14 ID:Ihy6Qp4A

「きみ」というのは単なる敬称でカバネの「きみ」とは違うんでしょう。

119 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 03:54 ID:Ihy6Qp4A

檀君神話は古いものではなく、日本でいえばいわゆる「中世神話」みたいなものでしょう。
1)平壌の土着信仰(王倹仙人)と、2)夫餘系神話と、3)ビャクダンの行商人の守り神が
ごちゃごちゃになってできたもののようで。
<以下、転載>-------------------------------------------------------

55 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/06/25(月) 00:21

>54は鹿島デンパ。

(以下、転載)

103 名前:世界@名無史さん 投稿日:2001/06/19(火) 08:12
>90
>檀君神話は三国のどの系統の神話なの?
>檀君はそれ以前からだという意見は却下として。

檀君神話が、創作だか捏造だか再発見だか発掘だかされたのは
高麗時代だよ。だから高句麗とも百済とも新羅とも直接の関係は
薄い。もっとも、捏造というのはひどすぎるかも知れない。
それ以前に存在したとしても平壌近隣のマイナーな精霊信仰の
ようなもんだったといわれている。
檀君王倹は一名王倹仙人、また王倹仙人というが、王倹とは
「王険」すなわち平壌の古名。この仙人とは、山に隠って修行して
神通力や不老不死を得た人間のことではまったくなく、当時の
高麗の俗語では妖怪や妖精、精霊のような存在をいった。当時
平壌は高価な香木であるビャクダン(白檀)の産地で、この香木へ
の信仰も盛んであったことなどから総合して、ようするに「檀君」
というのは「ビャクダン(白檀)の木の妖精」のことだろう。
これがモンゴル時代の民族意識の高揚とともに民族的な神へと
祭り上げられたのである。
韓国などでは夫餘・高句麗の神話と類似しているとして
夫餘系神話だという説もあるが、実際は夫餘はともかく高句麗の
神話は南方系の要素が強い。それに反して檀君神話は明らかに
日本や夫餘の天孫降臨神話と同じく北方系。
天からくだってきたのは檀君の父の「桓雄」で、桓雄に
地上におりるように命令したのは桓雄の父の「桓因」。
「桓雄」は夫餘神話の「解慕漱」と同じ光明神(太陽神)。
本来の夫餘神話にはもちろん檀君などというものは登場しない。
つまり夫餘のあまくだり神話の後半に、「神檀樹(シンダンス)の
上にあまくだった。そこで檀君を生んだ」という形で檀君信仰を
接合してできたのが檀君神話なのである。

104 名前:103の訂正 投稿日:2001/06/19(火) 08:16
×檀君王倹は一名王倹仙人、また王倹仙人というが、王倹とは
◯檀君王倹は一名王倹仙人、また仙人王倹というが、王倹とは

×「桓雄」は夫餘神話の「解慕漱」と同じ光明神(太陽神)。
◯「桓雄」(ハムス)は夫餘神話の「解慕漱」(ヘムス)と同じ光明神(太陽神)で。

29 名前: 歴史板から出張 投稿日: 02/05/20 05:25 ID:3X1yLsXN

檀君神話というのは
日本でいうと古事記日本書紀クラスの神話ではなくて、
日本でも平安末〜室町時代によく捏造された“中世神話”の同類。
日本では江戸時代に実証主義にこだわった国学がでて排斥されたもの。

檀君神話というのはどうも北方系の夫餘族の天孫降臨神話と
平壌の地元の土着神をむりやり接合して作った話のようだね。

檀君/古朝鮮について
http://mentai.2ch.net/whis/kako/990/990897237.html" target=new>http://mentai.2ch.net/whis/kako/990/990897237.html

〓『古朝鮮』っていったいなんですか?〓
http://mentai.2ch.net/history/kako/989/989387508.html" target=new>http://mentai.2ch.net/history/kako/989/989387508.html

他にも詳しい議論のでた過去ログたくさんあったはず。

222 名前: 鄭聲之(=世界史板から出張) 投稿日: 02/06/04 03:24 ID:OBEA8S59

>204 :(^_^;) :02/05/25 13:22 ID:mBtmGX26
>天帝→解慕漱→朱蒙(『三国史記』など)
>天帝→解慕漱→夫婁(『三国遺事』)
>帝釈の子(桓雄)→壇君→夫婁(『三国遺事』の「壇君記」)

解慕漱(ヘムス)=桓雄(ハムス)で、これが天から降りてくる神。
夫婁ってのはその前に地上にいた神で、解慕漱に国を譲って去っていく神。
日本でいえばニニギノミコトと大国主みたいな神話。

この神話ともともと関係のない「檀君」と「王倹仙人」という
三つの要素を習合・混淆させて捏造したのが「三国遺事」の記述だ。


120 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 17:55 ID:cE4c5jF.

>>117
>委意斯移麻岐彌=やまとのおしやまきみ 
>と読む説には賛同しかねるなぁ・・・

でも、そうとしか訓みようがないのでは・・・?
「移」が「や」と訓めるかどうかは微妙だけど。

121 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/22(土) 21:42 ID:gah94Dpc

上古音[diar]中古音[yie]
この中間に[yia]みたいな音は想定できるのでは?

122 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/22(土) 22:51 ID:N9xwUYys

>おおる

 私、今所用で実家に帰っておりますので、レスは戻りましてからゆっくり
させて頂きますね。

123 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/23(日) 23:51 ID:hYeMXkqg

電波でいいんだったら言いますが、私は壇君の嫁選びって蟲(こ)じゃないかと
思うんですよね。
虎と熊を洞窟に入れてよもぎとニンニクしか与えない。
すると必然的に飢えから互いに殺し合う。
熊が生き残って、その熊の血を注がれたか、肉を食べた女性が、虎と熊の力を
その子に伝える。というような儀式だったんではないでしょうか。

犬を苦しめて殺してから食べるとおいしくなる、というのも蟲の考え方だと思
うんですが、そういう伝統でしょうか。中国で蟲毒が猛威をふるったのは、
唐宋の頃で、三国遺事の成立はそのあとでしたから反映しててもおかしくないし。

ただ、中国の蟲は小動物や昆虫が主体で大型の動物は記録にないので、
半島でやってたら、ウリジナルですね。

124 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 00:15 ID:fndNvtos

>>123 蚯蚓さん

 取り急ぎ。そりゃ「蟲」じゃなくて「蠱」でんがな。
「蟲」は「虫」の旧字体っす。
虫シリーズの方らしくもない間違いですね。
しっかし、諸星テイストだな〜(w。

125 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 02:09 ID:fndNvtos

>>117 貴須王の孫 さん

 >>118氏の意見に同意ですね。「キミ(君)」はカバネとしては主として
地方の皇別氏族に与えられたものですが、もともとは首長を意味する
一般名詞から来たものです。その適応は幅広く、上は天皇から下は
地方部族の長クラスまで使われます。本例の場合は尊称としてキミを
用いたものでしょう。


>>120

 「移」を「や」と読むことについては、漢字音的には>>121氏の指摘通り
です。万葉仮名としても、実際に「移」を「や」の音に使用した例はちゃんと
存在します。例えば、以下の例などがそうです。

   有麻移刀等已弥弥乃弥己等(うまやどとよみみのみこと)
                          (『元興寺露盤銘』より)

『元興寺露盤銘』は推古遺文の一つで、596年に創建された日本史上最古
の寺の露盤(仏塔の基盤部分の方形の石)に刻まれていたとされる銘文です。
露盤ということもあり、寺の創建と同時期に刻まれたものと推定されます。
寺は惜しくも196年に焼失、露盤自身も失われてしまいましたが、幸い、
『元興寺縁起』という元興寺の由来を記した書物にその銘文が転記されて
いたため、後世に残ったという経緯があります。引用の人物はかの聖徳太子
の本名ですから「移」は「や」としか読みようがないという次第。

126 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/24(月) 17:54 ID:XUiYhPGI

>>125

修正です。

× 寺は惜しくも196年に焼失
○ 寺は惜しくも1196年に焼失

 ついでながら、「移(や)」の類例としては「宜(が)」「奇(が)」「皮(は)」などが
あります。これらの漢字音がかつては-aのような母音を持っていたというのは
常識的には中々納得が行かないでしょうが、会意文字である「宜」は別として、
「移」や「奇」が「多」「可」という音符(漢字の発音を示す構成要素。意味を担う
構成要素は「意符」と言う)を持つ形声文字であり、その音符が「た」「か」という
-a系の母音を持つ漢字であること、逆に「皮」という音符を持つ形声文字の中
に「波(は)」「破(は)」のような-a系の母音を持つ漢字が存在することなどを
考え合わせれば、これらの漢字がみなかつては同一の母音を持つグループ
に属していたということも多少は納得して頂けるのではないかと思います。

 ちなみに、漢字をその成り立ちから分類すると、(1)象形(物をかたどった
もの。山や川、日など)、(2)指事(抽象的な印や・丶|などの記号を含む
もの。上、下、一など)、(3)会意(象形文字や指事文字を組み合わせたもの。
人+木→休、日+月→明など)、(4)(意味を表わす字と音を表わす字との
組み合わせからなるもの。金+同→銅、水+工→江など)の4つに分かれます
が、このうち形声文字が最も数が多いのです。そのため、知らない漢字でも
その一部をなす漢字の音で読めば正しい音になるという経験則が成り立つ
わけですね。例えば、「廠」という漢字なら〔广+尚+文〕ですから「尚」の音
である「しょう」で読めばいいのではないかと大体見当が付きます。尤も、これ
はあくまでも傾向であり、形声文字であっても「甫(ほ)」「簿(ほ)」「博(はく)」の
ように音が完全に一致するわけでもないので、下手に適用すると「分析(ぶんせつ)」
懶惰(らいだ)のような誤読(「百姓読み」と言います)を犯して恥をかくことに
なりかねませんのでご注意を(w。

127 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/24(月) 23:07 ID:9TjbhQZ2

>>124
おっしゃるとおりで。失敗しました。
皿の上の肉に虫が湧いている形でした。

諸星が「西遊妖猿伝」で参考にした「中国の呪法」には金蚕蠱も蛇蠱、蜥蜴蠱
も出てくるのですが、蚯蚓蠱だけはでてこない。あれは何を参考にしているん
だろう。まぁ、牙のある蚯蚓はいないので、あれは蚯蚓に似た蛇だと思って
いるのですが。

128 名前:貴須王の孫:2003/03/25(火) 04:32 ID:/cUKoAZs

ほいほい、娜々志娑无サン納得しました〜
実は聞きたいことあったんだけど、完全に話題がそれるので、又こんど
スレが動かなくなった時にでも話題振ります。

129 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 19:45 ID:p/7kzVH.

妄想炸裂質問シリーズ、いきます。

えー「倭国」という表現が魏史から見られるのですが、
これってもしかしたら外国人(この場合中国人)が

「ここはなんという場所だ?」
「わがくにである」

と答えていたのをそのまま書き取ったのじゃないかという妄想がふつふつとわいてきたのですが。
倭の(当時の)発音と、「わが」という表現の古さ(たしか古事記にもあったかと)で
妄想してみたのですが、何点ぐらいでしょうか(笑)。

130 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 19:59 ID:p/7kzVH.

>>123
動物の殺し方が残酷なのは、えらく情けない理由もあるようです。
例によってイザベラ・バード女史の「朝鮮紀行」からですが、こんな感じです。

牛を屠殺するときに動脈を切り、それにすぐにせんをして、牛の尻を小野で死ぬまで殴る。
こうすると、血が体外に排出されないで肉の中に残るので、肉の目方が増えるのである。
したがって、西洋人が肉を買うときは、日本人の肉屋から買わねばならない。

正確な引用ではありませんが、ご容赦。
おそらく、肉の中に血がある状態を好むのでしょう。
保存性や、臭いなどの点からは血抜きをした方があきらかによいのですが。


131 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/26(水) 20:32 ID:e1euCzn6

>>129
0点。
「我が国」といったのを聞き間違えたという説は中世から存在する俗論。
倭は呉太白伝説や周の成王への朝貢、山海経における燕と蓋国との位置関係記事などから
きわめて古くから名詞としては存在したことが確か。したがってその最古の音は上古音以前に遡るでしょう。
倭の字は古くは「委」でその上古音は[uar]<[iuar]で
それ以前は「于」の字と同じく頭子音が[y-]だったらしい。
和語の「吾が〜・我が〜」はそのような大昔に遡れば「わ」でなく「あ」。


132 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/03/26(水) 20:47 ID:p/7kzVH.

>>131
わーい0点だ。
というのはさておき。「中世からある」という点に驚きました。
いや、みんな同じ事考えてみるんですね。

あ→わ の変化、言われてみればその通りです。
うむぅ。


133 名前:日語商売:2003/03/26(水) 21:01 ID:ZhNJfl3k

>>129
いやそれが、案外妄想でもないらしいんですよ。
もうだいぶ以前に読んだ本の中に、「倭は自称の「わ」を音写したものとの説がある」
というのを読んだことがあります。
書名とか言っていた人とか、詳しい内容は忘れてしまいました、スマソ。
「倭」の場合は、それ以外にも「背の低い人」という意味(「矮」に通じる)とか、
元々中国の異民族で「倭人」というのがいて、それを転用したとかがあるようです。
何だか、少し前に同僚が冗談で
「南北統一して国号問題でもめたら、「ウリナラ」にすればいいじゃないか!w」
って言ってたのを思い出しました。

しかしこの問題検索するのに「倭国」と「語源」でぐぐったら、
古代史関係の電波サイトが山のように出てきて正直辟易しました。
古代史ってある意味言ったもん勝ちのところあるし(研究者の方済みません)、
検証しようのない問題が多いし、利害関係があまり絡まないし、
そのため誇大妄想的電波の入り込む余地が山ほどあって、
しかも同じことは語源研究(実は客観的に検証する方法が少ない、比較言語学の方法が
適用しにくい日本語の場合はなおさら)にも言えるのですが、
ここまでひどいとは。。。嗚呼。

134 名前:日語商売:2003/03/26(水) 21:06 ID:ZhNJfl3k

あらま、書き込む前に0点って言われちゃった。
やっぱり詳しくない問題に首を突っ込むのはやめた方がいいな。
スゴハセヨ〜。

135 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/26(水) 21:47 ID:sqiGyujI

なんか、有力コテハンがことごとく討ち死にしてるような・・・気のせい?
死屍累々スレ・・・おお、恐っ。

136 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 00:27 ID:aZAoW7i6

>いやそれが、案外妄想でもないらしいんですよ。

2000年も前の漢字と日本語(?)を、どちらも現在の発音で
比べている段階で明らかに妄想だと思いますが?

137 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/27(木) 01:08 ID:mW5j6sSk

今度、神奈川県知事に立候補する田嶋陽子は、多遅摩毛理(タジマモリ)の子孫
らしい。タジマモリは、常世の国(現在の韓国済州島)からタチバナを持って
帰ったことで有名だが、新羅の王子、天日槍(アメノヒボコ)の五代の孫。
つまり、田嶋陽子は新羅系。
神奈川の相模は、朝鮮語の寒河(サガ)から来ており、「わたしの家」を
意味する。その名の通り、相模には朝鮮系渡来人の集落があった。
その意味では、同族の田嶋陽子は結構、相性いいかも。


138 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 03:18 ID:pgEXZ4OQ

本当に電波スレになってもうた・・

139 名前:貴須王の孫:2003/03/27(木) 05:04 ID:esXJkLY6

上古音では
倭=い(ゐ)という音じゃなかったかな?
委員会の「委」と同音。ニンベンがついて「倭」だと・・・

140 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 11:39 ID:aUptxqcQ

>>131
>倭は呉太白伝説や

魏略でしたかな。

>周の成王への朝貢、

後漢・王充の論衡ですな。

>山海経における燕と蓋国との位置関係記事などから

海外北径の該当箇所がいつごろ書かれたかは不明ですな。

よって、

>きわめて古くから名詞としては存在したことが確か。

てなことは、とうていいえまへんな。

141 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/27(木) 16:32 ID:Q9UfmypE

>>129 tenpuraさん

 「倭」の語源については諸説がありますが、個人的にはやっぱりtenpuraさんが
提示されたところの、日本語の一人称代名詞の「わ(我)」から来たという卜部兼方
『釈日本紀』(1274〜1301年頃成立)以来の説を支持したいですね。尤も、倭は
本来は倭人を指す語で、地名としての倭はその後に付け加わった意味だろうとは
思いますが。

 >>131さんのおっしゃる通り日本語には「あ」という一人称代名詞もありますが、
少なくとも上代の文献では「あ」と「わ」は大体使い分けられていて、両者には意味・
用法上の違いがあったらしいことが推測されています。詳しくは前々スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&st=70&to=72&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&st=70&to=72&nofirst=true

を御覧頂きたいと思いますが、「あ」の方が「わ」よりも古い語であると断言出来る
かどうかは微妙なところでして、私としては無条件での支持は出来かねますね。

142 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/03/27(木) 17:06 ID:Q9UfmypE

>>136
>2000年も前の漢字と日本語(?)を、どちらも現在の発音で
>比べている段階で明らかに妄想だと思いますが?

 私も日語商売さんも(そしておそらく他の方々も)別に現在の発音で比べている
わけではありませんよ。漢字音は中国語音韻学の成果に基づき再構された上古音
を用いていますし、日本語の「わ」にしたって、その表記に使用されている万葉仮名
の漢字音などの学問的証拠に基づき、少なくとも奈良時代の「わ」の発音は現在と
同じ['wa]であったと見て何の問題もありません。このように、それぞれ遡り得る最も
古いものどうしで比較しているのですから、言語学上の最低限の手続きは踏んで
います。妄想だのと切って捨てられる謂われはありません。

143 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/27(木) 20:13 ID:FwZEWF7g

>>142
>私も日語商売さんも(そしておそらく他の方々も)別に現在の発音で比べている
>わけではありませんよ。

貴須王の孫さんも>>139でおっしゃっていますが、倭というのは
「ゐ」と発音したらしいと岩波の中国正史日本伝(1)の解説にも
書いてあります。
(後漢の許真の『説文』と、唐の陸徳明の『経典釈文』の記述が根拠になっています。)

この説をとると、倭を「わ」として考えるのはナンセンスに見えるのでしょう。

で、倭は再構成された上古音ではどのような発音だったんですか?
その根拠は日本では紹介されているんでしょうか?

144 名前:日語商売:2003/03/27(木) 21:06 ID:wx1Q/A0Q

どうも軽い気持ちで、不用意にレスをしてしまったせいで、
娜々志娑无先生をはじめ皆様のお手を煩わせてしまいました。
反省しておりますが賠償はご容赦をw。

「倭」の古音についてですが、
確かに中国最古の字書『説文解字』には「順皃(従順な様子)」とあり、
この意味や、「倭遅」(道が遠くまでくねくねしている様子)などの形容語では
中古漢字音では「於為切[・iue]」と読むとされます。
しかし国名の「倭」の方は、最古の記述とされる『漢書・地理志』の、6〜7世紀の学者
顔師古が付けた注に「倭音一戈反」とあり、これは中古漢字音の発音辞典『広韻』の
「倭」の音「烏禾切[・uα]」と一致します。
これは6〜7世紀には国名の「倭」が [・uα] と呼ばれていたことを示します。
しかしこれはあくまでも後世の読み方で、『漢書・地理志』の原資料にあった「倭」の字が
[・uα] のような音で読まれていたことを保証するものではありません。
元の意味と区別するために、違う読み方をした可能性もないわけではないのです。

では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。
この字の音はちょっと微妙な問題を孕んではいるのですが、だいたい前漢の時代
(BC206~AD8)頃までは、どちらも主母音はaだったようです。
もし、前漢の時代に「倭」という字の音が、後世の「ゐ」にあたるものしかなかったとしても、
日本語(奈良時代の日本語ですが)の側で [・iuar] に一番近い音として考えられるのは
「わ」の音です。
以下は私の推測ですが、日本の国の名前に「倭」の字を当てた時点では、
それはまだ発音が [・iuar] に近いもので、「わ」の音をあらわすのに適当だった、
しかしその後音が変化して [・iue] のようになると、「わ」の音をあらわすのには
あまり都合がよろしくない、しかし「倭人」はいまだに俺たちは「わ」だ、と言っている。
そこで [・uα] の読み方を作り出して「倭人」「倭国」専用の音にしたのではないのでしょうか?
「委」を諧声符(音を示す部分)に用いた字には、
[足委](つまづく)のように [・uα] の読みを持つ字もあったので、
「倭」を [・uα] と読んでもあまり違和感はなかったでしょう。

>>143さん、このような説明でよろしいでしょうか?

145 名前:143:2003/03/28(金) 00:13 ID:EP1cSb/w

>>144
日語商売さん、有り難うございます。

>では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
>[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。

どういう根拠でそのように再構成したのか私にはわかりませんが、
これはどのくらい信用できる物なんでしょうか。
中国や日本の言語学者の間でどのくらいのコンセンサスが
とれているのでしょうか?

>もし、前漢の時代に「倭」という字の音が、後世の「ゐ」にあたるものしかなかったとしても、
>日本語(奈良時代の日本語ですが)の側で [・iuar] に一番近い音として考えられるのは
>「わ」の音です。

倭と呼ばれるようになった理由が日本語の一人称代名詞に由来する
という説は、これでは弱いのではないでしょうか。
仮に、倭にもっとも近い古代日本語の発音が「わ」だとしても、
「わ」にもっとも近い上古音が「倭」だとは限らないと
思うのですが。
上古音「倭」--->日本語「わ」への対応だけではなく、
日本語「わ」--->上古音「倭」への対応も含めた検証は
どれくらいなされているんでしょうかね。

また、日本以外に一人称代名詞などの(ある意味)特殊な名前が
ついた国なり地域なり民族なりって他にあるのでしょうか。

答えづらそうな質問ばかりで申し訳ありません。
手間暇がかかるようでしたら無理に回答をいただかなくても
かまいませんので、ご容赦下さい。


146 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/03/28(金) 00:48 ID:25HLfMiU

>>138
すみませんが、ここは誰でも電波出していいスレじゃなかったんですか?


147 名前:日語商売:2003/03/28(金) 02:26 ID:75HgoWMo

>>145 143さま
レスありがとうございます。
ご質問、正直書いていて絶対突っ込まれるところだろうなって思った部分ばかりです。
以下、少しずつレスさせていただきます。

>>では、「倭」の上古漢字音でどうなのかと言うと、藤堂氏の再構音ではそれぞれ、
>>[・iuar]、[・uar] となっており、主母音はどちらもaです。
>どういう根拠でそのように再構成したのか私にはわかりませんが、
>これはどのくらい信用できる物なんでしょうか。
>中国や日本の言語学者の間でどのくらいのコンセンサスが
>とれているのでしょうか?

上古音を推定する資料は、中古漢字音の音価(これも推定音なのですが、音の特徴や
類別がほぼ判明しているので、だいたい学者の中でのコンセンサスは出来ています)、
「詩経」などの古代の詩や韻文にみられる押韻、そして諧声符の使い方です。
最近ではこれに、チベット語など同系とみられる言語との比較が加わることもあります。
このうち押韻と諧声符の研究は、既に清の時代に研究が相当進みました。
現在ではこれらに具体的な音を当てはめたり、また分類をよりきめ細やかにする形で
研究が進められています。
しかし、藤堂氏の推定したような音の具体的な形になると、実はあまり学者の間で
コンセンサスが取れていない状況なのです。
日本では学研の漢和大字典に藤堂氏の推定音が載っているので、それを使う人が多いのですが、
実は現在の中国語学界では既に過去のものとなりつつあります。
日本ではその推定作業を熱心にしている学者はあまりいない(というよりも、
上古漢字音研究の専門家が現在はほとんどいない)ようですが、
中国では70年代前後に有名な中国語学者が推定音を次々に発表し、
現在でもいろいろな研究者が自説を発表しています。
最近では欧米系の学者も、中国の学者とはまた違った視点からの推定音を発表しています。
この状況は、逆にいえば、まだ定説というべきものがないということでもあります。
大きな枠組みとしては「子音は大体こうだろう、母音は大体こうだろう」というあたりまでで、
細部については説がいろいろあるというのが現状なんです。

148 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/03/28(金) 02:45 ID:4UfxURYQ

>>146
ここは元々「万葉集は韓国語で書かれていた!」などの言語系電波を
取り扱うスレで、電波を出し合うスレとは違うと思われ。

つか、スレタイから言語が消えましたけど言語系電波以外もOKですか?

149 名前:貴須王の孫:2003/03/29(土) 01:20 ID:cQRc2h5k

電波に固執し強弁しなければ、電波もいいんでないの?
それはそれで話題にはなるし。
ほどほどにってことで。ねぇ?

150 名前:日語商売:2003/03/29(土) 17:51 ID:xwNW9uco

>>147の、>>145に対するレスの続きです。

> 仮に、倭にもっとも近い古代日本語の発音が「わ」だとしても、
> 「わ」にもっとも近い上古音が「倭」だとは限らないと
> 思うのですが。
> 上古音「倭」--->日本語「わ」への対応だけではなく、
> 日本語「わ」--->上古音「倭」への対応も含めた検証は
> どれくらいなされているんでしょうかね。

管見ではそれについての検証は知らないので、自分でしてみます。
日本語「わ」に近い上古音の音節は、・uar, ・iuar, ・uag, ・uaeg, ・iuag などがあります
(推定音は藤堂氏のもの、ae は藤堂氏の表記では a の上に v のついた字ですが、
画面にあらわせないので、前寄りの a ということで ae と表記します)。
で、これらの音を持つ字は次の通りです。
・uar:[シ過][女果] 倭(?) など   ・iuar:[虫為][骨丸]委倭萎逶痿など
・uag:汚など   ・uaeg:窪蛙など   ・iuag:迂汚齲紆など
こうしてみると、選択肢に挙げられる字はいくつもあります。

で、ここに挙げた音節のうちどれが最も「倭」に近かったのかということですが、
本当の上古音の時期(周とか春秋戦国時代の頃)で、最もよい音節は・uag です。
(実は語尾の g は、最近の研究では存在しなかったとする説が有力)
ところが前漢から後漢にかけて、・uag, ・uaeg, ・iuag などは、主母音が
a >っ>oに変化してしまいます。そのため「倭人」が認知された頃、「わ」を
あらわすのにはだんだん都合が悪くなっていったようです。
そうすると、漢の時代に「倭」を写すのに一番都合が良かったのは、・uar や・iuar で、
そのほかにも・uag, ・uaeg, ・iuag もそれなりに近かった、と言えると思います。

151 名前:日語商売:2003/03/29(土) 18:07 ID:xwNW9uco

実は・uag や・iuag で「わ」を写したのでは?と考えられる証拠があるのです。
『後漢書』鮮卑伝に、鮮卑の指導者の檀石塊が魚を捕るために、倭人を捕らえてきて、
捕らせたという記事があります。ところが類似の話が『三国志』鮮卑伝の裴松之注に引く
『魏書』にあり、そこでは捕まえてきて魚を捕らせた人々を「汗人」と書いています。
盧弼『三国志集解』に載せる説では、「汗」は「[シ于]」の誤りで、[シ于]は倭と同音だから、
これは『後漢書』の記事と同じく倭人のことだ、としています。
[シ于]は倭と同音と言うのはちょっとおかしく(近似音と言うべき)、
実は[シ于]は「汚」の異体字で、「汚」の上古音は・uag または・iuag ですから、
これらの音で「わ」を写した例と解釈することもできるのです。
もっとも「汗人」については異論も多く、確実な例とは言いがたいのですが…。

152 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/01(火) 21:38 ID:fNx9Kh.2

 年度末の暇な時期を利用して旅行していたので、レスが遅くなりました。

>>145 143さん

 漢字音についてはご専門の日語商売さんが既にレスされているようですので、
私は残ったものについてお答えすることにします。

>また、日本以外に一人称代名詞などの(ある意味)特殊な名前が
>ついた国なり地域なり民族なりって他にあるのでしょうか。

 ざっと調べてみたのですが、一人称代名詞が民族名なり言語名なりになった
という例はちょっと見当たりませんでした。残念。名称には自称と他称があり
ますが、自称の場合は「人」を意味する言葉が選ばれることが比較的多いよう
ですね。アイヌやイヌイット、バントゥー、コイ(ホッテントット諸語)、マリ(ウラル
語族)、ティウィ(ニューギニア諸語)、ニアス(オーストロネシア語族)、ニブヒ
(ギリヤーク語)などはそのまま「人」の意ですが、「(地名、特徴)+人」系の
ものとなると更に該当数が増えます。

 自称で変わったところでは、中米インディアン言語の一つナワトル語(明瞭な
発音)、マオリ(普通の、正常な)、オーストラリア原住民語の一つワンジラ語
(どこへ)などがあります。

 他称は周辺民族による呼び名ですので、総じてあまりいい名前が付くことは
ないようです。南ナイル諸語のナンディ語(スワヒリ語で「貪欲な人」)、南米
インディアン言語のナンビクワラ語(トゥピ語で「耳の穴」の意)、ニジェール=
コンゴ語族のゾムペレ語(クテップ語の別称。「人食い」の意)、カリブ語族の
一つワイカ語(ペモン語で「人殺し」の意)、インドネシアのクブ族の蔑称である
オラン・ウタン(ムラユ語で「森の人」)などはその典型でしょう。中には、ニジェール
=コンゴ語族の一つクポロ語のジュクン族による別称ダマ(「おい、ちょっと」の意)
のようなユニークなものもあります。

153 名前:143:2003/04/02(水) 23:59 ID:MP7LExNY

日語商売さん、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん、有り難うございました。

私は言語も歴史も素人で、難しいことはわかりませんので信じるしかないのですが、
学問的には一人称代名詞由来説(?)も、どれくらい可能性が高いかは別にして
有り得ることはわかりました。
もっとも、仮説や仮定のちょっとした違いや、どの資料や主張を重視するか、信じるか、
採用するかで結論がかなり違ってくるようにも感じました。
もちろん日語商売さん、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさんのお話がどうのという訳ではなく、
昔々の資料も乏しい時代のことだから当然の事だと思います。

154 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/03(木) 00:08 ID:hY.jMjnY

>>152

一人称代名詞が民族名なり言語名なりになった という例
……とはチョトチガウけど。

韓国のことを2ちゃんねらーが「ウリナラ」と表記しています(藁

155 名前:名無しさん:2003/04/03(木) 14:00 ID:WtYl1ouc

倭奴(國)=わな=我+地≒ウリナラ

156 名前:コルト:2003/04/03(木) 16:17 ID:EyMkGOok

半島と全く関係が無い話で申し訳ないのですが、
此処には言葉に関する専門家がいらっしゃるので
質問させて下さい。

湾岸戦争以来マスコミで多用されている『空爆』
なる奇妙な単語ですが、これは日本語として非常
に不自然ではないでしょうか。
『空爆』の空は航空を意味し、爆は爆撃の意味だ
と思いますが、爆撃とは必ず航空機からなされる
訳で、『頭痛が痛い』と言っているように感じま
す。
また航空機による攻撃を指し示す単語としては、
『空襲』なる単語が存在していたはずです。
『空襲』を使わずに、『空爆』を使うのはどんな
意味があるのでしょうか。
湾岸戦以前から、この奇妙な単語は存在していた
のでしょうか。



157 名前:名無しさんは反省しるニダ:2003/04/03(木) 17:08 ID:VqrIbE1k

>>156
言葉に関する専門家ではありませんが、それは
鼻からうどん、失礼、空から爆弾という意味で
はないでしょうか。

158 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/03(木) 17:35 ID:hY.jMjnY

>>156

簡単に言うと、マスコミの用語による印象操作です。
空襲と書くと、B-29だのグラマンだのというイヤーな気持を
思い出すので、「軍事目標への攻撃」に関しては
別の用語を考案したということです。

やってることは同じですが。

スマソ、これ、どっかで読んだ話だけなのでソースなしです。



159 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/03(木) 17:54 ID:XAcY9JRo

>>156 コルトさん

 「空爆」という語は決して最近になって使われるようになった語ではなく、
少なくとも第2次世界大戦の頃から使われているようですよ。手持ちの
辞書(小学館『日本国語大辞典・第2版』)にも昭和17年の徳川夢声の
『夢声戦争日記』の用例が挙げられていますから。同辞書によれば、
「空爆」は「空中爆撃」の略となっています。まあ確かに飛行機の登場
以降、爆撃と言えば爆撃機による爆撃を想像しますが、爆撃の本来の
意味は爆発により周囲に衝撃を与えることですから、爆弾による攻撃
であれば、擲弾筒や手榴弾の投擲による攻撃でも爆撃になるはずです。
まぁこれは字義に従えばそうなるということで、実例を知っているわけ
ではありませんのでしばらく措くとしても、空中からの爆撃と言えば、
現代では地対地ミサイルによる爆撃なんてものもあるわけでして、もはや
空爆は航空機による爆撃だけを指すものとは言えません。そんなわけで、
航空機を使用した旧来の爆撃とミサイルによる爆撃を含めた用語として
「空爆」という用語を使用しているのではないでしょうか。

 なお、「空襲」は空からの攻撃全般を指しますから、攻撃が爆撃に限定
されている関係上不適当とされたのでしょう。あと、>>158でtenpuraさんが
指摘されているような日本人の国民感情という問題もありそうですね。

160 名前:ちち様:2003/04/03(木) 18:08 ID:GmDPONIw

ベトナム戦争の時も空爆と言っとったのぉ。ファッファッファッ。

161 名前:コルト:2003/04/03(木) 19:29 ID:11Hc070Q

enpura さん、娜々志娑无先生、レス有難うございます。

マスコミお得意の言い換えですか。今までの前科から考えれば在りうる話ですね。
言い換えたところで現実に変わりは無いし、判断力を鈍らせるだけですから、事実
だとすれば害の方が遥かに大きいと思います。

『空爆』と言う言葉が古くからあったものだとは知りませんでした。
個人的には手段を問わない(航空機かミサイルか)空からの攻撃は、『空襲』の方が
ぴったり来る気がするのですが。


162 名前:コルト:2003/04/03(木) 19:31 ID:11Hc070Q

↑失礼、tenpuraさん。

163 名前:ど〜でもいいけど:2003/04/03(木) 21:43 ID:lDUeMk9.

えっと、空襲と空爆は違いますよ。空襲⊃空爆の関係です。
つまり、航空機による爆撃が空爆で、空爆や機銃掃射などを含む航空機による
襲撃一般が空襲です。
だから、何が起きるかわかっていない段階での敵機来襲を告げるのは空襲警報
であって空爆警報ではありません。

164 名前:企業家 ◆OObpWCE2:2003/04/03(木) 22:03 ID:8qtzKz1Y

>>163
韓国ではマスコミ全般「空襲」ってつかってます。
アパッチからの機銃掃射等もある訳だから、こっちのマスコミの用法の方が
正しいのね。

165 名前:けどさあ:2003/04/03(木) 22:40 ID:RscC2pvo

最近の言葉のニュアンスって

空爆=攻撃側から
空襲=守備側
ぢゃない?
空襲された時の印象が強すぎるんだろうけど(笑




166 名前:蚯蚓 ◆7/rPtdAY:2003/04/04(金) 00:09 ID:oQVXM9dU

>>148
ここが、言語系電波を取り扱うスレなら、お互いに電波を出し合うスレは、
どこかにありますか?たとえば、以下の様なスレですが。

民明書房の起源は韓国です
http://rkrc5w2q.dyndns.org/cache/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/989/989852909.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/cache/korea/kaba.2ch.net/korea/kako/989/989852909.html

いつの日か電波を発せんと欲する者は、長い間雲であらねばならない。


167 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/05(土) 01:59 ID:ru0KSpxw

>>166 蚯蚓さん

 民明書房か…。何もかも、みな懐かしい…(w。

168 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/04/05(土) 17:30 ID:zrNqxXSw

>>166
「電波発信」スレをたてればいいと思うニダ。

169 名前:ゼソジー北京@菊也 寛改め ◆a.3.SVLo:2003/04/05(土) 19:28 ID:fNgqBFbk

>>168
ワシも誰かに立てて欲しいアル。
逝き場がなくて困ってるアルよ。

170 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/04/20(日) 01:09 ID:fR2zY.vw

同意

171 名前:まあくん ◆FDLOCdao:2003/04/22(火) 10:35 ID:0QDMs1uw

盧武鉉はノ・ムジュンと読むようです。「盧」は「ロ=ro」と日本では読みます。
韓国では李「リ=ri」の「r」が欠落して「イ=i」と発音するようですが、
何故、「盧」は「オ=o」ではなく「ノ=no」なんでしょう?
逆に、「李」は「ニ=ni」ではなく「イ=i」なんでしょう?

172 名前:日語商売:2003/04/22(火) 14:18 ID:DsBqfp5c

>>171
韓国語では漢字音の場合、中国原音の l- は原則として n- と発音します。
理由は「r は語頭に現れない」という韓国語や古代日本語、あるいはアルタイ語系にみられる、
有名な音韻規則によります。
で、漢字音の場合、中国原音の l- は韓国語では r- で発音するわけですが、
語頭においては見事にこの規則に引っかかり、しょうがないから発音が似ている n- で代用するわけです。
もちろん漢字語でも語中になる場合はこの規則は適用されず、
たとえば「道路」という言葉は、「トロ (toro)」とちゃんと r で発音します。

ところが韓国語にはもう1つ、「ni, ny という音連続は語頭に現れない」という音韻規則があります。
これには例外も少しありますが、やはり漢字音もそれに引っかかるわけで、
そのため「女子」という言葉は「ヨジャ (yeoja)」と語頭にあるはずの n- を落として発音します。
これは語中になる場合には適用されないので、「男女」は「ナムニョ (namnyeo)」と発音します。
で、li とか ly-のような音連続の場合は、最初の音韻規則を適用すれば、ni, ny- になるはずなのですが、
これまた規則に引っかかる発音なので、n- が落ちる規則も適用されて、
その結果、i, y- のような発音になるのです。
だから韓国姓の「李」「林」「柳」「梁」は、li, lim, lyu, liang ではなく、
i, im, yu, yang と発音されるのです。

ちなみに、盧武鉉の発音は「ノ・ムヒョン (No Mu-Hyeon)」なのでお間違えなく。

173 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 00:54 ID:fMH2nyRg

話題がなくなり、スレが閑散としてきましたね。では話題を。
しつこくて恐縮だけど古代のp音→h音変化に対する疑問・・・

あ、その前に、ちゃんと字が表示されるか、ちょっとテスト・・・
古人有云 娜毘騰耶皤麼珥

174 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 01:11 ID:fMH2nyRg

よし、では娜々志娑无さんへ質問(問題提起)。
実は以前から気になっていたんだけど、日本書紀の「雄略紀」にあるこの

娜毘騰耶皤麼珥 〔此古語未詳也〕    (注・毘の字は実際は田の右に比)

の一文なんだけど。今手元にある「井上光貞監修・日本書紀」では、この言葉は
「ナヒトヤハバニ」と読み、汝人や母似、つまり「おまえはお母さん似か」の意味だと
している。
で、疑問なんだけど、この5世紀の時代の言葉が、7〜8世紀の奈良朝時代にすでに
「未詳」とするのは、やはりp音とh音の変化が原因じゃないか、と思うんだけど。
つまり雄略時代は、現在と同じくh音はh音じゃなかったのか、と。
奈良朝にこれが判らなかったのは、母という言葉がpapa系の発音だったからじゃないか、
と思うのだけど。
なんか、「母」って言葉はh音が続く語としては変わっているような・・・
以前、娜々志娑无さんはh音が重なる時は、あとのh音は濁音化するって言ってましたよね。
はばかる、ひびき、はびきの、ふぶき、ふべん、へべれけ、ほぼ(同じ)・・・
ほほ(頬)ってのは、ほおばる、の「ほお」が元音だからちがうし・・・。
だけど「母」は「はは」・・・濁りませんね?

175 名前:貴須王の孫:2003/04/26(土) 01:21 ID:fMH2nyRg

娜毘騰耶皤麼珥 の場合は、母=ハバ と日本語の基本通りに、濁りますよね?

「母」の奈良朝時代は、papaだったのか、pabaだったのか。
そして奈良時代には「娜毘騰耶皤麼珥」の「皤麼」はどういう音だったのか。
ちょっと教えてください。(娜々志娑无さんの推測でも結構です)
私はhaba→papa→(fafa?)→hahaと変化したのではないかと
想像しているのですが・・・

ソウル→そふる=日本語語源説以来、p音h音に関してしつこくてすみません。
決して他意は・・・ちょっとだけあったりして(笑)

176 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:07 ID:RnIhaXbM

>>174-175 貴須王の孫さん
>以前、娜々志娑无さんはh音が重なる時は、あとのh音は濁音化するって言ってましたよね。

 はて、私がいつそんなことを言いましたっけ? もしかして、前スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true
>清音は語頭がpで語中尾がβ(現代語の「あぶない」の「ぶ」の音)、濁音
>がbではなかったかと想像していますが、

のことをおっしゃっているのですかな(汗)。えっとですね。私が上のレスで語中尾
のハ行音をβとしたのは、日本語のすべての清音はある時期(平安期?)までは
語頭が無声子音、語中が有声子音という風に相補分布をなしていたと考えている
からです。具体的に言えば、カ行清音は語頭k/語中g、サ行清音は語頭∫、
語頭з、タ行清音は語頭t/語中d、ハ行清音は語頭Φ/語中βということになり
ます。ではなぜ私がそのように考えるのかと言いますと、そのように考えれば、
連濁やハ行転呼という現象をうまく説明出来るからです。なお、連濁とハ行転呼に
ついては、前々々スレの

日本語と韓国語
http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html" target=new>http://rkrc5w2q.dyndns.org/korea_refuge/1000210540.html
の拙レス292をご参照下さい。

177 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:08 ID:RnIhaXbM

 さてそうなると語中の清音と濁音の区別がつかなくなってしまいそうですが、
その辺は大丈夫。実はその当時の濁音は直前に入り渡りの鼻音nを持っていた
可能性が高いのです。少々時代は下りますが、キリシタン資料の一つである
『ロドリゲス日本大文典』(1608年刊)においてポルトガル人の宣教師ロドリゲス
は、当時の日本語の濁音の発音について次のように述べています。

  D・DZ・Gの前のあらゆる母音は、常に半分の鼻音かソンソネーテ(娜々志注:
  皮肉めいたことを言う時における鼻にかかったような抑揚のある発音)かを伴って
  ゐるように発音される。即ち、鼻の中で作られて幾分か鼻音の性質を持ってゐる
  発音なのである。

 これは当時の語中のガ・ダ行の直前に鼻音的要素が存在したことをはっきりと
示してくれる記述です。更に彼は、バ行にもまれに同様の現象が観察されるとも
言っていますから、より古い時代にはバ行も常に鼻音的要素を有していたと見て
よいでしょう。同様の現象はほぼ同時期の朝鮮における日本語の教習本である
『捷解新語(原刊本)』のハングル表記にも観察されます。即ち、日本語のダ行音
は直前のハングルにL(n)が、ガ行音は直前のハングルに○(η)が、それぞれ
常に付けられていますし、同じ朝鮮資料でもそれより100年以上古い朝鮮版
『伊路波』(1492年刊)になると、ザ行音にも直前のハングルにLが付けられて
いることがわかっています。そんだこんだを考え合わせれば、日本語の濁音は
かつてすべての行にわたって常に直前に鼻音的要素を有していた時期があった
と推測することが可能になってくるわけです。

 ちなみに、現代でも東北方言や高知方言、また鹿児島南西部方言(老人層)に
おいては語中の清音(カ・タ行)が有声化する現象が認められますが、これなどは
まさに古い日本語の音韻体系を今に伝えるものとみなされます。実際、これらの
方言では語中における清濁の区別は直前に鼻音的要素が存在するかどうかで
決まります。以下、奥羽方言で例を示せば、次の如くです。

  かき(柿) kagi    かぎ(鍵) kaηi
  まと(的) mado   まど(窓) ma~do ※~は鼻音的要素

 中世以前の日本語もおそらくこんな感じだったでしょうね。

178 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:11 ID:RnIhaXbM

>ほほ(頬)ってのは、ほおばる、の「ほお」が元音だからちがうし・・・。

 「ほほ(頬)」の最も古い形はホオではなくホホですよ。間違っちゃいやん。

>だけど「母」は「はは」・・・濁りませんね?

 残念。「はは(母)」も有声化しています。いや、正確には有声化したことが
あると言うべきでしょうか。ハハもまた語中尾にハ行音を持つ語ですから、
平安末期に発生したハ行転呼現象によって一旦は規則的変化を起こして
ハワになっているのです。そのことはキリシタン資料に「Faua」と現れている
ことからも確認出来ます。ではなぜまたハハに戻ったかですが、これは母の
ペアたる「ちち(父)」が同音反復の語であること、また祖父母が「じじ(爺)」
「ばば(婆)」とやはり同音反復の語になっているという事情に基づくものです。
音韻環境よりも語彙グループとしてのまとまりの方が優先された格好ですね。
同様に、「ほお(頬)」にも現在ホホという語形が存在しますが、これも身体
語彙にミミ(耳)・モモ(腿)・チチ(乳)・オメメ(目)・オテテ(手)・オケケ(毛)・
チ○チ○など、同音反復の語が比較的多いためと考えられるのです。

179 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:18 ID:RnIhaXbM

>「母」の奈良朝時代は、papaだったのか、pabaだったのか。

 奈良時代のハ行子音は研究者によって両唇破裂音pか両唇摩擦音Φか
意見が分かれているのですが、少なくとも呉音や漢音といった漢字音を輸入
した7世紀及びそれ以前においてはpに近い音であった可能性が高いようです。
とりあえず奈良時代のハ行子音がpだったとしてお答えすれば、ハハの発音
はpapaよりはpabaに近いものだったということになるでしょうね。

>奈良時代には「娜毘騰耶?麼珥」の「?麼」はどういう音だったのか。

 『日本書紀』においては「[白番]」はハ行の清音仮名として、「麼」はハ行の
濁音仮名として使用されていますから、その万葉仮名表記に忠実に従う限り
は、かなに直せば「はば」以外に考えられません。既に述べたように、濁音は
直前に入り渡りの鼻音を伴いますので、発音記号で示せば[pa~ba]がその
発音ということになります。「?麼珥」が「母似」であれば「ははに」でなければ
なりませんが、そうであれば「はばに」とあるのは不審です。

 ただ、このフレーズは既に『日本書紀』の編者にも意味が取れなくなって
いたわけですから、伝承の過程で訛って伝えられたものである可能性も
あります。そんなわけで、もとは「ははに」と清音であり「母似」だった可能性
を完全には排除し切れませんね。まぁでも、仮に「母似」と取るにしても、私
だったら井上光貞さんのように「や」を疑問では取らず、ここは反語に取って
「あんたが母親似なもんか(父親似に決まってる)」とでも訳した方が文脈的
にも合うように思うのですがねぇ。

180 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 05:47 ID:RnIhaXbM

 さてもうお気づきのことと思いますが、>>176-179で述べた内容と、

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=961&to=961&nofirst=true
>清音は語頭がpで語中尾がβ(現代語の「あぶない」の「ぶ」の音)、濁音
>がbではなかったかと想像していますが、

ではハ行子音の再構の部分で大きく異なっております。何せ上記のレスを書いた
時点ではまだこの問題に関して私自身の考えが固まっていなかったものでして、
今となっては恥ずかしい限りです。現在ではハ行音の変遷は、

     奈良時代     平安時代    鎌倉〜江戸極初期   江戸〜現代
清音 語頭p/語中b 語頭Φ/語中β  語頭Φ/語中w   語頭h/語中w〜h
濁音   語中nb    語頭b/語中nb  語頭b/語中(n)b   語頭・語中b

のように考えています。ただし、語頭の濁音については、もしかすると江戸以前
は語中での発音と同じく鼻音を伴うnbであったかも知れないとは思っております。

181 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/04/26(土) 18:32 ID:L0Y3y1dI

 ちょっとわかりづらかったかも知れませんので、清濁についてもう少し補足して
おきます。清濁の対立は一般に無声子音と有声子音の対立と捉えられることが
多いですが、それは現在の共通語でこそ通じる話であって、少なくとも中世語や
一部方言においては通用しません。ロドリゲスの観察(>>177)によれば、中世の
濁音(ガ・ダ・バ行)には鼻音的要素が含まれていましたし、それより100年前の
李朝時代の朝鮮人の観察ではそれらに加えてザ行でも鼻音的要素が存在した
ことがわかっています。即ち中世の日本語においては、清濁の対立とは無声/
有声よりもむしろ鼻音的要素のなしありの方が重要だった時期があったわけです。
中世以前の濁音がどうだったかは資料的制約のため不明ですが、奈良時代の
頃から存する「ふだ(札)」「ふで(筆)」「かざし(簪)」の濁音部分などは、
   フダ←フミ(文)+イタ(板)
   フデ←フミ(文)+テ(手)
   カザシ←かむ(髪)+さし(挿)
のように、その語源からして鼻音的要素を含む有声音であった可能性が高いです
し、『日本書紀』に見えるハガツ(放)という動詞は意味的に見ても「ハナツ(放)」の
音変化形であると見なされますので、ナと相通ずるためにはガの発音はgaのような
音ではなくてηaのような鼻濁音であった方が都合がよいのです。そんだこんだで、
私は奈良時代においても濁音は鼻音的要素を持っており、有声子音であることより
もむしろ鼻音的要素を持つことこそが濁音の本質であると判断した次第です。まぁ
この点については平安時代における撥音の発達という問題も関係して来ますので、
なお解決しなければならない点も多いのですがね。

182 名前:貴須王の孫:2003/04/27(日) 04:07 ID:ylDFGur2

おお、すごい! 娜々志娑无さん丁寧かつ膨大な論証をありがとうございます。
あんまりすごすぎて・・・(汗) とりあえずゆっくりと数日かけて頭に入れていきます。

しかし
>(略)・・・まぁでも、仮に「母似」と取るにしても、私
>だったら井上光貞さんのように「や」を疑問では取らず、ここは反語に取って
>「あんたが母親似なもんか(父親似に決まってる)」とでも訳した方が文脈的
>にも合うように思うのですがねぇ。

の考察は「目からウロコ」です。たしかにそうですね。生まれた女の子の父親について
雄略が疑っていることに対し、数行あとの「歩く姿が天皇に似ている」という箇所に
つながっていくわけですし。

いや、完敗ですな・・・(汗)

183 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 02:24 ID:bJxptPl.

http://www5.tok2.com/home2/okunouso/sept1.htm" target=new>http://www5.tok2.com/home2/okunouso/sept1.htm
がいしゅつでしょうか・・・

184 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:50 ID:emCOv9y.

>>183

 私のPCではそのリンクは既に紫色ですた(w。そのHPは前スレの

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=979&to=982&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&st=979&to=982&nofirst=true

でがいしゅつです。ただ、前スレでリンクした本家の方のスレ

★【捏造】日本の文化は日本のものです3【粉砕】★
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034877356/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034877356/

は現在データ落ちで閲覧出来ないようですので、以下に転載しておきます。

185 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:50 ID:emCOv9y.

261 名前:生粋の名無しさん ◆01PUREGOHc 投稿日:02/12/10 18:08 ID:kf3WmDZJ
久々に来たそうです(w じっくりお読み下さい。
【スレ立て依頼】ウリのスレ立て代行汁!【本スレ】 より転載
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034557798/586" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1034557798/586
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/0210.htm" target=new>http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaya2002/0210.htm

「日ノ本説」や「日下説」はごまかしの偽装だ
「日本」の国号についてはたびたび取り上げてきたが、
とうとう結論を出すときがきた。韓国のwebサイトには日本語訳の
ページが多い。そんな中で韓国のマスコミが日本の国名について
単に「日」と表記していることに、おやっと思った人もいるはず。
天皇陛下のことを「日王」といい、日本料理も単なる「日式」と書く。
つまり韓国では21世紀の現代でも日本のことを「イル(日=wealoo=倭奴)」と
7世紀のころのまま呼んでいるのである。
 これは古中国でみられる地名や国名の略称化である。日本でも町や村が
合併すると両者の頭文字を寄せ合って新しい町の名前にする、というのは
前にも見てきた。

「日」の次にくるニッポンの「本」は
どういうことなのか
 では「日」の次にくるニッポンの「ポン(本)」はどういうことなのか、
というとこれこそ下図に見る「勿=hun=本」なのである。
つまり7世紀に入って唐突に文献に登場してくる「日本」という国号の謎は、
倭奴(日)国に渡来してきた「勿(hun=han=韓=百済ヤマト)」の
朝廷入りを示すものである。
この明快な「日本国号説」の前では「日ノ本(下)説も日下地名から
来たという説も出る幕がないはずだ (^^)
(以上 抜粋)

186 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 02:51 ID:emCOv9y.

263 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:05 ID:XC6ETvkN
>>261 生粋さん

 これはまた何とも呆れたデムパですねぇ。まず漢字音の処理がデタラメです。
今でこそ「日」の朝鮮漢字音は[il]ですが、もとの中国原音は周代から唐代まで
[niet]であり、語末の-tにしても古くは朝鮮でも-tであったと推定されています。
また、「本」の頭子音も中国原音は古来ずっとpであってhであった時期などは
ありませんし、「勿」だって中国原音の頭子音はmであってhであった時期はあり
ません。この人のお好きなツングース系「勿吉」族にしたって、その漢字表記から
この民族の呼称は[miu∂t-kiet]に近いものであったと想像され、その後継と
される「靺鞨」族の漢字音[muat-hat](hの音声は実際にはhの濁音形)とよく
対応していることからも、その語頭子音が一貫してpとは似ても似付かぬ音で
あったことは明らかなのですが。


264 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:06 ID:XC6ETvkN
(続き)

 それに、この人はどうやら現代日本語のハ行子音がhとbとpとで清濁の対立
をなしているものだから、hとp(b)は常に相互に変化可能だと思い込んでいるよう
ですが、それは日本語における特殊事情に過ぎないということをまったくご存知
ないようです。ハ行子音は今でこそhですが、文献時代から江戸時代の初期まで
日本語にはhという子音は存在せず、ハ行子音はΦ(現代語のフの子音)でした。
それ以前はpであったと推定されています。そんなわけで、漢語などの外来語に
存するhの音を日本語で表記する必要が生じた時には、ハ行音では表わすことが
出来ないので、発音の近いkの音で代用して写すのが常でした。「好」の日本漢字
音が[ko:]であるのに対し、現代中国語音(北京官話)が[hao]であることからも
そのことは窺えるでしょう。ですから、仮によそから[hun]なる語が古代日本語に
入って来た場合は、古代日本人は[kun]の形で受け入れたでしょうね。それに
しても、あれだけ[hun]からいろんな語形が生まれたと主張していながら、肝心の
[kun]は一切考慮していないというのが何とも素敵ですね(w。


265 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:02/12/10 22:09 ID:XC6ETvkN
(終わり)

 突っ込みどころが多くて面倒なのでこれくらいにしときますが、とにかくこのお方、
「音韻変化」などと尤もらしい専門用語を使っていながら、その実言語学のことは
何一つわかっていないようです。>262の名無資産さんのおっしゃるように、ここが
単なるジョークサイトであればいいのですが、そうでないならただのバガヤロ様
(@いがらしみきお)ですな(w。

187 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 14:09 ID:x50LiAt.

先生!こんなん出てますけど。

http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://news.chol.com/webnews/WebNews%3fcmd%3dview%26cat%3dSOCIAL%26cp%3d%26t%3d2337%26vnum%3d113" target=new>http://korea.hanmir.com/ktj.cgi?url=http://news.chol.com/webnews/WebNews%3fcmd%3dview%26cat%3dSOCIAL%26cp%3d%26t%3d2337%26vnum%3d113
"日本語振り撤く高句麗語" [中央日報]05/06 21:55
現代日本語の根が古代高句麗語である可能性があるとアメリカの言語専門家が
主張した.
米 UCLA 大学のザリドダイヤモンド博士とオーストラリア国立大学(ANU)の
ピーターベルウッド博士は先月 25日付けサイエンス誌に発表した論文で15個
重要語族(語族)たちの拡散現象を農耕文化の電波と連関をつけて説明する中に
このような主張をした.

論文によれば日本語はB.C.400年頃韓半島で日本南部九州島に渡って来て米農業を
北部地域で伝えた農耕民たちの言語で来由されたということ. 論文は当時韓半島
には新羅.高句麗.百済などの 3国時代が維持されていたし 3国はそれぞれ自主的な
言語を持っていたと指摘して, 現在の韓国語は新羅語で, 日本語は高句麗語で
由来した可能性があると主張した.

日本語が高句麗語と緊密な関係があるという主張は国内学界でも倦まず弛まず
申し立てられて来た. 特に言語学者たちは高句麗語と日本語の間に共通された
単語がかなり多い数という理由で高句麗語がアルタイ語と古代日本語を受け継ぐ
橋梁的役目をしたと主張して来た. 中国側記録である '三国志' '上だ東夷伝'
によれば高句麗の言語が付与・玉箸の言語に似ていると記録している.


188 名前:183:2003/05/07(水) 15:51 ID:CfDKzvX.

>>184
がいしゅつだったんですね。参考になります。ありがとうございました。

189 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 17:53 ID:oePHFtgg

>>187

 高句麗語と日本語が言語的に近い関係にあるというのは別に目新しい説では
ありません。最初にそれを唱えたのは日本人の学者ですし、

http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1044079995&st=64&to=65&nofirst=true" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1044079995&st=64&to=65&nofirst=true

の書き込みを御覧頂ければおわかりのように、私自身もまたそれに与する者の
一人です。ただ、そのことと稲作の伝播とを結び付けるのは、可能性としては
ともかく、現状ではまだまだ暴論の域を出ないように思います。稲作については
縄文時代から既に始まっていたことが考古学的に証明されていますからねぇ。

 それよりも上の報道に関して私が一番不満を覚えたのは、「現代日本語の根
が古代高句麗語である」云々の部分です。これではまるで高句麗語が日本語
の祖語のようではないですか。高句麗語は日本語と祖語が同じである可能性が
高いのであって、別に高句麗語が日本語の祖語に相当するわけではないのです。
祖語から見れば日本語も高句麗語も自分の子孫という点ではまったく対等の
関係にあるのですから。それにも関わらずわざと上のような言い方をするのは、
例の「日本文化の起源は韓国ニダ!」「韓国は兄、日本は弟」というニダ人特有の
安っぽい日本観に骨の髄まで染まっているからでしょう。連中もいいかげんそれが
日本に対する深いコンプレックスに裏打ちされたものであるということに気付いて
欲しいものです。

 尤も、記事では「古代高句麗語」という言い方をしていますので、最大限好意的に
解釈すれば、この記事を書いた記者はもしかすると「古代高句麗語」というタームを
古代語である高句麗語という意味ではなく高句麗語になる前の言語、即ち日本語と
高句麗語の共通祖語というつもりで使っているのかも知れません(多分違うでしょう
けどね)。それにしても一方の子孫にだけ肩入れする不適切な用語であることには
変わりありませんが。

190 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 18:09 ID:x50LiAt.

>>189
しかし、お互い離れた高句麗と倭の祖語(あると仮定して)が同じという
のはどういうことなのでしょうか?韓は違うんですよね。

謎は沿海州にありか?

191 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/05/07(水) 19:43 ID:oePHFtgg

>>190

 まぁ例外的な存在かも知れませんが、インド=ヨーロッパ語族のようにインド
からヨーロッパ全域にまで広がっている言語もありますからねぇ。人間にとって
日本と高句麗の間の距離くらいは何ほどのこともないのでは(w。

 以下は、高句麗語と日本語の関係について、ニダ人の顰に習って飛ばした
デムパ(藁)の数々です。こんな匿名掲示板のような場でもなければとても
書けないような不確かでぁゃιぃ内容がてんこ盛りですので、取り扱いには
くれぐれも注意して下さいね(w。

 何せ資料がないものですから、高句麗語と倭語が分化したと推定される
紀元前4世紀より以前の東アジアの言語の分布状況はわかりませんが、
高句麗の神話や文化に南方系の要素が仄見えることから、高・倭共通祖語
は一定の期間朝鮮半島の南西部に分布していたのではないかと私は想像
しています。その後夫餘系祖語と倭系祖語に分裂し、北方に移動した夫餘系
祖語は北方の諸言語の影響を受けつつ満州南部の地で高句麗語を生み、
倭系祖語は東方、即ち日本列島に移動して縄文語と混合することにより
日本語を生んだいう風に考えるわけですね。こうして見ると、高句麗が滅亡
する前の一時期を除き、総じて高句麗と倭の仲が悪いのも、両者の間に
一種近親憎悪的なものがあったせいであると解釈することが出来るかも
知れませんな(w。

 なお、所謂古三韓時代、朝鮮半島の南部には韓系祖語がほぼ全域に分布
していたと推定されますが、これは高・倭共通祖語がそれぞれ北と東に移動
してしまったため、その空白を埋めるように、もともと朝鮮半島の東部に分布
していた韓系祖語が残留勢力を吸収しつつ半島の南半分全域に広がったから
でしょう。そのせいで見かけ上は高・倭共通祖語が韓系祖語によって分断され
たように見えてしまうという次第。

 ちなみに、馬韓を統一した百済の支配層は夫餘系だったようですが、百済の
建国神話は高句麗のそれと直結していますから、まずもって彼等は馬韓に
居残っていた高・倭共通祖語系の者ではなく、北方から出戻ってきた夫餘系
祖語を話す連中と見てよいでしょう。

192 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/07(水) 22:13 ID:rCOgiQOQ

>>191
>何せ資料がないものですから、高句麗語と倭語が分化したと推定される
>紀元前4世紀より以前の東アジアの言語の分布状況はわかりませんが、
これが問題なんですよね(w 今後も北東アジアの歴史ってはっきりしませんかね。

学術的デンパと言えば以前に見たどこぞのHPではやはり南方起源説で
南方→九州→半島→満州という説を見たことがあります。
その後、半島は韓系言語主体となり、高句麗の消滅に伴い日本語の孤
立化という流れだったと記憶しています。これとて確認しようがありません
ね。

あー知りたい知りたい(w

193 名前:◆Mui/.29k:2003/05/08(木) 10:22 ID:DKB7bU.Q

 UCLAの「重要語族の拡散を農耕文化の伝播と連関して〜」の研究の方々は言語学畑の方々でしょう?
そして少なくともNHKスペシャル『日本人はるかな旅Cイネ、知られざる1万年の旅』はご覧になって
いないんでしょうね(w

 従来考古学者達は、縄文時代に稲作があったということをなかなか認めようとしなかった。これは縄文の遺跡から水田跡が発見されなかったからだが、稲作=水田稲作という図式は実は正しくない。インドシナ半島辺りで
行われている焼き畑での稲作(陸稲)などは非常に高い生産性を上げているし、我が国の初期の稲作もこの焼き
畑、或いは直播きによる稲作であろうと考えれば、水田はなくて当然となる。
 そして、縄文時代に栽培されていた稲は、現在の温帯ジャポニカではなく、熱帯ジャポニカといわれる種類の
ものだったと考えられる。
 ここで縄文時代=熱帯ジャポニカ、弥生時代=温帯ジャポニカという稲作史論が登場したが、弥生遺跡に於け
る稲のDNA鑑定の結果では、これも疑わしいと言わざるを得ない。
 青森県・高樋V遺跡から出土した炭化米のDNA鑑定によれば、熱帯ジャポニカに特徴的な「7C6A」という配
列を示していた。それ以外にも、弥生時代の遺跡として有名な遺跡群からも熱帯ジャポニカは出土し、その割合
は決して少なくなく、出土した遺跡も東北北部から九州地方北部に及んでおり、ほぼ全国に渡っている。
 よって弥生時代日本列島の大方の場所では、水田で熱帯ジャポニカが栽培されていたと考えられ、温帯ジャポ
ニカの伝来と伝播は、より後代のことと考えられるのである。

194 名前:◆Mui/.29k:2003/05/08(木) 10:22 ID:DKB7bU.Q

 DNAの塩基配列には、短い配列(Simple Sequence)の繰り返し(Repeat)=SSR領域と呼ばれる、何ら遺伝子
情報を持たないのりしろのような部分が存在し、個体や品種のSSR領域の配列には変形版が非常に多い。この、
変形版が多いという性質を利用してイネの品種の区別がきちんとできるようになった。
 水稲250品種(温帯ジャポニカ)のDNA分析からは、MR1a〜MR1hという8つの変形版(全て「中立遺伝子」)が
発見された。中国大陸にはこのMR1aからMR1hまでの8つの種類が全部存在し、朝鮮半島にはMR1bを除く7つの種
類が存在する。そして日本には、MR1aおよびMR1bの2種類しか存在しない。
 従来、稲の伝わってきたルートは朝鮮半島経由だというのが考古学の結果から推論されていた。だがMR1b遺伝
子が中国と日本では高い割合で分布し、朝鮮半島の在来品種の中に見つからないという点から、この遺伝子を持
つ水稲が、中国大陸から直接日本へ到達するモノの流れのルートを経てきたものと想定できる。
 弥生時代中期(約2100〜2200年前)の遺跡である唐古鍵遺跡と池上曽根遺跡の炭化米からもこのMR1b遺伝子が
発見された。SSR遺伝子はいくら時を経ても全く変化しないので、2000年前、明らかに中国大陸からb遺伝子を含
む水稲が渡来してきていたことが実証できる。
 だが同時にMR1a遺伝子は中国ではそんなに高頻度では分布せず、朝鮮半島と日本では高い頻度で分布すること
から、この遺伝子の水稲は朝鮮半島を経てきたと推測できる。

 よって稲に関しては、最初、熱帯ジャポニカが海上の道(南島)ルートで伝来。次に温帯ジャポニカが中国大陸および朝鮮半島ルートで伝来し、混合して東進したというのが現在の研究の成果である。

 佐藤洋一郎、『DNAが語る稲作文明』及びNHKスペシャル、そして佐藤先生を含む斯界の学者達による
講演会・シンポジウムの記録(http://inoues.net/yamataikoku/study/japonica1.html" target=new>http://inoues.net/yamataikoku/study/japonica1.htmlから/japonica6.html)
などよりまとめました。

195 名前:貴須王の孫:2003/05/08(木) 23:26 ID:fJ9MJcwc

>>:◆Mui/.29kさん
稲のルートは江南→倭国の海上ルートは間違いないと思いますよ。
河姆渡遺跡からは縄文土器が出土しているようです。
http://www.esri.jp/~nobu/2002_02/shiryou/shouyou/chou3.htm" target=new>http://www.esri.jp/~nobu/2002_02/shiryou/shouyou/chou3.htm
だけど当然のことながら、土器では日本の方が大先輩。
土器が 倭国→江南 で、同時進行で
稲が  江南→倭国 はじゅうぶん考えられると思います。

196 名前:名無しさんは半万年の歴史ニダ:2003/05/09(金) 00:32 ID:Y5tH2bvY

>>195

交易があった可能性があるということですか?

197 名前:貴須王の孫:2003/05/09(金) 01:19 ID:DYYzFKOI

>>196
絶対とは言い切れませんが、その可能性は高そうです。
まだ全部は調べ切ってないですが。でもネット上だけでも「河姆渡」で検索すると
いろいろ出てきて、興味深いことに突き当たりますよ。
(河姆渡遺跡はあの「会稽山」のすぐ近くだそうで)

帆を付けたイカダで江南←→日本の海上を行けるなら、ますます交易の可能性は
高まりそうですね。私の想像ですけど、後代の遣唐使船のような大型木造船よりも、
イカダの方が単純な構造だけにかえって丈夫で成功率が高そうに思えるんですけどね。
コンチキ号の例もあることだし・・・。

むろん遣唐使船などよりもずっと野卑な格好した人物(イレズミ入り・笑)が、
少人数でイカダに乗って、のレベルの話ですが。

198 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/05/10(土) 13:38 ID:EGRsmXUg

基本的に九州から沖縄・台湾経由であれば有視界航法だけで
広東まで行けます。
途中で道々交易しつつ潮待ちしてマターリいくなら、いけます。

また、全行程をいく必要もなく、途中で中継貿易をすることを考えると
もっと容易です。

199 名前:◆Mui/.29k:2003/05/12(月) 14:13 ID:QNujaztU

>>195
 貴須王の孫さん おそレスですが…
 確かに、先のシンポジウムの資料をまとめてくださっているサイトでも、以下のやりとりがありました。

金関: 趙先生、韓国の方でも佐藤先生のDNA研究方法を適用されたと聞きましたが、結果は?
趙:  光州新昌洞遺跡から出土した炭化米を、1996年佐藤先生に分析依頼しました。その中に熱帯ジャポニカ
    の資料があって驚きました。韓国は温帯ジャポニカしかないと思っていたので。その辺り佐藤先生に。
佐藤: えーっと、ひどく困っています。
金関: なぜでしょうか?
佐藤: 私も韓国に熱帯ジャポニカがあるなんて、考えもしなかったんですね。
金関: これがでた意義は?
佐藤: 1粒でしたので、もっと慎重に考えないといけませんが、我々は稲が中国や韓国から来たとばかり
    思っているが、反対方向を向いていったやつもいたかもしれない。
金関: むしろ日本の熱帯ジャポニカが向こうへ行った可能性もあると。
佐藤: あり得るでしょうね。

 縄文時代の文化や交易等々は、全く先入見なしに見ないと見えてこないほど壮大なものだったのかも
しれませんね。

200 名前:電波報告:2003/05/13(火) 15:48 ID:9PJ/5CC6

言語に関して、私はどしろうとですが
ばしばしとイタイほど電波を感じました。
ttp://www.you-i.org/
既出でしたら住まんです。

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