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【電波系大道芸】
1 名前:
本@外郎売りver.は断念
:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU
古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!
前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50
" target=new>
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50
旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
" target=new>
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50
" target=new>
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50
あ、さて、さてさてさてさて……
201 名前:
貴須王の孫
:2003/05/14(水) 23:59 ID:cEfCDs4E
>>199
スバラシイ!(笑)
特に
>佐藤: えーっと、ひどく困っています。
のひと言はとてもイイですね。僕が学者をあまり信用してないのは、こんな時、
それまでの常識にとらわれた(凝り固まった)発言をする人が多いように思えるからです。
なのに佐藤先生、その「一粒」を重要視されているようで。
「この発見は困った」「なんでかわからん」という発言をされる学者、僕は
好きです。(普通、なかなかいえませんよね〜)
202 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/15(木) 01:47 ID:wNhRu1ZU
>>201
貴須王の孫さん
ほう、そうですか。学者の頭というのは揃いも揃ってみんなかちかちの
石頭人間ばかりだと、そうあなたはお考えでいらっしゃるのですな。じゃあ、
好き勝手にデムパを飛ばしている方々は、さそ自由な発想の出来る、至極
頭の柔らか〜い人達ばかりなんでしょうね。私に言わせてもらえば、デムパ
系の人達くらい、自由な発想の出来ない人はいないと思っているのですが
ね。なぜなら、まともな学者というものは、自分の考えが間違っているのでは
ないかという負の可能性に対する検証を常に行ないながら、自分なりの学説
を組み立ててゆくものだからです。しかるに、デムパ系の人達というのは、
私の目から見る限り、初めに結論ありきで、その結論に添った事実にばかり
注目し、それ以外の可能性はほとんど考えようとしないように見えるのです。
いや、もちろんあなたが学者を信用する/しないは個人の自由ですよ。
しかし、あなた自身が本当にその学者がそのような判断を下すに至った
過程についてきちんと理解した上でそのような結論を下しているのだろうか
と、私としては大いに疑問を感じたので、あえてこんな憎まれ口を叩かせて
頂きました。大酒を飲むとつい絡み癖が出ていかんですな。妄言多謝。
203 名前:
貴須王の孫
:2003/05/15(木) 02:54 ID:LvfhfRIU
>娜々志娑无さん
遅くまでおつかれさまです。
>大酒を飲むとつい絡み癖が出ていかんですな。
酔ってるの? じゃあ、今回の
>>202
については特にレスしないでおきましょう(笑)
私自身は個人的に娜々志娑无さんを好ましく思っているので、あまり無様なやりとりは
したくないからね・・・
ただ、「デムパ人の話を例に出すんじゃないよ〜」とは思いましたが。
いや、酔った上でのレスなら、気にはしまへんが(汗)
私も反省するか・・・。(例のソウルの件以来、デムパ系と思われているらすぃ?)
「学者を信用しない」とはもちろん「すべての学者」という意味じゃなくて、
「学者」という肩書きだけでその人の言うことを盲信しない、という意味です。
例の「はふりその」の件で率直に「痛いところを・・・」と言われたあなたを、
私は「この人は信用すべき方」だと思っているのですから。
だけど酔った上での妄言(?)は、いくらあなたの言でも肯首するわけには
まいりませんな。(人間くさくてさらに好感は持ちましたが)
私は今、造船関係者の人に話を聞き、イカダで東シナ海を渡れるものかどうかを
調べているくらい、真面目なんですけどね?
(むろん造船関係者、というだけでその話を盲信などしていない! 笑)
204 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/15(木) 12:47 ID:an/3yKf6
>>203
貴須王の孫さん
……「駟も舌に及ばず」とはまさにこのことでしょうな。
いや誠に申し訳ありません。「学者をあまり信用してない」のくだりについつい
脊髄反射してしまいました(汗)。過去のあなたのカキコも、結局は学者に対する
不信感を出発点にしたものであったのかと情けなくなり、酒の酔いも手伝って
>>202
のようなカキコをした次第。一応私も学者の端くれ、「学者」と言えば当然
その中には私も含まれますので、そこにカチンと来てしまったのですね。それでも
普通の精神状態ならスルーすべきところをスルー出来なかったのは、久々の飲み
事で少し酒を過ごしていたせいもあるのでしょうが、本家のデムパに少々中り気味
であったことも大きく影響しているような気がします。何にせよ誠に面目ない話で、
貴須王の孫さんにはとんだご迷惑をお掛けしました (>_<)。
>「学者」という肩書きだけでその人の言うことを盲信しない
これは極めてまっとうかつ当然の態度だと思います。どの分野でもそうですが、
その道の権威なんてものは存在しないし、またあってはならないものですからね。
ただ、学者の思いとしては、素直に専門家を信じて欲しいという気持ちもまたある
わけで、その辺の葛藤が…。すみませんまた愚痴ってしまいました。回線切って
逝ってきます。
205 名前:
貴須王の孫
:2003/05/16(金) 03:47 ID:0hrq8IAs
>>娜々志娑无さん
あ、いや、私こそ軽はずみに発言してしまって・・・
「学者をあまり信用してない」などと真面目に言ったら、「じゃあお前は学者より何を
信じてるんだ?」ということになりますよね。ここではそれは「デムパ素人説」と
受け取られかねません(笑)
ついでだから私の身の上の話をチラとしますが、私の生業は原稿書きです。
だからこんな時間にカキコ出来るわけなのですが、まあ、売れないエロ作家で
ライター兼業、といったところです。ライターの方の仕事では、「学者」と呼ばれる
方への取材もあったりするわけで、だから学者の方が「デムパ系学説」に敏感になる
事情は知っているつもりです。大学で教えている先生は大変だそうですね。ろくに
基礎的なことも知らずに、弁だけ達者な学生が「デムパ系学説」などをタテに、教授に
挑んでくるとか・・・。むろん学生だけでなく、素人でも。
206 名前:
貴須王の孫
:2003/05/16(金) 03:51 ID:0hrq8IAs
>ただ、学者の思いとしては、素直に専門家を信じて欲しいという気持ちもまたある
>わけで、その辺の葛藤が…。
この娜々志娑无さんの気持ちは理解できます。しかし私は素人であっても「ド素人」では
ないし、一応は「アマチュア」のつもり。だからたとえ専門家(プロ)の言うことであっても
安易に盲信せず、「自らの目や頭」で判断してこそ、それが自らの知識の向上につながると
思うのです。
オーバーに言うなら、専門家の説や意見を徹底的にイジワルく検証し、こねくり回してこそ、
アマチュアは向上していくものじゃないですか?
そして、行きつくところ、まず例外なくこの言葉に辿り着くわけですよ。
「先生の仰るとおりでした。ありがとうございました!」と。
これを素直に言えるかどうかが「心あるアマチュア」と「デムパ」の違いだと思います。
差し出がましいことを長々と書いてしまい、娜々志娑无さんはもちろんのこと、他の皆様にも
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
娜々志娑无さん、これからもよろしく私どもアマチュアをご教示下さい。
207 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/17(土) 11:57 ID:x9a.w8qE
>>205-206
貴須王の孫さん
いや私こそつまらないことでからんでしまって、恥ずかしいやら申し訳ないやら…。
にも関わらず、私の立場に過分のご理解を頂き、感謝しております。
貴須王の孫さんは作家さんでしたか。それならむしろいかに自由奔放な発想が
出来るかが勝負ですよね。もちろんただ発想しっぱなしじゃだめでしょうし、それを
まとめる構想力や文章力も要求されるのでしょうけれど。何にせよ、私の知識が
お役に立てることがあればいつでもおっしゃって下さいね。
そう言えば、私の母校(高校)の大先輩(面識はありません)にも、もう故人ですが
結構有名なエロ作家がいたなぁ。こちらは純文学からの転向組ですたが。
208 名前:
日語商売
:2003/05/18(日) 03:40 ID:38fo5MkU
そういえば娜々志娑无ソンセンニムは今やっている国語学会大会にはいらっしゃらないのですか?
ちょっと某所で今夜のカキコ見つけましたので伺ってみたくなりました。
私は国語学会の会員ではないのですが、ちょっとプログラムを見て、
どんな内容だったかあとで伺えたらと思った次第だったので。
209 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/18(日) 11:36 ID:MnyFqueg
>>208
日語商売さん
さぼっちゃいました(^^;。<国語学会
出張費では学会2回分の旅費はまかなえませんしねぇ。
秋季大会は信州大学だそうですから、そちらには参加し
ようかと思っとります。久しぶりに戸隠のそばも食べたいし。
って、そっちの方がメインかよ!ヽ(゚ 0゚(#)ノ☆6(`_´メ)9
210 名前:
日語商売
:2003/05/19(月) 03:32 ID:2WPAUioc
>>209
こんな夜遅くまで何やってんだという突っ込みはナシでw
確かにたいがいの学会発表会は、年2回ならばそれらを近くでするってのは普通ありませんからね。
国語学会は春は東京か関西、秋は地方ですし、言語学会ならば春は東京、秋は関西を含めた地方。
で、地方の場合はたいがい温泉とか物見遊山を兼ねた学会になるw
学会実行運営に2度加わったことがありますが、企画準備や運営そのものも大変ですが、
正直、偉い先生方の接待の方にも相当気を配らねばなりませんw
信州いいですねぇ……うまいそば食いたい。
こっちでもそば(ざるそば)あるのですが、レベルは立ち食いそば屋のですのでw。
実家のあたりで最近そばに力をいれてるので、長期休暇の帰国時には必ず食べてきます。
211 名前:
tenpura ◆UMAIu01k
:2003/05/19(月) 16:22 ID:TSRYFEj6
よせばいいのに、専門家のスレに燃料を投下してみる(w
http://sachika.com/pc/
" target=new>
http://sachika.com/pc/
212 名前:
日語商売
:2003/05/19(月) 16:38 ID:.3lA/1vg
>>211
こりは「娜々志娑无ソンセンニム、(;´Д`)ハァハァしる!」ってことでつか!?w
213 名前:
tenpura ◆UMAIu01k
:2003/05/19(月) 17:04 ID:TSRYFEj6
>>212
設定を見るとファビョりそうになれます(w
「(;´Д`)ハァハァしる!」なら、
http://www.yumeria.com
" target=new>
http://www.yumeria.com
を出します(藁
214 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/20(火) 00:58 ID:FT3sT2b2
【歴史】稲作の伝来、定説より500年早いことが判明した
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053345804/l50
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http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1053345804/l50
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は19日、加速器による放射性炭素(C14)年代測定法で
北部九州出土の土器を調べた結果、水田稲作が伝来した実年代は定説より約500年早まり、
紀元前10世紀ごろと分かったと発表した。
これまでは弥生時代に水田稲作が急速に広まり社会が階級化、やがて大和政権が
生まれたとされてきた。しかし今回の調査結果で、稲作が日本各地に広がったとされる弥生前期は、
150年間でなく、400年間となる。
弥生時代のイメージは大きく変化。定説の修正を余儀なくされ、教科書の書き換えも迫られそうだ。
測定資料は、福岡市の雀居遺跡(弥生早期)など数カ所から出土した土器。
中にこびりついたコメを測定し、いずれも紀元前900年前後と判明した。
同時期とされてきた東北地方や韓国の土器のコメの測定結果も似た年代だった。
=中略
倭人(の数詞)の起源は殷人が関係している?
高句麗語の数詞は箕子が伝えた?と妄想してみる
215 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/20(火) 01:14 ID:3P4AlVpk
>>214
うっひゃあ。すごいねこのニュース。これでまた縄文人と弥生人の
関係についていろいろ考え直さなきゃならないなぁ(欝)。
216 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/20(火) 01:40 ID:FT3sT2b2
つづき
測定資料は、福岡市の雀居遺跡(弥生早期)など数カ所から出土した土器。
中にこびりついたコメを測定し、いずれも紀元前900年前後と判明した。
同時期とされてきた東北地方や韓国の土器のコメの測定結果も似た年代だった。
水田稲作の伝来は、この土器が使われた時代より少し前とみられ、
同博物館は稲作が伝来し弥生早期が始まった実年代を紀元前10世紀と判定。
前期の始まりを定説より500年、稲作定着の中期の始まりも200年さかのぼると結論した。
後期以降は変わらないという。
◆稲作社会と縄文的社会が列島内に併存
広瀬和雄奈良女子大教授(考古学)の話
「年輪年代法の成果から、定説より古くなると思っていたので、意外ではない。
考古学で実年代は出せないから、方法に問題がなければ測定を信じ、解釈を考えるべきだ。
これまで水田は、愛知県辺りまで一気に広がったとされたが、近畿でも約500年かかったことになる。
水田の拡大力はそれほどではなかったし、縄文社会は行き詰まっていなかったわけだ。
各地が同一歩調で発展したというのは単一国家・単一民族という見方であり、
稲作社会と縄文的社会が列島内に併存したという方が、自然な考えだろう」
◆どこまで信じられるか当惑
金関恕大阪府立弥生文化博物館長の話
「日本の中だけ考えれば古くなっても構わないが、
中国や韓国にも影響を与えるだけに、どこまで信じられるか当惑している。
考古学的には年代を決める手掛かりがない時期のことで、
年代のはっきりした中国の資料を測定し、信頼性を示してほしい。
もっとも、縄文時代の年代に放射性炭素法の結果が定着するのは20年かかったが、
測定法に対する信頼が高まっているから、今回はもっと早いだろう」
◆稲作の画期は認めるべき
山崎純男福岡市教委埋蔵文化財課長の話
「弥生前期までは緩やかな進展だったとしても、前期初めに縄文土器から弥生土器に変わっている。
水田も画期だったことは否定すべきではない。
弥生早期の曲り田遺跡(福岡県)から中国製とみられる鉄斧(てっぷ)の破片が出土しており、
周時代にこんな鉄技術はまだなかったのではないかという声もある。
中国や韓国の研究成果と突き合わせるなど、まだ検討すべき課題は多い」
【放射性炭素年代測定法】 炭素(C12)の放射性同位体C14は、
崩壊し窒素に変わる。生物が活動を停止し新たなC14摂取がなくなると、
体内のC14量が減るため、C14残存量で活動停止からの時間が分かる。
以前は崩壊時に出るベータ線量を測っていたが、現在は加速器質量分析計でC14の個数を測定。
少ない資料で短時間に高精度の測定が可能になった。
大気中のC14濃度は時代によって異なり、測定値と実年代にずれが生じるが、
それを補正する手法も開発されている
ZAKZAK 2003/05/19
217 名前:
ほんとに韓国人はここまで壊れてるのか???
:2003/05/20(火) 20:04 ID:tEFkw45o
東明王誕生2300周年祝い歴史学術発表会と関連写真展
------------------------------------------------------------------------
東明王誕生2300周年記念全国高句麗歴史学術発表会が13日、平壌の人民大学習堂で行われた。
発表会で各討論者は、紀元前277年、東明王によって高句麗が建てられたことにより、朝鮮の中世史、封建社会
の始原が開かれ、高句麗が朝鮮史においてもっとも広大な領域と先進的な経済と文化、軍事力を持つ中世東アジアの
強大国になり、民族の尊厳と栄誉をとどろかしたことについて述べた。
一方、東明王誕生2300周年記念高句麗歴史関連の写真・遺物、民俗資料展が同日、平壌の朝鮮中央歴史博物館
で開幕した。
展示場には東明王の肖像と彼の誕生と成長に関する資料、「三国遺事」「広開土王陵碑文」などの歴史資料、馬具
類や矛、弓などの武具、当時の民俗風習や身なり、楽器などの遺物と資料約300点が展示されている。
◇ ◇
高句麗の始祖、東明王(高朱蒙)は2300年前の5月14日に生まれた。
東明王は古い勢力を退けて新しい封建国家を建立し、分裂して存在していた多くの群小勢力を統合して高句麗の基
盤を築いた。
少年時代から弓術にたけていた彼は、青年期に至っては智恵と才能が優れ、気骨の長大な力持ちになった。地方自
治勢力と手を取り合って長となった彼はその後、句麗5部の統治者になった。
紀元前277年に国名を高句麗と改め、封建的な統治制度と秩序を樹立していった。彼は王になってからの10年
間、隣接の各地域を統合して大国を建てた。
高句麗の人々は彼を崇拝し、神的な存在と見なし死後は墓も立派に整えた。
427年に平壌へ遷都しながら始祖・東明王の墓も今日の位置(力浦区域竜山里)に移し、始祖王陵を立派に作っ
て管理した。(朝鮮通信)
[朝鮮新報 2003.5.17]
http://www.korea-np.co.jp/sinboj/j-2003/j04/0304j0517-00003.htm
" target=new>
http://www.korea-np.co.jp/sinboj/j-2003/j04/0304j0517-00003.htm
218 名前:
日語商売
:2003/05/20(火) 20:54 ID:KeQwVwVk
>>217
まぁ、北朝鮮は檀君の墓をも「発見」してしまうところですから、
東明王朱蒙の遺物展覧会はまだかわいい範囲だと思います……。
つーかこんなことやってるひまあったらSARS対策しろよと言いたくなるタイミングではありますがね。
これも相変わらず「偉大な将軍様の御指導」ぐらいしか対策はしてないらしいし……。
219 名前:
217
:2003/05/20(火) 21:57 ID:jkvId0X.
>>218
いや、高句麗建国の年代のところに注目してほしかったんだが・・・まだわからない?
220 名前:
日語商売
:2003/05/20(火) 23:23 ID:KeQwVwVk
>>219
確かに『三国史記』とかにある朱蒙の即位年はB.C.37年とされていますから、
2300年前というのは「またずいぶんさかのぼらせたな、おい!」ですね。
で、この2300年前というのはいったいどこから出て来たのか……と調べてみたら、
かの悪名高き『桓檀古記』の「高句麗国本紀」の中に
「檀君解慕漱が初めて降在したのは秦王政の八年である」という記述があるらしいです。
(ここでの「檀君」は王倹のことではなくその子孫の王という意味らしい)
解慕漱は『三国史記』では自称天帝の子で、朱蒙の父として現れる人物ですが、
『桓檀古記』では朱蒙の4代前となっていて、それでつじつま合わせをしているようです。
(つーか4代で200年以上の隔たりというのもまだまだおかしいのですがw)
で、この解説では朱蒙自身が2300年前の人となっていて、更に話がおかしくなっているわけで、
もうこうなると、歴史捏造とかいう以前に資料読めとんのか!と呆れ返ります。
(資料といっても20世紀に書かれた偽書ですが)
ちなみに朝鮮新報ですが、どうも総連の機関紙みたいですね。
ちょっと調べたところだと、他にも電波ゆんゆんな記事がありました。
221 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 18:36 ID:JB/z.ddo
本家の「はじめての〜」スレに貼ろうと思って作成したのですが、言語の話題
が終わってしまいましたので、貼るに貼れなくなってしまいました(泣)。せっかく
作ったものですし、もったいないのでここに貼っておきます。そのうち日の目を
見ることもあるでしょ。
222 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 18:37 ID:JB/z.ddo
『三国志』魏書東夷伝には、高句麗・東沃沮・[シ歳]の言語についてそれぞれ
以下のように記しています。
◎高句麗
東夷ハ旧語ニ、以テ為ス/2夫餘ノ別種ト/1。言語諸事、多ク与/2夫餘/1同ジ。其ノ
性気衣服有リ/v異ナル。
◎東沃沮
其ノ言語ハ与/2句麗/1大同ス。時時小異ス。
◎[シ歳]
其ノ耆老旧ク自ラ謂フ、与/2句麗/1同種ナリト。(中略)言語法俗大抵与/2句麗/1
同ジ。衣服有リ/v異ナル。
この記述をもとに夫餘・高句麗・(東)沃沮・[シ歳]の各言語の系統図を作成
すれば以下のようになります。
┌─夫餘語
├─高句麗語
.夫餘系祖語─┤
├─(東)沃沮語
└─[シ歳]語
223 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 18:38 ID:JB/z.ddo
更に、『梁書』百済伝によれば、「今言語服章、略(ほ)ボ/2句驪/1同ジ。」
とありますので、上記の夫餘系諸語の中に百済語を含めることが可能です。
ただし、『周書』異域伝百済条には「王姓ハ夫餘氏。号ス/2於羅瑕ト/1。民
呼ビテ為ス/2[革建]吉支ト/1。夏言ノ王也。」とあり、支配層(王)と被支配層
(民)とで言語が違っていたことが窺えます。百済の前身は馬韓の伯済国
ですから、馬韓の住民はもともと韓系の言語を話していた可能性が高く、
そこを外来の夫餘系言語を話す部族(高句麗の一支族か)が征服・支配
していたという構図が透けて見えます。そもそも百済は王の姓も夫餘氏
ですし、建国神話も高句麗のそれに直接繋がるものですから、この推定
はまず確実なものと思われます。
てなわけで、夫餘系諸語の系統図は最終的に以下のようなものになります。
┌─夫餘語
├─高句麗語
.夫餘系祖語─┼─百済語(支配層)
├─(東)沃沮語
└─[シ歳]語
224 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo
次に、韓の地域の言語ですが、こちらは夫餘系諸語に比べてかなり情報が
錯綜しています。
『三国志』魏書東夷伝より
◎弁韓
弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。亦(ま)タ有リ/2城郭/1。衣服居処与/2辰韓/1同ジ。
言語法俗ハ相似ル。
◎辰韓
其ノ耆老伝フルニ/v世ニ、自ラ言フ古之亡人ナリト。避ケテ/2秦ノ役ヲ/1来リテ適(ゆ)ク
/2韓国ニ/1。馬韓割キテ/2其ノ東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。有リ/2城柵/1。其ノ言語ハ
不/G与/2馬韓/1同ジカラ/J。
『後漢書』東夷伝より
◎弁韓
弁辰ハ与/2辰韓/1雑居ス。城郭衣服皆ナ同ジ。言語風俗有リ/v異ナル。
◎辰韓
辰韓ノ耆老自ラ言フ、秦之亡人ナリト。避ケテ/2苦役ヲ/1、適ク/2韓国ニ/1。馬韓
割キテ/2東界ノ地ヲ/1与フ/v之ニ。其レ名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為シ/v弧ト、
賊ヲ為/v寇ト、行酒ヲ為シ/2行觴ト/1、相呼ビテ為ス/v徒ト。有リ/v似タル/2秦ノ
語ニ/1。故ニ或イハ名ヅケテ/v之レヲ為ス/2秦韓ト/1。
225 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 20:25 ID:JB/z.ddo
『南斉書』東南夷伝加羅条より
加羅国ハ三韓ノ種也。
『梁書』東夷伝新羅条より
新羅者其ノ先本辰韓ノ種也。辰韓亦タ曰フ/2秦韓ト/1.相去ルコト万里。伝ニ言フ
秦ノ世ノ亡人避ケテ/v役ヲ来リテ適ク/2馬韓ニ/1。馬韓亦タ割キテ/2其ノ東界ヲ/1
居セシム/v之レニ。以テ/2秦人ナルヲ/1、故ニ名ヅケテ/v之レヲ曰フ/2秦韓ト/1。其ノ
言語名物有リ/v似タル/2中国人ニ/1。名ヅケテ/v国ヲ為シ/v邦ト、弓ヲ為/v弧ト、賊ヲ
為シ/v 寇ト、行酒ヲ為シ/v行觴ト/1、相呼ビテ皆ナ為ス/v徒ト。不/v与/2馬韓/1
同ジカラ。又タ辰韓ノ王ハ常ニ用ヰテ/2馬韓ノ人ヲ作シ/v之レニ、世ニ相係ハル。辰韓ハ
不/v得/2自ラ立チテ為ルヲ/1v王。明ラカニ其レ流移之人故也。恒ニ為ル/2馬韓ノ
所ト/1v制スル。
『北史』新羅伝より
其ノ人雑/2-有ス華夏ヲ/1。(中略)其ノ王ハ本百済人。自(よ)リ/v 海逃ゲ/2-入リテ
新羅ニ/1、遂ニ王タリ/2其ノ国ニ/1。
『旧唐書』新羅伝より
新羅国ハ本弁韓之苗裔也。
226 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 21:18 ID:JB/z.ddo
弁韓と辰韓の言語について、『三国志』はよく似ているとしているのに対し、
『後漢書』はそれぞれの言語には違いがあると述べています。この点について
李基文は「この両言語が相当な違いを有していたと見るのが穏当であろう」と
述べています。まぁ「有異」という言い方ですから、似ている点の方が多いが
多少の違いもあるという程度なのではないでしょうか。
辰韓、またその後進の新羅に関して興味深いのは、『三国志』を始めとする
複数の史書において中国との関連が述べられている点です。『三国志』の
「避秦役」云々はいかにも辰韓の「辰」と「秦」の発音が似ていることに基づく
付会の説といった感じですが、その根拠として『後漢書』が挙げている例は
いずれも中国語の方言の違いを示しているように見えますし、『北史』の「雑有
華夏」は新羅人の中に一定の中国人が雑じっていることをはっきりと指摘する
記述です。以上を鑑みるに、辰韓語(新羅語)は三韓諸言語の中でも特に強く
中国語の影響を受けている言語であると見なしてよさそうです。
最後に馬韓の言語ですが、辰韓とはかなり言語が異なっていたようです。
問題はともに「韓」と称する国の言語どうしがかくも異なるに至ったかですが、
一応理由としては二つほど考えられます。一つ目は馬韓の地に既に夫餘系
言語を話す部族が侵入していて、馬韓の言語に影響を与えていたからという
もの。二つ目は辰韓の方が中国語の影響により大きく変質してしまっていた
というものです。もし前者なら馬韓の言語と夫餘の言語を比較した記述があり
そうなものですが、『三国志』『後漢書』ともにそのような記述はありません。
よって、私としては後者の方を取りたいところであります。
227 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/21(水) 21:38 ID:JB/z.ddo
以上の考察に基づいて韓系諸語の系統関係をまとめれば、大略以下のように
なります。
中国語
↓
. ┌─辰韓語──新羅語
┌─弁辰祖語─┤
.韓系祖語─┤ . └─弁韓語
|
└────────馬韓語──百済語(被支配層)
一応こんな感じになりましたけど、夫餘系諸語に比べて韓系諸語は問題が
多いので、系統図としての信頼性は数段落ちるものと思われます。また、弁韓
の扱いも難しいですね。弁韓はもともと辰韓系住民が混在していた地域ですし、
結局統一国家を作れず小部族連合国家の段階にとどまった上、三国に先駆け
て6世紀に滅んでしまったため、中国の史書の記述にも乏しいと来ていますから。
実際には弁韓には弁韓語と言えるだけの統一的な言語が存在しなかった可能
性の方が高そうです。それに、弁韓地域には夫餘系の地名がいくつか存すると
いう指摘もなされており、また同地域は倭(日本)との交流が活発であったこと
も知られています。即ち、弁韓の言語を考える場合には、倭語や夫餘系言語の
影響も考慮する必要があるというわけです罠。まったくやれやれです。
228 名前:
tenpura ◆UMAIu01k
:2003/05/22(木) 21:39 ID:zSJobOF2
いつもありがとうございます。
これで(厳密には)専門外だとおっしゃるんだから…。
しかし、在日くんは、あれだけやっても、たぶん何も理解していないと思います。
新羅と百済の位置関係を知らないどころか、東京とソウルのどちらが南にあるかすら
知らなかったみたいなので。
229 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/29(木) 23:26 ID:Ri9GFYqo
金東昭著、栗田英二訳「韓国語変遷史」という本が
明石書店から出ていますが誰か読みました?
本屋でちょっと立ち読みしたんですが、刺激的です。
覚えているところでは、次のような主張をしています。
古代韓国語は母音が五つ。もとは母音調和などなかった。
百済、新羅、高句麗の言語は互いに近かった。
古代日本語と高句麗語との関係を示すとされる地名の解釈には問題がある。
ハングルの陰陽の対立はモンゴル語の母音調和の影響。
アレアや z, v などは方言の折衷形だった。
検索した限りでは、ハン板でも総督府でもまだ話題にのぼっていないようです。
娜々志先生の説と真っ向から対立するところもあり、
是非とも意見を伺いたく思います。
230 名前:
143
:2003/05/29(木) 23:33 ID:ul32bGJ2
最近閑古鳥が鳴いているみたいですので質問です。
とっくに既出のような気がしますが、そうでしたら申し訳ありません。
高句麗語と日本語の数詞が似ていることから、日本語の数詞は
高句麗語系言語からの借用かもしれないという話がありますが、
一方で百済の支配層(の言語)は高句麗系という話もありますよね?
日本語、百済語が両方とも高句麗語にある程度つながるのなら、
百済と書いて、なぜ「ももら」とか「ももだら」と読まないんで
しょうか?(「十済」で考えるべきかもしれませんが)
「くだら」というのは何語の読み方だと考えられているのでしょうか?
仮に韓系の言語なら、朝鮮語(新羅語)的な読み方で納得のいく
読み方なのでしょうか?
231 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/29(木) 23:41 ID:EBNJW3WQ
>>229
その本は読んだことがありません。ネットで検索してみましたが、
出たばかりの本みたいですね。伺った限りでも、かーなり刺激的な
内容の本のようですな。暁星女子大学校教授で、朝鮮語学系の
学術発表もしているみたいですから、一応まともな方のようですが。
6800円をあの明石書店に払うのに抵抗があるので、買うかどうか
はともかくとして、今度立ち読みしてみますね。
232 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/29(木) 23:56 ID:EBNJW3WQ
>>230
143さん
「百済」をクダラ(古くはクタラ)と読むことについては、以前に
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1050249821&st=87&to=87&nofirst=true
" target=new>
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1050249821&st=87&to=87&nofirst=true
に書き込んだことがありますが、正直、なぜ日本人が「百済」のことを
クタラと呼んでいたのか私にもよくわかりません。ラは朝鮮半島南部
の地名の語末に付くことが多い(安羅・加羅・斯盧等)ので、何らかの
地形を意味する韓系の言葉だろうということは想像が付きますが、
旧説の居陀+ラ説も、居陀が弁韓の地名であって馬韓のそれでは
ないということから疑問符が付きますしねぇ。正直、お手上げですわ(^^;。
233 名前:
143
:2003/05/30(金) 21:06 ID:uBCMs8t6
娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさん、ありがとうございました。
そうですか、娜々志娑无 ◆NcNEDmUAさんでもわからないんですか。
なんか朝鮮関連の昔のことってわからないことだらけですね。
隣の国では「ウリの歴史は半万年ニダ!」とか、「いや、九千年ニダ!!!」とか
言ってるみたいですが、なにを根拠にそんな昔のことを言ってるんだか。
234 名前:
貴須王の孫
:2003/05/30(金) 23:31 ID:iOCVPzoM
俺は「奈良百済」なるものが許せん!(笑)
235 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 08:12 ID:yYky70pk
>>娜々志娑无さん
以前、元々夫餘系は朝鮮半島南部に住んでいたとか言う書き込みをどこかで
見た記憶があるのですが、もしその仮定が成り立つと考えた場合、百済が
二重言語国家だったのは「征服」による物では無い可能性も無いでしょうか?
と言うのも、現在アメリカの一部地域では、ヒスパニックの大量流入により、
英語よりもスペイン語の方が優勢になっており、これを無視できずホワイトハウスでも
スペイン語の広報を準備している程です。しかし別に合衆国がスペイン語地域を征服したために
こういう事態が起こっているわけではありません。
こう言った現象から類推すると、馬韓地域では元来夫餘系言語が主に用いられていたが、
ある時期に韓系言語話者が大量に流入し、百済被支配層の言語が韓化したが、
支配層の言語は夫餘系のままだったために二重言語国家になった。ってな
ストーリーは可能性無いでしょうか?
これならば、日本列島(倭)〜馬韓(百済)〜高句麗〜沃沮・[シ歳]〜夫餘
と言った地域が、連続した一塊の地域になり、言語の伝播に関して自然な形になると
思うのですがどうでしょう?
言語素人の意見ですが、ご感想お聞かせ下さい。
236 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/05/31(土) 12:40 ID:DvnS2FCc
>>235
う〜ん、どうでしょう。アメリカの場合も、ヒスパニック住民の流入の遠因は、
米西戦争でスペインを破り、スペイン語地域を植民地として手に入れたことに
あったわけで、これも一応「征服」の結果ということになるような気がしますが。
弁韓地域に夫餘系の地名が存在したことは確かですが、その数はわずかに
3例に過ぎません。「先住民の言語は地名に残る」という言語学の経験則から
すれば、かつて弁韓地域に夫餘系住民が住んでいたことは確かでしょう。
ただ、全域に住んでいたかどうかは微妙ですね。何せ夫餘系の地名はたった
3例しかないわけですから。これを、夫餘系住民が弁韓に住んでいたのは
大昔の話だったからと取るか、それとも弁韓における夫餘系住民の占める割合
がもともと少なかったからと取るか、現状では情報があまりにも少なすぎて
判断出来ないというのが穏当なところではないでしょうか。
237 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 17:27 ID:yYky70pk
>>236
ご感想ありがとうございます。
まあ最終的に判断できないであろうと言う事はなんとなく予想していました(^^;
ただ、アメリカの場合、年々スペイン語使用人口が増えている事を考慮しての発言です。
もう一つ新たに質問なのですが、文字を持たない集団が同じく文字を持たない集団を
征服したとしてもやはり「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?
ぶっちゃけ「先住民の言語が地名に残る」のは、征服した民族が、征服された民族から
得た土地情報をそのまま記録する事から起こる現象の様に思えるのですが、これはどうでしょう?
文字を持たない人々が新たな支配者だった場合、地名を記録する事が出来ないので、
地名が殆ど入れ替わってしまうと言うような事はおきないのでしょうか?
北海道には数千年間アイヌ人しかいなかったわけではないでしょうし、
その間の言葉の変化も大きかったと思うのですが、北海道の地名はアイヌ語による解釈で
無理が無い場合が多いようです。
こういう妄想で自説をちょっとだけ擁護すると、夫餘系住民や入れ替わった
韓系住民は、当時文字を持たなかった為に地名が殆ど入れ替わった・・・と言う感じの意見です。
なんら証拠が無いので妄想の類にあたるでしょうし、やはり結論は出ないと思うので、
これについては置いておくとして、文字が無い住民の入れ替わりでもやはり
「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?これについて、学説なり、ご意見なり、経験則なりが
あれば、是非教えて下さい。m(_)m
238 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk
>夫餘系の地名が3例
具体的にはどれのことでしょう?
239 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk
>夫餘系の地名が3例
具体的にはどれのことでしょう?
240 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk
>夫餘系の地名が3例
具体的にはどれのことでしょう?
241 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 22:00 ID:3YVLFwqk
>夫餘系の地名が3例
具体的にはどれのことでしょう?
242 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/05/31(土) 22:04 ID:3YVLFwqk
>夫餘系の地名が3例
具体的にはどれのことでしょう?
243 名前:
238-242
:2003/06/01(日) 04:07 ID:alIh8Xq6
>>238-242
すいません、ブザウザ新しくしたばかり
で使い慣れてないもんですから・・・
2ch専用ブザウザなんですが、これでみにふろ見ると
2chとちがって投稿はすぐに反映されず
かわりに「投稿エラー」の表示がでてしまうんです。
それで何度も再投稿してしまいました。申し訳ない。
244 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/01(日) 09:51 ID:TXvq6VTM
>>237
>>238
今私は旅の空につき、レスは戻りましてからということにして下さい。
火曜日にはレス出来ると思います。
245 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/02(月) 03:12 ID:df3ZGc4A
三国志(3c)と梁書(6c)は300年の差があるのだね。
ということは、
「6世紀の百済(の支配層?)の言語が同時代の高句麗の言語に近縁」
「3世紀の夫餘・高句麗・(東)沃沮・[シ歳]の言語同士が近縁」
なのはいいとして
3世紀の高句麗の言語と、6世紀の高句麗の言語は同系統のもの
という推定は何によって担保されているのでしょう
246 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/03(火) 11:19 ID:XAcY9JRo
>>237
>文字を持たない集団が同じく文字を持たない集団を
>征服したとしてもやはり「先住民の言語は地名に残る」のでしょうか?
確かに文字があるのとないのとでは残り方に多少の違いはあるかも
知れませんが、記録は何も文字が存在しなければまったく残らないと
いうものではなく、口伝えで伝わる記録というものもあるわけです。
とりわけ地名は先人の呼称をそのまま継承する傾向が強い(個人が
勝手に変えたら社会が混乱する)ので、たとえ文字がなくても代々受け
継がれてゆく可能性が高いと思われます。例えば、ヨーロッパでは
水名学という地名学の一分野が盛んですが、それによれば、アルプス
山脈北側中部及び西部ヨーロッパを中心とする広い地域に分布する
河川名の最下層に、印欧共通語にまでは遡らないけれども、文献に
見られるヨーロッパの諸言語に分化する以前の古い言語(当然、文字
はまだない時代の言語です)が反映しているのだそうです。ゲルマン
民族の大移動でも知られるように、古代のヨーロッパでは異民族の移住
が盛んでしたから、一つの民族が古代から現代までその土地にずっと
住んでいたとは限りません。移動してきた連中は言語的には先住者と
同じ印欧語族であっても、先住者とは別民族ということになりますし、
その形態も必ずしも平和的なものとは言い難いものがあったはずです。
にも関わらず、これらの地域では先史時代の地名が住民に代々受け
継がれているわけですから、結局このことは、たとえ文字がなくても古い
地名がその土地に住む者によって代々受け継がれていくことを示す格好
の例と言えるのではないでしょうか。
247 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/03(火) 12:16 ID:XAcY9JRo
>>238
失礼しました。夫餘系の地名が三つあるというのは私の記憶違いでした。
弁韓地域に夫餘系言語を話す人々がかつて存在した証拠と言われるものが
三つあるということです。そのうち地名が二つを占めるので、混同してしまい
ました。以下、具体的に示せば次の通りです。
(1) 「栴檀梁 城門名 加羅語謂門為梁云」(『三国史記』)
「梁」は朝鮮語の訓読字で「dol※」と読むので、古代日本語の「ト(戸・門)」
と一致します。高句麗語資料には見えない語ですが、日本語が高句麗語
と同じく夫餘系言語である可能性が高いこと、満州語で「門」を「duka」という
ことから、夫餘系の言葉と推測され得るものです。
(2)「玄驍県本推良火県一云三良火」(『三国史記』)
「玄驍県」は弁韓の地名ですが、その古名「推良火県」の「推」は朝鮮語の
訓読字で「mil」と読むので、その別名「三良火」の「三」もまた「mil」と読むと
いうことになり、高句麗語の「三」である「mil」と一致します。
(3)「[冫ヒ/木][β是]郡本[冫ヒ/木]吐郡」(『三国史記』)
「[冫ヒ/木][β是]郡」もまた弁韓の地名ですが、「[β是]」は「堤」の意の漢字
ですので、この地域では「堤」を「tu」と言ったことがわかります。しかしてこれ
は高句麗語とも完全に一致します。
※李基文『韓国語の形成』による。ただし、同『韓国語の歴史』では「tur」と再構。
248 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/03(火) 15:05 ID:XAcY9JRo
>>245
『三国志』の成立は3世紀後半、『梁書』の成立は貞観三年ですから629年の
ことですね。そういう意味では最低でも330年は違うということになりますが、
426年頃成立の『後漢書』に高句麗について「東夷相伝ヘテ以テ為ス/2夫餘ノ別種ト/1。
故ニ言語・法則多ク同ジ。」、東沃沮について「言語・食飲・居処・衣服有リ/v似タル/2
句驪ニ/1。」とありますので、これを加味すればもう少し縮まります。
また、百済について言えば、644年頃成立の『晋書』に咸安二年(372)の記事
として「遣シテ/v使ヲ拜シテ/2百済王餘句ヲ/1為ス/2鎮東将軍、領楽浪太守ニ/1。」と
あり、4世紀の百済王の姓が「餘」となっていること、更に6世紀後半成立の『北魏書』
に「百済国ハ、其ノ先出ヅ/v自リ/2夫餘/1。其ノ国北ハ去ルコト/2高句麗ヲ/1千餘里、
処リ/2小海之南ニ/1。其ノ民ハ土著ニシテ、地ニ多ク/2下湿/1、率#テ皆ナ山居ス。有リ/2
五穀/1。其ノ衣服・飲食与/2高句麗/1同ジ。」とあり、延興二年(471)に百済王が
北魏皇帝に送った上表文にも「臣ト与/2高句麗/1源出ヅ/2夫餘ヨリ/1」と述べられて
いますから、その差は更に縮まります。
以上を勘案すれば、3世紀の高句麗と6世紀以降の高句麗をわざわざ別系統と
しなくてはならないような理由は特にないと言ってよいのではないでしょうか。
249 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/03(火) 20:21 ID:XAcY9JRo
>>229
>金東昭著、栗田英二訳「韓国語変遷史」
今日その本を、古代朝鮮語に関する部分だけですが、ざっと立ち読みして
参りました。いやあ、まさしく私や李基文などの意見と真っ向から対立する
内容でしたなぁ(藁。何せ短時間の立ち読みなので、誤読している恐れは
多分にありますが、古代朝鮮語に関しての彼の主張をぶっちゃけて示せば、
『三国史記』の地名語源説から導き出されるものがその土地の言語を反映
しているという確証はなく、むしろその語源説は新羅人が作り出したものなの
だから、各地の地名から再構されるのはすべて新羅語と見るべきであ〜る!
てな感じでしょうか。
なるほど、確かに半島地名の中国式への変更は8世紀のことですから、
時代的には統一新羅の話です。よって、その地名語源説が統一新羅時代
のものである可能性もないとは言えません。しかしながら、そうやって再構
された言葉が高句麗・新羅・百済の領域ごとに異なっている(ように見える)
という事実は、古代の半島の言語が単純なものではなく、国ごとに異なって
いたことを強く示唆するものです。しかも、彼の説では、例の高句麗語の数詞
のうち、金氏自身も認める「mir(3)」が、高麗語では「sei」、中期朝鮮語では
「s∂ih」と、まったく異なる系統のものに置き換えられていることを合理的に
説明出来ないという問題点があります。まさか固有語の数詞が複数あるはず
もないでしょうからねぇ。
正直、彼の言い分を見ていると、自説にとって都合の悪いものは何かと
けちを付けて排除しようとしているという印象を強く受けます。例えば、夫餘
系と韓系の言語的対立の例として挙げられているものは、用例が1例しか
ないから信頼性に欠けるとか、はっきり夫餘系言語であるという確証がない
とか言って取り上げず、彼にとって都合のよいものだけで説を作っているよう
に見えるのです。こう言っては何ですが、私には彼が半島はすべて韓国の
ものである、いや、そうでなければならないという予断を持って事に当たって
いる人のように見えて仕方がないんですよね。結局、彼もまた民族主義史観
の犠牲者ということなのでしょう。そういう意味では、さん君の言語学者版とも
言えますな(w。恐るべし、韓国の民族主義史観!
250 名前:
237です。
:2003/06/04(水) 00:39 ID:5sx880c6
>>娜々志娑无さん
丁寧な回答ありがとうございます。素人が思いつく程度の事は既に研究の
対象になってるものなのですねえ、やはり。
文字が無くても地名が残ると言う事については、一昨日買った東京書籍の
『ケルト歴史地図』と言う本にも書いてありました。「インド=ヨーロッパ
語族の故郷はヨーロッパではない。初期ヨーロッパで話されていた言語はイ
ンド=ヨーロッパ語ではなかった。それらは〜たとえばエトルリア語やイベ
リア語などだが〜碑文として残っているが、地名や後代の言語のなかに痕跡
として残っている語(たとえば、昔スコットランドで話されていたケルト語
のひとつピクト語)からして、インド=ヨーロッパ語とは別の言語が存在し
ていたことが想像される。今日のバスク語はそうした言語の唯一の孤独な生
き残りなのかもしれない。」だそうです。
しかもその地図によればスコットランドへ印欧語(ケルト語)が伝播する
のが紀元前500〜300年頃の話だそうで、(議論の必要のある新しい説では紀
元前4000年前後)どうにも数百年やそこらでは地名の痕跡は消滅しないよう
です(^^;全然あかんですねえ。それでも馬韓に不彌國(倭国にも不彌國が
ある。)弁辰に弁辰彌烏邪馬國(邪馬は倭語では・・・)とかあるのを見る
となんか想像がそっちの方向へ行く(^^;
ところで全然話が変わりますが、以前娜々志娑无さんがまとめていた(李
基文氏の説)新羅語の特徴等を見るに、寡少な資料からでも意外にいろいろ
な事が分かる物だと驚いた物ですが、魏志倭人伝等の資料から、弥生時代の
日本語についてどの程度分かる物なのでしょうか?卑拘・卑弥呼の表記から
当時は完全にハ行音がP音だったらしいのは素人目にも分かりますが、好古都
國の好はH音だとか卑弥呼の呼もH音だとかで、そう単純でもないようです。
だけど呼の音読みが「こ」だと言う事はやっぱり日本人には「ホ?」が発音
出来なかったようにも思えますし・・・。
長くなってしまったので続きます。
251 名前:
237です。
:2003/06/04(水) 00:41 ID:5sx880c6
続きです。
もう一つ当時の日本語について疑問なのですが、以前漢委奴国王の奴国に
ついて古い日本語の一人称「ナ」の存在が推定から、歴史上初めて記録され
る倭人の国名が奴国だと言うのが興味深いと言う書き込みをされていました
が(民俗と言語〜の71番)、魏志倭人伝その他に出てくる倭人の国名に、やた
らと「奴」で終わる名前が多い(奴國が二つ・狗奴國・彌奴國・姐奴國・蘇
奴國・華奴蘇奴國・鬼奴國・烏奴國・多婆奴國)事を考えると、一人称代名
詞と言うよりは、地震(なゐ)の「な」の存在から大地を意味する「な」が
存在するとの事(民俗と言語〜の163番、海底少年さんの引用)なので、そち
らと結びつけて古代日本語で地名につける語の一つだったと考えたくなります。
そういう流れで奴国の「ナ」は「なゐ」の「ナ」なんじゃないかなーと愚考し
ているのですが、やはりこれも問題ありでしょうか?
言語学と違って歴史の方には少々オタク的知識を持ち合わせている(^^;
のですが、中学・高校の頃読んだ古代日本を扱った本の中に、「奴」で終わる
地名が多いのは、奴国の住民が作った植民地だからだと言う物がやたらと多か
ったので気になってます。中高生の頃はそれで納得してたんですが・・・。こ
の説の真偽はともかく、「奴」で終わる地名は確かに多いので。
ついでに羅と奴・・raとnaを結びつけて、朝鮮半島にある羅や盧・廬がつく
地名は実は倭系=夫餘系の地名なのだ・・・とか(^^;倭にも馬韓にも「不
彌國」があるし、弁辰には弁辰彌烏邪馬國ってのがあって、その邪馬ってのは
倭にも邪馬國・邪馬臺國があるから日本語の「やま(山・邪馬」でやっぱり半
島南部には夫餘系が・・・って、やめます(汗)
脱線部分が多くなってしまいました。何か次々と質問を追加してしまって申
し訳ありませんが時間が余ってれば弥生時代の日本語についてどの程度の事が
分かる物なのか御教授下さい。
252 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/04(水) 17:12 ID:E31e2iOo
>>250-251
237さん
弥生時代というと、卑弥呼の時代はぎりぎり入るか入らないかというあたりですね。
仮に卑弥呼の時代を弥生時代に含めるとしても、存在するのが漢字で記された外国
資料で、しかも固有名詞がほとんどですから、言語資料としては甚だ貧弱なものと
言わざるを得ません。新羅語の場合は、同じ漢字資料と言っても、国内資料であり、
且つ地名語源説を利用して一般名詞を再構でき、且つまたそれを補う吏読などの
資料もありましたからねぇ。3世紀及びそれ以前の日本語に限って言えば、条件的
には一層厳しいものと言えるでしょう。まぁそれでも、固有名詞を解析することで、
「ワ(我)」「ヒ(日)」「ミコ(巫女)」「ヒコ(彦)」「ヒナ(鄙)」「モリ(守)」等、若干の一般
名詞を再構することは可能ですし、借音表記として使用された漢字に[-p][-t][-k]
等の韻尾が付いていないものが多く選ばれていることから、当時の日本語の音節
構造は奈良時代以降と同じ開音節(音節末が必ず母音で終わるもの)であったという
こともある程度推定可能ではありますが。
hの音については、「卑弥呼」を「日+巫女」と分析する私の立場から言えば、奈良
時代同様、3世紀の日本語の音韻体系の中には存在しなかったということになります。
日本語の子音で声門摩擦音hに最も調音点が近いのは軟口蓋破裂音kですから、
上代から中古にかけての日本人がhの頭子音を持つ漢字音をカ行音で受け入れた
ように、3世紀の日本語においても、kはもちろんのこと、hの頭子音を持つ漢字音も
基本的にカ行音として捉えるべきでしょうね。
ただ、同じh音でも、唇音的介母-u-を含む漢字の場合は、ワ行音を音写した可能性
がありますので注意を要します。5世紀後半の金石文である「稲荷山古墳鉄剣銘」と
「江田船山古墳太刀銘」に見える「獲」の漢字音は[hua]のようなものであったと推定
されますが、日本語のワの借音として使用されていますからね。
253 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/04(水) 17:16 ID:E31e2iOo
(続き)
奴国のナの語源については、確かに私は前スレだか前々スレだかで古い一人称
代名詞起源説を挙げたことがありますが、あれはこういう考え方も出来るんだよ、と
いう程度のものでして、可能性としてはともかく、実際に私がそれを積極的に支持し
ているというわけではありません(^^;。お説のように、「ナ(大地)」に語源を求めると
いうのもありでしょうし、奴国の植民地云々はともかくも、半島の地名を構成する要素
として知られるra(羅)やその変化形ya(耶)と結び付く可能性もなしとは言えません。
ただ、所謂「奴国」とそれ以外の「奴」を含むものとは別扱いする必要があるかも知れ
ないということだけは申し上げておかなくてはならないでしょうね。何となれば、「奴国」
という表記は他のものと違って一時代前から使用されていたものだからです。
『後漢書』によれば、「奴国」は西暦57年に後漢に使いを送っています。即ち、この
国の漢字表記として「奴」が宛てられたのは57年の話なわけです。一方、「狗奴国」
以下の国名の方は『三国志』魏志東夷伝倭人条に登場するのが初めてなわけです
から、これらの漢字表記の成立時期は『三国志』の成立年代から言えば3世紀末、
邪馬台国が魏に使いを送った時期まで遡らせたとしても239年の話です。結局、
約200年ほど「奴国」の方が先行するわけですね。漢字音は時代によって変化し
ますから、1世紀の漢字音と3世紀のそれとがまったく同じである保証はありません。
一般に、発音は変わっても表記は固定する傾向が強いことを勘案すれば、「奴国」の
「奴」が上古音[nag]によってナと読めるからと言って、魏志倭人伝の「奴国」以外の
国の「奴」もまたナと読めるとは限らないのです。場合によっては中古音[no]に従って
ノと読むべきかも知れないわけですね。もし「奴」をノと読めれば弥奴国=美濃説に
とっては甚だ具合がよいということになります。しかしそうすると今度は「卑奴母離」が
「ヒナモリ」と読めなくなって、「鄙守」説が破綻してしまうことにもなりますが(^^;。
ことほど左様に魏志倭人伝は扱いが難しい資料なのであります。
254 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/05(木) 01:57 ID:vPvm1wrY
>>253
と、書いてはみたものの、実際問題として、高々200年程度の時間の経過で
漢字音がどれほど変化し得るものなのかということになると、私も専門外なもの
ですから自信はありませんです(^^;。隋唐より以前の漢字音(上古音)の変遷
は、資料上の制約のため、あまりはっきりしたことは言えないようですしね。ここ
はやはり専門家の日語商売さんのご降臨を願った方が宜しいようで。
255 名前:
日語商売
:2003/06/05(木) 03:49 ID:lWkcMJFs
>>254
召還されたので寝る前にちょっとだけ。。。
隋唐以前の漢字音、特に漢時代の音韻の状態については、資料が押韻等に限定され、
しかもそれが前後の時代より相当ゆるい(やや似ている音ならば押韻し合う)ので、
非常に分かりにくいところなんですよ。
上古音の具体的な音価についても、論者によってかなり違うので、枠組みがわかるってだけで、
細かいところについてはまだ固まっていないというのが実際のところです。
ここでよく使っている藤堂氏の推定音も、今現在の説とは相違する点がいくつかあります。
まぁ、そのくらいわからんところが多いので、そこから更に資料の少ない、
半島や日本列島の言語を探るのは、難しいことなんです。。。
中公文庫の「日本の歴史」シリーズの中で、森博達氏がいろいろ論じているので、
それを紹介したいところですが、今手元にないので、また次の機会ということで、
今夜はご勘弁を。
256 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/05(木) 14:45 ID:8W/nuTmI
>>255
日語商売さん
真夜中にお呼び立て申し上げたるところ、即座のご降臨、近頃忝う御座りまする。
要は、外国資料、とりわけ漢文表記された固有名詞の解釈は極めて厄介なものだ
ということを言いたいだけなんですけどね。漢字音は時代により地方により相違が
大きいので、いつの時代のどの地方の漢字音を利用して再構すればよいのかが
まず問題ですし、古代の漢字音は不明の部分が大きいと来ています。更には、
書写の誤りや誤伝の可能性も考慮しなくてはなりませんし、「奴国」の例のように、
命名の時期も問題になります。英語の綴りを見ればわかりますように、表記は一度
固定してしまうと、その後いくら発音が変化してもその影響を受けにくいという性質が
ありますからねぇ。
257 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/06(金) 03:14 ID:pl7Z0/06
魏志倭人伝に出てくる
彌奴國
姐奴國
蘇奴國
華奴蘇奴國
鬼奴國
烏奴國
狗奴國
(委奴国)
国の前の奴は助詞の「の」ではないでしょうか?
朝鮮半島南部の地名の語末にある「ラ」が助詞の可能性はありますか?
258 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/06(金) 14:56 ID:jBFB2a66
>>257
う〜ん。どうでしょう。これらの「奴」が連体助詞ノを借音表記したものとすると、
邪馬台国や伊都国、対馬国などにも「奴」が欲しいところですが、そうでない
ところを見ると、助詞ノ説は難しいのではないでしょうか。それに、中国人が助詞
ノの部分まで固有名詞に含まれると勘違いしたことが確実な例というのもちょっと
思いつきませんしね。同様に、朝鮮半島南部の地名のraも助詞の類とは取り難い
ように思います。別に確証があるわけではありませんが、私としては「奴」は日本
語の名詞「野(の)」を借音表記したものと取りたいですね。raについてはちょっと
わかりませんが、朝鮮語の「国」を意味する名詞naraのraは接尾語として切り出す
ことが可能みたいですから、接尾語になる以前の名詞raに「国」とか「地」という意味
があったと考えることが出来れば誠に具合がいいのですけど、どうなんでしょうね。
259 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/06(金) 23:18 ID:TJGHs0y2
>>258
ありがとうございます
(まなこ)の(な)が助詞(の)の古形
紀伊国屋(きのくにや)から一文字の国名には助詞が付くの自然かと思ったのですが、
多婆那国=丹波の国
オキナワ=沖の倭
素人の思いつきです。(^^;
260 名前:
貴須王の孫
:2003/06/07(土) 01:41 ID:dSzGPiKQ
沖縄ってのは、「オキナハ」だと思うのだけど。つまり「沖那覇」。
まあ、これも素人の考察なんだけど(笑)
261 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/08(日) 02:57 ID:UIiO/Deg
奴国は「儺県(なのあがた)」の「な」でそ
262 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/08(日) 04:56 ID:SPLYDTj6
>>261
>>259
で私が「の(野)」と取りたいと言っている「奴」は
>>257
で挙げられて
いる「〜奴国」の「奴」です。単独の「奴国」の方までそう取ろうと主張している
わけではありませんので、念のため。いっかなデムパ中毒の私でも、かの
金印を否定するほど毒されてはいませんよ。
263 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/06/08(日) 12:12 ID:TMgJ40EQ
そういや、金印そのものが贋物って説もあったと思ったんですが、
そこらはどうなんですか?
264 名前:
名無しさんは半万年の歴史ニダ
:2003/06/09(月) 17:05 ID:6pAciTHU
http://www.spacelan.ne.jp/~poki/log/kudara-1.jpg
" target=new>
http://www.spacelan.ne.jp/~poki/log/kudara-1.jpg
ま、ちょっとした言葉尻の違いをあげつらうなど、大百済帝国の壮大な浪漫の前には小さいものですw
日本人の電波は、なかなかこうまではたどり着かないよな〜
265 名前:
貴須王の孫
:2003/06/10(火) 23:29 ID:5APAhS72
印綬ってのは中国の王朝が変わると回収され、新しいのに交換されるからね。
だから日本から出土するのはおかしい、という声もあった(らしい)。
でも倭人伝にあるとおり、倭国では「倭国乱」の時代、「歴年主無し」という時期が
あったので、倭国王が金印を持ったままどこかに逃げてそのまま滅んだ可能性がありそう。
いずれにせよ、贋作が志賀島から出土することは無いと思う。
ちょっと想像なんだけど、漢倭奴国王印が志賀島から出土した、ということで、
「親魏倭王」の印は、能古の島に埋まっているような気がするんだけどなぁ・・・
あの2つの島、なんとなく一対のような気がするんだよな・・・なんとなく、だけど。
266 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/11(水) 00:05 ID:G1sj4XFk
>>265
貴須王の孫さん
ほんと、そろそろ「親魏倭王」の金印がどこかから出土して欲しいニダ。
ウリはいいかげん「邪馬台国論争」Uzeeeeeeeee!って感じになって
いるので、早く決着付けて欲しいニダ。ウリは畿内でも九州でもどっちでも
かまわないニダもんね。
267 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/11(水) 00:19 ID:jHB6hYFk
娜々志娑无先生、〈倭人語の解 読安本美典 著〉に助詞説がありました。
http://www.bensey.co.jp/book/1398.html
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http://www.bensey.co.jp/book/1398.html
すべての「倭人語」が「万葉仮名の読み方」で読める/
国名は「奴」の字のつくものが多い/
「倭人語」の「奴」は、助詞の「の」の意味の「な」
/「蘇奴国」は、「佐嘉(賀)郡」の地/
言語学素人の安本美典氏なのが不安ですが
268 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/11(水) 00:20 ID:G1sj4XFk
ところで、最近例のさん君との絡みで、個人的に高句麗語(『三国史記』
地理誌の地名から高句麗語を再構するってやつね)のデータを収集して
分析するという作業をこつこつとやっているのですが、これが中々どうして
面白い。ざっとですが全例を個人的に分析してみたところ、日本語との対応
例は従来指摘されていた30語余りよりも多い40例、即ち半数にまで達して
しまいますた(藁)。まぁ中にはカナ〜リ怪しいものもあったりするんですが、
先行研究の方も実は似たり寄ったりでして(w。何にしろもう少し腰を据えて
検証する必要があるということで、一つ一つ整理・検討しているところです。
現在は約80語中30語程度まで分析が進んでおりますが、正直、更に対応
例が増える悪寒、もとい、予感。今や私はデムパ言語学街道まっしぐらって
感じですワ(w。
そんなわけで、このスレをごらんになっている皆さんにご相談なのですが、
皆さんはこういうのに興味はおありですか。もし興味があるのでしたら、ある
程度データが揃ったところで、総督府にスレ立てして分析内容をその過程と
ともに公開しようかとも思っているのですが。その上で、私の分析を叩き台に
してあれこれ論じ合うという風にしてはどうでしょうか。実際、高句麗語に関し
ては私も皆さんも素人同志なんだし、やりようによっては結構面白いスレに
なるかもという気がするのですがね。
269 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/11(水) 00:25 ID:G1sj4XFk
>>267
う〜む。安本さんはそんなことを言い出しているのですか。氏の邪馬台国
関係の本は全然読んでいないので存じませんでした。古代史が絡むと、
どんな学者もどこかデムパがかって来るような気がします。実際この私自身
がそうなんですもの(whhh)。
270 名前:
貴須王の孫
:2003/06/11(水) 00:48 ID:Rja9Egbk
安本氏ねぇ・・・ 幼女誘拐のM事件の筆跡鑑定で、「今田勇子=今だから言う」説を
マスコミに話してた印象しかないなぁ・・・
あとはせいぜい古田武彦をムキになって叩いていることくらいか。
271 名前:
229
:2003/06/11(水) 00:53 ID:mYfyuRYc
どうも返事が遅れました。
久しぶりに本屋をのぞいたら、もうその本は消えていました。
明石書店に金を貢ぐのは癪にさわるし、図書館にも置いてないし、
どうしようか思案しつつ。
やっぱり地名の意味は、高句麗語でないなら、
新羅語と異なる単語は何語なのか、という突っ込みが入りますよね。
私はむしろ百年ほどのモンゴル支配が言語に与えた影響や、
ハングルのマイナー字母の話の方にひき付けられたんですが、
本を参照できない状態になってしまいました。
272 名前:
日語商売
:2003/06/11(水) 01:31 ID:6gCMnqJw
ども。まずは亀レスですが。。。
>>259-260
「沖縄」の語源については「おき(沖)+な(魚)+には(庭、場)」だと聞いたことがあります。
ソース失念してしまってスマソ。
>>267
安本氏の著書も以前はよく読みましたが、今では「どうなんだろうなぁ」ですね。
たとえば「蘇奴国」を「佐嘉(賀)郡」にあてる説ですが、これは「蘇」の上古音が
藤堂明保氏によれば [sag] と推定されるってのを根拠にしていますが、
実はこの音の語末の -g は、『詩経』などにみられる押韻や、諧声符の使い方の上で、
-k や -ng を持つものとつながりが深いってことから仮定されたもので、
本当にそういう音だったか確定的な証拠が薄いのです。
しかも藤堂氏の説に従っていくと、中国語は大昔には閉音節ばかりで、開音節がないことになり、
現代の世界中の言語でほとんど見られない音節構造を持つ言語だってことになってしまいます。
というわけで、最近は「蘇」の上古音については、末尾に子音を持たない [sa] と推定する説が大勢です。
(母音は軟口蓋調音の性質もあって、-k や -ng と音声的な響きがやや似ているのです)
実際、藤堂氏もあるところで「上古音の推定音は代数式のようなものである」と言っています。
そういう不確かなものをさも現実の音のように扱ってしまっては、せっかくの解読も
価値が半減してしまうでしょう。
273 名前:
日語商売
:2003/06/11(水) 01:43 ID:6gCMnqJw
>>268
私は大賛成です!
関心のある分野ですし、何らかの力になれたらと思っております。
>>270
たまにマスコミに出てきてはいろいろ話していきますよね。
ただ、彼が編集主幹をしてる『季刊邪馬台国』は、大部分彼の説の垂れ流しですが、
昔の貴重な論文とか、歴史デムパの話とか(書いてるのはと学会会員の原田実氏)面白いものも
多いですな。
古田武彦の説、こっちでは信じてる人がけっこういて頭いたくなります。
まぁルサンチマンと俺様的思考と恣意的解釈てんこもりですから、同じような思考パターンを持つ
半島人と相性がいいのかと妄想してみるてst
274 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/11(水) 03:10 ID:T1C6RMMU
関係ないけど、この↓スレ、原田実氏が立てたものらしい・・
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1050575790/
" target=new>
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1050575790/
275 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/11(水) 10:21 ID:emkAfWR6
朝鮮の印綬は今いずこ?戦乱で失われたんでしょうか?
ところで明が足利義満に贈った金印は片手で持てないくらい大きなものだったそう。奮発してる感じですな。
276 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/12(木) 00:08 ID:aW86DnAc
>>273
日語商売さん
それでは近いうちにスレ立て致します。日語商売さんにはぜひとも漢字音
関係を厳しくチェックして頂ければ幸いです。現在、50項目あまり終了。
早ければこの土日にでもスレ立て出来るかもです。
277 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/12(木) 01:51 ID:Al8Fnfvw
>>276
議論にはとても参加できそうもありませんが、非常に興味があります。
スレ立ての日を楽しみにしています。
278 名前:
日語商売
:2003/06/12(木) 01:55 ID:5lBT6R52
>>274
うわ、最初よくある騙りかと思ったら、本人何度もカキコしてるし、晒してるし、
すごいと言うかお暇と言うか。。。
また目が離せないスレが出来てしまいましたw
>>276
では、よろしくお願いします。
ただ、20日前後に日本に一時帰国しますので、もしかすると手元の資料不足で、
適切な情報提供等できないかもしれません。
その時は何とぞご容赦を。
279 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/15(日) 23:41 ID:G3Z3BhMs
「桓因」という名前について
韓国の学者の中には「桓国」が正しいと主張する者がいて、
日本の学者今西龍が、桓国を桓因に捏造して広めたといっているそうですが、
このことについてくわしく知っている方はおられますか?
280 名前:
:2003/06/16(月) 00:18 ID:0dVY8PZ.
>>279
以前他スレで話題になってました。
【選択】半島文学概論【科目】
ttp://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&st=196&to=209
281 名前:
日語商売
:2003/06/16(月) 00:29 ID:EDip0Vp2
>>279
確かに韓国に残る本の中には「桓因」を「桓国」とする本がいくつかあるようなのですが、
たとえそちらを正しいとするにしても、今西龍が「国」を「因」に捏造したとするには、
根拠があまりないと思います。なにしろそれで日本側が得するとは思えないしw
それに「桓因」の方が、仏教者の語る説話としてはふさわしいと思います。
「桓因」ならばこれは帝釈天をあらわすサンスクリット語の音訳(の略)ですから。
この辺の事情は、
【選択】半島文学概論【科目】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&ls=50
" target=new>
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1043056248&ls=50
の、192-209辺りをお読み下さい。なぜそんな異文が出来たかについても、
少々拙論を述べております。
ところで、メル欄に空白が沢山入っているのは仕様でつか?
282 名前:
日語商売
:2003/06/16(月) 00:30 ID:EDip0Vp2
おっとかぶってしまった!!
逝ってきます。。。
283 名前:
鄭聲之
:2003/06/16(月) 04:30 ID:asaVhlWQ
>>281
そのスレの209に「因の字のクニガマエの中の大が工だった」というような意味のことが書いてありますが
工ではなく士だったはずと思います。その上から紙を貼って因の字に書き直してあったと
今西龍が書いてるのを読んだ記憶があります。今西が捏造犯にされたのはそこらに経緯があるのでは。
桓國説は←或←王←士という流れででてきたんでしょうが
桓因が神名(人名?)でなく国名だとすると三国遺事の文章の流れがおかしくなってしまうとは
韓国人は思わないのだろうか?
284 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/16(月) 10:18 ID:qj7UWpHc
>>280
>>281
>>283
ありがとうございます。
「桓国」が正しいとする学者は、
1512年李朝中宗7年に慶州府尹・李継福が重刊した正徳本には「桓国」となっている、
また崔南善編の『三国遺事』には「桓国」となっていると主張しているそうです。
285 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/16(月) 10:25 ID:qj7UWpHc
あと、もうひとつ電波説(?)を紹介すると、
10月3日の開天説(檀君が王都を定めた日)について、
10月は大きな祭りの日で、神々はすべて韓国に集まります。だから、日本の
10月は神無月(神様が一人もいなくなってしまう月)だと主張する人も
いるのだそうです。
286 名前:
日語商売
:2003/06/16(月) 12:40 ID:EDip0Vp2
>>283
鄭聲之さん
ご教示ありがとうございます。
あの「因」の異体字の話は、「因」に「くにがまえに工」と書く異体字が存在するので、
それを媒介にして誤写が起こったのでは、という可能性について言及しただけのことだったのですが、
実際に「くにがまえに士」という字体だったのですね。
で、それに訂正を加えて、紙を貼って「因」と書き直したばかりに、あたかも広開土王碑に石灰を塗って
字を訂正したがために一時期改竄者のレッテルを貼られた酒匂大尉のような汚名を着せられたのですな。
いやぁ、実は私、論文のためにある漢籍資料の諸本比較と校訂をしているんですが、
清代の学者が集まって作った版本は訂正し過ぎてかえって原本の状態を保ってないようだし、
さりとて古い写本は誤写だらけでわけがわからないところがぼろぼろって状態なんですよ。
そこでいろいろ考えて訂正加えたり、より古い状態を保ってそうな本文を採用したりして、
なんとか原本に近い状態を掘り出そうとするのですが、これは文献を扱う学者にはごく当たり前の
作業でしょう。
しかしそのごく当たり前の作業を行ったばっかりに、捏造の汚名を着せられるとは、
本当に、学者とは因果な(国果にあらずw)商売だとつくづく思います。
まぁ日本にも「邪馬臺国ではない、邪馬壹国だ!」とこだわり続けて変な方向行った
学者先生もいらっしゃるようで。。。自戒せねば自戒せねばw
287 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/16(月) 18:44 ID:1sdiLNPM
>>286
「万葉集は韓国語で読める」と主張していた李寧熙女史は、
古田武彦氏の「邪馬臺国ではない、邪馬壹国だ!」説を
支持しておりましたっけw
彼女によると、邪馬壹国は「ヤマイッ」「ヤマイ」と発音し、
古代韓国語で「ヤマつながり」「ヤマ続き」「ヤマ継承国」なる意味の
国名だそうです。
そして「ヤマ」とは『魏志』東夷伝に出てくる「彌烏邪馬国」のことであり、
その分国が邪馬壹国なのだと。
288 名前:
めし研より出張
:2003/06/17(火) 21:16 ID:Pyx9Tt.E
仏様、外来の神様なのに「ほとけ」と訓読みするのは何故ですか?
もしかして、古代朝鮮語ではポトケと言ったのでしょうか?
289 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/17(火) 21:51 ID:wtTRqTJw
>>288
めし研より出張 さん
おお、何と言うタイミングの良さ。ちょうど
高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055576517&st=45&to=45&nofirst=true
" target=new>
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055576517&st=45&to=45&nofirst=true
にその話題を書き込んだところでし。これを信じるも八卦、信じぬも八卦ということで(w。
290 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/17(火) 22:08 ID:wtTRqTJw
>>288
めし研より出張さん
ところで、めし研って何どすか。
291 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/17(火) 22:15 ID:wtTRqTJw
>>288
めし研より出張さん
http://ex.2ch.net/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055769093&st=885&to=885&nofirst=true
" target=new>
http://ex.2ch.net/test/read.cgi?bbs=korea&key=1055769093&st=885&to=885&nofirst=true
今わかりました。飯嶋酋長研究スレのことですね。あのスレ、展開が速過ぎて
ウリには中々ついて逝けないニダ!(泣)
292 名前:
めし研より出張
:2003/06/18(水) 00:20 ID:ej9yfPpY
>>289
おぉ〜すばやい返答カムサハムニダ
ブッダ→中略→ホトという説があるのですね
それよりもケが百済経由かも、という論は激しく惹かれますw
さきほど、めし研で宗教談義してたもんでこんな質問させていただきました
飯嶋研究って脱線しまくり、こんなおいらも暇な時だけ読むだけです^^;
293 名前:
鄭聲之
:2003/06/19(木) 09:17 ID:KQ9Wcwxk
>>286
>で、それに訂正を加えて、紙を貼って「因」と書き直したばかりに、あたかも広開土王碑に石灰を塗って
>字を訂正したがために一時期改竄者のレッテルを貼られた酒匂大尉のような汚名を着せられたのですな。
だいたいそのとおりなんですが、今西龍は「紙を貼って「因」と書き直し」てあった、と論文の中で
報告しているだけで、今西本人が「紙を貼って「因」と書き直し」たわけではないようです。
294 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/19(木) 13:36 ID:LAbf5/Yo
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1055852627/341
" target=new>
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1055852627/341
341 名前:小魚☆(゚x゚)スッパー ◆fish//BBj. [] 投稿日:03/06/19 13:02 ID:KGEvVCfx
おみこしを担ぐときの掛け声「ワッショイ」は
朝鮮語の「ワッソ」が由来だってワイドスクランブルの夕刊キャッチアップ(?)で今言ってたぜ〜。
(新聞の記事がソース)
_| ̄|○ 日本のマスコミはもうだめぽ
奈良のことも言ってたな、その番組で。
295 名前:
名無しさんはポシンタン
:2003/06/22(日) 01:41 ID:wMk6n5fs
>>274
のスレ、原田実あっけなく撃破されて雲隠れ・・・・
296 名前:
徹
:2003/06/22(日) 12:04 ID:G72wMcTU
>>294
「ワッソ」や奈良の話はよく知りませんが、あれは文字通りの”ワイド”
ショー番組です。基本的に、お気楽無責任な態度でながめるべきもんでしょう。
まあ、まともに受け取る一般人が多そうですが。
この前は警察内の啓発ビデオで「さすまた」などの使用も考慮するうんぬん
という部分を紹介するのに、説明フリップ画面が「さるまた」になってました。
小木アナも「え?さ、さるまた・・・?あ、さすまたの間違いですね」だと。
狙ったのか?たしかにバカ受けしちゃいましたが。
さすまた
http://www.goshin.co.jp/sasumata.html
" target=new>
http://www.goshin.co.jp/sasumata.html
さるまた
http://www.geocities.jp/panji_210/syohinORs-sarumata.htm
" target=new>
http://www.geocities.jp/panji_210/syohinORs-sarumata.htm
大下容子アナが降板したら見てやらない。w
297 名前:
徹
:2003/06/22(日) 12:31 ID:G72wMcTU
追伸訂正。
フリップの文字が、です。いくらなんでも「さるまた」が映った
わけじゃありません(w
298 名前:
みや ◆F/o4D3II
:2003/06/24(火) 00:17 ID:nlnyYyvY
ななし先生に質問
今日、北朝鮮の歴史教科書の邦訳を買ってきたのですがその中に
「偉大な首領様の崇高な愛国愛族の思想と、千里慧眼の叡智によって、主体82(1993)
年2月、檀君陵では檀君の遺骨と遺物が発掘されたし、それが5011年前のものだという
ことが科学的に確証された。これと同じくして、古朝鮮の神誌文字も発掘された。」P97
この「神誌文字」は学会発表があったのでしょうか?
299 名前:
娜々志娑无 ◆NcNEDmUA
:2003/06/24(火) 11:26 ID:XUiYhPGI
>>298
みや さん
寡聞にして私はその「神誌文字」とやらについての学会発表があったということを
聞いたことがありません。まぁ私は専門柄、朝鮮語学会とはまったく接点がないので、
私が知らないだけかも知れませんが。下記のページによれば、ハングルは檀君朝鮮
時代の「神誌文字」を淵源とし、それを創造的に発展させた文字なのだそうですが、
いくらぐぐって調べてみても、一向に写真の類が出てこないのですが、どうしてなん
でしょうねぇ。5000年前の文字ということになれば、世界最古ですよ。あの北朝鮮が
この手の発見を大々的に報道しないなんて変じゃないですか。きっと大っぴらに出来
ない理由があるのでしょうよ。
http://www.korea-np.co.jp/Sinboj/sinboj2001/10/1015/63.htm
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http://www.korea-np.co.jp/Sinboj/sinboj2001/10/1015/63.htm
そもそも、「神誌文字」のような文字が古代より存したなら、吏読などという七面倒
臭いだけの表記体系を編み出す必要なんてないはずですが、これって北朝鮮では
禁句なんでしょうね(藁)。
300 名前:
鄭聲之
:2003/06/24(火) 13:40 ID:P051eVuI
神誌文字って桓檀古記に出てくるやつじゃ…。
別名「加臨吐」っていうやつだよね?
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