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レス数が950を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
【電波系大道芸】

1 名前:本@外郎売りver.は断念:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU

古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!

前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50

旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50

あ、さて、さてさてさてさて……

301 名前:日語商売(休業中):2003/06/24(火) 13:57 ID:a8nSfhyI

>>298
たしかいつぞやのと学会年鑑で、上にも登場した原田実氏がそれに関する話を発表していましたな。
内容は忘れてしまいましたが、なんか遺物に書かれていた記号状のものをそう呼んだようで・・・

学会発表と言っても、北朝鮮国内の考古学会や言語学会で発表したとすれば、
我々第3国の人間は発表の結果をまず目にすることはできないでしょうし、
他国の学者が検証するにたえる報告がなされるかどうかも、覚束無いでしょう。

302 名前:日語商売(休業中):2003/06/24(火) 14:48 ID:a8nSfhyI

>>295
とりあえずレスしておきますと、月曜にカキコあったんで雲隠れってことはないようです、ハイ。

303 名前: :2003/06/24(火) 15:59 ID:q2curycw

ハン板で、娜々志娑无 ◆NcNEDmUA先生を見かけたんでちょっと質問。
ちょっと前に、国語学会を日本語学会に変更しようと選挙があったと思いますが
結果はどうなったんですか?

304 名前:鄭聲之:2003/06/24(火) 16:45 ID:YSy64kWo

癸園史話だったかなんだったかそのたぐいに出てくるヨタ話で、
檀君時代に蚩尤氏・神誌氏・神矢氏という三大勢力があってどうたらこうたら、
そのうちの神誌氏が文字を発明したっていう話じゃなかったかな。
桓檀古記だと蚩尤天王・神農・蒼頡の三大勢力になってた気がするので、
たぶん、神誌氏=蒼頡ということなんでしょう。檀君系偽史の世界では。
ちなみに「加臨吐」はカルタのつもりなんでしょうね(w

305 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/24(火) 19:02 ID:XUiYhPGI

>>303

 投票の結果、2004年を期して「日本語学会」とすることに決定しました。

  投票総数:1170票(うち有効票数1150票)
     賛成: 776票
     反対: 367票
     白票:   7票
    無効票:  20票

306 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/24(火) 19:44 ID:SqWtD4sg

>>305
うわっ、7割近くも賛成がいたのか。
もう決まってしまった事とはいえ、なんだか寂しい結果ですね。

307 名前:みや ◆F/o4D3II:2003/06/25(水) 21:46 ID:J49QFnDY

神誌文字はやはりとほほな結果ですね。
しかし発表して写真もないのは誠に不思議。
朝鮮新報の記者は疑問を持たないのか?

308 名前:貴須王の孫:2003/06/30(月) 01:15 ID:3GGE4wPU

ところで「服部」を「はっとり」と読むのは古代新羅語「ハトリ」からきているという説は
本当なのでしょうか。


309 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/30(月) 01:26 ID:nEOfC.6k

>>308 貴須王の孫さん

 ハトリという新羅語は文献上で確認済みなのでしょうか。まずはそれを
知りたいですね。一応日本語学的にはハトリはハタ(機)とオリ(織)が
複合した際、a-oという母音連続を避けるために先部成素のaが母音脱落
を起こして「ハトリ」となったという風に説明してそれで終わりですが。

類例:アラ(荒)+イソ(磯)→アリソ(荒磯)
    ワガ(我が)+イヘ(家)→ワギヘ(我が家)
    クニ(国)+ウチ(内)→クヌチ(国内)

310 名前:名無しさんはポシンタン:2003/06/30(月) 01:58 ID:sR7pvveA

新羅語のハトリは海、もしくは慶州から迎日湾に至る途中にある地名ではなかったかな。
波珍干岐(ハトリカンキ)は、海事(外交)をつかさどる首長、もしくは波珍(地名)の首長、が原義とか。
古事記の「金波鎮漢紀武」もその例?

311 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/06/30(月) 02:10 ID:nEOfC.6k

>>310

 「波珍」というと、『三国史記』に見える「波珍[冫+食]或イハ云フ/2海干ト/1」
のことですな。これは新羅語の「海」に相当する語として扱われています。
再構語形は「patっr」。後期中世語の「patah〜par∧(海)」、現代朝鮮語の
「pata」に対応する語です。で、これと「服部」と何の関係があるのでしょうか。
帰化人の秦氏が「ハダ」だから、秦氏と新羅語の「patっr」を結び付けて、
更に「服部」と関連付けてゆこうということかしら。最近つくづく思うのですが、
ほんと、朝鮮・韓国人の中の人も大変だなあ。

312 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/01(火) 02:08 ID:u4GlKldU

そうすると秦(はだ)の語源は韓国語のパタ(海)だ、という近頃大手を振っている説は
やっぱりトンデモ説だったのか。
海=パタというのは、あくまで「現代の」韓国語なんだよね?

313 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 02:24 ID:E4iiLirw

>>309娜々志娑无さん。
服部=ハトリ・朝鮮古語説、ちゃんとした文献にはまだ当たってません。ただ地元の
郷土紹介誌のコラムにそう紹介されてましたんで(染殿という地名に関連して)。
ハトリ・朝鮮古語説は以前もどっかで聞いたことある説だナー、と思いここで
お聞きしました。「ほんまかいな」という気はしていたんですが。

そういえば日本書紀にある新羅王子「微叱己知波珍干岐」のことを三国遺事では
「美海」と記していますね。私はてっきり誤記・誤伝のたぐいだと思っていたのですが、
そういう(>>311)ことなのですね。ひとつ勉強になりました。

>>310
神宮紀では「微叱己知波珍干岐」は「微叱許智伐旱」ともしていますので、「波珍干岐」が
何らかの称号であることは間違いないですね。特に迎日県は三国史記でも日本とかかわりある
説話が記されているところなので、日本向けの外交官がいて不思議でないですね。

結局、「服部」と史料に出てくるハトリとは関係なさそうですね。

314 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 03:02 ID:E4iiLirw

<余談>
誤伝というと、日本書紀にある百済の貴須王の孫(笑)の「阿花王」が三国史記などに
「阿莘王」などとあるのは阿花→阿華→阿莘 という誤伝だろうと思うのですが(笑)


315 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/01(火) 09:04 ID:8BcmLEh6

↑文字化けしてみえないけど「クサカンムリに辛」と「芳」ですね。

316 名前:貴須王の孫:2003/07/01(火) 23:48 ID:qGnJnEgM

ありゃ、文字化けしちまってるのか・・・。私はちゃんと読めるのだが。

くさかんむりに「辛」です。

317 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/02(水) 18:18 ID:ICbeUj3E

俺も読める。

318 名前:貴須王の孫:2003/07/02(水) 23:52 ID:W62/Gyvs

あ、一晩たってよく読んだら、>>315さんは「莘」は読めるのかな?
>>314には「芳」という字は使ってないのですが・・・

319 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/07/04(金) 00:09 ID:VTfFLT4c

発狂★韓国ついにアメリカに宣戦布告★発狂
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1057242663/" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1057242663/

ここで紹介されたアドレスに以下のようなものがあります。
http://www.kyonakano.com/list/frame/kezyan.html" target=new>http://www.kyonakano.com/list/frame/kezyan.html

さて、ここでお立ち会い。サイトからの抜粋です。

>さらに驚くべきことにアメリカの南部料理にもケジャン(ケイジャン)と呼ばれる
>蟹料理のジャンルがあるらしいのです。私は食べたことはありませんが、どうも
>メキシカンなものらしい。さらには中華料理にもケジャンがあり、こちらは蟹のチリ
>ソース炒め風なものだということです。

>いずれにせよ、これらは熱を加えますので、生の蟹を使う韓国のケジャンとは
>まったくの別ものです。
>ケジャンの「ケ」は蟹という意味の韓国語で、それを「ジャン」に漬けるのですの
>から、語源・発祥とも韓国が本場で、米中両国の料理はそれにヒントを得たものではないでしょうか。

<丶`∀´> < 誇らしいですね、サ、サ、サ


320 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/04(金) 01:58 ID:WQODni5o

ネタにマジレス。
ttp://osyorokoma.com/depot/cajun.html



321 名前:315:2003/07/18(金) 00:11 ID:VPkw/3Yo

>>318
いやいや、そうではなくて、私は読めないわけだから、どんな文字かは
三国史記百済本紀から推定したわけです。
だから「草かんむりに辛」か「芳」のどっちか、といったわけで。

322 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/19(土) 10:05 ID:mBvgLAII

任那日本府について
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1030968865/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1030968865/l50

古代新羅帝国を語ろう
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034352513/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034352513/l50

百済はアジアのローマ帝国なり
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1004335573/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1004335573/l50
【歴史】奈良百済って一体何???【捏造】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/l50

高句麗の言葉が
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/987824592/l50
★◆コマ国は高句麗ではない◆★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1054447079/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1054447079/l50

◆◆渤海国について語ろう◆◆
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1043509346/l50

高句麗・百済・新羅・任那って、同一民族なの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/l50
古代新羅語、百済語、高句麗語を語ろう
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1026558237/l50" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1026558237/l50

323 名前:貴須王の孫:2003/07/20(日) 01:59 ID:S7GDZnQg

>>321
なるほど。草カンムリに「辛」です。

最近話題がないので・・・
今手元に資料がないので記憶が頼りなのですが、三国史記か三国遺事のどっちかの
新羅の項に「延烏郎・細烏女」の説話がありましたよね。この二人が新羅の
日と月の精で、ある日、海で巖を取って「日本に帰った」というやつ。
これは「迎日県」「都祈野」という地名説話なのですが、日と月の精にちなんだ
地名説話で、この地名。迎日県はともかく、「都祈野」とは「つきの」と読めますよね。
これは倭語ではないかと思うのですが、どうなのでしょう。
また、古事記に登場する新羅王子の天日矛の説話に、「阿具奴摩」というのが出て
きますよね。これはやっぱり「あぐぬま」と読み、「沼」のことだとしています。
古代の新羅語の中には相当、倭語が混入しているように思えるのですが、どうなのでしょうか。

娜々志娑无先生、どうかよろしく。

324 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/20(日) 22:35 ID:wCGhCouw

富山国際学術会議に注目!
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/18/20030718000061.html" target=new>http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/18/20030718000061.html
韓国の学者だけではなく、日本の著名学者も大挙参加し、日本のかな文字の韓半島起源説に関する
画期的な主張を発表する予定で、富山学術会議は韓・日両国間の古代文字に関して開かれる最近の学
術会議としては、最も重要な席になると期待されている。

……まぁ、ただの燃料ですんで。

325 名前:名無しさんはポシンタン:2003/07/21(月) 00:09 ID:2sHdZSxk

>>323
三国史記と三国遺事の両方にあったのでは。
「都祈野」のツキは月じゃなくて「斎」(「いつき」=神を祭ること)ではないかと思います。
この場合の日本国は、鬱陵島にあった于山国(梁書の扶桑国)で、
日本書紀にでてくる島浦子(浦島太郎)の話の中の蓬莱島も同じく鬱陵島、とする説がありました。
ただし迎日湾は古い時代に倭と往来する時の海路からの主要な上陸地のひとつ
だった可能性もあるので、太陽信仰だけで説明すべきかどうかはわかりませんが・・・


326 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 00:29 ID:1a5rMEuc

.>>323 貴須王の孫さん

 すみませんが、現在私は「有リ/v朋(トモ)自(ヨ)リ/2遠方/1来タル、
不/2亦(マ)タ楽シカラ/1乎(ヤ)。」という状態にありますので、レスを
返す余裕がありませぬ。しばしの間レスはお許されませm(_"_)m。

327 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 01:44 ID:1a5rMEuc

 今現在は暇なのでつが、今日は昼間から生ビール、スコッチ、
バーボン、日本酒、白ワイン、アブサンと酒を飲み続けなのでつ。
アフォアフォなレスならいくらでも書けるのでつが、酔っ払って
おりますので、まともなことは書けないのでつ。すまんのう。

328 名前:貴須王の孫:2003/07/21(月) 02:25 ID:1b8EeloA

>>327
お〜い。飲めるのは幸せなことだし、楽しく飲んだらいいけど、
健康には気をつけてね。
レスはいつでも良いですよ。

>>325
斎、ですか。う〜ん・・・しかし延烏郎・細烏女は日月の精とあり、それにちなんで
「迎日県」「都祈野」という地名が出来た、との地名説話の形を為しているようなので。
でも「いつき」だったとしても、倭語なんでしょうかね?

329 名前:325:2003/07/21(月) 03:14 ID:SD.j06uU

>>328
月は後から加えられたか、もともと付属的な存在で、
本来は太陽信仰の場所だったんじゃないか、と。
深く考えたわけでも確信があるわけでもないです、すみません。
そういえば新羅の王都の「月城」はどうして月なのかな?

勤耆国>斤烏支県>臨汀県>迎日県、と改名されていったようですね。
「勤耆=斤烏支」は音が似てるけど、新羅語で「浜に臨む」の意味なんですかね?
ちなみにすぐ隣の、現在同じ迎日郡に含まれている「只沓県(旧名)」は
真番郡の郡治所の[雨カンムリ+言]県の候補地のひとつになっていたかと。
前漢の郡が遼東>楽浪>玄菟>臨屯>真番と、東をめざして進出してきたとすると、
迎日のあたりはちょうど半島の最東端になるかと思います。


330 名前:329:2003/07/21(月) 04:24 ID:VBWS728.

>>329の続き)
「勤耆=斤烏支」の勤・斤は新羅語で「大」の意味のカンの古い形では?
耆・支は、そのまんまキと読んで、ずばり「樹木」のことだというのは無理でしょうか?
つまり「偉大なる樹木」で、神聖な御神木=世界各地の神話にみられる「生命の樹」のモチーフ
=檀君神話に出てくる「神檀樹(シンダンス)」=十個の太陽が昇る「扶桑樹」
のことではないかと。臨汀県=迎日県という別名も、
太陽祭祀の儀礼のため、東の海=汀(ハマ)に臨む、ということで。

「勤耆=斤烏支」の勤・斤は「大いなる〜」で美称の接頭辞なのだとすると、
勤耆国=斤烏支県はたんに「耆国」「支県」ともいった可能性はないでしょうか?
辰韓十二国の時代には斯蘆国(シラ)と勤耆国(キ)は隣あわせだったと思われ、
そうすると、日本で、クマ国とソ国をあわせて「クマソ国」といったような例と
同じように斯蘆国(シラ)と勤耆国(キ)をあわせて「シラキ」といった、
というようなことも考えられなくもないのではと思いますが、いかがでしょう?
勤耆国は太陽信仰の中心地であるとともに、前にかいたように真番郡の中心地だったとすると
最初期の新羅は斯蘆国よりも勤耆国の方が中心だった可能性もあり、
あるいは勤耆国ははじめから斯蘆国の聖域として出発したのか、
ともかく2国は不可離で一体の存在だったのではないか、と。

新羅をなぜシラキと読むのかという謎について、新しく一案を提示してみました。
「斯蘆・城」説も「蔑称のギ」説も納得できないもんですから・・・

331 名前:330:2003/07/21(月) 08:51 ID:WBc7rKt2

>>330の続き)しまったぁーっ!
新羅(シラキ)のキは乙類、勤耆の耆と斤烏支の支は甲類だった。
古くは甲類のキだったのが後に訛って甲類のキに変化することはありえないかなー

三国史記のは新羅の古い表記としていくつかあげてある中に「徐那伐」があり、
徐那は斯蘆と同じか、ソウルの語源の所夫里の所と同じ、などの説がある。
伐は[火本]などと同じく新羅語で邑落をいうポルの表記。比斯伐、骨伐、沙伐など例が多い。
で、これから妄想だけどこれはもと「伎」(甲類のキ)だったのが、
地名語尾にありがちな「伐」を誤記したものと早とちりされて「伐」に改訂されてしまった、
という妄想。
つまり、古くは「斯蘆耆」「斯蘆伎」「徐那伎」など甲類のキの表記が存在したのではないか、
そうあってほしい、いや、そうに違いないと言ってみるテスト。


332 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 14:45 ID:1a5rMEuc

>貴須王の孫さん

 さきほど、無事友人を送り出しますた。

>>323

 「都祈野(ツキノと音訓を交えて読むのは疑問。音読のみでトキヤと読む
べきでしょう)」と日本語の「月」を結び付けるのは面白い発想だとは思うの
ですが、どうでしょうねぇ。『三国遺事』の記述(祭天所名迎日縣。又都祈野。)
を見る限り、「都祈野」も「迎日県」同様、天を祭る場所ということから命名
されたようです。「都祈野」は漢語として読めば、「都(すべ)て祈る野」乃至
「都(あつ)まりて祈る野」と読めますから、天を祭る場所としてはそれなりに
ふさわしい命名のように思えます。「迎日県」の方も漢語ですし、「都祈野」も
やっぱり漢語と考えた方がよいのではないでしょうか。

 『古事記』の「阿具奴摩」も、「阿具」の方は新羅語として扱ってよいだろうと
思いますが、「奴摩」の部分までも新羅語として扱えるかどうかはかなり厳しい
のではないでしょうか。現在でも日本人が外国の川を呼ぶ時には、例えば
ミシシッピー川を「ミシシッピー・リバー」とは言わず「ミシシッピーがわ」と呼び
ますよね。それと同じように、「阿具」という名前の沼だから単純に「阿具奴摩」
と呼んだというのが一番可能性が高いように思います。まぁ「Mt. Fuji-san」の
ように「阿具奴摩」全体が沼名である可能性もないとは言えませんし、朝鮮語
では「沼」を「nщp」というようですから、発音的にも「奴摩」と近いことも否定し
ませんが、可能性だけなら、「阿具奴摩」という地名から日本人が勝手に「沼」
を連想し沼の名前としたという可能性だってありますしね。

 ただ、朝鮮語では「沼」を「nщp」というのは確かに興味深い話ですね。日本
語の「numa」と発音的に近いことはもちろんですが、「鉛」が高句麗語では
「nam∂r」、日本語では「namari」と2拍目が「m∂〜ma」なのに対して、
朝鮮語では「nap」と「p」で対応しており、この対応の仕方が「沼」の場合と
実によく似ていますのでね。まぁさすがにこれだけで「音韻対応」を云々する
つもりはありませんが(w。

333 名前:325:2003/07/21(月) 18:53 ID:YwajYPQA

>>328
ぐぐってみたら迎日、都祈野について面白い話がいろいろありますた
───────────────────────────
http://www.kamnavi.net/ym/osaka/ikasuri.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/ym/osaka/ikasuri.htm
宮中に「座摩の巫」が祀られている。都下[ツゲ]国造氏の童女をもってこれにあてるとする。
都下は菟餓で、摂津国菟餓は八軒屋で、この社の元地であり、「トガ」は、「ツゲ」は呉音である。
迎日・日の出を意味する。新羅の迎日県を都祈野といったそうである。
高安山から見ると、夏至の日の入り、すなわちこの社からは冬至の日の出が高安山頂上ということになり、
等之伎神社とは対象の位置に鎮座している。おそらくは、このトノキもトキ=ツゲに通じるのだろう。

http://www.kamnavi.net/ym/osaka/tonoki.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/ym/osaka/tonoki.htm
古事記の巨木伝説の神社
 仁徳天皇記の「枯野(カラノ)といふ船」から
 この御世(ミヨ)に、兔寸(トノキ)河の西に一つの高樹(タカキ)ありき。
その樹の影、旦日(アサヒ)に当れば淡道島(アハヂシマ)に逮(オヨ)び、夕日に当れば高安山(タカヤスヤマ)を越えき。
かれ、この樹を切りて船を作りしに、いと捷(ハヤ)く行く船なりき。時にその船を号(ナヅ)けて枯野(カラノ)といふ。
かれ、この船を以(モ)ちて、旦夕(アサユフ)に淡道島の寒泉(シミヅ)を酌(ク)みて、
大御水(オホミモヒ)献(タテマツ)りき。
この船、破(ヤ)れ壊(コボ)れたるを以ちて塩を焼き、その焼け遺(ノコ)りし木を取りて琴に作りしに、
その音七里(ナナサト)に響(トヨ)みき。ここに歌ひて曰(イ)はく、
枯野(カラノ)を 塩に焼き しが余り 琴に作り かき弾(ヒ)くや 由良(ユラ)の門(ト)の 
門中(トナカ)の海石(イクリ)に 振(フ)れ立つ 浸漬(ナヅ)の木の さやさや
 こは志都歌(シツウタ)の歌返(ウタカヘ)しなり。
 兔寸河とは神社東南を流れる富木川、南北朝で焼き討ちに遭う前には、
境内に多数の楠の巨木がそびえていたのは、多くの焼き株が発掘されていることでもわかる。
また、河内に王権があった頃には、海岸線が近く、
淡路島からの御食や清水を乗せた船はこの森を目指して高津宮に向かう目印になったのかもしれない。
「とのぎ」という言葉は、古代新羅語の「日の出、朝日」をさすとのこと。
巨木伝説から見ると、夏至の日の出を高安山頂上に拝むことになり、 また、高安山からは、
冬至の日にこの神社の方角に日が沈むことになる。 冬至の日に高安山頂から日が昇る位置に坐摩神社(いかすり)が鎮座していた。
 兔寸は「とき」とも読むことができる。トキ野が訛ったトガ野に、坐摩神社が鎮座していたのは偶然ではない。
双方とも太陽祭祀の場だった。石灯籠や拝殿内には「殿来」「殿来大明神」と記される。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/right-kusaka.htm" target=new>http://www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/right-kusaka.htm
トキノの地名は攝津の都下(とが)または菟餓野(つがの)の名で残っている事実、
あるいは奈良県都祁(つげ)村の存在に注目したい。
「都下」は漢音ではトカ、転じてトガとなり、呉音ではツゲと読む。これらの地名は延烏郎伝説をふまえ、
さらに迎日という新羅の東海に面した地名を意識した上でなければ命名されることはありえなかった。
(現在も慶州の北東、浦項に面した入江は迎日湾と呼ばれている)
(↓都豆久)

334 名前:325:2003/07/21(月) 18:55 ID:YwajYPQA

(都豆基)
http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/2-1.htm" target=new>http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/2-1.htm
朝鮮東南部にはかって朝鮮を統一した新羅の都、慶州がある。この場所は地形的に見て最も航海技術が発展しそうな場所である。
地図を見てほしい(右図:日本海と出雲世界/小学館より)。朝鮮と日本の間は対馬海流が走っている。
そして朝鮮半島西部は黄海がぶつかる場所である。それに比べてこの東南部は海流の真空地帯のような場所ができ
航海技術が発展するのにもってこいの場所なのである。そしてきわめつけに良質の迎日湾が存在する。

http://www.kamnavi.net/en/settu/tugeno.htm" target=new>http://www.kamnavi.net/en/settu/tugeno.htm
『仁徳紀六十二年』額田大中彦皇子が闘鶏(つげ)に猟に行って
そこで闘鶏稲置大山主が冬の間に氷を窟に保存していたのを発見し、それ以降、氷室を置くことになった。
『延喜主水式』によると、山城に六所、大和・河内・近江・丹波にそれぞれ一所を設けたと言う。
 闘鶏稲置大山主は允恭天皇皇后の忍坂大中姫命がまだ皇后でなかった時、
闘鶏国造であった大山主からぞんざいな口を聞かれて恨みに思っていたので、後に死罪を一等免じて稲置に格下げになったと言う。
 額田大中彦皇子を祀る神社をあげておこう。  神戸市兵庫区熊野町 熊野神社摂社古殿神社
 京都府綴喜郡田辺町三山木山崎 山崎神社  奈良県天理市福住町 氷室神社
 さて、氷室には氷を蓄えたのであるが、氷はどのようなものと意識されていたのであろうか。
夏、外へ出せばどんどん融ける、水になる、氷の中に閉じこめてあった日(太陽)が外の熱気によって働き出す、
それが氷を融かす。このような発想ではなかっただろうか。 氷室とは日室だったのでは。
 新羅の東の浜にいた延烏郎、細烏女の物語が残っている。その祭天の場所を迎日県または都祈野と称した。
都祈野、闘鶏野、これには迎日の意味がある。

http://www2c.biglobe.ne.jp/~takesako/ecl/densetsu.htm" target=new>http://www2c.biglobe.ne.jp/~takesako/ecl/densetsu.htm
問題は、翌年158年7月13日の皆既日蝕が迎日湾(東経129.3度北緯36.0度)の
ほとんど真上を通っており、EMAPの計算では17時44分に日蝕が始まり、食甚18時41分、
皆既継続時間約30秒、19時15分食分0.36で日没とる。
計算上若干ずれたとしても相当の深食で、この神話が史実にもとずいているのであればこの時の日蝕がもとになった可能性が高い。
───────────────────────────
以上、ネット情報にありがちですがところどころ根拠不明な断定がみられます。が、興味深くはあります。
朝の出、海岸線、巨木伝説(=扶桑樹)、氷室(高句麗の東盟隧穴=天の岩戸?=太陽が生まれる洞穴の神話)、日食神話。
これらと「都祈」の言語学的関係はいかに?

335 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 20:58 ID:1a5rMEuc

>>333-334 325さん

 とりあえずいくつか気付いた点を指摘しておきまつ。

>このトノキもトキ=ツゲに通じるのだろう。

>トキ野が訛ったトガ野

 まさに何でもありという感じでつな。何でもかんでも訛りで片付けられる
なら世話はありません罠。こういう無節操な関連付けが許されるなら、
第一拍「tu〜to」と第二拍「k(g)a〜k(g)i〜k(g)e」という音の組み合わせ
の地名はみんな関係付けが可能になってしまいますが、この方は一体
どうやって「都祈野」と無関係なものを排除して行くつもりなのでしょうね。

>兔寸(トノキ)河

 岩波の古典文学大系の『古事記』には、この川の所在は未詳とあります
が、本当に「富木川」のことでいいんでしょうかね。「寸」はキ甲類音を表わす
のに使用される訓仮名ですから、少なくとも語源は「キ(木)」ではなさそう
なのですが。

>「とのぎ」という言葉は、古代新羅語の「日の出、朝日」をさすとのこと。

 これのソースは何でしょうね。新羅語の「日」は「nal」だったはずですが。
案外、「迎日県=都祈野」から金達寿あたりがひねり出したものだったり
してね(w。

>あるいは奈良県都祁(つげ)村の存在に注目したい。
>「都下」は漢音ではトカ、転じてトガとなり、呉音ではツゲと読む。これらの地名は延烏郎伝説をふまえ、
>さらに迎日という新羅の東海に面した地名を意識した上でなければ命名されることはありえなかった。

 樹木名の「ツゲ(黄楊)」や「ツガ(栂)」から生まれた可能性は無視ですか。
ちなみに、「祁」は万葉仮名ではケ甲類音、「下」は同じくゲ甲類音です。
「キ(木)」「ツキ(月)」のキは乙類音ですから、どちらも結び付けるのは
難しそうですね。「キ(木)」の変化形で「ケ(木)」というのもありますが、
こちらもケ乙類音ですから無理でつね。

>闘鶏(つげ)

 「鶏」は万葉仮名ではケ甲類音。乙類音である「ツキ(月)」や「キ(木)」
を表記するにはふさわしくありませんね。

>氷室とは日室だったのでは。

 氷の「ヒ」と太陽の「ヒ」はどちらもヒ甲類音ですから、発音的には一応
問題ないですが、アクセントは前者が低平調、後者が下降調ですので、
両者は別語源と見るべきです。まぁ本来は別語源であっても、同音で
あることを利用して後からこじつけたという可能性の方は残りますが。

336 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 21:11 ID:1a5rMEuc

 個人的には、日蝕の話が一番興味深かったですね。日本神話の
天の岩戸の話が日蝕による太陽の死と、祭りによる再生をモチーフ
とした神話であることは誰でもわかりますが、この神話がいつ頃発生
した神話なのかを知る手がかりはありません。しかしながら、新羅の
延烏郎・細烏女の神話の場合は、158年に実際に起こった皆既日食
をもとに作られた神話かも知れないと言えるわけですからね。

337 名前:333-334:2003/07/21(月) 21:59 ID:8W6pvUkE

なるほど。
やはり娜々志先生は「都祈野」は漢語だという説ですか。「斎(いつき)」とかはだめ?

338 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 22:28 ID:1a5rMEuc

>>337

 「都祈野」は新羅地名なのですから、まずは新羅の内部で説明を試みる
のが先決であり、それではどうしても説明出来ないという時が来るまでは、
外国語である日本語が出しゃばるべきではないと思っていますのでねぇ。
いくら半島の方々がそういうやり方を好んでしてくるからと言って、それを
真似する必要はないでせう。

>「斎(いつき)」

 「いつき(斎)」のキは甲類音、一方、「都祈野」の「祈」は万葉仮名としての
使用例はないようですが、中古漢字音が[gι∂i]、同韻の「幾」(中:kι∂i)
が万葉仮名ではキ甲類音として使用されていますので、キ甲類音相当と
考えてよさそうです。よって、発音的には「いつき(斎)」と解しても問題はない
のですが、「いつき(斎)」という語自身を考えると、語構成的には「い(斎)」と
「つく(着?)」の複合語と思しく、その本質はむしろ「つき」よりも「い」の部分
にあると見るべきです。その肝心な「い」の部分が省略されているというのが
私としては非常に気になりますね。

339 名前:日語商売(休業中):2003/07/21(月) 23:16 ID:hY1R1gm.

>>338
ソンセンニム、「幾」はキ乙類に使われる万葉仮名ですよ!!

「いつき(斎)」は「いつ(厳)」とは関係ないんですかねぇ?

340 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/21(月) 23:50 ID:1a5rMEuc

>>339 日語商売さん

 お久しぶりです。最近お姿を見かけませんでしたので、お見限りかと思って
おりますたよ。

>ソンセンニム、「幾」はキ乙類に使われる万葉仮名ですよ!!

 ああ! しまったぁぁぁあああ(滝汗)。まだ昨日のアブサンが残っていたか。
おっしゃる通り「幾」は乙類ですたね(^^;。そうなると四段動詞「いつく(斎)」の
連用形としてはふさわしくないなぁ。「キ(木)」や「キ(城)」なら問題ないですけど。

>「いつき(斎)」は「いつ(厳)」とは関係ないんですかねぇ?

 可能性はあると思いますが、そうすると動詞性語尾「ク」の説明がうまく出来
ないので、「い(斎)+つく(着)」としました。「いつ(厳)」の語源については、
「いた(痛・甚)」と同根とも言われていますが、私は「い(斎)+つ(連体格助詞)」
の可能性もあるのではないかと思っています。「い(斎)」には「ゆ(斎)」という
母音交替形があり、そちらには「ゆつ〜」のように連体格助詞「つ」の接続した
例が多数存します。それで、「いつ〜」という複合語形から異分析によって
「いつ(厳)」という語形が取り出されたのではないかと考えたわけです。
「あきづ(蜻蛉)」や「かはづ(蛙)」が「秋つ虫」「川つ虫?」の下略であれば、
同様の例ということになりますが、さてさて。

341 名前:337:2003/07/22(火) 00:21 ID:OLj0.xRs

なるほど、なるほど。面白いですね。
そうするとやはり「都祈野」は漢語ですか?
337で「斎(いつき)」云々と書いたのは勢いでつけてしまったオマケでして、
私の興味は娜々志先生が漢語説にどれぐらいの確信をもっておられるか、という前半の方だったのですが。

342 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/22(火) 00:36 ID:vfmvBnWg

>>341

 いや、そんなに自信があるわけではありませんよ。音読地名である
可能性もあるとは思っていますが、それだと今の私の新羅語の知識
では地名の意味が理解出来ないので、一応意味の通る漢語地名説
の方を取っただけのことです。今後私の新羅語の知識が増えれば、
あっさり音読地名説の方に寝返るかも知れません(藁。ただ、新羅語
で説明出来るものなら、韓国の朝鮮語学者がとっくに解明しているで
しょうから、いまだに有力説が提示されていないところを見ると、どうも
その可能性はカナーリ低そうですが。

343 名前:tenpura ◆UMAIu01k:2003/07/24(木) 13:19 ID:SD2w/uvM

よくわからないけど、貼るべきなのはここと思ったので。
NHKから。

奈良期経典にカタカナの元字
http://www3.nhk.or.jp/news/2003/07/24/k20030724000027.html" target=new>http://www3.nhk.or.jp/news/2003/07/24/k20030724000027.html
奈良時代に日本で書かれた仏教経典に、カタカナの元になったとされる文字が、
特殊な筆記具で記されていることが分かりました。
経典は東大寺所蔵の「大方広仏華厳経」で、カタカナの起源を探る上で貴重な資料と考えられています。
07/24 06:25

344 名前:生粋@生物 ◆6bUwW1SA:2003/07/24(木) 17:28 ID:b0GlSwhg

>>342
ご無沙汰しております。

重ね重ね、過去の質問への御回答有難うございました。

で、イツキなんですが「居つく」の名詞化と違うのかな?と。
「樹(イツキ)」ですよね?
これはその場に「ながきにいつきしもの」だと思うのですが。

いつき 【▽斎】
(1)心身をきよめて神に仕えること。また、その人。特に斎宮・斎院。
「賀茂の―には、孫王の居給ふ例多くもあらざりけれど/源氏(賢木)」
(2)神をまつる場所。
「隼は天に上り飛び翔(かけ)り―が上の鷦鷯(さざき)取らさね/日本書紀(仁徳)」
これは榊か地神祈祷からきたのかな、何ぞと思いますに。
#相変わらず電波で申し訳ないのですが。

345 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/24(木) 18:27 ID:XUiYhPGI

>>344 生粋@生物 ◆6bUwW1SA さん

 やあ、どうもお久しぶりです。

>イツキなんですが「居つく」の名詞化と違うのかな?と。

 残念ながら、「居つく」の名詞形であれば「ゐつき(wituki)」になって
しまいます。「斎」は「いつき(ituki)」ですから、明らかにかな違いですね。
「樹」の名乗りの「いつき」ですが、これは多分「一木(いつき)」から来て
いるんだろうと思いますが、或いは「斎(いつき)」も関係しているかも
知れません。大体昔から、一本だけ目立つように立っている大木は信仰
の対象とされることが多かったですからねぇ。

346 名前:貴須王の孫:2003/07/25(金) 00:15 ID:f5Js5nbQ

>娜々志娑无先生

うーん、ざんねん。これはソウル=そふる=日本語地名よりも可能性あると
思ったのですが(笑)
延烏郎=日の精→迎日県の地名誕生説話
細烏女=月の精→都祈野の地名誕生説話
と単純に考えすぎでしたかね(汗)

たしかに、『三国遺事』の記述、「祭天所名迎日縣。又都祈野」を読めば、
迎日県=都祈野の可能性すらありますね。その場合は迎日県が漢文地名、都祈野の
「都祈」が新羅語で発音する地名に漢字を当てはめたもの、となるのでしょうか。
阿具奴摩に至っては赤面ものの考察でしたね、失礼しました(汗)

はあ〜、実はこのことを思いついて以来、延烏郎=天日矛説は成り立たないか、と
考えていたのですが・・・。日の精と日矛…しかしいかにも単純すぎる。
牽強付会のそしりはまぬがれないかな、と揺れ動いてました。
なにしろ日矛の場合は、妻を追って日本に来るわけですからね。似ているとはいえ反対だ…。
おー恥ずかし…。また娜々志娑无さんに笑われてしまう(汗)

347 名前:331:2003/07/26(土) 03:06 ID:2sKk7Ijw

上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いは
奈良時代の言語に基づいているわけですよね?
むろん奈良時代に突然できたとは思えないから、
ある程度の年限は奈良朝を遡って適用できるはずですが、
ある単語(とくに語源が鮮明でない固有名詞)の
語源がいつ頃まで遡るかも不明な場合、
(しかも、付け加えていえば外国語とかかわるような場合)
必ずしも上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いに
拘泥する必要はないのではないか?
-------------------------------------
>>331では「しまったぁーっ!」と叫んだものの。
新羅をシラキと呼ぶ/読むのは日本にしか例がないから
一応日本語として考えてみるのが先決で、しからば
上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いを考慮してみるというのは
娜々志先生が>>335>>338-340でやっているように
それはその方が納得できます。
しかしもし、
そのそのやり方で十分な結論が得られない場合には、

1)
娜々志先生が>>342でいっておられるように、
新羅語や漢語などその他の言語での検討も許されるのではないか。
とするならば、新羅語「勤耆国」の耆から伎(その他のキ)への
替え字を論ずるに、必ずしも上代仮名遣いの甲乙にこだわらなくて
いいのではないか。
2)
あるいは、前述(このレスの冒頭)のようなケースに該当するとして、
上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いを無視してみても
いいのではないか。
かなりの時代をかけての転訛、かつ異言語間の伝播、
としては、後世からみて甲類キと乙類キのズレは
許容範囲をこえているでしょうか。

348 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 12:00 ID:LPf4G03c

>>347 331さん
>上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いは
>奈良時代の言語に基づいているわけですよね?

 上代特殊仮名遣についてはそうですが、アクセントは院政期のものに
基づいています。日本語のアクセント資料は院政期及びそれ以降は豊富
なのですが、院政期よりも古い時代のアクセントは体系を立てられるほど
資料がありませんので、使いづらいのです。ただ、断片的に存する院政期
以前のアクセントを見る限り、奈良時代のそれも院政期とそれほど違って
はいなかったと判断出来るので、奈良時代の日本語についても院政期の
アクセントやアクセント法則は適用可能であると考えられています。

>ある単語(とくに語源が鮮明でない固有名詞)の
>語源がいつ頃まで遡るかも不明な場合、
>(しかも、付け加えていえば外国語とかかわるような場合)
>必ずしも上代仮名遣い甲乙や日本語アクセントの違いに
>拘泥する必要はないのではないか?

 えっと。これは>>333-334に対する私の>>335の書き込みについてのコメント
ですよね。一般論になりますが、仮説を立てること自体は一向にかまわないん
ですよ。問題はそれをどうやって検証するかです。仮説を立てるなんて、それ
こそ誰にでも出来る簡単なことですが、検証するのが中々難しいんですよね。
学問の分野では既存の知識で検証出来ない仮説は学説として認められません。
上代特殊仮名遣の甲乙の違いやアクセント法則はこの既存の知識に相当します。
この種の検証に堪えるものであれば、とりあえずその仮説は学説として認められ
ますが、そうでないものはそのままではただの仮説にとどまらざるを得ません。
このような仮説を学説にまで持って行くためには、検証に利用した既存の知識の
穴を突くか、または最初から適用外の存在であることを証明してみせるしか手は
ありません。331さんは後者を想定しておいでなのですよね。それはそれでかまい
ませんが、結局はそれをどうやって検証するのかという問題に行き着きます。
さて、331さんはどうやって>>333-334の内容を検証なさるおつもりでしょうか。

349 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 12:26 ID:LPf4G03c

>新羅語「勤耆国」の耆から伎(その他のキ)への
>替え字を論ずるに、必ずしも上代仮名遣いの甲乙にこだわらなくて
>いいのではないか。

 新羅語内部のことであれば、それはもう日本語の話ではないので、上代
特殊仮名遣だのアクセント法則だのはもう関係ありません。勿論、新羅語
もまた漢字で表記されていますので、発音を論ずる上では上代特殊仮名遣
の知識も役には立ちますがね。さて問題の新羅地名の「支」「耆」を日本語
の乙類相当のキとして解することが出来るかどうかという件ですが、私は
十分可能だと考えます。理由は以下の通り。

 百済地名では次のように「城」と「己」が対応する例が存在します。

  (1)悦城県(忠南青陽郡定山面)ハ、本百済ノ悦己県ナリ。(『三国史記』巻三六)
  (2)潔城郡(忠南洪城郡結城面)ハ、本百済ノ結己郡ナリ。(『三国史記』巻三六)

 「己」は日本の上代特殊仮名遣ではキ乙類に相当する漢字であり、日本
語でも「城」はキ乙類なので、両者は見事に一致します。ここから日本語の
「キ(城)」は百済語からの借用(李基文とか)という説も出てくるわけです。
しかしながら、百済地名には以下のような例もあります。

  (3)儒城県(忠南大徳郡儒城面)ハ、本百済ノ奴斯只県ナリ。(『三国史記』巻三六)
  (4)多岐県ハ、本百済ノ多只県(全南咸平郡羅山面)ナリ。(『三国史記』巻三六)

 (3)は「城」と「只」が対応していると見られる例です。「只」は「枳」の省画で、
上代特殊仮名遣としてはキ甲類に使われる文字です。(4)ではその「只」と
「岐」が対応していますが、「岐」は「支」「伎」などと同様キ甲類の文字です
から、「只」もまた「支」や「耆」と発音が同じだったと見るしかありません。
こうしてみると、少なくとも百済においては「己」「只」と「支」「耆」との間には
日本語の上代特殊仮名遣のような使い分けはなかったようですね。勿論、
これだけでは新羅の状況まではわかりませんが、

  (5)闕城郡(慶南山清郡丹城面)ハ、本闕支郡ナリ。(『三国史記』巻三五)

のように、新羅地名で「城」と「支」が対応している例があり、百済地名の
状況を併せて考えると、新羅でも百済でも「城」を意味する語は[ki]ただ
一つであり、「己」(日本語の乙類相当)で書こうが「支」「耆」「只」(甲類
相当)で書こうが一緒だったと考えてよいのではないでしょうか。よって、
仮に日本語の「キ(城)」が百済語の借用であったとしても、日本人はそれ
をキ乙類で受け入れただけのことに過ぎず、そのことと勤耆国や斤烏支県
の「耆」「支」を「城」の意味で取ることとの間には何の関係もないということ
になります。まぁ331さんの主張はこれらの「耆」「支」を「城」の意味で取る
のではなく、日本語の「キ(木)」の意味で取ろうというものですから、私の
意見とは大きく相違するのですが、少なくともこの例に関しては日本語の
上代特殊仮名遣の甲乙の違いを気にする必要がないということが明らか
になっただけでも、まぁ多少の援護射撃にはなったのではないかと(^_^) 。
あとは半島の言語資料の中から日本語の「キ(木)」に相当する語を本例
以外に見つけてくるか、「城」の例のように日本語と朝鮮語との間で〔i乙/i〕
で対応する例をいくつか指摘しさえすれば、仮説の域を越えたものとして
認められることでしょう。

350 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/07/26(土) 13:11 ID:LPf4G03c

>>349

 ぶっちゃけ白状致しますとね。私も例のスレで半島の地名研究
を始めるまでは、(1)(2)の例に惑わされていて、百済語の「城」は
日本語のキ乙類音に相当する[ki¨]のような語形だと思い込んで
おりますた(藁。何せあの韓国における朝鮮語学の泰斗・李基文
大先生ですら、

   百済語で「城」を意味する語が、*ki¨(己、只)であったことは
   確実である。例。悦城県ハ本百済ノ悦己県、儒城県ハ本百済ノ
   奴斯只県、潔城県ハ本百済ノ結己郡。この語は新羅語にも
   高句麗語にも見ることのできないものである。古代日本語
   の*ki¨(城、柵)はこの百済語の借用だと考えられる。
               (李基文『韓国語の歴史』「百済語」)より

な〜んておっしゃっておいでなんですもん。しかしながら、実際に
調べて見れば>>349の通りでして、乙類系の「己」と甲類系の「支」
の区別はないわ、新羅地名にも「キ(城)」はあるわという散々の
体たらくだったというわけでつ。いやあ、参った参った(^^;。

351 名前:347:2003/07/26(土) 22:40 ID:e0lLLBxE

なるほど、興味深く面白いお話、大感謝です。

>331さんはどうやって>>333-334の内容を検証なさるおつもりでしょうか。

さあ。それは該当記事の執筆者にきかないと(^^;)
それは「都祈野」の検索ででてきた、関心をひいた記事を転載しただけですよ。
まぁ今思えば、娜々志先生の説明に物足りなさを覚えたので
「これでもか、何か忘れてない?」と確認、もしくは煽ってみたのかも知れませんねー。

>331さんの主張はこれらの「耆」「支」を「城」の意味で取る のではなく、
>日本語の「キ(木)」の意味で取ろうというものですから、
>私の意見とは大きく相違するのですが、少なくともこの例に関しては

「城」でも「木」でもそれ以外の第3の意味でも、それは譲歩できます。
今回の私の思いつきのミソは「シラキ=斯蘆&勤耆」というのがこだわりどころなので。
学説までに達しない仮説レベルであるにせよ。

しかし毎回勉強になりまつ。今回もありがとうございますた。


352 名前: :2003/08/01(金) 00:06 ID:9t/3/S5.


>>324
>富山国際学術会議に注目!

は、どうなりました?

353 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/01(金) 00:47 ID:RDfipstI

>>352

 さあ? 私は逝ってないんでわかりまへん。思ったほど大騒ぎになっていない
ところを見ると、特に気にするほどのこともなかったんとちゃいまっか(w。

354 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/01(金) 13:13 ID:QgBYgiW6

スレの流れとは関係ないですけど、ちょいとお聞きしたいことが・・・

私の故郷は東北某県でして、隣町に「島津」姓の家が多い集落がありますが、
この島津さんの読みは、「しまつ」なんですね。
で、「づ」と濁音にならないのは、東北弁でしゃべってると自然と濁音になって
しまうからなのかなーなんて思ったんですが、どうなんでしょうか?w

五〇代以下だと、単語の「始末」は当然清音で発音できますが、名前の方
とはアクセント違うからなー。

355 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/01(金) 15:34 ID:fNx9Kh.2

>>354

 ん〜、どうでしょうねぇ。確かに東北方言では語中尾のk・tが有声化してそれぞれ
g・dとなりますので、一見清音が濁音になったように見えますが、本来の濁音は
η・ndと鼻濁音ですから、少なくとも土地の者には清濁の違いは明確に区別されて
いると聞いております。その島津さんも「つ」の部分が清音であると意識されている
からこそ[∫i¨madzi¨(щ¨)]のように発音されているのであって、もし濁音であると
意識されていれば[∫i¨mandzi¨(щ¨)]のような発音になっていたでしょう。ただ、
この鼻濁音は、

  めぐし(愛)→めごい→めんごい→めんこい

のように、直前の鼻音だけ残して更に清音化することもあるみたいですから、お話の
島津さんももしかするとこのたぐいなのかも知れません。

 ちなみに、同じ東北方言でも、福島方言の場合は、語中尾であってもしばしばtや
kが現われるため、もはや「有声化」という括りでは捉えられないほどだそうですから、
この地方の話であるとすると、ちと話が面倒になってきますね。まぁでも多分この話は
「山崎(ヤマサキ〜ヤマザキ)」「中島(ナカシマ〜ナカジマ)」同様、地域による読み方
の違いに過ぎないような気がしますが。

356 名前:名無しさんはポシンタン :2003/08/01(金) 19:45 ID:612vSbf.

ありがとうございました。
場所は、山形県高畠町です。

357 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/02(土) 00:26 ID:2n9Yc2Bc

高畠か〜、道の駅で買ったバターはなんだか非常にフレッシュな感じで
ウマーだった記憶が。

358 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/07(木) 10:48 ID:iXEwLMOU

>おおる

 これから3日ほど、ネットの使えない世界にお籠りする予定ですので、
その間はレス出来ません。ご了承下さい。

359 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 03:34 ID:mrLEEoMg

↑他板での自己申告によると、結局2泊3日の旅行には
いかなかったから、いるんでそ?

360 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 10:13 ID:.ofOhpOE

>>359

 旅行にはちゃんと逝って来たんですけど。2泊3日の旅行に出る場合に、
3日ほど留守にしますということがそんなに変ですかねぇ(^^;。

361 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 11:18 ID:lUD1WjFI

え?↓のカキコからあくまで予定だけで逝かなかったのかと読解してましたよ

|59 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA メェル:sage 投稿日:03/08/09 22:11 ID:S48/gV4D
>>53
|うわ。こんなところでチェックされるとは。正真正銘、私なんでつが(汗。
|まだトリップは漏れていないはずでつ。8月7日から2泊3日の旅行に
|出る予定でしたので、「3日ほど」という言い方をしただけなのでつがねぇ…。

362 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 13:41 ID:.ofOhpOE

>>361

 >>358の書き込みをした時点では、まだ出発していませんでした(実際は、
その30分後に出発しますた)ので、「予定です」と申告しますた。>>361
ある私の書き込みはその旅行を終えて帰宅して3〜4時間後にしたもの
でつが、「予定」であったのはもう過去の話になりましたので、「予定でした」
としますた。まぁでもそのように誤読されても仕方のないような書き方では
ありますたね。反省。

363 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 21:24 ID:33UDS4t.

このHP↓ってまともなの?それともトンデモ?

言葉の世界
http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/" target=new>http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/

364 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/10(日) 21:53 ID:EVJH8BEI

>>362
そんなに弁解しなくたってw
なにかを清算するための旅に出た後の言い訳のような

365 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/10(日) 21:57 ID:.ofOhpOE

>>363

 ざっとしか見ていませんが、見た感じでは素直に言語学の好きな素人さんの作った
HPという感じですね。内容的にはそれほどおかしいことは言っていないようですよ。

366 名前:日語商売(休業中):2003/08/10(日) 23:15 ID:hqBnvWl6

>>363
ここは以前からのぞいていましたが、内容はなかなかいいところですよ。
掲示板があるのですが、たまにちょっとデムパっぽい人も来ますが、ちゃんとわかっている人が
返答したりするので、雰囲気が変になったりしていません。
過去ログにトピック説明がついてるのもうれしいところです。

367 名前:363:2003/08/11(月) 19:40 ID:tmc.ctYE

そうでしたか。みなさん、ありがとうございました。

368 名前:世界@名無史さん:2003/08/22(金) 14:50 ID:XI2Gm1z6

2chの世界史板から質問に参りました。

1 新羅(しらぎ)と呼ぶのは、「ぎ」が蔑称であり、全体としては「新羅野郎」といった意味である
2 「くだら」はぺクチョンが音韻変化してそうなったという説が有力

という主張を展開している人がいるのですが、先生方はこのような説をご存知でしょうか。
また、そのような可能性はあるものなのでしょうか。

一般的には「しらぎ」の古訓は「しらき」であり「き」は城の意だとされているように思います。

また、日本書紀あたりで「くだら」の読みが出てくると思うのですが、百済滅亡からそれほどの
年月を経ていない段階で「べくちょん」から「くだら」までの音韻変化というのは唐突のように思
えるのですがいかがでしょうか(というか、日本語でそんな音韻変化がありうるのでしょうか)。

すでに既出のFAQに類する質問なのかも知れませんが、よろしくお願いいたします。

369 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/22(金) 20:53 ID:I.9owus2

>>368 世界@名無史さん

 総督府へようこそ。さて、ご質問の「シラギ(新羅)」「クダラ(百済)」の語源については
過去スレや本スレ(百済→>>230,>>232、新羅→>>325-351)で何度か取り上げたことが
ありますが、残念ながら現状では定説と言えるようなものはありません。ただ、あなたが
1・2としてお挙げになった説(2ちゃんでは結構ポピュラーな説のようで、私も何度か見
かけたことがあります)について言えば、1は蔑称の「ギ」の実在に疑問がありますし、
2も言語学的に見てまずあり得ない音韻変化ですから、どちらも、とりわけ後者の方は
正解の可能性はほとんどないと言ってよいと思います。

 「シラギ(新羅)」「クダラ(百済)」の中では比較的とっつきやすいのは「シラギ(新羅)」
の方でしょう。少なくとも「シラ」の部分が「斯盧」「斯羅」「新羅」に相当することは誰の目
にも明らかだからです。問題は「キ」の部分ですが、諸説ある中で個人的に最も可能性
が高いと思っているのは、あなたも挙げておられる「キ(城)」説です。残念ながら直接の
証拠があるわけではありませんが、『三国遺事』に見える新羅の古名「徐羅伐」の「伐」は
新羅地名では集落を意味する語として頻出します。「徐羅」は「斯盧」「新羅」に通じます
から、この「伐」を日本人(倭人)が「城」と解して「キ」という訓を宛てたということは十分
あり得るのではないでしょうか。まあ百済でも「城」は「ki」と訓んでいたようですので、
最初の名付け親は百済人なのかも知れませんが。

 さてお次の「クダラ(百済)」の語源については、>>232ではお手上げだと書きましたが、
『三国史記』の百済地名を調べているうちに、実はアイデアが一つ浮かびました(w。
百済は477年から538年にかけて「熊津」を首都としておりましたが、この「熊津」が
『竜飛御天歌』(1445年成立)という李朝時代の歌謡にハングルで「koma-nΛrΛ」と
記されているのです。「熊津」の別名として「熊川」が存在したことが知られていますので、
「koma」は「熊」、「nΛrΛ」は「川」を意味する百済語に由来するものと推定することが
可能です。なぜ百済語と言えるかというと、李朝時代の中期朝鮮語(新羅語の直系の
子孫)では「熊」は「kom」、「川」は「na〜nari(h)」であってともに一致しないからです。
勿論百済語起源と言っても、「koma-nΛrΛ」は李朝時代の発音ですので、百済時代
にはまたこれとはある程度発音が違っていたという可能性もありますが、状況的に見て
「熊津(熊川)」が百済時代にも「koma-nΛrΛ」ないしそれに似た発音で呼ばれていた
ことはまず疑い得ないでしょう。で、私はこの「koma-nΛrΛ(熊川)」こそが、日本語の
「クダラ」の起源ではないかと思うに至ったのです。

 まず言語学的に見て行きますと、koがkuになることは調音上十分あり得ることですし、
rΛがraになることも、日本語にΛという母音がない以上、決して不自然な変化ではあり
ません。最大のネックはmanΛ→daの変化ですが、mは両唇鼻音、nは歯茎鼻音と、
ともに鼻音ですから、発音的にはまずまず近いものと言えます。そこで、アタタカイが
アッタカイとなるように、manΛが一種の重音脱落を起こしてまずnaとなり、次いでrと
発音の近いdに変化したという風に考えれば、まぁ何とか説明可能です。また、状況的
に見ても、百済の首都であった「熊津(熊川)」であれば十分百済を代表する存在として
扱われても不思議ではないでしょう。このように見てゆくと、我が「熊川→クダラ」説も
中々どうして悪くない説ではないような気が(w。少なくとも、何の確証もない「クンナラ
(偉大な国)→クダラ」説や「下らぬ→クダラ」説なんかよりは数等ましな説ではないかと
思いますが、いかがでしょうか。

370 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/22(金) 21:05 ID:I.9owus2

>>369

 訂正でつ。スマソニダ。

× 次いでrと発音の近いdに変化したという

○ 次いでnと発音の近いdに変化したという

371 名前:日語商売(休業中):2003/08/22(金) 21:41 ID:kXAohvVA

>>368
いらっしゃいませ。
なかなかいい具合に嫌韓電波出してるお方がいらっしゃるようですねぇw。

「ぎ」が蔑称というのはどこから出てきたのでしょうか?
新羅の「き(もしくは「ぎ」)」の解釈については、一般的な説のほかにも、
こういうものじゃないかという議論がここや高句麗語スレにありますが、
その説は初耳でしたw。

「くだら」の語源についてはもっと驚いてしまいますた。
韓国語で一種の被差別民を指す「ペクチョン」は、「白丁」と書き、
これは漢語としては「(染めていない衣服を着ている)一般庶民」という意味です。
現在の日本でもお祭りなどでおみこしを担ぐ人を「白丁(はくちょう)」と呼びますが、
これも「白い浄衣を着て神に奉仕する庶民の男性」という意味です。

ところが(これはウェブの某所で読んだことですが)李朝時代、
北方から流入した下層民(主に賤業に従事した)を平民扱いにして「新白丁」と称したところ、
逆に一般庶民が「白丁」の称を嫌い、ついに「白丁」が賤民を指す言葉になってしまったそうです。

おそらく「くだら←ペクチョン」を逝っている方は、
実際には「百済←白丁」と主張したいのではと思われます。
しかし「済」は中古漢字音で tsei、朝鮮漢字音で j∂i > je、呉音でサイ、漢音でセイ。
一方で「丁」は中古漢字音で teng、朝鮮漢字音で ty∂ng > j∂ng、呉音でチョウ、漢音でテイ。
(百と白は中古音で語頭子音がpかbかの違いしかないので省略)
「丁」が「済」になるには相当の変化が必要なように思えます。
さらに「百済」という国名は自分から言っているものですから、わざわざ蔑称から国名を
つけるわけがありませんw。
もし「くだら←ペクチョン」を ま じ で 主張してるとしたら・・・
そういう変化があったとしても、それは「音韻変化」とは言いませんw。
しかも「有力」って・・・ああ、「自分が力を込めて逝ってる」って意味かw。

なお「くだら」の語源については娜々志娑无先生が、ここや過去スレで言及されていますので、
お手間ではありますが御参照ください。

372 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/23(土) 00:06 ID:c3z3I9Oo

>>369
熊津が語源なら「クダラ」じゃくて
「コマナラ(koma-nΛrΛ)」もしくは「クマナリ(久麻那利)」
でいいんじゃないですか?
日本書紀に熊津を久麻那利とする認識がまだあったわけだからそこまで訛ってしまうのは不可解な感じがしますがね。

素人さんの質問には珍説を開陳する前に、まずコッチ↓

何でも知りたい!歴史基礎知識やさしく教えてくん専用統一スレ
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50

に誘導すべきではないでしょうか?

>>371
おそらく368氏はペクチェ(百済)といいたかったのでしょう。
ただしペクチェはあまり知られてないのに
ペクチョン(白丁)という言葉は2chでは耳に馴染んでるので、
ついうっかり記憶ちがいをしたのでしょう。

373 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/23(土) 00:46 ID:oNWl.rDw

>>372

 う〜ん。確かにこの問題は歴史学系の問題でもありまつが、直接には
語源の話ですんで、このスレでお答えしたのでつが、まづかったでつか?
じゃ、後はc3z3I9Oo氏にお任せしまつので、続きはそちらのスレでどんぞ。

374 名前:世界@名無史さん:2003/08/23(土) 01:18 ID:22ZUxAA.

>>369-371
早速のお答えありがとうございます。すでに出尽くした話題であったようで
ご迷惑をおかけしました。

>>372
> おそらく368氏はペクチェ(百済)といいたかったのでしょう。
これはうっかりしていましたが、異説(珍説?)を主張している方が書いた
ものをコピペしていますので、もとが書き間違いではないかと思います。
ただ、ペクジェ(ペクチェ)→クダラも同様に有り得ない音韻変化と推測して
いるのですが、いかがでしょうか。

> 素人さんの質問には珍説を開陳する前に、まずコッチ↓
> 何でも知りたい!歴史基礎知識やさしく教えてくん専用統一スレ
> http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1039074422&ls=50
> に誘導すべきではないでしょうか?

いえ、親切にして頂いておきながら言いにくいですし、朝鮮史は専門ではな
いので素人と呼んでいただいてかまわないのですが、一応は世界史板から
言語学的にありうる説であるかを質問に参上した次第なので、そのスレに誘
導されるのにはちょっと抵抗感が、、、

375 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/23(土) 01:34 ID:oNWl.rDw

>>374 世界@名無史さん

 日本史板のスレですが、

高句麗・百済・新羅・任那って、同一民族なの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/382-414" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1000047879/382-414

もご参照下さい。

376 名前:日語商売(休業中):2003/08/23(土) 01:42 ID:sxRS6GPs

百済については、日本書紀の和訓の中で「クタラク」と読ませている例があるそうで、
ここから歴史地理学者の故足利健亮氏は「補陀落(ふだらく)」と関連あるんじゃないか、
と数年前の教育テレビ「人間大学」でおっしゃってましたね。
あまり説得力がある説とは思えませんが、「クタラク」という呼び方もあったというのは
ちょっと考えた方がいいかもしれませんね。。。

>>372
やっぱりそれっぽいですよねぇ。
それにしたって「小野小町が鎮西八郎為朝に宛てた恋文」のような説ですけれどねw


377 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/25(月) 20:09 ID:.mK6CYgI

>>376 日語商売さん

 ちょっと手持ちの『日本書紀』(平安中期〜院政期の古写本)で古訓を調べて
みましたが、「百済」に「クタラク」と付訓された古写本はちょっと見当たりません
でしたね。まぁ見たのは有名どころだけでして、全部の写本を見たわけではない
ので、私の知らない写本に「クタラク」という訓があるのかも知れませんがね。

 ただ、本例の場合、可能性として最も高いのは、もともと「クタラ」に連体助詞の
「ノ」が付いて「クタラノ」と付訓されていたものが、書写の誤りによって「クタラク」
と写し誤られてしまったというものでしょう。片仮名の「ノ」は万葉仮名の「乃」の
第1画を取ったものですが、第2画の方が片仮名として使用された例も少なく
ありません。その場合は、「勹」や「ろ」に近い形になりますので、「ク」と誤られる
可能性が出てくるのです。

 実際に『日本書紀』の写本で後者の仮名を使用したものもありまして、たとえば
「弘安本」(1286年写。国宝)では後者の片仮名をもっぱら使用しています。
尤も、字形自体はそれこそ「ク」を縦長に伸ばしたような感じになっていて、見た目
は相当「ノ」に近いものになっていますが。

 とにかく書紀古訓の中には書写時の誤りによって生まれた産物が少なからず
混じっていますので、取り扱いには相当の注意を要します。もともとが漢文の狭い
行間にメモ代わりに書き入れた文字なわけですし、現存古写本にしても数度に
わたって転写されているわけですから、ある程度のミスは仕方がありません罠。

378 名前:354:2003/08/29(金) 18:38 ID:mazJPYdQ

先日のお答えありがとうございました。えーと、東北板でこういうのがあったんですが、全国どこでも
こんな変化をしているんでしょうか?
ちなみに話題になってますのは、山形県南の「置賜(おきたま)」です。住民も普通は「おいたま」ですね。

167 名前: ゆきんこ 投稿日: 2003/08/22(金) 17:09:09 ID:w1/dGuHg [ U081252.ppp.dion.ne.jp ]

>>165
さいたまの語源は、古墳のある埼玉(さきたま)という地名だし、九州の大分も
古代は「おおきた」だったりする。おきたまがおいたまになるのも、日本語の
歴史上の必然か。

379 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/08/29(金) 19:46 ID:S0AYtpfc

>>378 354さん

 イ音便のことですね。現代語では、動詞(カ・ガ行五段動詞連用形+接続助詞テ)
や形容詞連体形のキ・ギの部分は子音脱落を起こしてイになりますが、この音変化
は極めて規則的で例外がほとんどない(「行きて」が「行いて」とならず「行って」となる
ことくらい)ので、「音便」と呼んで他の雑多な音変化とは区別しています。本例の場合
はイに変化しますから「イ音便」と呼びますが、同様の現象は名詞などの活用しない
語にも生じる場合があり、こちらも同じ「イ音便」として扱われます。354さんが例として
お挙げになった、

   サキタマ(埼玉)→サイタマ
   オホキタ(大き田)→オオイタ(大分)
   オキタマ(置賜)→オイタマ

も勿論そうですが、他にも

   サキキル(先切る)→サイギル→サエギル(遮)
   サキハテ(先果て)→サイハテ(最果て)
   ツキヂ(築地)→ツイヂ
   カキモチヒ(掻き餅)→カイモチヒ(牡丹餅)

のような例があります。ただし、五段動詞や形容詞とは違ってこちらの方は規則的な
ものではありませんので、同様の環境にあるからと言って常に音便を起こすとは限り
ません。よって、ご質問の答えとしては、「同様の現象は全国どこでも起こり得るが、
常に発生するとは限らない」ということになろうかと。

 ちなみに、音便の発生の理由については、「音便(発音の便宜)」という字面からも
推測出来るように、発音上の労力を軽減させるためと説かれることが多いのですが、
原則として複合語に現われることから、個々の単語の状態とは異なる語形にすること
によって結合度を高めるためという理由もありそうです。

380 名前:名無しさんはポシンタン:2003/08/30(土) 02:49 ID:OCsS2eG.

>>371
横レス失礼します。

けっこう前にTBSのふしぎ発見の聖徳太子の回で、新羅の「ぎ」が蔑称だという説を見ました。
その説を言っていたのは、番組中に出てきた韓国の大学教授(名前失念)で、
彼は百済はクン・ナラだとか、そこから奈良はナラが語源だとか言っていました。
なんでも、日本に亡命した百済人が、悔しがって語尾に蔑称をつけて広めたとのことです。

ですから特に嫌韓云々とは関係ないと思います。
どちらかというと、万葉集は新羅に滅ぼされた百済系による恨み唄だ、という説に近いかと。

381 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/08(月) 00:33 ID:VzaJAOo.

韓国はその程度で学者になれるのか。
ムーの読者レベルの素人マニアとしては夢のような国だな。
そういえば日本の歴史学界は百済の専門家だけで200人以上いるけど
韓国のすべての歴史学者集めてもそんなにいないって聞いたけどホントなの?

382 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/08(月) 02:42 ID:DudWbyRI

>>381

 さあ。どうでしょ。でも、彼の国だったら、ウリ程度の人間でも、
古代韓国語(ママ)の専門家としてやって逝けそうな気がすることも
また確かでつ…(w。

383 名前:本(BM):2003/09/08(月) 12:38 ID:IVpEapzg

>>382
先生なら、現代高句麗語とか、近代百済語、未来高麗語とかとかの専門家としても、第一人者に
なれそうですが。

384 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/15(月) 00:38 ID:qZsvXuTA

金思樺の「記紀万葉の中の朝鮮語」、神保町の書泉グランデで見つけたんで
うっかっり買っちゃったよー
この金思樺っておっさんは、東洋文庫の三国史記の注の中で
井上秀雄が古代朝鮮語での解釈説をやる時よく引用する人なんで、
比較的まともな人なのかなと当たりつけてたんだけど、早速いやなヨカーンが…
実際どんなと思われますか?

385 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/15(月) 01:20 ID:gsrv0y0E

 ただ今旅の空にある娜々志娑无です。

>>383 製本業者さん

 BMなんて名乗ってるから誰かと思えば…。book makerの略称でつか。
私は当然「H」を名乗っておられるかと思っておりましたよ(w。

>>384

 金思樺([火+華]ではなかったかしら)のことは私もよく知らない(彼の著書
『記紀万葉の中の朝鮮語』も読んでない)のでコメントしづらいのですが、
何かのニュースで朴炳植の万葉集についてのトンデモ研究を高く評価する
コメントを出していたというその一点だけで、私は「金達寿」並みという評価を
下しています。経歴を見ると、大阪外語大学で客員教授として朝鮮語・朝鮮
文学を教えていたようですが、まともな言語学者であれば朴炳植の研究?を
肯定的に評価したりするはずがありませんのでねぇ。

386 名前:384:2003/09/15(月) 13:47 ID:kDufcR0g

>>385
うっうぅ、チョパーリ、じゃなかった、ヤパーリそうなのでつか(泣
つーことは、金思[火+華](以後、金思樺と表記)を得意げに引用してる井上秀雄への
評価はどうなりますか?

たとえば、井上秀雄も
ロクデナシの電波の似非学者の売国学匪のトンデモさんの一味
にケテーイなの?

387 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/15(月) 15:08 ID:gsrv0y0E

>>386

 一言で言えば、金思樺は朝鮮語学界の大野晋って感じじゃないでしょうか。
大野さんも万葉仮名や定家仮名遣研究、文法研究など、純粋な国語学の
分野では非常に立派な業績を挙げておられますので、彼の仕事である岩波
古典文学大系の『日本書紀』や『万葉集』の注釈などは、十分信頼の置ける
ものです。ところが、日本語の系統関係に手を出されてからはあの体たらく
ですからね。この方面はトンデモ扱いされてもまぁしかたがないでしょうな。
金思樺も専門分野(多分朝鮮の古典文学かな)ではまともな業績があるから
井上秀雄氏も彼の業績を信頼して引用しているのでしょうよ。

388 名前:日語商売:2003/09/15(月) 16:11 ID:UsgVsbwQ

私の手元に金思曄(曄の方が原音と同音字なので)の
『古代朝鮮語と日本語』がなぜかありますが、内容は・・・でしたw

井上秀雄氏も古代朝鮮史とかでは実証的研究をしている人ですが、
「倭国は朝鮮半島南部にあった」とか言っちゃってる人ですからねぇ。
まぁ、優れた学者でも大野晋のように道踏み外しちゃう人はいますから
(だいたい自分の専門から踏み出して興味だけで突っ走った場合に多い)
学者の評価は是々非々で、ってことになるんじゃないでしょうか。

389 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/16(火) 06:59 ID:OHoKdMdU

井上秀雄どうにかならないのかな。
あれが日本で一番よまれるべきスタンダードな半島古代史家というのがなんともはや…。
でも彼を攻撃して沈没させると、はるかに劣悪なニダ人をコピーしたようなのしか残らないから
痛し痒しで、頭がいたい。
「なんで俺が井上なんかを…」と思いながら擁護してたりして…。トホホ。

390 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/16(火) 22:06 ID:1qzdaPiU

井上秀雄ですら金両基『物語韓国史』中公新書の中で攻撃されてました。
曰く、井上秀雄は檀君神話を否定している云々。困ったものです。

個人的に一番まともな古代朝鮮史の本は武田幸男氏の
中央公論社『世界の歴史6 隋唐帝国と古代朝鮮』だと思います。

391 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/19(金) 02:29 ID:3YXVnbrw

【歴史】奈良百済って一体何???【捏造】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/" target=new>http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1050959182/

325 名前:愛用者の喜びの声を集めました 投稿日:03/09/17 02:47
・奈良百済のおかげで目が見えるようになりました
・奈良百済を信じて早4年、早漏が直りました
・奈良百済を知って3ヶ月、身長が9センチも伸びました、ありがとう
・奈良百済のおかげで彼女いない歴34年についに終止符が打てました、ありがたや











 ちょっと心が動いたのは秘密だ(w。

392 名前:日語商売:2003/09/19(金) 02:37 ID:2WPAUioc

>>391
身長が9センチも伸びるなら私も。。。w

393 名前:日語商売:2003/09/24(水) 00:43 ID:QNkkr0Ls

こんなの見つけますた。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/09/22/20030922000043.html" target=new>http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/09/22/20030922000043.html

とうとう宗主国様へも噛みつきましたが、
記述間違いも意図的記述も一緒にしてるのが痛いな。。。

> 中国学校の70〜80%が採択している人民教育出版社の「世界歴史」は、
> ハングル制定について「15世紀、朝鮮は中国語と結合させて28文字の子母音を
> 制定した」とし、ハングルの独創性を否定した。他の歴史教科書も「漢字の音韻を
> 参考に表音文字であるハングルを作った」とその価値を格下げした。

中国語学の専門家としては、あながち間違っていないと思うし、
価値を格下げしてるとは思えませんが、こんなことでもカチンとくるヤシは
カチンとくるんだろうなぁ。。。

つーかこの時代、参考にできる音韻理論って中国のとインドのしかないんだし。

394 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/26(金) 20:09 ID:RZJ212qU


708 :あ :03/09/26 17:02 ID:9C/2XE66
日本語の母語は古代韓半島言語
ttp://honyaku.naver.co.jp/ktj.html?trn=1&frmbar=0&css_url=http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/cu/20030926/sb/sb2003092695509.html" target=new>http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/cu/20030926/sb/sb2003092695509.html
日本語の母語が昔の韓半島の言語という主張が申し立てられました.
日本熊本台紀要の時Shimizu教授と日本九州産業大韓国語講師である
朴明媚さんは共同論文で現在韓国と日本で使われる基礎語彙千個以上を調査
した結果両国の固有語が同じ根を持ったことに立証されたと明らかにしました.
研究チームは日本語がB.C..後から 7世紀末まで日本に渡った韓国人によって
形成されたことで推正しました. 二人の共同論文はハングル学会
創立 951周年記念学術大会で発表される予定です.

http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064078260/708" target=new>http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1064078260/708

395 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/26(金) 20:30 ID:DiZxYLWs

熊本大のShimizu教授と日本九州産業大韓国語講師の朴明媚は永遠にトンデモ扱いだろうな。

396 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2003/09/27(土) 00:58 ID:5Yb9twRE

>>394

 やれやれ。またひどい研究?が出たようですな。>>394の記事は具体
例がただの一例も示されていないのでコメントしづらいのですが、

http://yucarimint.hp.infoseek.co.jp/komatta/1062243016.html" target=new>http://yucarimint.hp.infoseek.co.jp/komatta/1062243016.html

には2つほど例が挙げてありますね。「mit(信じる)」と「mitomu(認)」に、
「kan(鑑)+kっ(こと)」と「kagami(鏡)」ですか。あまりのひどさに、
おぢさんは呆れてものも言えませんわ。前者は日本語「みとむ(認)」と
いう語の成り立ちを完全に無視した暴論です。「みとむ(認)」は「みる(見)」
と「とむ(留)」の複合によって生じた語ですから、もともとは「見て心に留める」
というくらいの意味でした。それが現在のように「認める」という意味になった
のは近代に入ってからのことです。しかも、「みとむ(認)」という言葉自体、
文献の初出は結構新しく、鎌倉時代になって登場した語なのです。仮に
本語が7世紀以前に入ってきた古代韓国語とやらの影響で生まれた語なら、
奈良時代から存在していなくてはならないはずですよね。

 次の「かがみ(鏡)」もお笑いの類です。「かがみ(鏡)」の語源は「かがみ
(影見)」。「かが(影)」は「かげ(影)」の交替形です。「さけ(酒)」「かね(金)」
が複合語になると「さかや(酒屋)」「かなもの(金物)」のようになるのと同じ
です。自分の姿、即ち「かげ(影)」を見る道具だから「かがみ(影見)」という
わけ。なぁにが「kan(鑑)+kっ(こと)」なものですか。

 上の2例が代表的な例のようなら、この研究とやらの質も高が知れると
いうもんです。清水紀佳氏は確かに言語学者のようですが、この程度の
ちょっと調べればわかる日本語史の知識さえわかっていないようでは、
ロクデナシのデムパ系学者と言われても仕方がありませんね。

397 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 17:58 ID:bW0kvXWs

それでも産経新聞社の大野敏明あたりは激賞するんだろうね。
なにせ朴炳植を師と仰ぐ人だから。

398 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 18:05 ID:hBKCl.w.

50万年前の石器を埋めちゃった人をバックアップしてた新聞社ですから。。

399 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 19:23 ID:yaZbGXCE

いやそれは毎日以外全部がわりと

400 名前:名無しさんはポシンタン:2003/09/27(土) 20:50 ID:9b8XMmGk

でも、サンケイは、あの教科書がらみでリキ入ってたよ>50万年前の石器

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