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レス数が950を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
【電波系大道芸】

1 名前:本@外郎売りver.は断念:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU

古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!

前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50

旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50

あ、さて、さてさてさてさて……

601 名前:スモーカー ◆9s/SSlUk:2004/05/20(木) 11:50 ID:sIeIW/ME

昔、博士の通信簿っていうテレビの企画があって
高名な博士を集めて中学時代の通信簿を晒すんだけど
司会者が甲ばかりの通信簿をまずだして
「さてこの方は?」
っていうと金田一晴彦先生が手を上げた。

司会者:「違います、先生のはこれです」

乙ばっか。ユーモアあふれた先生でしたね。合掌。

602 名前:火病する名無しさん:2004/05/20(木) 12:32 ID:SZPpqYO.

>>601そういえば昨日金田一春彦が亡くなった(享年91歳)

603 名前:日語商売:2004/05/20(木) 18:17 ID:BjlZgy76

>>601
私は先生が小さい頃、家が父親(金田一京助博士)の友達だった石川啄木に金を無心され尽くして、
常に貧乏だったという話が印象的でしたね。
「はたらけどはたらけど」とか言いながら実際は親友の家計をしゃぶり尽くしていたというわけで。
「石川啄木とは石川五右衛門の親類かと思っていた」って、うまいこと逝ってましたw
学者の名誉と引き換えに、テレビやマスコミに積極的に露出していたのも
(文化勲章をもらえなかったのは「笑っていいとも」に出たからというあやしい噂もあったw)、
貧乏への恐怖があって、世俗的でも経済的に不自由したくないという気持ちからだったとか。

604 名前:スモーカー ◆9s/SSlUk:2004/05/20(木) 18:52 ID:sIeIW/ME

>「はたらけどはたらけど」

喪前、真面目に働いたことあるんかと問いたい。
小一時間問い詰めたい!

605 名前:火病する名無しさん:2004/05/20(木) 19:22 ID:/oO2cMcA

お前、「東海」って言いたいだけちゃうんかと。

606 名前:スモーカー ◆9s/SSlUk:2004/05/20(木) 19:29 ID:sIeIW/ME

節子〜!とかいっちゃって、もうたまんない。
お前、東北に生まれたこと、密かに誇ってるだろ?
東北人なら何言ってもいいと思ってんだろ?
東北人は生まれながらの「ぷろれたりあーと」だと
思ってんだろ!!!
ハアハア

607 名前:日語商売:2004/05/20(木) 21:04 ID:BjlZgy76

金田一先生の孫あたりが「じっちゃんの名にかけて!!」って逝って
言語学の道を進んでくれないのでしょうか??
                                           スイマセンスイマセンスイマセン

>>605
おかげでこちとらこの歌説明するとき「これはトンへじゃなくて日本の東にある海・・・」と
説明しなきゃならねぇんだぞゴルァ!!

>>606
それは太宰治に逝ってるのでつか??

608 名前:スモーカー ◆9s/SSlUk:2004/05/20(木) 21:25 ID:sIeIW/ME

啄木の嫁さんって「節子」じゃなかったっけ?
(例によっていいかげん)

609 名前:火病する名無しさん:2004/05/20(木) 22:02 ID:m8ACgNlE

>>607
京助先生の孫なら現に日本語学者やってるんじゃないの。
テレビにも出てるし。

610 名前:火病する名無しさん:2004/05/21(金) 14:01 ID:wfxaHObM

人道主義・理想主義である白樺派の高名な文筆家は女郎屋を女性の人権弾圧と憤慨したが、
その文筆家は女郎屋に行っていいことをして、梅毒にかかったことがある

611 名前:0:2004/06/08(火) 23:03 ID:AWz3aeiM

スレ違いで申し訳ありませんが質問させてください。

日本語の音節の、万葉集における使用頻度の表を見たのですが、
ア行を見てみると、a,i,u,e,o(乙)の5母音しかありません。
なぜi(乙),e(乙),o(甲)は子音抜きの単独では使用されていない
のか不思議です。
言語学的には何か合理的な説明がなされているのでしょうか?


612 名前:火病する名無しさん:2004/06/09(水) 01:19 ID:ZeRvUUV2

>>611
 それは非常に鋭い質問なのだが、残念ながら今のところそれに対して
誰も明確な答えを示すことが出来ないというのが実情のようだ。そもそも
上代特殊仮名遣の甲乙の区別は、最も多いオ列ですらホのように区別
のないものがあり、イ・エ列に至ってはキ・ヒ・ミ、ケ・ヘ・メしか存在しない
という極めていびつな分布状況を呈している。甲乙の違いは母音の違い
というのが橋本進吉以来の通説だが、このように行によってありなしが
あるというのは言語学的に見ても不合理極まりないものである。5母音
説論者にとっては、これこそ自説を補強する証拠の一つということになる
のかも知れないが、5母音説論者にしても甲乙の違いは発音の違いに
基づくという部分においては8母音説論者と共通しているので、どちらに
しろいびつな状態にある点では変わりない。現在では、まともな研究者で
上代特殊仮名遣自体の存在を疑う研究者はいないと言っていいが、その
意味するところについてはまだまだ謎が多いようなのである。

 なお、研究者によっては、少なくともオ列に関しては全ての行に渡って
甲乙の違いが存したが、漢字音の問題でそれを表記し分けることが出来
なかったのだという説を取る者もいる。それに従うなら、ホはもちろんの
こと、ア行のオにもワ行のヲにも(発音上)甲乙の二種類が存したという
ことになるわけだが、はてさて。

613 名前:日語商売:2004/06/09(水) 01:55 ID:QQLg4ysI

>>611
まず、ちょっと前置きをいたします。既に予備知識がある方は読み飛ばしてください。
いわゆる上代特殊仮名遣いの正体については、今ひとつはっきりしていないのです。
だいたい「こんな区別があったろう」って所までは学者の間でだいたい一致してはいるのですが、
その解釈が学者によってまちまちです。
(1) 8母音説
これは a/i甲/u/e甲/o甲 は そのまま[a/i/u/e/o]、他の母音はi乙[ι]or[i¨]、e乙[ё]、
o乙[∂]or[o¨] のような発音と考え、音韻的にもすべて違う単母音として区別されていたと考える説です。
(大野晋など)
(2) 7母音説
これは i乙[ι]、o乙[∂] に対し、e乙のみを[∂i]または[∂e]のような2重母音と考える説です。
(森博達)
(3) 6母音説
これはi/eの甲乙の区別を母音の区別ではなく、子音の口蓋化の有無(カとキャの違いのようなもの)と
解釈する立場で、それによるとi甲は /ji/、i乙は /i/、e甲は /je/、e乙は /e/ と解釈されます。
o甲とo乙は(1)(2)の説と同じように、母音として区別されていたと考えます。
(実際の発音は(1)(2)の説とあまり変わらなかったろうと考えます)
(服部四郎など)
(4)5母音説
これは(3)の説とほぼ同じですが、o甲とo乙は環境による音声的な違いと考え、
(o甲は主に単音節語やa,uと同じ語根内に、o乙は独立性の弱い単音節語やo乙のみの語根に現れ、
また母音oの甲乙のみで区別できる語は非常に少ないので、同一音の違う現れ方と考えるわけです)
oの甲乙は[o]:[∂]あるいは[wo]:[o]のように音声的には違っていたかもしれないが、
音韻的には同じものだったと考える説です。
(松本克己)

これらの説が対立しているのですが、それぞれ一長一短があり、
これが定説だ、というところまでは逝っていないのが現状です。

614 名前:日語商売:2004/06/09(水) 03:11 ID:QQLg4ysI

つづき

そもそも(1)の8母音説は母音の分布に無理があり(エ、オなどの半狭母音で4種類を区別する言語は
ほとんど存在しないし、イ、ウのような狭母音3種類より半狭母音の方が多いという体系はおかしい)、
ほとんど成り立つ余地はないと思います。また(4)の5母音説も、oの甲乙の解釈で相当無理をしているので、
後の時代の母音体系を説明するにはいいものの、やはり無理がある説だと思います。
というわけで私個人としては(2)と(3)のどちらかだと思いますが、あくまでも個人的意見です。

上代特殊仮名遣いには、>>61さんの指摘のように甲乙の区別が非常にいびつな形で分布していること、
奈良時代後期以降急速にその区別がなくなっていくこと(コ、ゴの区別については平安時代
初期まで残っていたらしい)など、謎がたくさん残っていますが、
ア行で甲乙の区別がないというのもそれらの一つです。
一番手っ取り早い解釈は、e甲はヤ行のイ、e乙はア行のイ、e甲はヤ行のエ、e乙はア行のエ、
o甲はワ行のオ、o乙はア行のオと解釈することです。
つまりあるものの中から候補を探すという立場で、i,eの甲乙の区別が口蓋化の有無にあるとする
(3)(4)の説とは非常になじみやすく、また(2)でもア行のエはe乙、ヤ行のエはe甲、ア行のオはo乙、
ワ行のオはo甲と結論づけているため、矛盾しません。
この説の一番の問題点は、ア行とヤ行のイの区別が実際には存在しないということですが、
ヤ行の子音である半母音[j]は母音[i]が子音として振る舞っているものであるため、
[ji]と[i]は区別をすることが難しく、一緒になってしまったが、前に k,g,p(Φ),b,m などの
子音がある場合には、子音の音の違いで区別できたために残った、と考えることもできます。
そのほかにも、ワ行のオをo甲と考えた場合、「ト乙ヲ(十)」のようにo乙類と同一語根内に現れる
ヲは甲類と解釈すると非常にまずいのではないか、などの疑問も当然出てくるでしょう。
その他にも>>612さんのおっしゃるような「区別はあったが表記できなかった」を
これらにも当てはめることができるでしょうが、漢字音にはiとji、eとje、oとwoあるいは∂とoを
区別するために使える音がたくさんあったので、少なくともこれらの場合には
当てはめるのは無理があると思います。

615 名前:611:2004/06/10(木) 21:42 ID:8Htf/aok

612さん、日語商売さん、丁寧なご説明どうもありがとうございました。

何かコメントできるほどには理解できておらず申し訳ないのですが、
上代特殊仮名遣の存在は古代日本語が8母音であった事に
起因しているものだとばかり思っていましたのでちょっとびっくりしました。
定説ではないんですね、8母音説。

日本語では1音節、2音節などの短い単語がたくさんあり、
せっかく8母音あるのだから語頭の音も5種類だけではなく8種類
使い切れば区別しやすかっただろうになぁ、と思ったのが疑問のきっかけでした。

カ行以降で乙類の音節が大量に抜けているのは、発音(発声)上労力が大きいもの
から淘汰されてきたのではないか、古事記、日本書紀、万葉集は淘汰の激しかった
時期にたまたま成立しただけではないのか、などと(よく考えずに)思って
気にしてませんでした。

古代日本語の発音は大勢の研究者が研究していると思いますが、
それでも結論がでないという事は、新資料でもでてこない限り
解明は難しそうですね。
誰か重大な手がかりとなりそうな記録、気を利かせて残してくれて
ないものですかねぇ。


616 名前:お知らせ:2004/08/09(月) 03:33

ハン板で、さんちゃんが復活してるよっ!

617 名前::2004/08/12(木) 19:25

大道芸の起こりってなんですか?


618 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/27(水) 00:13

 故あって長い間留守にしておりましたが、このたび復活することに
致しました。お見捨てなくば再びこのスレに粘着致したいと存じます。
どうぞ宜しくお願い致しますm(_"_)m。

619 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/27(水) 00:13

折角だからageますね。

620 名前:日語商売:2004/10/27(水) 00:23

>>618
復帰おめでとうございます。
このスレの発展とソンセンニムの御研究のますますの進展をお祈りいたします。
私も、微力ながら協力させていただきます。

621 名前:徹 ◆26LQBxDs:2004/10/27(水) 01:54

おー!

622 名前:火病する名無しさん:2004/10/27(水) 03:35

キタ━━━(*´∀`*)o^∀^o)*´Д`*)━━━!!!!!!

623 名前:もす平 ◆9s/SSlUk:2004/10/27(水) 11:50

おみやげはないの?

624 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/27(水) 12:54

>>623
 ニムには既におみやげ上げてるニダ(w。

  ウェー、ハッハッハ
            |\
            人 ⌒ヾヽ丶、   ノ
           <`∀´ヽ>,,, ,,,,,) wwwwwwwwwww

625 名前:もす平 ◆9s/SSlUk:2004/10/27(水) 13:22

ニカ?                                      
            ⌒⌒ヾヽ丶、                  
           (‘_‘ ),,, ,,,,,) )) (wwwwwwwwwww


626 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/27(水) 13:51

>>625
 いえ、そのニダーバージョンニダ。「HANBoardについて考える」の
前スレに名無しでカキコしたニダ。あっさりスルーされたニダが(泣)。

627 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2004/10/27(水) 16:23

自転車小僧さんが世界史板の某スレで8月頃がんばってた。
面白かった。

628 名前:もす平 ◆9s/SSlUk:2004/10/27(水) 16:46

ゴキブリタイプノボディがホシイニダ                                      
            ⌒⌒ヾヽ丶、                  
           (‘_‘ ),,, ,,,,,) )) (wwwwwwwwwww


629 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/27(水) 16:59

>>628
 これで我慢しなはれ。
            ,        _________
  .  /\    /.\     /
  . /\< /\`∀´>\  < ニダーリ、ニダニダ
  /      .\    ヽ   \_________
 ./         .\  ⌒
.⌒          .⌒

     (( へ<へ`∀´>へ ニダニダ
                    (( へ<へ`∀´>へ ニダニダ

       (( へ<へ`∀´>へ ニダニダ

(( へ<へ`∀´>へ ニダニダ

630 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2004/10/27(水) 17:20

おしい、脚が一対たりない。





すんません.........

631 名前:火病する名無しさん:2004/10/27(水) 17:54

ちょっと足りないのがデフォです。

632 名前:火病する名無しさん:2004/10/27(水) 18:43



633 名前:火病する名無しさん:2004/10/27(水) 18:59

センセーキタ━━(━(━(-( ( (゚∀゚) ) )-)━)━) ━━ !!!!!



ハン板にも復帰するよろし。

634 名前: :2004/10/27(水) 19:09

>>633
既に、さんちゃんスレで復帰してるよ。

635 名前:企業家 ◆OObpWCE2:2004/10/28(木) 22:03

あ、ソンセンニム見っけ!
復活チュッカ(祝賀)ハムニダニダ。

636 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/10/29(金) 00:54

 今回の新潟地震に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。
些少ながら、日本赤十字新潟県支部に義捐金を送らせて頂きますた。
小千谷には一度だけですが同僚の友人と片貝地区の花火大会(冗談
抜きで日本一の規模ではないかと思いますた)を見物に行ったことが
あり、友人のつてがあった(友人は何度も同地に学術調査に赴いており、
顔なじみですた)とは言え、一面識もない私のためにわざわざ桟敷席を
用意して下さり、新潟の銘酒や同地の名物へぎそばなどをご馳走して
頂きました。聞けば、その方は現在も避難所暮らしであるとか。いずれ
直接地震見舞いを送りたいと思っておりますが、現在は何かとどたばた
しておりますから、とりあえず義捐金の形でせめてもの気持ちを表す
ことにした次第です。

>企業家ニリム
 カムサハムニダ。どうせウリはひざがしらむずむず病で長くない身
ですし、恥も外聞もなく復活することに致しますた。今後ともどうぞ
宜しくおながいするハセヨ。

637 名前:鄭声之:2004/10/30(土) 03:14

ながくないって・・・・娜々志先生また若いでそ?

638 名前:貴須王57世の孫:2004/11/18(木) 14:13

娜々志娑无 先生しらんまに復帰されてる・・・
ageとこ

639 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/18(木) 20:06

>>638
 お久しぶりニダ。休んでいる間にすっかりニダ語が
板に付いてしまったウリニダが、今後とも宜しくニダ(w。

 関係ないニダが、最近一番笑ったネタ。

183:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/11/18(木) 14:48:54 ID:yN7yyfOm
ttp://www.excite.co.jp/world/korean/
ここで「ニダー」を日→韓翻訳してください。
なにやらハングルが出てきます。
次にそのハングルをもう一度韓→日翻訳してみてください。

とてもショッキングな結果が出ます。

640 名前:日語商売:2004/11/18(木) 21:14

>>638
おお、おひさしぶりでございます

>>639
禿ワロタヨ!!

neo(汝)+〜ida(〜である)の縮約形ですね。

641 名前:火病する名無しさん:2004/11/19(金) 01:47

NAVER JAPAN 翻訳掲示板 パート116
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1100593940/" target=new>http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1100593940/

346 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/11/18 23:48:22 ID:MIQZjLcZ
一応、補足すると寺の語源は朝鮮語なんだけどね。
まあTERAという発音じたいは日本式発音といえると思うけど。
>てら 2 0 【寺】
>〔朝鮮語チョルからという〕
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C6%A4%E9&kind=jn&mode=0&base=1&row=0" target=new>http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C6%A4%E9&kind=jn&mode=0&base=1&row=0
------------------------------

先生これは本当ですか?

642 名前:鄭声之:2004/11/19(金) 05:27

>>641
じゃ朝鮮語のチョルはどっからきたのかな。

>貴須王57世の孫殿

ウリは武寧王の孫ニダが、たぶん60世くらいのはずニダ。
しかし貴須王から57世だと少し長生きの人が多そうニダね。

643 名前:貴須王57世の孫:2004/11/19(金) 06:19

>>639>>640>>642
どうもー、これからもよろしくです。

それにしても「日韓語翻訳」面白い!
いろいろ試しだけど、「いやんばかんそこがお乳なの、あはん」
という語を翻訳し、日本語に戻したら、よくわからんのが出てきた・・・。

644 名前:火病する名無しさん:2004/11/19(金) 10:50

ネガ ウッコ シプルテマダ ノン ナルル ウロボリゲ マンドゥニッカ ♪

ニガ ポゴ シプルテマダ ナン イロッケ ムノジョボリゴ マニッカ ♪
おなじみの例の歌詞、サビの部分でありますが

値が お腰 プーで マダム 鳴るル ウロボリ毛 マンドゥニッカ ♪
苦 お腰 プーで マダム 色気 胸女ボリゴ  マニッカ ♪
と無理やり覚えましたが、もうこのようにしか聴こえなくなってしまた。

645 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/19(金) 14:55

>>641
 「テラ(寺)」の語源についてはこのスレの>>424以降で
話題になっていますので、ご覧下さい。

646 名前:火病する名無しさん:2004/11/19(金) 15:22

>>645
既出でしたか、読んでなくてスンマソン。
日本語の「照らす」とかは関係ないんですか?
アマテラスって神様の名前にもなってるじゃないですか。

647 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/19(金) 16:05

>>646
 院政鎌倉期の京都アクセントを見まするに、テラ(寺)は
高高〜高低型ですから高起式、テラス(照)は低低下降〜
低高低型ですから低起式となっています。同語源の語は
アクセントの高起・低起の式が一致するという金田一法則
(先日亡くなった金田一春彦氏が発見したことからこの名
がある)に照らせば、両者はアクセントの式が異なってい
ますから、少なくとも当時の日本人は両者を別語源と考え
ていたということがわかります。

 ちなみに、現在の研究では、院政期の京都のアクセント
体系と奈良時代の奈良のそれは大体同じであったと推定
されておりますので、テラ(寺)とテラス(照)が別語源という
認識は奈良時代にまで遡らせることが可能です。

648 名前:火病する名無しさん:2004/11/19(金) 17:54

>>647
関係ないのですね。ありがとうございました。

649 名前:日語商売:2004/11/19(金) 23:05

なんか前の雰囲気が戻ってきてうれしいなぁ!!

650 名前:鄭声之:2004/11/20(土) 04:54

>「寺院」を意味する「刹」という漢字は
>梵語の「国土」を意味する「ks^etra(クシェートラ)」の音訳ですが、
>日本語の「てら(寺)」はその上略形「トラ」から生まれたのであ〜る!

これですか。

651 名前: :2004/11/24(水) 19:38

誠に厨な質問で、申訳ございませんが、
本家にこんなコピペがありました。
---------------------
ttp://otd13.jbbs.livedoor.jp/337658/bbs_plain

270 返信 民族って何? とほほ Mail HOME 2004/11/23 02:10
New
> 民族という皮膚は、脱げませんが、国家という服は、「国籍離脱」で脱げます
よ。きっと、フランスの方も、「国籍はフランスなんです」といえば、あなたが
いかにフランスという国家に、精神的ウェイトを置いているか、理解してくれる
ことでしょう。

民族って何?
この主題を良く考えてみる事です。
なぜフランスが出てくるかと言うと「民族」と言う概念がフランスから始まって
いるからですよ。もちろんフランス革命時の民族と言う概念と現在では変遷があり
ます。アジアに置ける民族観とヨーロッパにおけるそれは異なります。しかし
アジアにおけるそれもヨーロッパの民族の概念を輸入したものが基本になって
いるのです。

民族を血統主義に置くならば日本人の大半は朝鮮族でしょう。
文化言語の違いによるのであれば、日本民族は明治以降に創造された想像の
共同体になるでしょう。
------------------------
んで、自分が一番気になったのが

>文化言語の違いによるのであれば、日本民族は明治以降に創造された想像の
>共同体になるでしょう。

これって、今の日本語は明治になって
それ以前の日本語とは、全く関連性の無いものと読取りました。
言語学的に、そういう説はあるのですか?

このスレを数年romしてきた自分としては電波のような・・・
それとも、自分の読解力の問題かな?

652 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/24(水) 22:17

>>651
>これって、今の日本語は明治になって
>それ以前の日本語とは、全く関連性の無いものと読取りました。
>言語学的に、そういう説はあるのですか?

 多分上記の筆者は、民族を決定する最も重要な要素の一つが
言語の共有であるから、現代共通語が全国に普及する明治以前
の日本人はまだまだ全体としては統一された民族とは言えないと
でも言いたいのでしょう。カナーリ極端ではありますが、それも一応
一つの見方ではあると思います。

 しかしながら、この見解は現代共通語が普及する以前にも正式
の模範的な言語としての「標準語」が存在していたということを
まったく無視した暴論でもあります。奈良時代においては奈良方言、
平安時代から江戸中期にかけては京都方言が唯一その地位を
占めていました。江戸後期になると江戸語も京都語と並んで標準
語の地位を争うほどの存在になっていましたので、唯一無二の
存在ではなくなってしまいますが。

 一方、各地の方言はこれら標準語から見れば一段劣った存在と
見なされてはいたものの、それはあくまでも当時の標準語の規範
から外れた「訛ったことば」であって、まったく別個の言語という意識
はありませんでした。この程度であれば十分に言語を共有していた
と言って問題はないでしょうから、当時から日本人は十分に全体と
して一民族たる要件を満たしていたと見るのが穏当でしょう。

 それに、言語の連続性という点から見ましても、現代共通語は
江戸語(江戸方言)をベースとして成立したものですし、その江戸
語は大雑把に言えば基層を中世関東方言、上層を中世京都語と
して成立した言語(三河方言も一部混じっていますが)です。更に
言えば、京都語も奈良時代京都方言に奈良方言が加わったもの
なわけですから、言語の系譜としては奈良時代より現代まで延々
とつながっております。言語的に無関連だとはとても言えますまい。

653 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/24(水) 22:33

>>652
つーか、先生、>>651のコピペは
ネイションの概念と
エスニックな民族の概念をごちゃまぜにして
誤って理解しているんじゃないんでしょうか?

654 名前:火病する名無しさん:2004/11/25(木) 11:40

>>653
えっと、民族概念を言語中心に構築するのは、スターリンの主張なんです。
カナーリ長い間、マルクス主義における民族理論の正統とされてきました。
要するに、民族というものは言語文化を地域的に共有する集団であると、
で、そこから敷衍して、近代国家におけるネーションの形成は、地域的な言
語文化の圧殺と平行して進行するものであるという理論が出てくるわけです
な。ですから、多様な言語集団をエスニック集団とすれば、標準語への強制
的統合によってネイションが形成されるということです。
別に>>651のコピペを擁護するわけではないですが、そういう考え方もあると
いうことです。
念のために言っておきますが、スターリンの政治的な功罪とは別に、1913年
に書かれた「マルクス主義と民族問題」はマルクス主義における民族理論と
しては、国民国家の絶対視に対するひとつのアンチテーゼとして価値を持っ
ていたんですね。
ここからは余計な話ですが、絶対的な権力を握った後も、スターリンは言語
と民族についてはよほどのこだわりがあったらしく、1950年になっても論文を
発表してます。まぁ、ソ連の言語学者にとってはとても迷惑だったようですが。

655 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/25(木) 00:48

>>654
あのー、スターリンの民族の概念については
調べたことがないので、まったく知りませんが
「標準語への強制的統合によってネイションが形成される」
という概念ならば、存じてます。
かなり一般的に、日本でも主張されてきましたよね。
井上ひさしの「国語元年」だったかは
そういった主張に基づいて書かれたものじゃないですか?

>>651のコピペはフランスを持ち出しているわけですから
「ネイション」について語っているわけですよね。
これを「民族」とも訳しますが、近代国民国家の「国民」とも
訳します。
スイスのような例外は存在しますが、国民国家には国語が制定され、
フランスのドイツ語圏などへのフランス語強要は
いわばその国語制定だったわけです。

エスニックな民族というものは、言語や文化、あるいは血統、宗教などを
その規定要素としてもつわけなんですが
ネイションの国語は、エスニックな民族の言語とは、ちがうでしょう?

明治維新で形成されたネイションとしての日本人とは別に
その核となった日本語をしゃべるエスニックな日本民族は、
当然存在します。
そして、そのエスニックな民族は、血統というよりもむしろ、
言語や文化によって識別されるものですよね。

>>651のコピペは、私には電波としか思えないんですが。









656 名前:火病する名無しさん:2004/11/25(木) 18:20

>フランスのドイツ語圏などへのフランス語強要は
アルザス地方の「最後の授業」批判(たしか田中克彦だったか)とかを例に出して
いかに近代における国民国家と標準語の形成が政策的な代物であったかを強調する人はいますね。

柳田国男とその弟子たちの方法論が、地方(アイヌ・台湾・朝鮮含む)言語を標準語に対する方言として収集、
低い地位を与えて包摂するものであった、と日本に関しては帝国主義批判になりがちな傾向があります。
ポストコロニアルだのの流れに乗って、ナショナリズムの幻想性を暴露しようと四苦八苦してる感じですね。

その反動か、半島の民族・歴史的純粋性を疑うことが全く無いというのはご愛敬。
まぁ日本人が血統的に朝鮮族だなんて事を言い出すのは根本的にデムパでしょうけど。

657 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/25(木) 21:10

>>656
>アルザス地方の「最後の授業」批判(たしか田中克彦だったか)とかを例に出して 、いかに近代における国民国家と標準語の形成が政策的な代物であったかを強調する人はいますね。

あのー、フランス語の標準語の形成と、
フランスという国民国家にとりこまれたドイツ語圏の人々に
フランス語を強要する話は、また別なんじゃないんでしょうか。
標準語の形成は>> 652で先生が日本語についておっしゃるように
自然に形成されていく場合が、多いのだろうと思います。
(イスラエルのユダヤ語のように、かなり政策的な場合もありますが)
しかし、文章言語まで考えますと、その国語の普及には、
教育など、政策が関与するのは当然じゃないんですか?

えーと、それに、アイヌ・台湾・朝鮮、それぞれの言語を
日本語の方言扱いした、という批判があるんですか?
すみません。それは存じませんでした。

ネイション・ステイトという概念は、西洋近代のものです。
したがって、非西洋圏におけるネイション・ステイトの形成は
西洋近代の受け入れでも、あるわけです。
日本語は、西洋的な概念を受け入れるためにさまざまな模索を経て
変容を遂げ、近代日本語となったわけでして
これはかならずしも、政策的に行われたわけではありませんが、
近代的な諸制度を導入し、円滑に近代国家を運営するためには
近代日本語の普及は欠かせませんから、
その普及、つまり国語の普及は政策的に行われたわけですよね。
これが、例えばアイヌにとっては
日本語の「強要」ということになるのですが
近代国民国家としての日本において、
近代日本語をツールとしなければ、
当然、不利益を被るわけですから
その「強要」が責められるべきことであったとは、
個人的には思ってはおりません。







658 名前:火病する名無しさん:2004/11/25(木) 22:16

教育実習の先生がアンチョコをもとに一所懸命話してるような文

659 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/26(金) 11:33

>>658
 それは私、と娜々志が言った

 ウリは無免許で教員やってるニダから、もっとタチが悪いニダねぇ…。
毎年教え子が次々と教員免許を取って卒業してゆくのを見るのは実に
複雑な気分ニダ。チォブ。ウリだって学生時代に国語科教育法で赤点さえ
取っておらなんだら…<T_T>。

660 名前:Venom ◆7wMBGNJ2:2004/11/26(金) 10:28

>>659
ウリも、高校時代ずっと英語は赤点ばかりだったのに、今じゃ毎日英語使って
貿易の仕事やってるんだから、ケンチャナヨ。 人生なるようになるニダ。

661 名前:Zep:2004/11/26(金) 10:45

>>658

アンチョコ見てるだけマシニダ。ウリなんざ,アドリブで授業やっとるニダ。

662 名前:徹 ◆26LQBxDs:2004/11/26(金) 11:43

民族の話はいつもよくわからんですね。共同体形成(認識)のための
方便がすぐ物象化される。繰り返し語られることによる同一性の
神話作用で観念される「本質」としての民族。それが近代的イデオロギー
(虚偽意識)であるのはさんざん指摘されてますが、想像の共同体とか
国民国家批判論を言う人達の多くは何故か半島や中国のそれ
(本質主義的虚偽意識の典型としてのナショナリズム。歴史的次元で
いうならばその中華思想)については触れるのを避けますね。ほとんど
神経症的。(ああ、上のコピペで日本人朝鮮族説が出てますが、たしか
DNA解析研究によれば朝鮮系はそれほど多くなかったんじゃなかったかな?
どうでもいいけど)。
しかし色々なレベルでの自然発生的な、”本質”ではない、ある関係性の
様態であるわれわれ性、というものはあるでしょうね。「想像の共同体」の
訳者である白石隆氏もこのあいだ、アジアにおける中産階級形成が進み、
文化コンテンツの共有によって新しいアジア人意識が発生するかも、
みたいなことを(なんだかちょっと期待するみたいなトーン?で)書いてました。
だからどうだってことはないんですが。

近代国民国家としての日本とその国語ですが、国語普及政策は当然
でしょうが、国語の形成ということでは、近代文学(と呼ばれるもの?)が
国語を準備した、みたいな指摘があったんじゃなかったかな。国語の
普及によって近代文学が書かれたというのは逆というか。
柄谷だったかな?。うろおぼえ。

663 名前:周平:2004/11/26(金) 12:08

郎女さんははじめましてですか?

おっしゃっていることにはおおむね同意ですが、実はそういった「流行」の理論に
対して娜々志娑无先生が何げに非常に興味深いことを書いておられたのでそちらに
ついて少し聞きたいと思います。

ということで、初めまして(でしたよね)、以下の文について伺いたいのですが
>娜々志娑无さん

>>652
> しかしながら、この見解は現代共通語が普及する以前にも正式
>の模範的な言語としての「標準語」が存在していたということを
>まったく無視した暴論でもあります。奈良時代においては奈良方言、
>平安時代から江戸中期にかけては京都方言が唯一その地位を
>占めていました。江戸後期になると江戸語も京都語と並んで標準
>語の地位を争うほどの存在になっていましたので、唯一無二の
>存在ではなくなってしまいますが。

> 一方、各地の方言はこれら標準語から見れば一段劣った存在と
>見なされてはいたものの、それはあくまでも当時の標準語の規範
>から外れた「訛ったことば」であって、まったく別個の言語という意識
>はありませんでした。この程度であれば十分に言語を共有していた
>と言って問題はないでしょうから、当時から日本人は十分に全体と
>して一民族たる要件を満たしていたと見るのが穏当でしょう。

ここら辺の「標準語」の担い手としてどういった層が想定されているのでしょ
うか。つまりもしこの担い手が日本列島に居住する住民の内ごく一部でしかない
なら、そのごく一部以外は「日本人」ではないということにもなりますが。

あるいは「意識的」に「標準語」と考えていた人はごくわずかでも、そういった
人たちが「標準語」と考えていた言葉と一般の百姓土民のしゃべっている語が
同じ「日本語」にくくられるがゆえに、それら百姓土民も「日本人」であると
見なして良いということなのでしょうか?ただその場合「全く別個の言語という
意識がない」ということの根拠は何でしょう。どうも会話ができる、コミュニケ
ーションが可能であるというのは難しい様な気もしますが。

664 名前:周平:2004/11/26(金) 12:26

>>659

ついでに言えば私も教員免許無しに教えている口です。もっとも単位は全部取った
のだから、出身大学を通して教育委員会に免許を請求すればくれたと思ったので
すが、マンドクセで今まで来てしまったわけです。

665 名前:スモーカー ◆9s/SSlUk:2004/11/26(金) 14:22

>>660

ウリは高校時代、数学は真っ赤ッかだったくせに
いま、数字を売って生きてます。
誇らしいですね(ホルホルホル

666 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/26(金) 15:43

>>663 周平さん
 はじめまして。HANBoardスレでは何度もお名前を拝見しております。

 「標準語」の直接の担い手ということになると、都の支配階級のみと
いうことになるでしょうが、必要に迫られて「標準語」を習い覚えた人間
も含めれば更に範囲は広がりますし、時代が下るにつれて「標準語」
話者はその数を増していったはずです。とは言え、いつの時代においても
「標準語」を話せない人達の方が多かったことは間違いないでしょうね。

 しかしながら、「標準語」を話せない人達の話す言語(資料的な制約に
より断片的にしかわかりませんが)は言語学的に見ても間違いなく同じ
日本語にくくられるものですし、「標準語」の担い手も「標準語」以外の
日本語を見下しこそすれ、外国語扱いはしていなかったようです。
具体的に言えば、「標準語」話者は「標準語」以外の言語に対しては
「横訛(よこなば)る」「舌だむ」「頑な」「口歪む」という負の評価を下す
のが常でしたが、これらはいずれも、実際はどうあれ、その言語がまだ
「標準語」と対比可能な程度のものと認識されていたことを示しています。
異論もあるでしょうが、ここに私は言語の共有意識(のようなもの、と言う
べきでしょうか)を見出だしているわけです。

 一方、純然たる外国語に対しては、『日本書紀』古訓に見える「韓語
(からさひづり)=百済語のこと」や、枕詞の「さひづるや→韓(から)」
「さひづらふ→漢(あや)」「ことさへく→韓(から)、百済」を見てもわかる
ように、中韓問わず遠慮なしに鳥の鳴き声と結び付けています。まさに
「人語にあらず」と認識されているわけですね。

 尤も、枕詞「鳥が鳴く→吾妻(あづま)」が、通説通り都人の東国人の
言葉に対する印象に基づくものであるとすると、この辺ちと微妙になって
きますが(w。

667 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 17:14

そうしてみますと古典文献と比較できる、古代東国語の資料というのは残っているのでしょうか?
蝦夷=アイヌという話も聞きますが、東北あたりまで民族が入れ替わったりしてんですかね。

668 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/26(金) 18:55

>>667
 方言は地方語であり、しかも話し言葉でもありますから、基本的に
文献には残りづらいのですが、古代東国語に関しては例外的に豊富
な資料が残っています。『万葉集』の東歌(巻14)と防人歌(巻20)が
それです。中でも防人歌は作歌の時期や詠み手の名前、出身地が
特定出来る上に、編集者の手もほとんど加わっていない(中味は
もちろん採録者の万葉仮名表記すらいじっていない)という第一級
資料です。地名で言いますと、東北では陸奥だけですが、関東では
相模・武蔵・上総・下総・常陸・上野・下野と全域にわたっています。
これらの資料を国ごとに詳細に比較していくと、地域によって方言的
な違いもあったことがわかりますが、総合的に見れば東国語という
共通の枠組みの中に入れてもかまわないと思います。

 問題は中央語たる奈良語との言語的な違いですが、打消しの助
動詞が東国語「なふ」と奈良語「ず」で対立しているとか、命令の語尾
も東国語「〜ろ」と奈良語「〜よ」の対立になっているとか、相違点も
あるものの、全体として見れば東国語と奈良語は同一の言語の枠内
に収まるものであることがわかります。換言すれば、それぞれ古代
日本語の一方言であるということです。総じて東国語は訛りがきつい
ので、いかにも違いが大きいように見えますが、その中にも東国語e
対中央語o2のようにきちんとした音韻対応が認められます。

 更に言えば、言語学の経験則「古語は方言に残る」のことば通り、
東国語には奈良語よりも古い要素が残っていたりもします。たとえば、
東国語では四段動詞の連体形が終止形と同じウ列音ではなく、
「降ろ雪」のようにオ列甲類音になっている例がしばしばありますが、
奈良語にも「カギロヒ(陽炎)」のように複合語の形で四段動詞「かぎる
(ちらちら光るの意)」の連体形がオ列甲類音として残っており、奈良語
においてもかつては東国語同様四段動詞の連体形はオ列甲類音で
あった可能性が高いのです。ちなみにこの現象は今でも八丈島方言
に「書こ時」「行こ人」のように残っていたりします。

669 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/26(金) 18:56

(続き)
 このように、既存の資料から見る限り、東国語は古代日本語の一方言
と見てまったく問題がないのですが、東北地方、とりわけ北部に関しては
関東ほど資料が残っていないので、アイヌ語の影響云々は不明です。
この件に関して注目されるのは、平安極初期成立の『東大寺諷誦文稿』
(820年頃成立)という資料です。同書には「此当国方言、毛人方言、飛騨
方言、東国方言」という記述があり、日本の方言として東国方言や飛騨
方言と並んで「毛人方言」が列挙されているのです。「毛人」が蝦夷を指す
ことは言うまでもありません。同書は「方言」という表現の国内における
初出文献でもありますが、この短い記述をどう解釈するかが問題です。

 人によっては「毛人方言」をアイヌ語と取り、所謂方言だけでなく純然
たる外国語すらも方言と称していた例と受け取るかも知れませんが、
私は文字通り「蝦夷方言」、即ち当時の東北地方(旧蝦夷支配地)で
行なわれていた日本語の方言を示しているものと解釈します。それが
どのような言語であったかどうかは資料がまったく残っていないので
推測するしかないのですが、おそらくはアイヌ語の影響を特に語彙面で
色濃く受けた東国語だったのではなかったかと思います。アイヌ語の
影響の程度によっては日本語とアイヌ語のクレオールと言うべきもので
あった可能性もあるでしょうが、長年日本人と直接地理的に接してきた
という歴史的背景から見て、少なくとも北海道や千島のアイヌ人が話す
ような純粋なアイヌ語ではなかったと考えるのが自然ではないでしょうか。

670 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 20:00

あ、やっぱ万葉集でしたか。ありがとうございました。

671 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/26(金) 21:08

>>662
手許にアンチョコがなくて(笑)、
用語などいいかげんになるかもしれませんが
ネイション・ステイトのモデルとして、
フランスとドイツがよく取り上げられます。
フランスはまず領域国家となり、ネイション・ステイトに移行した。
領域に含まれていた他民族は、同化していったわけですね。
一方ドイツは、ドイツ民族が一つの領域国家として
まとまっていなかったので、民族を結集してネイション・ステイトを形成した。
こちらの方は、ドイツ民族の住む地域を、領域に取り込んでいった、
といえるわけです。

これまで、民族中心ということで、日本のネイション・ステイト形成は、
ドイツ型といわれていたんだそうです。
しかし、フランス型なんじゃないかと書いていたアンチョコがあって
これは、ごもっともなお話です。

>国語の形成ということでは、近代文学(と呼ばれるもの?)が
国語を準備した、みたいな指摘があったんじゃなかったかな。

指摘は知らないのですが、いわゆる近代文章日本語の形成ですよね。
口語体の文章ということになろうか、と思うんですが、
近代文学を中心に、雑誌や新聞の文章が形作っていった、
と考えるのが、普通じゃないんでしょうか。
正岡子規の「写生文」運動などは、近代文章日本語確立の試み、
と評価されていますよね。

ただ、ヨーロッパにおいて、ラテン語ではなく、
それぞれの日常言語による文学が書かれ、
しだいに民族意識が高まっていったという経緯と比べるならば、
私は、江戸時代における国学の興隆をあげたいんです。
近代的な民族意識は、すでに江戸時代に生まれ
ネイション・ステイトの形成ははじまっていた、と思っています。

672 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/26(金) 21:24

>>663
はじめまして、です。
某さんや某さんなどから、
よくお名前はお聞きしておりましたが。
えーと、流行の理論なんですか? 
存じませんでした。

想像の共同体だとか民族意識だとか
昔、ハンスレでよく出ていた話題なんですよね。

私のいってたことと、娜々志娑无先生のおっしゃっていることって
対立することなんでしょうか?
そうは思わないで、書いていたんですけど。



673 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 21:43

>>657
656の名無しですが、昔そういう内容の講義を受けたことがある程度ですので悪しからず。
私自身は全くそういった論に共感しておりませんし。

娜々志先生も少し上で「古語は方言に残る」と述べておられますが、
旧文部省の国語調査委員会などが方言の収集によって日本語の歴史性を掘り下げていく中で、
当時流行った日鮮同祖論などと相まって外地語の中に日本語の古語を探す動きはあったようです。

そういった事柄に触れ、あたかも国語が万世一系の国体を作るための人為の産物であったとか、
侵略の一端だとか、ネガティブイメージを持ち込む論があるようでして、これがなかなか厄介な代物でした。
言葉は自然に生成されるべきだという美意識が、国家による介入を極端に忌み嫌う傾向に至るようです。

やはり言語という分野においてさえ、その政策の是非を論じるのには思想の介入が可能なようで、
戦前の日本人の東アジアに対する差別意識だの何だののいつもの論理を持ち出せるわけです。
また姜尚中みたいなナショナリズム解体論に適合しやすいために、>>651のコピペのような
奇妙な理論が生まれるのではないかと思ったまでです。

悪文失礼しました。

674 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 22:36

>娜々志娑无先生
>>652
>現代共通語が普及する以前にも正式の模範的な言語
>としての「標準語」が存在していた

不勉強なため↑を十分に理解できません。そもそも、今で
いう「標準語」と↑で言われる「標準語」の概念は一致す
るものかどうかすらよくわかりません。(涙)

都の人々は、京言葉をもっとも正しく美しい言葉として認
識していた。そして、他地域のお国訛りを、蔑んでいた。
ということはわかります。疑問に思いますのはー。
京都方言以外の言葉を話す人々は、京都方言をスタンダー
ドな日本語であると認識していたのか。京都方言が京都以
外の地域においても規範として存在した実態が確認できる
のか、ということです。
例えば、地方の豪農豪商の家では、ハイソをきどって京言
葉をまねてしゃべっていたとか、寺子屋では京言葉を教え
ていたとか、往来物には京都方言の語彙がたくさんでてく
るとか…
落ちこぼれの戯言ですいません。

675 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 23:03

いえ、先生の説明に異を唱えるわけではないのですが、奈良朝や平安の頃の
「標準語」というのは、為政者が使用する言語ということなのではないでしょうか。
国司の下で働く地下人は地元の出身であれ、為政者の言語を解しなければ権
力側に付く事ができないという意味での「共通語」「標準語」ということなのでは。
話言葉にせよ、文章語にせよ、中央集権国家が成立すれば、古代であろうと近
代であろうと、この意味での標準語は成立するわけですよね。
あとは、教育制度などによって、どこまで標準語が浸透するか、という違いだけ
のようにも思えます。
その一方で、ここまでは日本語の範囲で、ここからは明らかに別の言語という
境界もあったということもなんとなく納得できるんですけどね。
近代の津軽方言と鹿児島弁がいかにかけ離れて聞こえても、構造や語彙から
は同じ日本語のカテゴリーに入るが、アイヌ語は日本語ではないといった関係
でしょうか。で、琉球諸語も日本語の範囲内だとか。
島国ながら、日本人はこの「国」を天下として捉えていたわけで、唐天竺は別に
存在してはいても、天下の下に諸国が存在していた封建制度下では、「日本人」
という意識がどこまであったかということも問題なわけですよね。
司馬遼太郎が書いてましたけど、幕末の諸藩の志士は手紙文では意思を通じ
ることができても、直接の会話では国が違うとなかなか意思疎通が難しく、謡曲
をモデルに会話したとか。

676 名前:火病する名無しさん:2004/11/26(金) 23:11

グダグダ書きまけど、単純に言語を共有すれば同一民族というのも暴論すぎるよう
には思いますが、もともと境目が判別しにくい同系統の言語をもつ人々、例えばロシ
アとウクライナのような例であれば、ロシア革命時にロシア語を共通語として強制し
ていれば、ロシア民族に統一されてしまったのではないかとも思えるんですよね。
で、韓国併合の時には、日鮮同祖論か何かで、日本語と朝鮮語は同系統の言語で
あるとされていたような記憶があるんですが。
現在では、その反動か別物とするのが普通なようですが、中国語をはさんで比較す
れば、日本語と朝鮮語、モンゴル語あたりは相対的には近いですよね。
仮に韓国併合が今日まで継続していて、日本語教育が完了した状態なら、朝鮮語は
琉球語より少し遠い程度の日本語の範囲内と強弁されていたんじゃないかと想像す
るんですけど、どんなもんでしょうね。

677 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/27(土) 00:16

>>674
 標準語とは一国の規範となる言語として正式に制定されたものの
称ですから、明治以前の日本に標準語と言えるものは存在しません
でした。>>652でいうところの「標準語」にしても、厳密には標準語と
呼べるものではありませんが、それなりに普及しており、正式のよい
言語として意識されてもいたので、「」付きで「標準語」という書き方を
した次第です。

>京都方言以外の言葉を話す人々は、京都方言をスタンダー
>ドな日本語であると認識していたのか。京都方言が京都以
>外の地域においても規範として存在した実態が確認できる
>のか、ということです。

 文献は基本的に中央語、それも文語で書かれるものですから、
話し言葉についてはわからないことだらけです。また、地方文献も
古く遡れば遡るほど稀になりますので、地方の実態となるとまさに
お手上げ状態ですが、鎌倉時代に日蓮(千葉出身)が京都で修行
をしている弟子の日進に送った書状の中で、今では言葉遣いも
すっかり京都訛り(←注目)になってしまっただろうが、言葉は田舎
言葉のままであるのがよいと述べています。自分に強い自信を
持っている日蓮なればこそ自分の母語たる東国方言に強い誇りを
持っていられたのでしょうが、日蓮ならぬ普通の地方の人間は、
都人同様、方言を都の言葉よりも一段低いものとして捉えており、
都に行けば都の言葉を習い覚えてそれに染まるのが当たり前で
あったことが十分窺えるのではないかと思います。ご質問の答え
としてはあまり適当な例ではないような気もしますが、取り急ぎ
思いついたところを書きました。

678 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/27(土) 00:28

 あ、そうそう。江戸語の成立に関して、江戸語は敬語に関しては
京都のことばを採用しています。たとえば、形容詞の連用形は
東国語を始めとする東日本方言では「ありがたく思え」「おかしく
なる」などのように非音便形を取るのが原則であり、ウ音便になる
京都語などの西日本方言とは大きく対立しているのですが、これが
敬語になると一転「ありがとう存ずる」「おかしう御座った」のように
ウ音便になります。これは京都語のそれをそのまま使ったからな
わけです。結局、敬語のようなよい言葉の模範となるものとしては
京都語以外になかったということなのですね。これもある意味
「京都方言が京都以外の地域においても規範として存在した」
一例として使えるのではないでしょうか。

679 名前:674:2004/11/27(土) 00:29

>>677

ごていねいなご説明いたみいります。ありがとうございました。

680 名前:周平:2004/11/27(土) 21:16

>娜々志娑无さん

丁寧なお答えをありがとうございます。でまあなぜこんな質問をしたのかといこと
は貴方は十分分かっておられるかと思いますが、一応まとめるためにも

>>672郎女さん

>私のいってたことと、娜々志娑无先生のおっしゃっていることって
>対立することなんでしょうか?
>そうは思わないで、書いていたんですけど。

という問題についてから始めます。つまり「流行」の理論とはネーションについての
「近代主義」(ゲルナーなどがその代表)であって、これを「日本」に適用した場合、
「日本人」とは明治以後偶然的歴史的状況の中でinventされたものにすぎないと主張
するわけですよね。そこでは「国語」のイデオロギー性を主張し(イ・ヨンスクがそ
の典型)、PCとして「国語」を「日本語」に変えようとするわけですよね。当然そ
の考え方の根本には

「標準語への強制的統合によってネイションが形成される」

というものがあり、なおかつこの「標準語」とは近代において形成された、あるいは
近代において強制的にモデルとされたものだという考え方があるのですよね。そこら
辺を考えていたわけです。

もっとも貴女は

「標準語の形成は>> 652で先生が日本語についておっしゃるように
自然に形成されていく場合が、多いのだろうと思います。」

とはっきり書いておられますから、この点は「流行」の議論と同一視したのはいささ
か粗雑であったと反省もしています。すいません。

ただこのように「自然に形成されていく」と言われていても、ネーションのinvented
された性質を強調する限り結果として「流行」の議論と結果としてそれほど変わらな
いのではないのか、という気がしているわけではありますが。

681 名前:周平:2004/11/27(土) 21:30

>>681

ただこういった「近代主義」に対してスミスなどは「歴史主義」を主張しているわけ
ですよね。そこでは近代以前の「エスニー」(エスニックな「民族」)と近代的なネ
ーションとの連続性を主張するわけです。

でどうも私は少なくとも「日本人」に関してはこういった連続性を主張する立場の方が
より適合するのではないのか、と思われるわけです。実際アンダーソン何かは東南アジ
アが主たるフィールドであったし、ネーション論を論じるヨーロッパに関しても、「歴
史国家」に関して言えばその領域、境界は遙かに不定形なものであった。それに対して
「日本」という国号は7世紀には作られている(ということを故網野氏は「日本」の人
為性の根拠として主張していましたが、7世紀以来一貫した国号を持った「国家」が
世界にどれだけあるのかということを氏はご存じなかったらしい)、領域的にも「外ヶ
島から鬼界ヶ島まで」というのが既に鎌倉初期には意識されているといったことから
どうも違うのではないのかな、というのは常々思っていたところです。要するに「日
本」の場合、エスニーとネーションの連続性どころか「同一性」と言いたいような密
接な関係があるのではないのかな、という気がしていたわけです。

そこで娜々志娑无先生の言われていたことには「これだ」と飛びつきたいところだった
のですが、しかしまあこれはまずどこまで根拠がある話なのかということで少し伺いた
くなったわけです。

682 名前:周平:2004/11/27(土) 21:54

>>682

もっともそういった「日本」というアイデンティティの確立は私はearly modern
たる海禁以後の徳川期ではないのかな、と思っていたところ、少なくとも「日本語」
については万葉集までさかのぼるということはむしろ意外だったわけです。その上
万葉集から京都方言、さらに少なくとも他の側面からアイデンティティの確立につい
てはかなり確証できる江戸期の言語に至るまでの「標準語」の連続性は私の考えてい
たこと(が実は私の「業界」では全然相手にされない−国語学ではどうなのでしょう)
においては有り難い味方になるのでは、という気がします。

が、どうも話がうますぎる気がしないでもないし、もう少し色々伺った方が良い気も
します。で例えば他の「外国語」の事例を考えて反論できないでしょうか。

ラテン系の言語などはどうでしょう。といいつつ実は私が多少分かるのラテン語とフ
ランス語だけでしかないので何ですけれども、例えばそこでの「ラテン語」を標準語
として、ラテン系の俗語、俗ラテン語やそこから生まれたフランス語やイタリア語、
スペイン語を「方言」とすることはできないのか。少なくともある時点までは「標準
語」たるラテン語(自体中世には古典ラテン語と大分違ってきていたようですが)
にとって「同じ言語」としてくくられたものが、現在「外国語」とされているのは、
近代のネーションのinventによるある種の恣意性による(例えばフェリペ二世の
イスパニアがイタリアと共にフランスまでも征服していたらどうであったか)ので
あり、同じ運命を京都語−江戸語とその他の「方言」がたどる運命もありえた(明治
期にイギリスと西日本、フランスと東日本が結びついて「分裂」する可能性はありえ
た)のではないのか。ただそうならなかったのは偶然的、歴史的状況によるものでし
かない、と反論されたらそういったラテン系諸語と「日本語」はどこが違うのかとい
うことを言えるでしょうか?

683 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/28(日) 11:46

>>680-682 周平さん
>実は私の「業界」では全然相手にされない

 えー、一体どんな業界なのでせう。随分お堅い業界のようですね。

>ラテン系の言語などはどうでしょう。

 確かにラテン系諸国の言語の場合、その差は日本語の方言並みであると
よく言われておりますよね。にも関わらず、それぞれの言語はヨーロッパに
おいては独立した一言語の地位を与えられています。その一方で、日本語
の方言はそのような地位を与えられないのはおかしいのではないかという
主張は確かに一理あると思います。しかしながら、西欧の場合は歴史的に
別々の王国として分かれていたという事実がありますが、日本は逆に大和
朝廷以来曲がりなりにも天皇の下に一つの国としてまとまっていたわけです。
そこが何より大きく異なっているわけですから、西洋諸国と同一視するわけ
にはいかないのではないでしょうか。

 ついでながら、そういう意味では、沖縄方言だけは琉球語という独立した
言語名を与えられるだけの資格はありますた。現状では沖縄方言と呼ぶ
のが適切であるとは思いますが。

684 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/28(日) 13:58

>>673
私は一応国文科の出なんですが、国語学はお情けで赤点すれすれ。
しかもその講義を受けたのは、はるか昔の話です。

これ、教科書の一つだったと思うんですけど
手許に残っている「国語史要説」を見てみましても
非常にオーソドックスなものでして、
「標準語への強制的統合によってネイションが形成される」
なんぞという概念は、大学ではまったく学んでないんです。

娜々志娑无先生のおっしゃる古代からの「標準語」は
手持ちの教科書では「中央語」となっていますが
先生のご説明の方が、私は常識だと思っておりました。

歴史学の講義は、日本流唯物史観とでもいうんですか
進歩史観とでもいうんですか、いまにして思えば
電波花盛りでしたけれども。

>やはり言語という分野においてさえ、その政策の是非を論じるのには思想の介入が可能なようで、
戦前の日本人の東アジアに対する差別意識だの何だののいつもの論理を持ち出せるわけです。

そんなことになっているとは、まったく存じませんでした。
ご説明いただいて、娜々志娑无先生が、>>651のコピペを
深読みなさったわけが、よくわかりました。

私はまた、先生が電波をお育てになっているだけかと。
まあ、私は、「電波は切り捨てるものではなく、育てるものだよ」と
煙氏に叱られるんですけど。

685 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/28(日) 14:42

>>680
私のネイション・ステイト理解は、
おっしゃるところの「近代主義」ではなく
スミスの「歴史主義」からなんです。

アーネスト・ゲルナーの著書も読んでいないわけじゃないんですが
それを「日本」に適用した場合を記した著書は
>>671で触れた、うすっぺらいアンチョコを一冊読んだだけです。
ただ、坂本多加雄氏だったと思うんですが
ゲルナーなどの意図するところと、日本流のその受け取り方は、
ずれているのではないか、という批判を読み、
そこで紹介されていたスミスの著書を、何冊か読んだんだったと思います。
スミスにしても、>>681でおっしゃっているように
連続性を主張しているのであって、近代と結びついたネイションの特質は
認めているわけですよね。

だれだったか忘れたんですけど、
イギリス人かアメリカ人かの日本文学研究者が
「イギリスでは現代の田舎の農民が苦労なくシェイクピアを読み、
諳んじていたりするが、現代の日本で源氏物語を読める人がどれだけいるか。
日本語の古語と現代語は、別の言語と思えるほどのちがいがある」
と、いっておりました。
言語学的に日本語が別の言語になったというのではなく、
しかし、>>657で述べたような西洋近代の受け入れにより、
日本語は大きく変化しています。
連続性は当然として、おっしゃるところの「同一性」のご主張には
無理があると思うのですが。

686 名前:縄文 ◆JtqvTec2:2004/11/28(日) 15:28

無学なワシが何となく思うに、
16世紀末から17世紀初頭のシェイクスピアの著作が英語に与えた影響が未だに残っているのに比べて、
11世紀初頭の源氏物語の影響が日本語にはそれほど残っていない、ということでしょうが、
経過した時間、他言語からの影響の程度を考えると、
日本語がそれほどブレているとは思えないなあ。
もちろん、源氏物語なんて古典である以前に、達筆すぎて読めませんけどね。
表記の変遷というのも大きいのではないでしょうかね。

687 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/11/28(日) 15:59

>>685 郎女さん
>日本語の古語と現代語は、別の言語と思えるほどのちがいがある

 まぁ確かに高級語彙(抽象的な概念を表わす語とか複雑&微妙な
心情を表わす語など)についてはその通りではあるんですが、基礎
語彙(日常生活に必要な最低限度の語)に関して言えば、奈良時代
と現代でもそう違いはないんですけどね。身体語彙(手・足・口・目…)
とか親族語彙(父・母・子・兄・姉…)なんてのは、その多くが千年間
同じ語のままです。例外は人称代名詞(特に二人称)ですが、これは
日本語の場合待遇表現と密接に絡んでいるので、いつまでも同じもの
を使い続けるわけにはいかない(敬意が逓減する)という事情がある
ためです。

>>686 縄文さん
>11世紀初頭の源氏物語の影響が日本語にはそれほど残っていない

 文体から見ても、現代語の文体の直系の先祖である和漢混淆文は、
平安時代の漢文訓読体が源氏物語に代表される平安和文と交流して
生まれたものです。和文の影響ももちろんあるわけですが、何と言っても
母胎となったのは漢文訓読体の方ですからねぇ。

688 名前:◆UMAIu01k:2004/11/28(日) 18:22

                              コソーリ

689 名前:日語商売:2004/11/28(日) 20:52

門外漢ながら、おこがましくもちょっとばかり。

>>680
日本の場合、ネーションという概念は、それ以前にあった「天下」という概念をちょっとだけ横滑りさせれば
簡単に成り立つような、とても都合の良い環境にあったのじゃないかと思います。
中国文明の輸入とともに「天子たる皇帝の支配する、国を包含する地域」としての「天下」という概念も
輸入されたのですが、日本の場合は「日本は中華帝国の天下の一部」という考え方が定着せず、
かえって中国とは別個の「天下」を作る方向にいってしまい、さらに天下を形成する周縁部分
(いわゆる蛮夷)の存在の希薄さや、周辺を海に囲まれているため海外との交流が途絶えがちだったことから、
いつの間にか「天下≒国」となって、エスニーがネーションへと容易に発達できたのじゃないかと思うのです。
日本語が多様な方言を包摂しながらも、規範としての標準語(むしろ中国古典風に「雅言」と言うべきか)と、
それを保証する文学作品(八代集、源氏物語、謡曲など)を持っていたことも、日本という天下の
「統一性」を演出する役割を(あくまで無意識的に)担ったと思います。

690 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/28(日) 21:38

>>686
表記の問題まで持ち出されてしまいますと、
私は先日、元伯爵家のうちの地方の殿様が、昭和40年ころ
祖父にくださった毛筆、御達筆の手紙さえ、
ろくに読めませんでしたよ。
自称国語池沼の母が読めますのに。(しくしく)
また、活字印刷本でも、万葉仮名の古事記を持っていますが
昔、授業をさぼりまくりましたため
さっぱり、読めませんです、はい。

源氏物語(岩波古典全集などの活字本前提です)を
読めない日本人が多いだろう最大の理由は
やはり、>>687での先生のご指摘にあるんでしょう。
書かれた時代は、源氏とそれほどちがわないのですが
慈円の「愚管抄」は漢字カナまじり文でわかりやすく
読んで即座に意味を理解する日本人が
格段に増えると思います。

「言語学的に日本語が別の言語になったというのではなく」
という表現が悪かったかと思うのですが
言語学的な変質が、大きかったということでは、ないんです。


691 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/28(日) 22:14

>>667

>>690で書きましたように
言語学的に大きなブレがあるとは、思っておりませんです。
(いや、その日本文学研究者は、思って書いたのかもしれませんですが)

>>681で修平さんがおっしゃっておられることは、
領域国家における民族意識と
国民国家における民族意識が、
同一かどうか、と、理解したものですから、
連続性は当然あるだろうけれども、
同一ではないだろうということで、
日本語の文化的側面(とでもいえばいいんですかどうか)
の変化をあげてみたんですけど
適当ではなかったかもしれないですね。


692 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/29(月) 11:50

>>691
失礼いたしました。
周平さん、でした。
謹んで訂正いたします。

693 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/29(月) 00:11

>>689
おしゃることに、同感です。
たとえば源氏物語ですが、どの程度民衆が読んでいたかはわかりませんが
大まかな内容は、ごく一般的な知識だったんですよね。

「浄瑠璃御前」という中世の語り物に草紙尽くしが出てきます。

   源氏 狭衣 恋尽くし
   しじら 落窪 京太郎
   古今 万葉 伊勢物語
 
また同じく美人揃えには、桐壺や若紫、
女三宮や朧月夜の尚侍など、源氏の登場人物が並んだり。

かな文学や和歌が、国民文学と似たような存在であったかと。
   

694 名前:周平:2004/11/29(月) 09:52

>>683

返事頂いたのに応答が遅れてすいませんでした。
ただ私の感じとしてはやはり世間の風は冷たいのかな、ということでして。

>しかしながら、西欧の場合は歴史的に
>別々の王国として分かれていたという事実がありますが、日本は逆に大和
>朝廷以来曲がりなりにも天皇の下に一つの国としてまとまっていたわけです。
>そこが何より大きく異なっているわけですから、西洋諸国と同一視するわけ
>にはいかないのではないでしょうか。

>ついでながら、そういう意味では、沖縄方言だけは琉球語という独立した
>言語名を与えられるだけの資格はありますた。

というあたりから考えるとやはりある差異が同一言語の方言間のそれか、それとも
外国語同士のものなのかというのは、言語学、国語学内部では決定されず、それに
至る歴史的経緯、特に「国家権力」等の外部的要因によるものであると考えてよい
のでしょうか。

となると「日本人」というもののアイデンティティを「日本語」の「連続性」に
置くのはある面では正しいにせよ、その「連続性」を保証するのは「歴史」という
ことになるのでしょうか。ただ「歴史」は言語学や国語学に比べて非常にイデオ
ロギー性が強いのは事実でなかなか難しい所ですね。

695 名前:周平:2004/11/29(月) 10:10

郎女さん

>>685

>私のネイション・ステイト理解は、
>おっしゃるところの「近代主義」ではなく
>スミスの「歴史主義」からなんです。

>スミスにしても、>>681でおっしゃっているように
>連続性を主張しているのであって、近代と結びついたネイションの特質は
>認めているわけですよね。

いやそれは分かっているつもりです。その限りではスミスでも近代とネーション
の関係についての近代的枠組みは共有しています。ただ娜々志娑无さんの>>652
が少なくとも国語学の方からはそういった枠組みを越える主張がされているのか
な、という私の希望的観測からああいう発言になりましたし、そういった「枠組
み」に乗っているという点で「流行」と称しただけです。

696 名前:周平:2004/11/29(月) 10:29

>>695
でスミスと私の説との関係と「同一性」ということについて誤解を招いたようで
すが、まず私のスミス説との関係では、むしろ私はスミスの理論の中にあるそう
いった共通の枠組みを「越える」部分をより拡張した形で考えているわけです。

>連続性は当然として、おっしゃるところの「同一性」のご主張には
>無理があると思うのですが。

で「同一性」とは言っていなくて「『同一性』と言いたいような密接な関係」とぼか
した言い方をしましたが、要するにスミスの主張する「連続性」をより強くした
関係を考えていたわけです。むろんエスニーとネーションのかっこ抜きの同一性
を主張するのがナショナリズムの通例であり、そういった「神話」を打破する所
から現在のネーション論が始まったということは十分承知しています。

ただ私自身の中にあるナショナリスティックな偏向を除いても、「日本」に関し
てはかなり特殊な状況があると思われるわけですよね。それは7世紀以来変わら
ない国号(これは皇室と不可分)にしても「外ヶ浜(前に「島」としてしまっ
た)から鬼界ヶ島まで」という領域意識にしてもそうでしょう。現在のエスニッ
クな「純粋性」という点では日本以上と言われている半島でさえも、この両者
は持っていない。さらにこの列島における国家とその住民の関係も他と大分違う部分
があるような気もする。無論それは程度問題で相対的な違いでしかないにせよ、それが
「どの程度」ということは極めて重要な問題なのですよね。

さらにこの「程度の違い」をより普遍化すれば、ネーションをinventできる場合とinvent
できない場合の違いは何なのかということに関ってかなり重要な意義を持つことにも
なる。例えば結局ユーゴスラビア・ネーションはできなかったし、アフリカに至って
はネーションのかけらもできないで混乱を抜け出す道がどこにもない。一方東アジアは
相対的にうまくネーションを作れそれが世界の他の地域に比べても「安定」(無論北朝
鮮はあるけどあれでも一応「国家」であるだけ管理可能なレベルの「危機」でしか
ない)。そこら辺の問題を解く鍵になるのではないのか、と私は考えているのです。

それは一体何なのかと考えているところで娜々志娑无さんの>>652を見てとびつ
いたのですがどうもそれは早とちりだったようです。

697 名前:周平:2004/11/29(月) 10:53

>>689

おっしゃる通りだとは思いますが問題はむしろ「横滑り」させたのは何かという
ことでしょう。中華の「天下」意識自体はむしろ前近代の「帝国」意識一般に共通
なもので、その中にはネーションという結合を産み出すものはない。大体本家の
中国自体がむしろネーションのinventという点では日本をモデルとしているわけです
から。

そこら辺で日本語それ自体の内部に何かあるのかな、という希望を持ったのですがどう
もそうでもないようですし。

>日本語が多様な方言を包摂しながらも、規範としての標準語(むしろ中国古典風に
>「雅言」と言うべきか)と、それを保証する文学作品(八代集、源氏物語、謡曲な
>ど)を持っていたことも、日本という天下の「統一性」を演出する役割を(あくまで
>無意識的に)担ったと思います。

これもヨーロッパにおけるラテン文学や中国の古典漢語(という言い方でしたか?)が
同じ役割を果たせなかったのはなぜなのだろうかということです。

698 名前:周平:2004/11/29(月) 11:09

>>697

少し補足すれば、少なくともラテン系の諸国(イタリア、フランス、スペイン等)
では「標準」となるラテン語とその俗語から来ているイタリア語、フランス語、
スペイン語にとってはわれわれにとっての源氏物語等と同じ意味を持っても良
かったはずです。しかしそれらにおけるネーションの形成はむしろラテン語か
らの離反によって始まっているでしょう。

また古典漢語は中国人にとっては「標準語」であったはずですが、それと現代の中
国語の関係はどうなのか。むしろ魯迅あたりが明治以後の日本語を元にして作っ
たなどと岡田英弘さんは書いておられたのですがどうなのでしょう。もしそう
なら、直接古典漢語を「標準」とせずに現代中国語が作られたという点で日本語
の場合とかなり異なるような気もしますが。まあここら辺専門家の方に訂正して
いただければありがたいです。

699 名前:火病する名無しさん:2004/11/29(月) 12:45

>>697
中華の天下と日本の天下は区別すべきだと思います。
島国日本の天下には地理的限界があり、中華の天下には地理的(意識的と
言った方が良いのか?)限界がありませんでした。日本の天下は地理的な
限界があったが故にネーションと親和性があったのではないでしょうか?


700 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2004/11/29(月) 13:15

>>698
ちょっと忙しいのでとりあえずなんですが、
日本において、欧州のラテン語文学に相当するのは
通説通り漢文なんじゃないですか?

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