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レス数が950を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
【電波系大道芸】

1 名前:本@外郎売りver.は断念:2003/02/01(土) 15:13 ID:JLUZFkrU

古きを作り、新しきをパクル
まずは電波を蒙りまして
京城・平壌の二ヶの津(くに)に置きまして
流行来るは、妄想・大嘘・電波発信。
李氏朝鮮世宗が制定せり二八字の訓民正音。
妄想と電波の掛けあいを持ちまして、神通自在ごらんにいれます。
しばらくの間、ご笑覧願います。
ほれ、この通り、ありとあらゆる起源となり。
あらあら不思議、あら不思議。
チョーン。
みなさま、お手拍子をどうぞ。
これより、電波系大道芸の始まり始まり〜!!

前スレ
【言語系電波大祓】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1010584644&ls=50

旧スレ
【日本語と韓国語】
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1000210540&ls=50
【民俗と言語】貴方と支那と朝鮮と〜♪
http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50" target=new>http://www.miniflo.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1004354476&ls=50

あ、さて、さてさてさてさて……

801 名前:日語商売:2004/12/23(木) 20:22

アイゴー名無しになってしまたニダー謝罪しる漏れ!!w

802 名前:火病する名無しさん:2004/12/24(金) 01:23

>>799
つまりチョッパリ相手に謙譲語使うな!
と言うことですか。
属国朝鮮王が中国皇帝様に使った語らしいから怒ってるのかな。

803 名前:Venom ◆7wMBGNJ2:2004/12/24(金) 16:11

>>797 これのことでしょうかね?

>クォン・サンウ、日本テレビ番組でまた失言
>タレントのクォン・サンウ(28)が、日本のトークショー番組で、英語や日本語式の
>表現である「私どもの国(チョイナラ)」と話し、ネチズンから激しい非難を受けている。
http://japanese.joins.com/html/2004/1223/20041223200225700.html" target=new>http://japanese.joins.com/html/2004/1223/20041223200225700.html

804 名前:猫むすめ:2004/12/26(日) 14:48

ちょうど授業で習ったところなので聞いたとおり書きますね。
韓国語の敬語法にも文法による敬語(〜ハシダ等)と
語彙による敬語があり、語彙による敬語には尊敬語と謙譲語があって、
尊敬語はマルスム(お言葉), ジンジ(お食事), ソンハム(お名前)など
謙譲語はチョ(私), チョヒ(私ども)があるのですが、
謙譲語はあくまでも上下関係がある間柄において使われるのであって、
(概念として)上下がない関係である国家に対して使うのは敬語法に反する。
したがって同格の「ウリ」を使うのが正しい表現だということだそうです。


805 名前:火病する名無しさん:2004/12/28(火) 16:04

英語のtycoonは、日本語の大君が語源と思っていましたが、こちらの英文サイトでは
下記のようになっています。これはどちらが正しいのでしょうか。
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Tycoon

tycoon (from Japanese 大官)


それと英語つながりですが、台風の語源は外来語のTyphoonでよいのでしょうか?

ソンセンニム、お教え願います。

806 名前:Venom ◆7wMBGNJ2:2004/12/28(火) 16:20

知ってるのはこの程度かなあ。

浪人 → Ronin
班長 → Honcho
人力車→ Rick-show

807 名前:火病する名無しさん:2004/12/28(火) 17:09

オールコックの"The capital of the tycoon”が『大君の都』だから
大君(←何故か一発変換できない)でいいんだと思うが。
そもそも「大官」って何よ?大官大寺?代官ならtycoonとは違うと思う。

台風は確か
typhoon→颱(音訳)→颱風→台風
だったと思う。

あってるでしょうか?娜々志先生。

808 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2004/12/28(火) 21:36

>>805
 ウリはもう既に正月モードに入って実家に帰省しているため、
手元には一般向けの国語辞典一つない有様ニダから、現状では
正確な答えを致しかねまスミダ。ただ、英語のtycoonの語源が
「大官」と言うのは聞いたことがないでスミダ。従来の「大君」でいい
と思うニダが、ちと気になる点もあるので、来年実家より戻ってから
改めてお答えするということにさせて頂きまスミダ。「台風」について
も同様ということでご了解を賜りたいニダ。

 それではニムたち、よいお年を。

809 名前:火病する名無しさん:2004/12/29(水) 03:00

台湾の方からくる風だから「台風」って名付けた、名付け親の名前もわかってるはず。

810 名前:日語商売:2004/12/29(水) 10:13

台風については、何年か前中国の『方言』という雑誌に、李栄という著名な学者が、西洋起源なのか、
それとも中国の方言に元々あった言葉なのか考証している論文が載っていましたが、
手元にありませんので、今度もしどこかにあったら読んでおきます。

811 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/01/06(木) 16:46

>>805
 まず「tycoon」の語源についてですが、これは「大君」でまったく
問題ないようです。「大君」は君主を敬っていう語ですから、日本の
場合は天皇を指すのが本来の用法のですが、ご存知のように天皇
は政治的な実権を持っていないので、対外的には天皇を君主として
外交の場に出すわけにはいかず、実権を持つ徳川将軍を対外国
限定で「大君」と呼ぶようになったのが始まりで、その後も将軍を指す
外交用語として固定して使用されていたため、「大君」がそのまま
英語化して「tycoon」となったということのようです。「大官」という語も
確かにありますが、こちらは今でいう「高官」の意味で、将軍だけを
指す語としてはふさわしくありませんし、外交用語として使用された
形跡もありませんから無理でしょう。

 次に「Typhoon」の語源ですが、こちらは諸説あって中々厄介なよう
です。ただし、日本語の台風の語源が外国語起源であることだけは
確実な模様で、『日本国語大辞典・第二版』によれば、日本古来の語
である「のわき(野分)」の代わりに、明治時代に片仮名でタイフーン
と書いたり大風と表記したりするようになり、その後岡田武松が明治
四十年(1907)に台風を学術的に定義付けたのを受け、大正時代
から颱風が一般化し、戦後書き換え表記として「台風」となったとあり
ました。なお、講談社の『暮らしのことば語源辞典』(山口佳紀編)に
よれば、台湾や中国の福建省で、激しい風のことを大風(タイフーン)
といい、それをヨーロッパの諸語で音写して「typhoon」などとしたのを、
更に逆輸入して「颱風」と漢字を当てはめたものと説明されていました。

812 名前:日語商売:2005/01/06(木) 21:56

>>811
ちょっと補足。
朝鮮においては「大君」は王の嫡出子(優先的に王位継承権を持つ)に付ける号として用いられた
(例:南大門の扁額の筆者で李承晩の先祖の「譲寧大君」、世宗王の兄であるが廃嫡され風流と清貧に生きた)
ため、ウリナラの意識としては日本将軍家よりも朝鮮国王の方が格上と感じていたようです。
(日本の場合は国王としての天皇がいるという考え方??)
一時期新井白石が「日本国大君」を「日本国王」に変えたのも、それが背景にあるようです。

台風の語源はギリシア神話の怪物神テュポーンTyphonが語源という説もありますね。
この怪物は嵐の具象化で、通ったところにはぺんぺん草一本残らない最強かつ最凶のモンスター。
ただ、この説ではなぜ東洋の一角で起こる気象現象の名前になったのかがよくわかりませんね。

ここは蛇足。tycoonの綴りはtyphoonとかを参考に、ギリシャ語めかしたのでしょうかね??

813 名前:火病する名無しさん:2005/01/07(金) 12:15

ageてもらわないとわからないニダよ。
てか、ありがとうございます。

814 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/01/29(土) 00:25

ウリ用メモ<丶`∀´>φ

【任那】
◎『三国史記』巻46・列伝第6・強首

 (強首)対ヘテ曰ク、「臣ハ本ト任那加良ノ人ナリ。名字ハ頭。」ト。

【加羅語】
◎『三国史記』巻44・列伝第4・斯多含

 真興王命ジテ/2伊飡異斯夫ニ/1襲ハシム/2加羅{一ニ作ル/2
加耶ニ/1}国ヲ/1。時ニ斯多含年十五、六ナリ。請フ/2従軍セン
コトヲ/1。王以テ/2幼少ナルヲ/1不/v許サ。其ノ請フコト勤(ネンゴロ)
ニシテ而志確(かた)シ。遂ニ命ジテ為ス/2貴幢裨将ト/1。其ノ徒
従フ/v之レニ者亦タ衆(おほ)シ。及ビ/v抵(いた)ルニ/2其ノ国
界ニ/1、請ヒ/2於元帥ニ/1、領(ひき)#テ/2麾下ノ兵ヲ/1、先ニ
入ル/2栴檀梁ニ/1{栴檀梁ハ城門ノ名ナリ。加羅語ニ謂ヒテ/v門ヲ
為スト/v梁ト云フ}。其ノ国人不リキ/v意(おも)ハ兵ノ猝(には)カニ
至ラントハ。驚動シテ不/v能ハ/v禦(ふせ)グコト。大兵乗ジテ/v
之レニ遂ニ滅ボス/2其ノ国ヲ/1。洎(およ)ビ/2師ノ還ルニ/1、王
策(しる)シテ/v功ヲ賜フ/2加羅ノ人口三百ヲ/1。受ケル已(のみ)
ニテ皆ナ放チ、無シ/2一モ留ムル者/1。

815 名前:鄭聲之:2005/01/31(月) 00:57

>>814
地味なスレに出入りしてましたねw

加羅語はどこのスレで使ったメモですか?

816 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/01/31(月) 01:57

>>815 鄭聲之さん

 「加羅語」のはどこかのスレに書き込んだものでは
なく、「任那」の件で『三国史記』を見たついでにメモ
したものニダ。ウリもこれまで孫引きの用例しか見た
ことがなかったニダからねぇ。

 ついでに>>814の訓読を修正。手持ちの『三国史記』
は戦前の朝鮮史学会版で訓点の付いていないもの
だったニダから、適当に訓んだニダが、いくら適当でも
これはちょっとまず過ぎニダね(汗)。

受ケル已(のみ)ニテ  ×
受クル已(のみ)ニシテ  ○

817 名前:火病する名無しさん:2005/02/03(木) 16:44

ちょっと某板で話題になってましたんで・・

沖縄方言と本土方言が完全に分かれた時期というのは、いつ頃なんでしょうか?

818 名前:火病する名無しさん:2005/02/03(木) 16:45

sageじゃわかんないすね。

819 名前::2005/02/03(木) 17:26

昔から疑問に思っていたのですが、言語の分化という概念は同じ一つの言語が分かれて
少しずつ異なってきたということだと捉えているのですが、実際そのようなことは
あり得るのでしょうか?
古代に標準語のようなものが決められていたはずもないのに、水紋が広がるように
同じ言葉が一カ所から地方に伝播していくのはおかしいと思うのです。

たとえば琉球にだって昔から人間は住んでいて、その人たちも当然言葉を使ってた筈です。
当然その頃から琉球人も奄美人と交流があり、奄美人も鹿児島人と交流があり、お互いに
影響を与えあっていたと思うのです。
また同時にその地方ごとに少しずつ言語は変化していった筈ですし、何というか言葉や文化、
民族の変遷というものは水紋が広がっていくというよりも、もっと複雑な気がするのです。

ですから言葉や文化が何年前に分化したという捉え方自体、自分にはどうしても納得できないのです。

820 名前::2005/02/03(木) 17:31

さらに例えば琉球方言にしても、日本語と分化したと言われている時代以降も大和人と
琉球人の交流はあったわけで、大和言葉からの影響を絶えず受け続けてきた筈だと思うのです。
もちろん琉球語が大和言葉に与えた影響もあったのではないでしょうか?

821 名前:火病する名無しさん:2005/02/03(木) 18:07

華やかな都会とも交流はあるんだから、かっこいい言葉と田舎っぺな言葉があるでそ。
そしたら同心円云々も理解は可能だがな。

822 名前::2005/02/03(木) 18:22

>>821
でも「ウザい」とか「〜じゃん」なんてのは、今や都会人が田舎言葉を取り入れているわけですし。


823 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/03(木) 19:10

>>817
 沖縄方言(琉球語)が本土方言から分離した時期に
ついては、服部四郎が『日本語の系統』の中で言語
年代学の手法を用い、約1450年前(同書135頁)と
1740年前(同書228頁)という二つの異なる数字を
弾き出していますが、言語年代学自体その信頼性が
疑問視されていますから、現状ではこの数字にあまり
重きを置くことは出来ないでしょうね。

 アクセントを見る限り、沖縄方言のアクセントは院政
期の京都アクセント(この時期はアクセント資料が大量
に存在するので、体系がほぼ明らかにされている)と
同じアクセント体系から分かれたことが明らかになって
います。問題は院政期以前の京都アクセントの体系が
どのようなものだったかですが、最近の研究では、奈良
時代も院政期とそれほど大きくは違っていなかったと
推測されています。沖縄方言には上代特殊仮名遣の
甲乙の違いを反映したものがあるとも聞きますし、p音
の存在も有名です。そういう意味では、沖縄方言が本土
方言から分離した時期としては、下限は奈良時代、上限
は不明としておくのが穏当なところではないでしょうか。

824 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/03(木) 19:13

>>819
 言語の系統と分化ということを考えるのは比較言語学
という分野です。比較言語学は、言語体系を根幹的部分
と枝葉的部分とに分け、根幹的部分のみを複数の言語
間で比較し、両者の関係を見ていくというもので、言わば
マクロ的見方を重視する言語学と言えます。しかしながら、
情さんも指摘されているように、実際の言語生活においては、
隣り合う領域で、また個々人の間で絶えず言語の接触や
衝突が起きていたわけです。このような、比較言語学では
枝葉的部分として捨象されてしまう部分に光を当てようと
して生まれたのが言語地理学という学問分野です。言語
地理学は一つ一つの言葉を対象として、語の地理的分布
状況を示す言語地図・方言地図を作成し、隣接した地域で
は必ず「語の衝突」が起きるという前提のもとにその歴史的
変遷を明らかにしようとします。この手法は19世紀末以降
多くの成果を生みましたが、その性格上どうしてもミクロ的
なものになってしまうため、「木を見て森を見ず」という状況
に陥りやすいのです。要は、比較言語学も言語地理学も
それぞれ得意分野があり、どれか一方だけでは言語の正確
な把握は出来ないので、両者の研究成果を重ね合わせる
必要があるということです。

825 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/03(木) 19:46

>>822
 なるほど、現代では地方も力をつけておりますから、
地方が文化の発信地となることもありましょう。しかし
ながら、時代を遡れば遡るほど、都と地方の差は大きく
なります。私も以前奈良時代から近代までの中央語と
地方語の関係を文献資料をもとに辿っていったことが
ありますが、一貫して中央語が優位を保っていましたね。

 地方語は、奈良時代こそ都人の興味の対象として
それなりに記録もされましたが、平安時代にはほぼ
無視されていました。武士が政権を取った鎌倉時代で
さえ、鎌倉のあった東国語は都人からは興味の対象と
されず、かろうじて語源辞書に東国語が多少取り上げ
られる程度です。地方の人間が自分達のことばで文献
を書くようになるのは室町時代も中期になってからで、
これは室町幕府を中心とする中央の力が弱まったこと
によるものと考えられます。江戸時代になると、各地に
藩が出来て独立性がより高まったせいか、お国ことば
にも光が当てられ、次々と各地の方言書が登場する
ようになりますが、これらの方言書はその藩の人間に
中央語を覚えてもらうという目的で編まれたものが大半
を占めています。結局田舎の人たちにとっても、自分
たちのことばは決して自慢に値するようなものでは
なかったということです。

 ちなみに、都の人が編んだ方言書も存在しますが、
それは「他郷を知らざるの児童に戸を出ずして略(ほぼ)
万物に異名あることをさとさしめて遠方より来れる友の
詞を笑はしむるの罪をまぬかれしめんがために編て」
(『物類称呼』序文より)とあるように、通俗的興味とともに
田舎人のことばを不用意に馬鹿にしないようにするため
に書かれたものです。裏を返せば、当時でも田舎言葉は
馬鹿にされるのが当たり前だったことがわかりますね。

826 名前::2005/02/03(木) 21:43

娜々志娑无先生直々にお答え頂き、感激です。

とすると言葉の分離の年代についてはどのように考えたら良いのでしょうか?
やはり一応共通祖語というものが存在し、それがある特定の年代に分離したと
考えるべきなのですね。

う〜ん、イマイチ頭が悪いせいかなんだかストンと腑に落ちるまでには至らないのです。

いや、おっしゃることはほぼ理解できるのですが、現実問題として言語の分離がなされたと
特定された時期よりはるか以前から現在に至るまで、ずっとその地方にも言葉を使う集団が
連続して存在し続けたわけですし、言葉の分離時期という特定の時代を後世になって決定す
ることに果たして意味があるものなのか…。

また地方語と中央語の関係ですが、中央が上で地方が下という概念ができあったのは歴史時代
以降であって、それ以前は地方も中央も無く、バラバラというかどこも全て地方(?)みたい
なものであったように思えるのです。

なんか粘着みたいで申し訳ないです。
お暇な時にでもまたご教授頂けたら幸いです。

827 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/03(木) 22:56

>>826
 情さんの疑問は誠に尤もなことです。言語なんてものは細かく見て行けば
一人一人違うものですからね。ソシュールはそれをパロールと呼びましたが、
パロールを言語学の対象とすると収拾がつかなくなってしまうので、ソシュール
は個々人の言語の最大公約数ともいうべき存在を想定しました。それがラング
と呼ばれるものです。国語辞典に載っているものがそれに近いですが、実際
には国語辞典通りの日本語を操っている人間はおりません。ラングなんてもの
は所詮理論上想定されたものに過ぎず、実在はしないのですから。同様に、
日本語についても、比較言語学的立場では各地の方言に対してすぐに共通
祖語を想定しますが、これももちろん理論上想定されたものであり、そういう
ものが歴史上実在したと言っているわけではありません。たとえば古典仮名遣
も辞書には堂々と書いてありますが、平安時代の人間で古典仮名遣と完全に
一致する仮名遣をしている者はただの一人も存在しないようなものです。

 と、ここまで書いて読み直すと、単に詭弁を弄しているだけのような気がして
きました(汗)。もう少し情さんの疑問に直截に答えてみますね。

>現実問題として言語の分離がなされたと
>特定された時期よりはるか以前から現在に至るまで、ずっとその地方にも言葉を使う集団が
>連続して存在し続けたわけですし、

 それは必ずしもそうとは言えないのでは? ある地方にAという弱小の言語
(方言)が存在したとして、そこにBという非常に強大な言語(方言)が流入した
と想定してみて下さい。その場合、AはBに押されてほどなく消滅するでしょうが、
その地方の言語はある程度Aの影響を受けてBとは多少異なる言語(方言)に
なる可能性が高いと思われます。こうして生まれたものをCと呼んだ場合、Cは
Bから分化したと見なしてもそれほど大過はないのではないでしょうか。もちろん
分化の時期は、よほどの幸運(言語Aの分布が絶海の離れ小島で、言語Bの
流入の時期が特定可能というような場合)に恵まれなければ、単に日付を持た
ない相対的なものにとどまるでしょうが、将来新しい材料が出てきた時のために、
言語の分化の時期を考えることは決して意味のないこととは思いません。

>中央が上で地方が下という概念ができあったのは歴史時代
>以降であって、それ以前は地方も中央も無く、バラバラというかどこも全て地方(?)みたい
>なものであったように思えるのです。

 少なくとも私の専門である文献に基づく言語学が有効なのは歴史時代以降
ですので、それ以前のことはちょっと…(汗)。

828 名前::2005/02/03(木) 23:13

お忙しい中、ご即答頂き恐縮です。

だいぶスッキリしてきました。
ただ一つ、また新たな疑問が生まれてしまいました。

> ある地方にAという弱小の言語
> (方言)が存在したとして、そこにBという非常に強大な言語(方言)が流入した
> と想定してみて下さい。その場合、AはBに押されてほどなく消滅するでしょうが、
> その地方の言語はある程度Aの影響を受けてBとは多少異なる言語(方言)に
> なる可能性が高いと思われます。こうして生まれたものをCと呼んだ場合、Cは
> Bから分化したと見なしてもそれほど大過はないのではないでしょうか。

このケースだと、ある程度Aの影響を受けて生まれた言語Cは、Aの影響を受けることにより、
言語分離の想定年代よりも実際の分離時期が新しいなんてことは無いのでしょうか?
つまりAの影響によって通常の言語の経年変化よりも、更に古く見えてしまうみたいな。

もちろん音韻変化の法則みたいなものである程度計算(?)はできるので、
そういう可能性は無いのかもしれませんが。

829 名前:日語商売:2005/02/04(金) 11:43

中央と地方(周辺)は、そこに文物や政治体制、社会機構などで差異があり、
一方が他方に対して圧力を与えるものであったり、憧れを抱かせるようなものである場合、
必ずできてしまうもののようですね。
歴史時代以前でも、農業の伝播とか、青銅器・鉄器の導入などにより、
文化の「高低」ができたことが十分考えられます。
そこで「進んだ文化」を持つ方が言語の面でも優位性(社会言語学では「威信」という)を持つことになり、
威信の高い方が文化や言語の中央として、その他の地域に影響を及ぼしたり、その方言を使うことが
良いことだという価値観を形成すれば、そこでいまの「標準語」と「方言」のような関係が成立するのです。

830 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/04(金) 11:43

>>828
>このケースだと、ある程度Aの影響を受けて生まれた言語Cは、Aの影響を受けることにより、
>言語分離の想定年代よりも実際の分離時期が新しいなんてことは無いのでしょうか?
>つまりAの影響によって通常の言語の経年変化よりも、更に古く見えてしまうみたいな。

 それは十分あり得ることです。A・Bの関係が多言語だとややこしいので
方言ということにしますが、方言Aが言語の孤島(地理的に孤島でなくても
陸の孤島のような状況でもかまわない)であった場合、「古語は方言に残る」
の経験則により、方言Aは方言Bよりも古いものを残している可能性が高い
と思われます。そうであれば、Aの影響を受けて成立した方言Cは、見かけ上
方言Bよりも古いものを残しているように見えるでしょうね。言語や方言を
比較しようという人間は、常にそういう可能性も考慮しなくてはなりません。
また、言語は時に独自に変化して、それが結果的に先祖帰りしたように
見えることもあったりします。たとえば、沖縄方言に存するハ行音のpは
原始日本語の名残などではなく、独自に音変化した結果、たまたまpに
なっただけという可能性も考えられるのです。まっこと、言語というものは、
いや、人間というものは一筋縄ではいきませんわ。まあそれが人文科学の
題酢味、もとい、醍醐味でもあるのですがね(w。

831 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/04(金) 11:47

>>830
 訂正ニダ(汗)。

>多言語だと  ×
>他言語だと  ○

>>829
 おお、日語商売さん、ここは一つ、中国語学の立場から
ガツーンと一発おながいします。

832 名前::2005/02/04(金) 00:23

>>829
> 中央と地方(周辺)は、そこに文物や政治体制、社会機構などで差異があり、
> 一方が他方に対して圧力を与えるものであったり、憧れを抱かせるようなものである場合、
> 必ずできてしまうもののようですね。
> 歴史時代以前でも、農業の伝播とか、青銅器・鉄器の導入などにより、
> 文化の「高低」ができたことが十分考えられます。
> そこで「進んだ文化」を持つ方が言語の面でも優位性(社会言語学では「威信」という)を持つことになり、
> 威信の高い方が文化や言語の中央として、その他の地域に影響を及ぼしたり、その方言を使うことが
> 良いことだという価値観を形成すれば、そこでいまの「標準語」と「方言」のような関係が成立するのです。

やはり文明の進歩の度合いによって、そのような高低差ができてしまうものなのですね。
でも半万年の属国ウリナラの場合は、それなりに独自の言語を半万年もキープしてきたのですから
大したものです、と板にふさわしい話題に戻してみたり…。

いずれにせよ日語商売先生と娜々志娑无先生のお二人から、無料で個人授業を受けているようで
本当に有難く感じております。

833 名前:火病する名無しさん:2005/02/09(水) 02:53

漢という漢字の発音をAD57年の倭人がカムと聞き取り、
口伝されてカム→神と字を当てた可能性はありますか?

57年の漢委奴国王は神武天皇(『カムヤマト』いわれひこ)
107年の倭国王帥升は懿徳天皇(おおやまとひこ『スキ』とものみこと)
239年の親魏倭王は崇神天皇(古事記 戊寅(紀元258)没)
413年に南朝に初めて朝貢したのは応神天皇

天皇の漢風諡号を決めた淡海三船は
中国(漢)=神(カム)から承認された天皇に
特別に神という字を与えた
後漢→神武
魏 →崇神
南朝→応神

完璧な電波でしょうか?

834 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/09(水) 09:21

>>833
 奈良時代に「カミ(神)」という日本語が、単独語形(露出形)は
「カミ」、複合語内(被覆形)では「カム」という語形になること、
「古語は複合語に残る」の経験則により、この二つの語形の中
では複合語内にのみ現れる「カム」の方が古い語形であると
推定されること、ここまでは確かです。しかしながら、それと漢語
「漢」とを結び付けるのはいささか無理がありましょう。何となれば、
「漢」は韻尾が[n]の語だからです。藤堂明保氏の推定によれば、
「漢」は中古音・上古音ともに[han]となっております。仮に「漢」
を古代に日本語として受け入れるなら、「檀」(中古音・上古音
ともに「dan」)という語が奈良時代に「ダニ」と読まれていたように、
「漢」も「カニ」という語形になるのが自然であると思われます。

 ただ、[m]と[n]はともに鼻音性の子音であり、日本語でも
時には「ミラ〜ニラ(韮)」「ミナ〜ニナ(蜷)」のように交替する
こともありましたから、「カニ」が「カミ」になる可能性がまったく
ないとまでは言えません。それに、「簡(中古音[k∧n]上古音
[ka~n])」という漢語が日本語の「カミ(紙)」の語源となったと
いう説もあったりして、中々に面倒な話ではあります。

835 名前:日語商売:2005/02/09(水) 09:41

>>831
いやこれは昔授業で聞いた話の受け売りですからw
中国語学の立場からは・・・あそこも「中原雅音」の成立事情が複雑ですから・・・

>>833
うーん、どうでしょうか?
というのは「漢」の中国語音は古代から現代までずっと、ほぼ変化なく han のような音なんですよ。
語頭の h は漢字音導入時にはカ行音で写されていますし、語尾の n も今でこそンですが
万葉がなや古代の固有名詞(「丹波」タニハ(>タンバ))・中国からの借用語彙
(「銭」セニ(ゼニ)など)ではナ行音で写されるのが通例です。
すると「漢」は古代の人が日本語に取り入れるとすれば「カニ」になることが推測されます。
しかし「蝉」をセミ、「簡」をカミ、「文」をフミとして中国語から借用し日本語化させたという説も
あることを考えると、「漢」からカミもあながち突飛な説ではないでしょうが、
上の例を単純な借用語ととらえていいのか問題ありますし、そもそも超自然的な存在をとらえる語彙が
簡単に外国の国名のような借用語と入れ替わることがあり得るのかどうか・・・

あ、韓国語じゃ中期朝鮮語以前から「神」は漢語由来の sin だ・・・w

836 名前:火病する名無しさん:2005/02/09(水) 21:26

娜々志娑无先生と日語商売先生ご教授ありがとうございました。
もっともらしい話とは言えず、電波とも言えないようですね。
大変勉強になりました。

837 名前:火病する名無しさん:2005/02/10(木) 20:16

きのうのトリビアで「訓読み」は音読みですぅ〜。と言っていたが、
確かに盲点ではあるわな。やまと読みとか和風読みとかできなかったのかなあ。

838 名前:日語商売:2005/02/11(金) 00:00

>>837
それだと日本漢字音と紛らわしいですね

839 名前:なるほど:2005/02/11(金) 00:20

>>837
訓読みを訓読みしようとすると「よみよみ」になっちまいますな。
「ならう」「なれる」では意味が違いますよね。

840 名前:火病する名無しさん:2005/02/11(金) 00:23

>>837-838
「訓読み」は音読みではなく「重箱読み」が正しい。
訓読(くんどく)ならば音読みだが。テレビ局に抗議すべき。

「和風読み」の和風も音読みじゃん。

841 名前:火病する名無しさん:2005/02/11(金) 05:57

>>840
そうだ。 そのとうりなのだ。 なぜ気づかなかったんだろう。

842 名前:火病する名無しさん:2005/02/16(水) 16:59

録画もう一回見直したがいいよ。
「訓読みの「訓」は音読み」だからね。別に間違ってないと思う。

843 名前:火病する名無しさん:2005/02/22(火) 10:52

【外来語】日本語で語ろう【禁止】
http://sports7.2ch.net/test/read.cgi/muscle/1098441656/" target=new>http://sports7.2ch.net/test/read.cgi/muscle/1098441656/


844 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/24(木) 21:39

>日語商売さん

 「日本人」を意味する卑罵表現として今や世界的に有名な存在である
「チョッパリ」の語源について教えて欲しいニダ。ウリは当初、本語が
「豚の爪」と訳されることから、「チョッ」については「豚」の意の漢語「猪」
の朝鮮漢字音から来たものと理解していたニダが、その後の調査で
それが誤りであることは理解したニダ。ただ、ある人が「チョッ」は固有語
であると指摘しておられたニダが、これについてはどうにも承服しがたい
ニダ。ウリが推測するに、「チョッパリ」の「チョッ」は「足」の朝鮮漢字音
「チョク」が一種の強調により濃音化したのではないか(強調による濃音化
は朝鮮語には数多い。李基文著『韓国語の歴史』参照)と思うニダが、
ウリは朝鮮語の専門家ではないので、今イチ自信がないニダ。この辺、
日語商売さんとしては、いかが思われるニカ? ウリがネットでぐぐっても
チョッパリの語源ははっきりとしたことがわからないので、この機会にぜひ
ご教授頂きたいニダ。宜しくおながいするハセヨ。

845 名前:日語商売:2005/02/25(金) 01:53

>>844
漏れも韓国語の専門家ではないので詳しくはわかりませんが、
「チョッパリ」(ccok-par'i)の ccok は、「かけら」とか「方、側」を表す語としても用いられる語で
(例:右側、右 oreun-ccok)、そこからccok(片側)+par(足)+i(者、或いは語調を整える接辞)で
できた語で、もともとは「1本足のもの」という意味だったようです。
それがなぜか「蹄が二股になったもの(牛や豚などの偶蹄目)」という意味になり、
そこから「(牛や豚の足のような形のボソン(足袋)を履く)倭人め」という蔑称になったということの
ようですが、1本足から偶蹄目への飛躍がよくわからない。
やはりここは「足」の字音 cjok>cok +固有語 par(足)という「チゲ鍋」のような合成語
(普通に「豚足」の意味で使います、けっこううまいです、日本人が食べても問題ありませんw)
の濃音化した形に接辞iの付いた語という説明の方が、語源として相応しいのではないかと思います。

846 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/26(土) 17:58

>>845 日語商売さん
 どうもありがとうございます。大きな朝鮮語辞典を見ても、
チョッパリは何の説明もなく「片」の「ccok」に属するものと
して扱われていて、その理由がどうにも解せなかったもの
ですから、あえてお聞きした次第です。正直、「足」漢字音
由来説は私の思いつきの説に過ぎませんので、思いがけず
日語商売さんの支持を賜り、心強く思っております。朝鮮語
学はまだまだ研究の厚みが日本語のそれとは比べ物に
ならないくらい浅いでしょうから、ネタはあちこちにいくらでも
ころがっていて、研究者もテーマ選びには困らないだろうなぁ
とちと羨ましかったりして(w。

847 名前:日語商売:2005/02/26(土) 20:05

>>846
チョクパル(豚足)説の難点は、cokparという語がどこまで昔に遡れるかでしょうね。
「足」に語源を持つcokという語は古くから「牛や豚の蹄・食用にする足の膝から下の部分」という意味で
使われていたようですが、それが固有語の「足」と組み合わさってできた語がいつから使われていたか
よくわかりません。
なんとなく一部で使われていた語が商品名となって広まったような感じを受けます。
「豚足」よりも「チョッパリ」が昔から使われていたことが文献的に証明されると、
一気に豚足説は根拠を失いそうな気がします。

朝鮮語学の場合、資料が日本語に比べて少ないことが問題でしょう。
ハングル創製以降ならばともかく、それ以前のものとなると『救急郷薬方』、
中国資料ですが『朝鮮館訳語』『鶏林類事』、あと郷歌、古碑類、漢文資料に漢字で記された固有語、
中国や日本の外国資料にみられる地名・人名表記と、相当限られてしまいますね。
時たま新資料発見もありますが(数年前に大邱の旧家で見つかった『旧版老乞大』とか)、
そういうのは滅多にあることではありませんし。
日本に来た留学生が日韓両方に関わる資料ということで『倭語類解』をかなり安直に選ぶので、
これに関しては論文が山のようにあるし研究もほとんどしつくされているようですw

ただ韓国語は共時的音韻変化の激しい言語(要するに語形変化がむちゃくちゃ激しいの)ですし、
中期朝鮮語の文法形式の中には正確な意味や用法がわからないものがまだまだたくさんあるので、
そこらへんが突っ込みどころとして有効でしょうね。
最近は「訳学研究」も盛んになってるようです。こういうなまじ微妙なところに立地している国なので、
日本・中国・蒙古・満州の4言語の通訳を養成しなければならず、教科書がいろいろ作られたようですね。

848 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/02/26(土) 22:51

>>847 日語商売さん
 今手元に李朝語辞典がないので確かめられないのですが、
以前調べた記憶では、チョッパリという語形はなかったような。
まあ卑語ですから記録されてなくてもしかたがない語である
とは思いますが。

 それはそうと、

>数年前に大邱の旧家で見つかった『旧版老乞大』とか

 これってどんな資料ですか。文脈からするとハングル資料
ではなさそうですが。ハングル資料でないとすると吏読か郷札
でしょうが、もし郷歌以外で郷札資料が出たとするとおおごと
ですな。あと、韓国で期待されるのは木簡資料ですが、ウリの
知っている範囲では、韓国では木簡資料って出にくいものの
ようですね。日本の何十分〜百分の一レベルだとか。気候的
な問題なのか、はたまた…。

849 名前:日語商売:2005/02/27(日) 01:52

>>848
『老乞大』というのは高麗〜李朝時代によく使われた中国語の教科書です。
内容がストーリーのある会話形式の白話文(中国語の口語文)ですので、当時の中国語の文法・語彙などを
知るための言語資料として貴重なものです。ハングルで訳を付けた『老乞大諺解』もあります(17世紀)。
で、これは元末に作られたものというのはわかっていたのですが、今までは明代に発行されたものしか
残ってませんでした。ところが最近見つかったのは元の時代に作られたらしき本なのです。
本文を詳細に調べると明版と言葉が所々違っていて、おまけにどうもモンゴル語的要素もあるらしくて、
口語資料の少ない元代の貴重な資料ということでたくさんの中国語学者が飛びつきました。
この資料、発見した先生がいろいろ報告を出していたのですが、別に北京にいた韓国人学者がこれについて
論文や本を書き、それに発見者のことが一言も書いていなかったのでチョト問題になりましたw
私は中国で出た影印&活字起こし&解説の本を持っていますが、日本語でこれについて読みたいときは、
東洋文庫から出ているのでそれを利用されるといいと思います。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582806996/250-2826908-0101055
また内容だけならこちらのサイトもあります(ただし本文は明刊本をもとにした『老乞大諺解』から)。
白頭山電書館 ttp://www.d1.dion.ne.jp/~pak/index.htm

というわけで、朝鮮語資料ではなく中国語資料です、スマソ。

850 名前:日語商売:2005/03/03(木) 14:21

日文というハングル真似た神代文字がありますが
別名「阿比留文字」だけに、ハングルを「あびった」・・・・ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ

851 名前:火病する名無しさん:2005/03/03(木) 15:59

集団万引きで手に入れた文字ですね。

852 名前:火病する名無しさん:2005/03/05(土) 21:23

素人だけど混ぜて下さい。というより質問させて下さい。

>>849
『老乞大』や『孝経直解』の文章について、当時の北方の口語だとする説と、
あくまでモンゴルがモンゴル語の翻訳により人工的に作り出した言語だとする
説が対立しているようです。業界的にはどちらが優勢なのでしょうか? 両者を
読み比べたところ、私は後者の方が説得力があると思うのですが、前者を支持
ししているのは中国語の専門家らしいので戸惑っています。

元代のモンゴル語風漢文はいいですね。漢文のくせに語順を変えずに読み下せ
ますから。もっとも、清代と違って音訳は、Hepburn をヘボンとするような風
で、原語の復元が難しいですが。

853 名前:日語商売:2005/03/05(土) 23:16

>>852
私もこの資料やモンゴル語に関しては門外漢なのでその辺の事情はよくわかりませんが、
私の専門の中国語音韻論では、13〜4世紀ごろの発音として考えられるシステムは、
モンゴル人が発音しにくい音がかなりなくなっているという話がありますね。
文法の面でも相当の影響を受けたという話もありますし。
中国語の専門家の場合、それ以前からのじわりじわりとした変化に、モンゴルという大きな波が来て、
変化の速度が一気に速まったと考えるからではないかと考えます。
案外、外からの影響と思われる言語現象の多くは、その言語の中に変化する要因が含まれていることも
多いようです。

あとで『老乞大』の新旧両本を見合わせたらわかるかもしれません。

854 名前:火病する名無しさん:2005/03/07(月) 23:12

お返事ありがとうございます。質問が専門から外れててすみません。

人口翻訳語だと主張している人によれば、例えば金代の文章や元曲などの白話
文は普通の白話なんだそうです。一部の漢文だけがモンゴル風なのはまさにモ
ンゴル語の影響だという話でした。

855 名前:火病する名無しさん:2005/03/08(火) 00:05

ソウルの漢字表記変更にからむゴタゴタを聞いていて思ったのですが、「漢城」
という名前の由来は何なのでしょうか? もっと言うなら、どうして「漢」なの
でしょうか? 地名の語源を知るのは一般に難しいでしょうし、han という単純
で、少なくとも中国語としては非常に安定な音ともなれば、尚更でしょうけど。

私は、漢城の古名が漢陽だから、漢江の北岸にある都市だからそう命名された
のだと思っていました。もしこの推測が正しいなら、問題は、どうして「漢江」
がそう呼ばれているか、と変わります。今まで本家支那の漢水にあやかったの
だと特に根拠もなく思っていましたが、本当のところはどうなのでしょうか?

いずれにしても、やはり、この「漢」が問題になります。これは漢語なのでしょ
うか? あるいは土着語なのでしょうか? もし後者なら、どうして「韓」など他
の漢字ではなく、「漢」が割り当てられたのか不思議です。

韓国人は、後者をとり、この「漢」はハングルの「ハン」などと同じ固有語で、
「大きい」といった意味を表していると主張しているようです。この説は妥当
でしょうか? この説の場合、「漢陽」にしても「漢江」にしても、「湯桶読み」
的構成ということになり、ちょっと違和感があります。

「ハン」については、いつものように、古形を遡っていくことで矛盾が見つかっ
たりしないのでしょうか? 古代から半島南部には韓と呼ばれる種族がいたわけ
で、こちらも何か関係してきそうです。

856 名前:火病する名無しさん:2005/03/08(火) 00:10

と、ここまで書いたところで、そもそも史料を読んで初出などを調べないこと
には始まらない気がしてきました。と言ってもヘタレなので、この問題のため
に文献を端から端まで読めません。そこでいろいろ探していると、高句麗語ス
レにこんなレスがありました。

590 名前:阿木林 投稿日:2003/11/05(水) 17:41 ID:QSY8jk4c
http://www.cambridge.co.kr/culture/chamjin/chamjin03SS/chamjin03SS-03.asp" target=new>http://www.cambridge.co.kr/culture/chamjin/chamjin03SS/chamjin03SS-03.asp
たまたま見つけたのではっときます。ソウルの地名が漢字化されてどのように
変化したかが紹介されているページです。

該当ページの機械翻訳:
  しかし, 今の私たちのソウルは漢字で多くの種他の名前で被せて来た.
  百済の時に ‘慰礼城’と呼ばれたソウルは後期新羅時代には‘韓山州’
 だとしたし, その後景徳王の時には‘漢州’だと直して呼んで, 今のソウル
 地方に ‘漢陽郡’を設置した.

この「韓山州」が気になります。もっとも、州としてはかなり広い範囲を含む
ので、これが「漢城」と関係あるのかわかりません。山と言われれば、ソウル
の南北に「北漢山」と「南漢山」がありますが、これも「漢江」由来なのかな。

他には、百科事典の「漢江」の項にはこう書かれています。
ttp://kr.dic.yahoo.com/enc/result.html?pk=19915300
 漢江は昔から多様な名前と呼ばれたが, 漢四郡時代や三国時代初期には帯水
 だと呼ばれたし広開土王碑には阿利水だと記録されたし, 《三国史記》には
 郁利河で現われている.また百済が東晉と交流しながら中国式名称である漢
 水になった.漢の意味は<大きい> または<神聖だ>という意味を盛ってい
 る.

全然まとまりがない雑文ですみません。

857 名前:火病する名無しさん:2005/03/08(火) 16:23

百済時代にすでに「漢山城」だったと思うけど。(尉礼城と同じ)
・北漢山城=今のソウル
・南漢山城=今の広州
だったかと。ちがってたらごめんなさい。



858 名前:火病する名無しさん:2005/03/11(金) 00:46

こんなこと↓を逝ってる椰子がいまつが、なんとか逝ってやってくださいませんか。

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1052579071/l50" target=new>http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1052579071/l50

582 名前:tociguri 投稿日:05/03/09 03:41:54
高句麗語は80数語しか判明しておらず、そのうち40%弱が日本語、40%強が
新羅語(朝鮮語)、残りがツングース語と共通性があるらしい(李基文「韓国語の
形成」)。
 80数語しか分かっていない高句麗語と40%弱が共通だとしても日本語の起源
とまで言うのは強引過ぎるだろう。

859 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 01:16

>>858
◎李基文『韓国語の形成』より
 われわれのリストは約三十語において高句麗語と中声韓国語の
一致乃至類似を見せてくれる。偶然の残存語彙において総数の
三分の一以上を越す一致は、次章で説明する高句麗語の中世
韓国語に対する特殊な影響(引用者注:高麗時代、都が旧高句麗
領に置かれたことにより、高麗語が高句麗語の影響を強く受けて
いる可能性が高いことを指す)を考慮に入れても意味深長なこと
である。(同書93頁)

 ここでわれわれは今までの論議から除外してきた、上のリストが
見せてくれた、もう一つの重要な一面に眼を向けねばならぬ。それ
は高句麗語と古代日本語間に見つかる驚くべき一致である。上の
リストにあらわれた高句麗語と古代日本語間の一致は数的には
高句麗語と中世韓国語のそれにおよばない(引用者注:実際には、
数的にも古代日本語>中世韓国語)が、質的にはこれをむしろ
凌駕している事実を私たちは見逃してはならない。(同書97頁)

※数においても凌駕している事実はウリのHPを参照のこと。ちなみに、
HPを作る前の試算(李基文と村山七郎の論考をもとに計算。李基文
は日本語との対応例を少なく計算している)では、77例中日本語と
一致が40例、朝鮮語と一致が35例となっているニダ。その後ウリなり
に対応例(と思しきもの)を付け加えているので、日本語と一致する例
は更に増えているニダ。

860 名前:火病する名無しさん:2005/03/11(金) 08:37

>>858と同じスレにこんなこと↓逝ってる椰子もいまつが
なんとか逝ってやってくださいませんか。
------------------------------------------------------------------
583 名前:日本@名無史さん メェル:sage 投稿日:05/03/09 05:44:48
2chだとよく「わずか80数語」と言う奴が多いけど出典はなんだろう?
地名だけで220くらい、官職名や固有名詞なども合わせると250くらいあるそうだけどな。

584 名前:日本@名無史さん メェル:sage 投稿日:05/03/09 05:54:16
李基文の研究はずいぶん古いもんじゃないのかな。
しかもトルコ語やツングース語まで朝鮮語にいれてるような気がする。

朝鮮語は中国語からの借用語が多いが、そもそも新羅という国が高句麗の
影響下で形成された国だから高句麗語の影響があるのは当たり前。
最近は高句麗語はトルコ語との関係が指摘されている。
朝鮮語は新しい言葉でトルコ語やツングース語も入っており
朝鮮語の固有語を抽出するのは難しい。

正確に計算したわけじゃないが、どんぶり勘定でいうと
日本語が40%、トルコ語30%、ツングース語20%、
朝鮮語の原固有語が10%くらいじゃないか?
------------------------------------------------------------------
娜々志娑无先生の見通しではトルコ語やツングース語の割合は
日本語・朝鮮語に比較してどれぐらいですか?


861 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 15:42

>>860
 三国史記の地名表記から再構した高句麗語と諸言語との
対応数のデータは、HPを作る以前に李基文や村山七郎の
論文をもとに暫定的にまとめたものしか手元にないニダ。
その後再構語数も増加(最終的には90近くに増えている
はず)し、日韓両語の対応数も、新説を立てたり旧説を否定
したりとかしてそれぞれ増減があるので、現状ではせいぜい
参考値にしかならないニダから、これまで一度も公開して
こなかったニダが、それによれば一応こんな感じニダ。

データ総数:78
----------------------------
日本語と対応:40
朝鮮語と対応:35
トルコ語と対応:10
モンゴル語と対応:7
ツングース系諸語と対応:16
  /ツングース諸語:3
  | 南方ツングース諸語:1
  | 満州語:8
  | エベンキ語:4
  | ラムト語:3
  | オロチ語:1
  \ゴルディ語:4
ギリヤーク語と対応:4

862 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 16:38

>>861
 ついでに言えば、上記のデータを利用して、
日韓両語について細かく見ていくと、以下の
ような感じになったニダ。

日本語のみ対応:23
日韓とも対応:17
朝鮮語のみ対応:18

 あ。念のために断っておくニダが、日本語
の方は古代日本語(上代語)のみ、朝鮮語
の方は新羅語から高麗語(前期中世語)、
李朝語(後期中世語)、現代朝鮮語(方言を
含む)までを含めて算出した結果ニダ。

863 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 16:43

>>859
 今気付いたニダが、高句麗語の総数が77になっているニダね。
どこで間違ったかわからないニダが、少なくともウリの暫定データ
においては78が正しい数字なので、訂正しておくニダ。

 それにしても、ここと高句麗語スレが内容的に逆転している気が
するのは気のせいニカ?

864 名前:ピクポポデミ:2005/03/11(金) 18:43

こんにちは娜々志先生

またお世話になります。
いま日本語のアクセントに関する本を読んでいるのですが(30年以上前の本です)
こういうのを読んでいると日本語の本州方言はみんな古い近畿方言から
分岐してきたような印象を受けるのですが、へんてこな理解になっていますか?


865 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 19:32

>>864 ピクポポデミさん
 近畿方言から分岐したというと、いかにも
近畿方言が日本語の諸方言の祖方言で
あるかのように聞こえます。正確には、京都
方言を含む日本語の諸方言(本州方言だけ
でなく琉球方言も)のアクセントは、院政期
京都アクセントと同じようなアクセント体系
からそれぞれ分岐したというべきでしょう。

 なお、このことは日本語の方言が分岐した
時期が院政期であることを意味するものでは
ありません。高句麗語スレでも少しばかり
言及しましたが、奈良時代のアクセント体系
もほぼ院政期京都のそれと同等のもので
あったと推定されています。残念ながら資料
的限界によりそれ以上は遡れないのですが、
アクセントに限って言えば、更に遡っても状況
は変わらない可能性が高いと思われますので、
たとえば琉球語のように分岐した時代を奈良
時代以前に設定してもかまわないわけです。

866 名前:& ◆bWmgfPTA:2005/03/11(金) 21:14

娜々志先生
ありがとうございます。

すると基本的に列島の各方言はある時期同じアクセントを
持っていたと言うことでしょうか。
アクセントの本ではないですが、各方言の系統図のようなものもあって、
私などはすぐに言語の系統関係を思い起こしてしまうのですが、
なんらかの古い祖方言から分岐してきたと言う以外に
どういう風に理解したらよいのでしょうか。

なんか絡んでいるみたいな書き方になってしまいますが、
正直混乱しています。

奈良朝以前の資料が残っていないから、何も書いてないのでしょうが、
近畿に政治的中心ができる古墳時代以降に、
各地の方言が中央の強い影響を受けて成立したという風には考えられるでしょうか。

867 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/11(金) 22:00

>>866 ピクポポデミさん
>すると基本的に列島の各方言はある時期同じアクセントを
>持っていたと言うことでしょうか。

 そういう理解でいいと思います。アクセントに関しても
言語の系統図と同じような図を作っている研究者もおり
ますよ。

>なんらかの古い祖方言から分岐してきたと言う以外に
>どういう風に理解したらよいのでしょうか。

 >>865で私が言いたかったことは、>>864の「日本語の
本州方言はみんな古い近畿方言から分岐してきた」と
いう言い方だと、
        ┌→九州方言
近畿方言─┤
        └→関東方言
のように受け取られかねないけれども、実際は
        ┌→九州方言
祖方言──┼→近畿方言
        └→関東方言
のようなものですよということです。上の図式は猿は人間
の先祖だというようなもので、猿と人間は共通の先祖を
持っており、その先祖は猿に近い生き物だったというのが
進化論的に正しい言い方なのと同じです。

>近畿に政治的中心ができる古墳時代以降に、
>各地の方言が中央の強い影響を受けて成立したという風には考えられるでしょうか。

 資料がないのであくまでも推測ですが、大和朝廷が日本
を統一する以前は、日本語の仲間ではあるけれども、今の
方言とは大きく異なる言語が列島各地に存在していたと見る
のが自然でしょうね。とりあえずそれを倭系諸語と呼んでおき
ます。この倭系諸語のうち最も有力なものが近畿に存在した
大和語で、大和朝廷が勢力を拡大するにつれて各地の倭系
諸語は大和語に飲み込まれ、その言語に多少の痕跡を残し
つつも結局は消滅していったと思われます。そういう意味では、
本土方言の祖方言は大和語であると言っても過言ではない
でしょう。一方、琉球語は倭系諸語の一つでありながら、離島
であったため大和語の洗礼を受けることなく独自の発展を
遂げることが出来ました。しかるに、その琉球語のアクセントが、
大和語の直系の子孫たる京都語のアクセントとつながるわけ
ですから、倭系諸語のアクセント体系は基本的に同じだった
可能性が高いと考えてよさそうです。

868 名前:& ◆bWmgfPTA:2005/03/13(日) 11:48

娜々志先生
ありがとうございます。
倭系諸語の話を伺って、ディクソンの「言語の興亡」を思い出しました。
あの本は大変面白いと思いました。

昔読んだ長田夏樹さんの「邪馬台国の言語」のなかで、上代の九州方言と
東国方言に触れておられて、サ行子音の音価に対する議論から、倭人伝の
言語は九州方言の祖先ではあっても、上代日本語の祖先ではないと
されていました。
上代日本語のサ行子音自体その後かなりいろいろ議論されたようですので、
私はその議論は今ではあまり妥当では無いと思っていました。
しかし、そもそも九州方言自体「大和語」からの分岐の可能性があるのですね。

倭人伝の言語が上代日本語につながるかどうかはわかりませんが、
仮につながらないとしても、それは倭人伝のインフォーマントの言語がつながらない
というだけで、邪馬台国の中枢の言語がつながらないかどうかは
結論できないように思います。

長田さんの試みは大変大胆な面白い考えだと思いましたが、
言語から位置論争をするのはちょっと無理な感じですね。

横道にそれてしまいましたが、またお勉強にもどります。



869 名前:日語商売:2005/03/13(日) 01:03

『言語の興亡』は面白かったですね。韓国にきたばかりの4年前、釜山行きのセマウル号の中で
夢中になって読んでいたことを思い出しました。
あの中で唱えられている説は興味深いのですが、ただ証明が絶対に無理だろうな、
それから理論言語学や文献学に親しんできたものにとってはけっこう(´・ω・`)となる主張があり、
う〜ん地元の方言でも記録しておこうか、とか思ったりしました。

長田先生のその本も読みました。あの頃はふむふむと読んでいましたが、
あとで言語学や中国語学に詳しくなってから読んだ時、突っ込みどころが多いなぁと感じました。
他の論文も読んだことがあるのですが、いくつも内容に?が付くことがあったり・・・。
噂ではアル(ryだそうですし←そういうこと書くな!w

870 名前:火病する名無しさん:2005/03/16(水) 01:40

(´・ω・`)←これなんて読むの?

871 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/16(水) 02:24

>>870
 ウリはショボーンと呼んでいるニダが、
↓ではショボとなっているニダね。
AA大辞典(仮)
http://members.at.infoseek.co.jp/maruheso/aadic/index.html" target=new>http://members.at.infoseek.co.jp/maruheso/aadic/index.html

872 名前:日語商売:2005/03/18(金) 00:58

AAトナメ用に作ったAAですが魔除けにここに貼っておきますw

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   ,__    侍<サウラビ
   B■∧  / ワショーイ<ワッソ
  <ヽ`∀´> /<すべての日本語はウリナラ起源ニダ!!
━ ⊂   つ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  ┌───┐ ∧∧    ハヽヽヽ
  │      |(,,  ゚)   (Д ` ,,) .oO(ヴァカかm9^ Д ^)゚o。ポギャーーーッ
===========⊂┏━┓==⊂┏━┓===================
         (┃  ┃   (┃  ┃    こんなの<<言語学>>じゃないぽ
        ┏╋━┫  ┏╋━┫

873 名前:火病する名無しさん:2005/03/18(金) 11:41

とあるページで、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の「に」は赤の意味なので、朱色の瑪瑙製の
勾玉だったのだろう、というのがありましたが、言葉の解釈はこれでいいのでしょうか?

874 名前:火病する名無しさん:2005/03/18(金) 13:31

「に」にはいろんな意味があってこれだけでは意味を特定できないのではないですか。
「赤い玉」に意味が絞れるのは「瓊」の当て字が適切だと仮定した場合のみでは?


875 名前: :2005/03/18(金) 14:38

サウラビ掲示板を思い出しちゃった
あの頃の先生は若かったw
netomoの機械翻訳を片手にウリナラbbsに乗込んで逝った頃が懐かしい・・・

876 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/18(金) 15:44

>>873-874
 「丹(に)」と「瓊(に)」の平安後期京都アクセントを比べると、
前者は低平調なのに対して後者は高平調ですので、金田一
法則に照らして両者の語源は異なると考えてよいと思います。
もちろん、玉の材料としてはヒスイ以外にもメノウなどがある
わけですから、八坂瓊の勾玉が赤玉だった可能性はあります
が、「に」だから「赤玉」であるというのは無理でしょうね。また、
漢字の「瓊」にしても、「赤い玉」以外に「美しい玉」という意味も
ありますので、漢字表記から玉の色を推測することも難しいかと。

>>875
 失敬な! 今でもウリは十分若いニダ、精神年齢だけは(涙)。

877 名前:娜々志娑无@旅先にて ◆NcNEDmUA:2005/03/19(土) 00:39

>>876
 ついでに言えば、玉の意の「に」は複合語の先部成素になると
「ぬ〜」という語形になります。国生みで有名な「あめのぬぼこ
(天之瓊矛)」の「ぬぼこ」は「玉で飾った矛」の意ですし、大国主
の妻である沼河比売(ぬなかはひめ)は北陸の出身ですから、
この「ぬなかは」は「瓊の川」即ち玉が取れる川の意であり、
今でもヒスイが取れることで有名な糸魚川のことであると推定
されています。一方、赤土や赤の意の「に」は複合語になっても
「にふ(丹生)」のように「ぬ〜」になることはありません。このよう
な点からも「に(瓊)」と「に(丹)」を同語源と見ることは非常に
困難であると言えると思います。

878 名前:鄭聲之:2005/03/23(水) 00:01

なるほど。それは気づかなかった。
「に(丹)」=赤
「に(瓊)」=玉
は別の言葉であると。勉強になりますた。

879 名前:火病する名無しさん:2005/03/29(火) 13:44

「日本語の『竹島』は『独島』に由来」
ttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/03/29/20050329000036.html
独島(トクド)の日本式名称である「竹島」は韓国語の独島(トクド)から由来した
という独特な主張が持提起されている。

韓国地名学会(会長イ・ヒョンソク)は、独島の「独(トク)が」音韻変化などに
よって「竹(タケ)」に変わっており、しかも島を意味する「島」がついて「竹島」
になったもので、結局、竹島は韓国名称の独島から由来したと主張した。

従って竹島という日本の地名そのものを見ても、独島が韓国領土であることが
認められると同会長は述べた。 同学会によると、1900年10月25日大韓帝国
勅令第41号が掲載されている官報には鬱陵(ウッルン)郡守の管轄区域を
「鬱陵島全体と…石島(ソクト)を管轄…」と告示している。 このうち、石島の「石」
は慶尚(キョンサン)・全羅(チョンラ)地方の方言では「トク」となり、石島が結局
「トク(独)島」になったという説明だ。 このように鬱陵島現地で呼ばれている独島
の「トク」が日本人によって、「トク→トケ→タケ」に転訛(てんか)し、「島」が付いて
「竹島」となった結果、一本の竹もない独島が「竹島」になったという解釈だ。

880 名前:日語商売:2005/03/29(火) 14:09

>>879
・・・竹島って昔は鬱陵島のことだったんだけど・・・。

881 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/29(火) 15:59

 韓国人の学者さんはいいよねぇ。その結論が韓国人の自尊心を
満足させる心地よいものでありさえすれば、「始めに結論ありき」で
一説ぶっても、周りから賞賛もされ、本人も学者でございと威張り
散らしてられるんだから(苦藁)。民族に奉仕する学問マンセー!

882 名前:火病する名無しさん:2005/03/29(火) 18:56

日本の民族主義に奉仕する日本人学者を
募るなり養成するなり自分でなるなりしないと・・・

883 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/29(火) 19:26

>>882
 かの国に対抗して民族学派に鞍替えするくらいなら、
研究者なんてやめちまった方がなんぼかましニダよ。
どうせくるぶしツヤツヤ病で長くないんだし。ゴホンゴホン

884 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/29(火) 19:32

>>883
× 民族学派
○ 民族主義学派

曲学阿世派と言ってもいいかもニダね。「学派」と
呼んでやる気にもならないニダ。

885 名前:日語商売:2005/03/29(火) 19:45

>>881
ほんまでんなぁ、先生・・・。

つーかこっちの人の論文とか研究とかの中には、正直「なによそれ・・・」ってのが多いし・・・、
まともな論文の中に「なんやそれ!!」って思わせるような箇所が混じっていて冷や汗かいたり、
何を意図しているのかわからなかったりするのを見かけたことがあります。
文章の結構が狂っていたり、同じことをひたすら繰り返していたり、資料が読めてなかったり。
もちろんちゃんとした論文書ける先生方もたくさんいらっしゃいますが、
そういう人はたいてい外国で修行を積んできてる・・・。

886 名前:火病する名無しさん:2005/03/29(火) 21:28

この電波への反論は独→竹を証明したいなら竹島・松島の松竹梅連想命名よりも古い独島を持ってこいや(゚Д゚#)でいいのかな。

887 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/29(火) 21:43

>>886
 それでいいと思いますね。そもそも「独島」という呼称は、
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/03/22/20050322dde012030010000c.html" target=new>http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/03/22/20050322dde012030010000c.html
によれば、1904年頃になってからようやく生まれたとか。
李朝は欝陵島については早い時期から存在を把握して
いたのに対し、竹島(日本側の旧名・松島)、紛らわしい
からリアンクール岩礁と呼んでおきますが、こちらに
ついてはその存在をまったく把握していなかったよう
ですし、いかにも連中らしい話だと思います。

888 名前:火病する名無しさん:2005/03/30(水) 01:58

    ,ィィr--  ..__、j
   ル! {       `ヽ,       ∧
  N { l `    ,、   i _|\/ ∨ ∨
  ゝヽ   _,,ィjjハ、   | \
  `ニr‐tミ-rr‐tュ<≧rヘ   > 竹じゃない。「ケヶ」だったんだよ。
     {___,リ ヽ二´ノ  }ソ ∠  ケヶ島!「ヶ」は「が」と読むんだ!
    '、 `,-_-ュ  u /|   ∠  扱いを間違えると「怪我する島」アイタタ!
      ヽ`┴ ' //l\  |/\∧  /
--─‐ァ'| `ニ--‐'´ /  |`ー ..__   `´
    く__レ1;';';';>、  / __ |  ,=、 ___
   「 ∧ 7;';';'| ヽ/ _,|‐、|」 |L..! {L..l ))
   |  |::.V;';';';'| /.:.|トl`´.! l _,,,l | _,,|  , -,


889 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/30(水) 02:20

>>888
         な、なんだってー!
                     _____
    / ̄ ̄ ̄ ̄\,,      /−、 −、    \
   /_____  ヽ    /  |  ・|・  | 、    \
   | ─ 、 ─ 、 ヽ |  |   / / `-●−′ \    ヽ
   |  ・|・  |─ |___/   |/ ── |  ──   ヽ   |
   |` - c`─ ′  6 l   |. ── |  ──    |   |
.   ヽ (____  ,-′   | ── |  ──     |   l
     ヽ ___ /ヽ     ヽ (__|____  / /
     / |/\/ l ^ヽ    \           / /
     | |      |  |     l━━(t)━━━━┥

890 名前:火病する名無しさん:2005/03/30(水) 02:57

>>879
別スレでこれ見て気分悪くなったんで解毒してもらおうと
思って来たらすっきりした・・

891 名前:火病する名無しさん:2005/03/30(水) 15:31

>>883
くるぶしツヤツヤ病ってなんですか?

892 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/03/30(水) 16:02

>>891
http://ja.wikipedia.org/wiki/DRAGON_QUEST_-%E3%83%80%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%86%92%E9%99%BA-" target=new>http://ja.wikipedia.org/wiki/DRAGON_QUEST_-%E3%83%80%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%86%92%E9%99%BA-
↑の「ブロキーナ」の項を参照汁。>>636の「ひざがしらむずむず病」とともに
このハラポジが頼みを断ったり自分の力に留保を付けたりする際に言い訳と
して使用していた仮病の病名の一つでスミダ。実はひそかに>>883に対して
「くるぶしツヤツヤ病でなぜセキを!?」というレスが来ることを期待(実際に
そういうやり取りがあったニダ)していたニダが、この漫画を知らない人には
何が何やらわからないニダよね。当時は結構人気のある漫画だったニダが、
考えてみれば、連載終了してもう10年近くになるわけニダから当然か…。

893 名前:火病する名無しさん:2005/04/01(金) 01:59

テレ朝で北朝鮮サポーターの応援練習が映ったんですが、掛け声を
合わせるのにスピーカーで「せーのっ!」と叫んでるように聞こえました。
「せーのっ!」って日本語じゃないんですか?日帝時代の名残りでせうか?

894 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/04/14(木) 17:00

>>893
 久々にここを覗いたら質問が…(^^;。ずいぶん遅くなって
しまいましたが、とりあえず返答をば。と申しても、朝鮮語の
「せーのっ!」らしき掛け声や、半島で一般的に使用される
掛け声については私は事情を知りませんので、お答えしよう
がありません。朝鮮語に詳しい日語商売さんあたりがそのうち
お答え下さるものと期待して、私は日本語の「せーのっ!」に
ついてお答えしようと思います。『日本国語大辞典・第二版』で
「せいのお」を引くと、1970年代初頭の用例しか出ておらず、
類語として挙げてある「いっせいのせ」は立項さえされていま
せん。もともと感動詞の類は辞書類に取られづらいとは言え、
何たるちあサンタルチアであります。ただ、あまり古く遡れる語
ではなさそうであること、そして語源は漢語「一斉」であること、
この2点はおそらく動かないだろうと思います。朝鮮漢字音では
「一斉」は['ir-t∫e]ですので、仮に「一斉」が日本語と関係なし
に半島でも掛け声として使われていたなら、「イルチェ!」のよう
にと言っていたと思いますので、「せーのっ!」に近い語形には
ちょっとなりそうにありません。他に朝鮮語内部で説明がつか
ないということになれば、日本語で説明するしかないでしょうね。

895 名前:日語商売:2005/04/14(木) 17:57

>>893
ここ気にかけていたのですが、「せーのっ!」って言うなんてあったっけ?とおもって、
そのままにしてしまいました。
今考え直してみたら、一つ思い当たるものがありました。それは「シジャク」という言葉です。
これは漢字で書くと「始作」ですが、意味は「始まり」「始め」、また「する」にあたるハダとくっついて
「始める」、「なる」にあたるトェダとくっついて「始まる」をあらわします。
で、この言葉、ゲームなどを始めるときの「さん、はい!」のようなかけ声としても使われ、
そのときの発音は「シージャック!」のようになります。
おそらく、これが「せーのっ!」に聞こえたんではないでしょうか?
それ以外はちょっと思いつかないので・・・。

896 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2005/04/21(木) 10:31

>>895
素人考えで見当ちがいかもしれませんが、
日本語でいうところの「いちにのさん!」が
朝鮮語だと「ハナ、トゥー セー!」に聞こえます。
(昔、白竜のライブを見たとき印象的でした)
これ、最後の「セー!」だけ大きくいってましたし、
「せーのっ!」に聞こえたんじゃないんでしょうか。

897 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2005/04/21(木) 11:02

>>894
先日、どこかのスレッドで、万葉集の表記と渡来人の役割について
語っておられたのをお見かけし、質問があったのですが
後で、と思っているうち、どこのスレやらわからなくなってしまいました。
ぼけがはじまっているようでして(泣)

随、唐の時代、つまり飛鳥、白鳳、天平のあたりですが、
このころに入ってきた漢籍を学ぶにあたっては、
原語発音を習い、意味を習っていた、ということでいいんでしょうか。
で、懐風藻などの漢詩ですが、作られた時代には
原語発音で披露していたものなのでしょうか?
そのころの原語発音、つまり随、唐の発音を
半島三国でも当然学んでいたため、共通語になっていた、
ということなんでしょうか。

898 名前:火病する名無しさん:2005/04/21(木) 11:05

>>897
こちらでどうぞ。きみでも威張れる。
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1113205561" target=new>http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=korea&key=1113205561


899 名前:娜々志娑无 ◆NcNEDmUA:2005/04/21(木) 12:39

>>897
 漢文訓読の実例は今のところ奈良朝末〜平安極初期のものしか
実在しませんが、訓読自体は奈良時代以前から行なわれていた
ようです。ただし、当時の訓読はあくまでも漢文を読解することを
目的とした実用的・臨時的なものでしたから、その性格上漢詩の
ような韻文にはなじみません。よって、初期の漢詩文は原則として
音読されていたと推定されます。使用されていた漢字音はその時々
で違っていたでしょうが、最も多かったのは漢音だったでしょうし、
漢詩を作るためには平仄や押韻など原音声調を知らないと辛い
部分が多いですから、日本の漢詩人も平安初期以前はある程度
原音に近い発音が出来た(≒中国語でコミュニケーションを取る
ことが可能だった)人が少なからずいたのではないかと思います。
古くは帰化人たちから直接生の中国語を聞くことも可能でしたし、
日本人の中にも、遣隋使や遣唐使などで実際に中国に行って来た
人間が語学のレベルを問わなければそれこそ何人もいたわけで、
原音を学ぶ機会はそれなりにありましたからねぇ。

 ちなみに、漢詩が訓読されるようになったのは、当初は日常語
に近いものであった訓点語(漢文訓読用の語彙)が、訓読法の
固定化とともに日常語から次第に離れていった結果、古めかしく
感じられるようになった平安中期以降のことでしょう。

900 名前:郎女 ◆QwbTwz32:2005/04/21(木) 14:09

>>899
ありがとうございます。
当時の帰化人といえば、やはり半島からの帰化が多かったと
推測されます。
中西進氏のおっしゃるように、山上憶良が帰化二世であったとしまして
百済からの帰化二世ですよね。
こういった人たちが、万葉集の筆録にかかわったとしまして
彼らは、生の中国語に習熟していた、ということでいいんでしょうか?
山上憶良は遣唐使になったわけですから当然習熟していたでしょうが
それが、百済からの帰化人であったからだとしますと
当時の半島三国では、相当に生の中国語が普及していた、
ということなんでしょうか。



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